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森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

9月11日、日曜日。

2022-09-11 23:44:36 | 梢は歌う(日記)
2001年9月11日の朝、イスラム過激派アルカイダによって米国同時多発テロ事件が起きました。
下の囲みは昨年の9月11日に投稿したもので、2014年からのツリーになっています。


9月11日、土曜日。
 下の囲みは、昨年の9月11日に投稿したもので、2014年からのツリーになっています。   9月11日、金曜日。 9月11日、水曜日。 9月1......


2014年の9月11日、たった13年しか経っていなかったのに、すっかり自分の中で風化してしまっていた事に、私自身がショックを受けました。
あんな大きな出来事を !!

それで毎年、この日はちょっと「振り返る日」にしているのです。
あれから20年経った今、あの年に生まれた子供がもう大人です。

我が家にやって来る中学生も、教えなければ、そんな事があったなどと知らない子供が多数です。

私が子供の時、太平洋戦争または第二次世界大戦のような戦争があったのは、もう何十年もの大昔なのだと勘違いしていました。なんたって私は「戦争を知らない子供たち」のひとりでしたので。だけれどある日、教科書をジッ―と見ていて、ふと「うそっ。戦争が終わってから10年とちょっとしか経っていないじゃん。終わったのって、つい最近じゃん。」と気がついたのです。

ちょっと衝撃的でした。この自分で気がつくと言うのは、とっても大事な事なんですよね。
だけど教えてもらわなくては、分からない事って世の中にはたくさんあると思うのです。

誰かがちゃんと伝えなくなった時に、本当の風化が始まるのだと思います。

母は毎年、お盆の時に子供たちを連れて実家に帰った時に、
「戦争は絶対にダメなんだ。これはおばあちゃんの遺言だよ。絶対に戦争はしないと思って生きなくてはダメなんだ。」と強く訴えていました。

でも今の母は認知症です。
まだ軽度で普通の会話は出来、普通の生活をしていますと書いたら、それは一緒に暮らしてないから、そう書けるのだと、姉には言われそうです。たぶんそれは願望です、私の。

その母は、もう戦争の話をしなくなりました。
子供たちに会っても、強く訴える事をしなくなりました。

出来なくなったのです。


世の中には風化させてはならない事があると思います。
それの一番は、戦争の恐ろしさと愚かさなのではないでしょうか。
やってしまった失敗は、なぜなのかを考えて、同じ失敗をしない様にしようと思うのは普通の事だと思います。同じ事を繰り返すのは愚かな人です。

私たちに出来る事は何か・・・・?
私には拳を振り上げて熱弁をふるう事すらできません。

だけど静かに、あった事を語っていくことぐらいは出来ると思うのです。
そっと静かに語っていこうと思います。

出来なくなる日まで。
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夏の終わりの一人旅《横須賀美術館☆運慶展》

2022-09-11 17:23:06 | お出掛け日記

・「夏の終わりの一人旅《観音崎灯台》」の続きです。その記事との更新の間隔があまり空いていませんが、よろしくお願いいたします。

と言いながら、また余計なページを開き、何やら読んでいたら「大河ドラマ」の時間が近づいてきてしまいました。

急いでせっせと書くことにします。

余計なページと言うのは、実は自分のブックマーク。

この美術館は、いつか行こうとチェックしていたはずだからです。

もちろん今回は、行くにあたってチェックしました。HPが詳しいので事足りました。

でも何処かにかわいいイラストのウォーキングマップを入れておいたはずと思って、探していたのです。

アナログのチラシだったかもしれません。

あの辺だなと頭に思い浮かんでも、サクッと出せない。

必要な時にサクッと取り出せない情報は、既にゴミ ?

 

と、またも遠い所からお話してしまいました。

このように「横須賀美術館」は以前から、行きたいと思っていた美術館でした。

なんたって、海に面した美術館なのですものね。美術館でありながら、そこに行っただけで旅気分になると言うものです。

この美術館に訪れたのは、既に午後2時を回っていました。

バスから降りて、この壁のオブジェの中を通って美術館に向かいます。

チケット売り場横、並んでいる間に写真が撮れます。

本当は「運慶 鎌倉幕府と三浦一族」と言うタイトルです。

家系図で義村の名をしみじみと見てきました。

運慶は仏を彫る人。詳しく美術や宗教関係を学んだ方は、もっと詳しい事と思いますが、一般の人にとって仏師は、浮世絵の彫師や摺師と同じくらい、名も無き人だと思うのです。その中で運慶は普通の人々もその名を知っている、数少ない人ですよね。

やさしい顔をした仏像があった事が意外に感じるほど、彼の作品は鬼のように険しい顔をした仏の顔が似合いますよね。何かをじっと睨みつけている。そして守っている。

優しい顔をしていては守れぬゆえに。心の奥底にある慈愛は、表面に見える穏やかさには比例しないという事なのかも知れません。

躍動感にあふれる彼の作品は、そんなに多くはない展示数でしたが見ごたえがありました。

「運慶」の作品は、撮影はNGでしたが、他のコーナーではOKでした。

9月25日まで開催中の「井上文太」の作品です。

本当はもっと撮りました。でも今回は2点だけ載せておきますね。

また「観音崎公園」近くにアトリエを構え、週刊新潮の表紙お馴染みの「谷内六郎」は、この美術館に別館を持ち楽しませてくれます。

やはり数点載せておきます。

 

 

 

そして帰途に。

横須賀美術館は、その名で検索すればHPが出てきますので、敢えてリンクはしていませんが、そこを読むと、いろいろなルートで散策ももっと楽しめる事が分かりました。

また違う季節に訪れたいものだと思いました。

車窓から。

 

帰りのバスから電車まで、調べて行ったので順調でした。

ところが最後にやってしまいました。

乗ろうとしていた電車の横に、10分後からの発車ですが、それに乗っていけば品川までずっと座って行ける電車が止まっていました。

途中で2回も乗り換えて品川に行くよりも、1本で行けるんだったらこっちの方が良いのでは ?

と、思いその電車をチョイス。

甘かったです !!

家に帰り着いたのが、予定よりも30分は超えていました。

乗り換えて乗り換えてと移動するには意味があったのですよね。

 

いつもよりは遅い夕食になっても、あまり我が家は問題なしです。(お仕事がピークの時は、かなり遅い夕食だったからかもしれません。)

この時に何か言うと言い訳になるので言いませんでしたが、数日たってから、この話を言うと、夫も「俺もそっちを選ぶな。乗り換えるの大変に感じるよ。だいたいママじゃ、乗り換えるだけでもフゥフゥじゃないの。」

「失礼な。そんな事はないよ。」と言い返すも、だいたい我が家は甘い言葉でフォローされ、あまり成長の役には立ちません。

姉との電話で、遅い夕食になったのは失敗だった話をし、

「夏だから前日に何か作っておくこともできないしね。冬だったら夜にカレーや煮物を作っておくこともできるじゃない。」と言うと、

「何を主婦の鏡ぶってるの。そういう時は、今はいろいろと美味しいカレーのレトルトがあるから、それで良いんじゃない。」

そうだな。次はそうしよう。可愛らしい籠に何点か入れて、『お好きなものをご自由にお選びください。』とカードを添えたら、なんか様になりそう・・・・。

主婦休み、とっても大事な事だと思います。

 

またもお話は遠くに離れてしまいました。

だけど「青春18きっぷ」の夏の陣は、皆楽しかったです。

冬は12月なので、主婦的には厳しい感じですね。

 

 

 

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夏の終わりの一人旅《観音崎灯台》

2022-09-11 03:31:14 | お出掛け日記

海の風景って、本当に綺麗だなと思います。しみじみとそう感じ嬉しかったです。

「「夏の終わりの一人旅《横須賀に行きました。》」の続きです。

春のミニ旅「桜と菜の花、そして海だった「江之浦測候所」②」の時も、確かに遠くに海を見て感激したけれど、今度は海岸線を歩くことが出来て、私のテンションもあがりました。

雲も美しくて、なんか幸せ。

 

この日の前日、実はお出掛けする服を少し悩んだのです。動きやすいパンツルックにするか、電車の旅で目的地は美術館なのだから、いつもの通りスカートかワンピースで行くか・・・。

で、やっぱりワンピースにしました。

これって、ある種の予感だなと私は思いました。

もしもパンツルックだったら、私は靴下を脱いで裾をまくりあげ、海の水に触れたくて岩を頼りに足を濡らした事でしょう。

そしてそれで、そそっかしいので、何かあぶない事や困った事も生じたかも。

でもワンピースだったからやりませんでした。

だけどギリギリの所まで行き・・・・・

靴を濡らしてみました。

海水の温度は生暖かったです。

しばらくすると、このような洞窟と祠が・・・。

説明のボードを読むと・・・・

なるほど~。

「観音」「崎」か・・・。

しかしですよ、その説明のボードには、なんと「和田殿の乱」について書かれていたのですよ。

「和田の乱」の時、紀行でここが映るかしら?

この洞窟は、別名「権現洞」とも言われています。

「灯台」が見えてきましたが、そこに登っていく山道と、海辺の遊歩道の案内で分かれていました。

その海辺の遊歩道の案内の矢印に「レストラン」の文字が・・・。

予定では、美術館の海が見えるレストランでお食事をと思っていましたが、あの混雑ぶりでは予定通りに行くかは怪しいのではないかと思われ、その矢印の方に歩いて行く事にしました。

なんかちっともレストランには辿り着けなかったのですが、海辺のお散歩は楽しい限り。

 

遠くに見える四角い何かは、「観音崎水中聴測所跡」らしい。

海は綺麗だけれど、ちょっと思いました。

「レストラン、まだか~?」って。

するといきなりこんな所に出ました。

雰囲気がなんか違う!!

うわぁ、なんかホラー映画のロケ地みたい・・・・・(^_^;)

意外と長い。

何回も振り向いてしまいました。

いや、「振りむいてはならない。」なんて決まりはないから、何度でも振り向いていいのだけれど、なんか怖かったなぁ。

本当は私はこういう所が意外と好きです。いつもだったら、「わーいわーい」みたいな感じになるのですが、でもそれは誰かがいるからだったのかと気がつきました。たった一人で長いトンネル内を歩くなんて、映画館でひとりだけでホラー映画を見るような感覚に近いものを感じました。(まだ経験無し☆近い時もありましたが、やっぱりそれも嫌だなぁ。)

そこを抜けると、小さな灯台が並んでいました。

緩い下り坂・・・・。

きついなぁ足が。(今、ひざ故障中)

辿り着きました、レストランに。

本当は9月1日からのリニューアルオープンだったのを、プレオープンしていたのです。

なにげにあぶなかったです(笑)

レモンスカッシュとカレープレート。

横須賀だと、やっぱりカレーかなと思って。

このレストランは、「観音崎自然博物館」に隣接してあります。

今回は、そこには入場しませんでした。この海辺のウォーキングは、意外と時間がかかったのです。

違う道を行こうかと迷いましたが、とんでもない所に出る可能性もあったので、元来た道を戻りました。

↓「展望園地」

望遠鏡なども設置してあり、遠くの海や山なども見えるようです。

ここは江戸・明治のお台場だったのですね。

お向かいが「観音崎公園」。

実はこの公園内を通過して行く道もあったのですよね。

でもきっと迷ったに違いない・・・・(^_^;)(^_^;)(^_^;)

元来た道を通ると言うのは、あの洞窟をもう一度通るという事で、やっぱりちょっと怖かったです。

反対側から撮ると、また違って見えますよね。

因みに一人で無かったら、怖いとは思わず、先にも書きましたが、たぶん「わーいわーい」とはしゃいだと思います。このトンネルは、『幕末に掘られた、横須賀最古の隧道(ずいどう=トンネルのこと)』なんですって。→ここからお借りしました。

そして再び灯台です。

ちょっと迷って、灯台には上りませんでした。それは時間もなかったこともありますが、膝の問題が一番です。上っていくのは平気でも、上った分は降りなくちゃならないわけで、今の私には「止めた方が良い」と言う案件です。

 

それでもと来た道を、海を見ながら気持ち良く帰る私・・・・。

来る時には気がつかなかったお墓なども発見しました。

『寂光土(じゃっこうど)は、ペリー来航以来、海岸防備にあたった人々や海難者などの墓を集めた墓地で、往時には観音寺境内にあったもの。』→詳しくは→こちらで

そしていつもの「野の花マニア」タイム。でもこれも丁寧にやってる時間はなかったのです。

 

 

 

もうすっかり、歩いて美術館へ戻る気などなくなっていた私です。

バス停近くに戻ってくると、まさにバスが行ってしまうのが見えました。意外とバスの本数はあったのです。20分待てば次のバスが来ます。だけど20分あったら、歩いて美術館に辿り着きそうです。

あっ、じゃあという事で、食後のデザートを・・・・。

私の場合は海辺を歩いていて、突然レストランに行こうと思ったので、その先の道まで進んだわけですが、お食事をするのでしたら、他にもバス停近くにありますよ。

 

何気なく、海辺のウォーキングは楽しかったです。

そして私はバス停ひとつ分戻り、次は「横須賀美術館」に向かったのでした。

 

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