5月に行われた日本手話通訳士協会研究大会で、静岡県グループから、新潮45に「近年起きた加害者、被害者共にろう者という重大事件」で「裁判での手話通訳についても批判的に記述されていた」とのレポートがあった。「司法における手話通訳の専門性に対する誤解」があったことを指摘されていたので、是非その新潮45の記事を読みたいと思い図書館を探したのですが見つからず、作者の山本穣司氏の著作を検索していて日垣隆さんのこの本を読むことになった。
文庫のカバーには「
“人権”を唱えて精神障害者の犯罪報道をタブー視するメディア、その傍らで放置される障害者、そして、空虚な判例を重ねる司法の思考停止に正面から切り込む渾身のリポート。」とありました。
また文庫版あとがきには「
諸悪の根源を絶つためには、刑法39条の第2項(心神耗弱)を削除するほかないでしょう。司法の良心と厳格なルールに従って第1項(心神喪失)を断定できるケースなら、それはやむを得ません。しかし、異様な犯罪を異様であるという理由で「とりあえずはグレーゾーンの心神耗弱にしておく」という旧態依然の思考と、そろそろ離別すべきときです。」とも書かれています。
私はこの本を読んでいて、そういえば大学時代に「保安処分制度導入反対」でいろいろ勉強したり集会に出かけたりしたことを思い出しました。
「第11章 刑法40条が削除された理由」には聴覚障害者の犯罪事例がいくつも紹介されています。刑法40条といえば「瘖唖者(いんあしゃ)の行為は之を罰せず又は其刑を減軽す」で、全日本ろうあ連盟を初めとする聴覚障害者関係団体が差別法撤廃運動に取り組んだ結果1995年に撤廃された条項です。
著者はこの40条撤廃は「
その要求は当然である」としながらも、「
しかし、40条が、聾唖者を人間扱いしていないから削除すべきだという正当な理由は、そのまま39条にも当てはまる。だが、39条が廃止されてしまうと、多数の凶悪犯罪者を無罪化する無罪化する”弁護士のお仕事”はありえなくなる。だから日弁連は強硬に反対した。39条により、精神障害犯罪者の人権はことごとく無視され、裁判を受ける権利も、黙秘権も、冤罪の場合にそれを再審する機会さえも奪われてしまう。日弁連は、国民の安全より会員の”お仕事”を優先したのである。」
ここだけを抜粋してもちょっと理屈がわかりにくいのですが、
刑法39条
1 心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ
2 心神耗弱者ノ行為ハソノ刑ヲ減刑ス
の規定があるから弁護士は刑事裁判が「儲かる仕事になる」のだと著者は主張してるのです。そういえば4月に判決があった光市母子殺害事件でも、弁護士の様子がいろいろ問題になっていました。
そんなことを考えながらこの本を読んでいる時に、例の秋葉原通り魔事件が発生しました。犯人は周到な準備をして犯行に及んだようですので、まさか「心神喪失」や「心神耗弱」が主張されることはないのかもしれませんが、大学時代に「保安処分反対」を叫んでいた自分でありながら、秋葉原のような事件が続くいまの世の中を考えるとむしろこの本に共感してしまう今の自分です。
なお、文庫版の192ページに「1941年の夏から約1年もの間、静岡県浜松地方の住民を恐怖のどん底に陥れた大量殺人事件の犯人」のろうあ者が紹介されていましたが、山本穣司氏の著作で取り上げられているのは2005年8月の「ろうあ者不倫殺人事件」です。新潮45では2006年4月号に掲載されたとのこと。