木のつぶやき

主に手話やろう重複の仲間たちのこと、それと新聞記事や本から感じたことを書き込んでいきます。皆様よろしくお願いします。

books175「通訳のジレンマ」水野真木子著(日本図書刊行会)

2010年06月13日 21時14分28秒 | books
通訳のジレンマ―通訳になりたい人と通訳を雇いたい人のためのコミュニケーション論
水野 真木子
日本図書刊行会

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以前、手話通訳士養成講座の受講生に対する「推薦書」をみんなで選んだときに私の尊敬するSさんが選ばれた本です。
実際に手話通訳を経験する中で理解できる部分もかなり多いので、通訳経験のない受講生にとってどこまで理解できるかどうかはちょっと未知数ですが、この本の副題にもあるように「通訳になりたい人と通訳を雇いたい人のためのコミュニケーション論」として手話通訳者を目指している方、また登録試験に合格され「これから手話通訳者として頑張るぞぉ~!」という方などに是非読んでいただきたい1冊です。
<もくじ>
第1章 インサイダーとアウトサイダーのジレンマ
 (1)業界用語は怖い
   「ホット ウォーターじゃないよ!」
   バナナに色を塗る?
   リングって何?
 (2)内部情報と通訳者
   そこは訳したら困るじゃないか!
   アリスって誰?
   たった200個?
 (3)不可解な話は通訳者のせいじゃない
   理解できなくてもかまいません
   悪いのは、通訳者? それとも…
 (4)法廷通訳事情
   聞き手不在?の法廷
   ホストかホステスか
 (5)困ったスピーカー
   発音も発言の一部です
   普通の英語、普通でない英語
   まとめのきかない同時通訳
   心のおもむくままに
   英語になる表現と、ならない表現
第2章 透明人間と解説者のジレンマ
 (1)「解釈する人」としての"interpreter"
 (2)個人の持つフィルター
   semantic picture(意味の映像)
    電話がないのに「電話盗聴器」
    ナイフはどうやって「当てられた」のか
   通訳者の思い込み
    "plain"と"plane"
    「ペトロール事件」
   意味を測る個人的尺度
    「お若いですね」
    「従業員の問題」とは
 (3)文化・社会のフィルター
   単語の意味のギャップ
    「石」と"rock"
    "succession"は「継続」か「継承」か
    「平行線」と"parallel"
    「煮る」と「焼く」
    「殺す」と「死なせてしまう」
   言葉のイメージのギャップ
    レモンちゃんはイヤなやつ
    「わが太陽」
    足を洗う
    ニンジンとムチ
    「僕、くやしい」
    キリッとした顔
   文章構造のギャップ
    「ママといっしょにいたいの」
    「そして、渡したのですね」
    "I am a cat"
第3章 人間と道具のジレンマ
 (1)通訳者はあくまでも媒体
   本当は知ってるのに
   話し手のうっかりミス
   一生を左右する言い間違い
 (2)目立ってはいけない通訳者
   通訳者が敬遠されるとき
   通訳者が誤訳すると
 (3)「一人とんで」の境遇
   SPと通訳者
   通訳者の食事は…?
 (4)自己表現の場はどこに
第4章 通訳者になりたい人へのアドバイス
 (1)技術を磨く
   「訳す」ことからの発想の転換
   「カン」を養う
    知識を増やす
    流れに乗る
    論旨の反映としてのメモ
 (2)精神を磨く
   動じない心
   柔軟な心
    思い込みをなくす
    自分の主義にこだわらない
    予想外の事態への対応
    聞き手の立場に立つ
   決して失わない「自分」
最終章 さまざまな通訳者、さまざまな人生
 (1)通訳ガイドから通訳者へ
 (2)通訳…緊張と充実の落差
 (3)司法通訳との出会い
 (4)大学非常勤講師、そして通訳論研究へ
 (5)さまざまな通訳者たち
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books174「『こころ』はどこで壊れるか-精神医療の虚像と実像」滝川一廣&佐藤幹夫(洋泉社新書)

2010年06月13日 17時41分00秒 | books
「こころ」はどこで壊れるか―精神医療の虚像と実像 (新書y)
滝川 一廣,佐藤 幹夫
洋泉社

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久しぶりに「この人すごい!」と思う方に出会いました。滝川一廣さん。裏表紙の経歴を見たら姉貴の娘の通ってる大正大学の教授とのこと。彼女に確認したら「カウンセリング研究所」にいるかも・・って。「その先生の講演会あったら是非教えて!」と頼んだのですが、2009年からは学習院大学におられるようです。残念。
〔もくじ〕
序章 「こころ」とはなにか
 いま、なぜ「こころ」なのか
 私が精神科医になったわけ
 「こころ」とはなにか
 「こころ」は病むものなのか
第1章 「こころ」はどうとらえられてきたのか
 精神医療の内実はどこまで変わったか
 投げつけられる言葉
 病理はどう分類されてきたか
 気質と病質の問題
 「ボーダーライン」について(1)どのような概念なのか
 「ボーダーライン」について(2)その内実は
 「ボーダーライン」について(3)その治療は
 「人格障害」、このデリカシーのないネーミング
 時代と病態
第2章 DSMは「分類」のためのマニュアルにすぎない
 警察に行けば「非行」、病院へ行けば「行為障害」
 分類は「診断」ではない
 精神科医は「正常-異常」の線引きに、安易に加担しないでほしい
 「DSM」とはなにか
 「DSM」のカラクリ
 神戸・少年Aについて
 <境界例>を夫婦にたとえてみれば
 かつてわたしは「ADHD」(注意欠陥多動性障害)だった?
第3章 精神医療と犯罪
 精神鑑定の出発の理念について
 精神鑑定は濫用されていないか
 精神鑑定はどこまで信頼できるか
 レーガン大統領暗殺未遂事件
 精神鑑定の実際と作られるイメージ
 脳と犯罪に因果関係はあるか?
 再び「ADHD」について
第4章 発病と診断と治療をめぐって
 発病のきっかけは
 治療とはなにか
 相談と治療
 カウンセリングを実際に
 治療することと眠り
 腕のいい治療者の打率は?
第5章 思春期犯罪の神話はがし
 犯罪の語り手の変容-精神科医の仕事とはなにか?
 酒鬼薔薇事件について
 バスジャック事件と町沢発言について
 ナイフ少年や暴力少年を強制入院させたらそれでよいのか?
 少年の凶悪事件は増えているか?
 理由なき殺人、衝動殺人と言われるが
 過去の犯罪例から
 「キレやすさ」と動機について
 思春期のメンタリティと犯罪
第6章 思春期問題への家族論的アプローチ
 <性>と<食>-摂食障害の治療について
 摂食障害の心理的メカニズム
 食と家族
 葛藤や対立を共有するために
 彼女たちはなにに躓いているのか?
 二人関係の病-家庭内暴力について
 受け止めることと立ちはだかること
 男に引きこもりが多いわけ
 父親は<男>のモデルになりうるか
 引きこもりは日本の映し鏡?
終章 「こころ」はどこで壊れるか
 現代社会に特有のキツさ
 「こころ」のための処方箋?
 「こころ」はどこで壊れるか
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books173「言葉ってなに?」影浦 峡著(現代企画室)

2010年06月13日 16時27分38秒 | books
子どもと話す 言葉ってなに?
影浦 峡
現代企画室

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先日、市民講座を聴いた影浦先生の本です。現代企画室の「子どもと話すシリーズ」の一つとして中高生を対象として「やさしく」書かれています。
例によって抜き書きします。
「小学校にあがるときくらいまでに生活の中で身につけた言語を生活言語とか一次言語とよび、それ以降の、読み書きもふくめてもっと意識的に身につける言語を学習言語とか二次言語とよんで、はっきり区別することもある」16P
「母語は規則を通して教わるものではない。そうじゃなくて、母語を身につけることが規則や約束を身につけることなんだ。」25P
「私は日本に来て10年以上になるけど、ここでしているような会話を日本語できちんとできるようになったのはこの3、4年くらい。それまでは、それなりの雑談はできたけど、社会や政治の話はけっこうむずかしかった。たとえばNGOで活動していると、打ち合わせのときだけじゃなくて、お酒を飲むときでも複雑な話が出てきたし。そういう話にもついて行けるようになったのは、じつは、日本語で本をたくさん読み始めてから。
だから、さっき言ってた生活言語と学習言語の違いみたいなものは、日常会話といってる会話の中にもあるんじゃないかしら。それで、いまここでしているような会話は、学習言語みたいなものに近くて、そういう会話の力をつけるためには、本を読むのがかなり大切だと思う。」29P

手話の場合は、書かれた「本」というものがないからやっぱ「DVD」とかビデオでいろんなろう者の手話の語りを「読む」っていうことがとっても大切なんだろうね。
「日常会話を流暢にしたいから会話中心に学習すればよい、というのは短絡的すぎるんだ。
人が言葉を話すときには、積極的知識と消極的知識というのがある。積極的知識というのは自分が使える範囲、消極的知識というのは他人が使ったときに自分が分かる範囲と考えればいい。この消極的知識がどのくらいあるかは、じつは、自分が積極的にどのくらい言葉を使えるかに大きく関係している。会話でぺらぺら話すというのは積極的知識だけど、その力をじゅうぶんつけるためにはちゃんとした基盤が必要になる。」
「表面の会話だけ練習するのを会話の学習っていうならば、それで会話がうまくできるようにはならない。」33P
「『ネイティブとの楽しい会話が大切』、『簡単な気持ちを表現するところから』っていうのは、何となくそれらしく聞こえるけど、それだけじゃやっていけないよね。」
「ふつうに日常会話と言っても、いまの世の中では、多くの場合、読み書きにかなり支えられているのは事実だから、読み書きをきちんと勉強するのは大切だということになる。」35P

ちょっとピントがずれてるかもしれないけど、聴者が手話を身につけていくには「ろう者と共通の話題」をたくさん持つようにすることがすごく大切な気がしています。例えば自分がどんなに音楽が好きでも、ろう者への自己紹介で「私は音楽が好きです」で終わっちゃったら、それでろう者との会話がはずむとはちょっと考えにくい。「私は洋画も好きです」ってことなら「最近、どんな映画見た?」って会話につながっていくし、日聴紙や県ろうあ協会の機関誌を読むのもそうした共通の会話の「知識」を持つことで、「ろう者の話題について行ける」背景知識を持つことにつながるのだと思います。
「欧州共同体では、複数言語主義という考え方を強調している。ネイティブのレベルを目指すよりも、さまざまな場で必要なコミュニケーションをそれなりに行えるように複数の言語をマスターすることを目標にするんだ。」43P
この一文を読んで感じたのだけれど、日本語対応手話あるいは中間型手話っていうのは、『複数言語主義』的な考え方に立てばそれなりに社会の中に「手話を認知」させるのに役立ったし、何よりも聴者が習得しやすいという大きなメリットがあったと思う。
その一方で手話通訳者に求められる「翻訳すべき対象としての言語」はやっぱり「日本手話」なんだと思う。手話通訳者は当然のことながら「ネイティブのレベル」を目指して勉強する必要があるのに、地域の手話奉仕員養成講座で教材とされているのが多くの場合「最低限必要な会話のできる中間型手話」であることが、県の養成講座を受講した受講生たちの戸惑い(地域で教わってきた「日常会話できる程度の手話」と、読み取り通訳しなければならないろう者にとっての「日常会話手話」のギャップの大きさ)につながっている気がする。
「ある言葉を自由に使うというのは、頭の中に、じゅうぶん豊かな数の単語と、それを組み合わせて自由に文を作り出す規則があって、それを使って、無限に文を作り出すことができるということ。」60P
「読み書きのポイントは、いくつかある。いろいろな単語を覚えて頭の中の辞書を強化することと、複雑な文法を使いこなせるようにすることが第一のポイントかな。第二は、会話だけだと場面や文脈が日常生活に限られてしまうけど、より多様な場面や状況を想像しながら言葉の使い方を身につけること。じつは、もうひとつある、これまでほかの人が書いたり話してくたことのうち、記録されてきた言い回しや表現になじむこと。だね。」62P

ちょっと話が飛躍しますが、全国ろうあ者大会に参加する意義の一つに、全日ろう連の幹部が今話題になっている様々な用語をどう手話表現するかを実際に目で見て確かめるということがあると思います。それが運動用語などの手話表現スタンダードになっていくと思うのです。特に今時の大会にはパソコン字幕が出るので、参加しているまわりの地方ろう者は字幕の日本語と幹部の手話表現を見比べて「ああやって表現するんだぁ~」と確認している様子が見受けられました。
それにしても「言葉ってなに?」といことを解き明かすのはとても難しいことなんですねぇ~。だから「手話ってなに?」「日本手話ってなに?」ってことがなかなか理解不能であることもやむを得ないわなぁ~などと妙に自分に免罪符を与える根拠にこの本をしてしまっている自分がいます。
コメント (3)
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