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木のつぶやき

主に手話やろう重複の仲間たちのこと、それと新聞記事や本から感じたことを書き込んでいきます。皆様よろしくお願いします。

books150「ゴミ分別の異常な世界」杉本裕明・服部美佐子(幻冬舎新書)

2009年10月25日 01時37分38秒 | books
ゴミ分別の異常な世界―リサイクル社会の幻想 (幻冬舎新書)
杉本 裕明,服部 美佐子
幻冬舎

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本としてはちょっとまとまりがないっていうか、読みづらい構成です。週刊誌の連載みたいに全国各地のゴミ分別の実態を紹介しながら、かつ、ひたすら批判している印象の本で、結局どうしたらいいかが明確に伝わってこないように感じました。
私も仕事の関係で産業廃棄物などの最終処理場を見させてもらったことがありますが、確かに「なんでも細かく分別すりゃいいってもんじゃない」ことは現場の方も言っておられましたし、特に「容器包装プラスチック」の回収は、結局それをさらに処分場で手作業で仕分けざるを得なくてたいへんな労力とお金がかかっているそうです。

books149「日本語とはどういう言語か」三浦つとむ(講談社学術文庫)

2009年10月25日 01時25分43秒 | books
日本語はどういう言語か (講談社学術文庫 43)
三浦 つとむ
講談社

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たまたま立ち寄った古本屋さんで買って読み始めたのですが、これがなかなか面白いのです。僕が買ったのは昭和51年の初版本なんで何か古くさい論理なのかなぁ~と思っていたら「平成8年以降自然言語処理の分野で認められるようになっている」とウィキに書いてありました。
 「彼は言語を絵画や彫刻などと同じ表現の一種であると規定した上で、「対象-認識-表現」という言語表現の客観的生成過程が、その結果である言語形式に関係として保存されたものが内容であるとした。」なんだそうで、これだけじゃ何がなにやらさっぱりわからないけど、僕は手話のロールシフトを考えるのにこの本はとても参考になるんじゃないかと感じました。

books148「傷つきやすくなった世界で」石田衣良(日経プレミアシリーズ・新書)

2009年10月25日 00時28分35秒 | books
傷つきやすくなった世界で (日経プレミアシリーズ 2)
石田 衣良
日本経済新聞出版社

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去年の7月にR25の「自分に貼られたシールに負けるな」という石田衣良さんの文章を紹介したのですが、それが一冊の本になったものです。
素敵な文章ばかりです。
「『迷う』力の素晴らしさ」27頁・・・ちかごろはネットで検索すれば瞬時に何でも簡単に「答え」を手に入れることができるけれど・・・
・・・けれども便利さを得れば、同時に必ず失うものがある。ぼくは雑誌の取材を受けるたびに、不思議に思うことがある。
 求められるのはいつも、無駄のない正解ばかりなのだ。どんな本を読んだらいいですか。どんな音楽がおすすめですか。あげくの果てには、失敗しない恋愛をするには、どこに気をつければいいでしょうか。どうしてそこまで、ほんのわずかな寄り道を恐れるのだろうか。生きることは○×をつければすむ問題でも、損得だけでもないはずなのに。
 きっと今は誰も失敗したくない時代なのだろう。正しいこたえを一秒でも早く得たくて必死なのである。だけど、みんな、決して損しない、間違いもしない人生なんて、つまらなくて貧しいじゃないか。

 僕も近頃、そろそろ40代ともお別れだから「これからどんなことしようかな」「50代はどんなこと起きるんだろうか」とぼんやり考えることが多かったけど、まだまだ丸くなっちゃいけないなぁ~とちょっとだけ吹っ切れた気がします。
 私はこんな時、ミスチルの「終わりなき旅」の歌詞を思い浮かべて自分を励ましたりします。
 「生きる為のレシピなんてない ないさ
  息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ」ってフレーズがとっても好きです。

 労働組合の書記長をやってたころ、落ち込むと
「閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
 きっときっとって 君を動かしてる
 いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう」ってこの歌を思い出して自分を励ましてました。

 40代がもうすぐ終わるなんて考えずにとにかく目の前の現実を突っ走っていかなきゃね。

「終わりなき旅」
・・・難しく考え出すと 結局全てが嫌になって
そっとそっと 逃げ出したくなるけど
高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな
まだ限界だなんて認めちゃいないさ

時代は混乱し続け その代償を探す
人はつじつまを合わす様に 型にはまってく
誰の真似もすんな 君は君でいい
生きる為のレシピなんてない ないさ

息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来へと夢を乗せて

閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっときっとって 君を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう
もっと素晴らしいはずの自分を探して

胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように
いつも今日だって僕らは動いてる
嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

books147「異文化をこえる英語」鳥飼玖美子著(丸善ライブラリー)

2009年10月20日 23時25分12秒 | books
異文化をこえる英語―日本人はなぜ話せないか (丸善ライブラリー)
鳥飼 玖美子
丸善

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昨日まで読売新聞の「時代の証言者」シリーズを書かれていた鳥飼玖美子さんの11年前の著書です。久しぶりに読み直して改めていい本だなと感じました。とってもお薦めです。
もくじ
1章 日本人であるがゆえの壁
2章 心理的な壁
3章 文化の壁
4章 社会の壁
5章 異文化コミュニケーションという壁
6章 英語好きの英語下手
7章 英語を話すためのストラテジー
8章 読むことは、すべての出発点
9章 暗記は有効か?
10章 リスニング攻略法
11章 発音は大事か?
12章 情報過多時代の英語学習法
13章 何のために英語を学ぶのか


手話を学ぶ私にとっても参考になるお話がいっぱい詰まっています。

books146「日本語教室」(金田一春彦著)ちくま学芸文庫

2009年08月15日 13時22分27秒 | books
日本語教室 (ちくま学芸文庫)
金田一 春彦
筑摩書房

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7月18日(土)に聞いた「ことばのしくみ-日本語の特徴」大畠勇一先生(水戸第一高等学校教諭)の講演の参考文献としてNHKブックスの「日本語の特質」が紹介してあったのだけど、ブックオフでなかなか見つからなくて、とりあえず読んだのが手元にあったこの本です。
あんまり頭に残るところのない本でした。

books145「売国者たちの末路」(副島孝彦、植草一秀著)祥伝社

2009年08月12日 22時15分26秒 | books
売国者たちの末路
副島 隆彦,植草 一秀
祥伝社

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会社の後輩に借りた本。世の中の仕組みはホントに複雑です。
そういえば日本手話通訳士協会機関誌「翼(つばさ)」に全日ろう連石野理事長が、士協会の総会出席率が低いことを「信じられない数字です」と書かれたあとに続けて「また総会や理事会のような議決機関で運営執行部で合意されたのに否定するような役員の存在はあきらかに公益法人に相応しくないと考えます。」と書かれていたのもなかなか「複雑な」お話だよなぁ~と感じました。

books144「手話の世界を訪ねよう」亀井伸孝著(岩波ジュニア新書)

2009年07月29日 00時29分43秒 | books
手話の世界を訪ねよう (岩波ジュニア新書)
亀井 伸孝
岩波書店

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以前に「アフリカのろう者と手話の歴史」をご紹介した亀井さんが岩波ジュニア新書に登場。
今週の金曜日にある市の手話奉仕員養成講座基礎課程の講義「聴覚障害者活動」を担当することになっているので早速パクらせていただこうと一生懸命読みました。
<はじめに>
手話について本当に学ぶということは、ろう者という人びと、つまり手話を自分たちの言語として話して暮らす人たちのことを、その広さと奥ゆきもあわせた全体像として受けとめ、ろう者たちの音を使わない文化を丸ごと理解しようとすることなのです。

さすが亀井さん、「手話を学ぶこと」の本質を若い人たちに分かりやすい言葉で説明してくださいますねぇ~。でも、亀井さんの本領は次の段落に最も発揮されています。この本の胆(キモ)ですな。
ですから、手話を学ぶことは、手の形をまねるところからではなく、手話ということばでものごとが進んでいく集まりの場を訪れ、そこで行われているさまざまなことを教えてもらうところから始まります。これは、まさしく異文化世界でのフィールドワークに出かけることなのです。(この本のタイトルを『手話を学ぼう』ではなく『手話の世界を訪ねよう』としているのも、そういう意味が込められています)。
訪ねていって、出会って、教わるという姿勢を、私もこれからもっと大切にしていかなければと思いました。
この本は地域の手話講習会のサブテキストにしても良いのではないかと思います。税込みで819円です。

月刊 言語 2009年8月号

2009年07月21日 22時54分42秒 | books
月刊 言語 2009年 08月号 [雑誌]

大修館書店

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月刊 言語の最新号が「手話学」の特集をやってるようです。早速本屋さんに買いに行こう!
■内容
【特集】手話学の現在――自然言語としての魅力に迫る
手話のおもしろさ:神田和幸
手話言語における音韻論研究とは:原大介
手話の文法:神田和幸
手話会話分析をはじめるために:坊農真弓
手話言語地図の作成に向けて:大杉豊
手話研究への情報工学的アプローチ:長嶋祐二
手話獲得の心理学――手話獲得・手話評価・手話処理過程:武居 渡

books143「基礎から学ぶ手話学」神田和幸編著(福村出版)

2009年07月19日 23時15分42秒 | books
基礎から学ぶ手話学
原 大介
福村出版

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1996年に出た「基礎からの手話学」の改訂版が出ました! タイトルがちょっと変わって「基礎から学ぶ手話学」に。
残念ながらというのか「手話学」を一般向けに解説した本は、この神田先生の本以外、1996年以来10年以上も経つのにない。何だかなぁ~。
しかし、中身はこの10年のいろいろを踏まえてとっても面白いものになっています。ただ、その経過を知らない人にとってはちょっと第1章は難しいかも。
まえがきに書いてある以下の指摘はなかなか的を射ていると思う。
「手話の『先進国』である北欧やアメリカの過去を見ると、手話の発展にはいくつかの局面がある。潜伏期(ろう社会だけの隠れた存在)、黎明期(手話が世間の目に触れるようになる)、変化期(音声言語と接触し新たな手話ができる)、発展期(社会に認知され普及する)、拡大期(手話のいろいろな変種ができる)、収縮期(純粋化を目指す)、安定期(変種の棲み分けができる)が想定される。日本手話は現在、拡大期から収縮期に向かっていると考えられる。アメリカとの差は30年と考えられ、この『言語進化の歴史的必然』という視点に立てば現在の手話バラエティの多様化は正鵠を射ている。一方で、ろう運動家からは日本手話の純粋化、古手話の復刻などの主張がさらに強くなると予想される。しかし一方で手話の純粋化運動は一般学習者の減少にもつながる。」
まだ第1章を読んでる途中ですが、示唆に富んだ指摘が多く、今後、手話研修センターから「反論書としての手話学入門」が出ることを大いに期待したいと思います。
■日本手話研究がろう運動の一環になってしまったことは科学的言語研究としての手話学にとっては不幸なことである。(24ページ)
■諸外国において手話が公用語化され使用者が増えているという潮流が日本に届かない原因の1つはろう者を狭く定義していることに関係があると思われる。(25ページ)
■日本手話の歴史は百年足らずであるという俗説がある。この説は権威ある筋から流布されたせいもあり、信じている人が多いが、実は推測に過ぎない。(31ページ)
■手話奉仕員養成制度は多くの聴者に手話学習の機会を与えたが、その学習対象になった手話はろう者の手話ではなく、ピジン手話であったと想像される。その理由は当時発行されたテキスト類を見ると、すべて単語の説明であり、日本語がどのような手話単語に置き換えられるかを学習するようになっている。文法に関する記述はまったくない。(35ページ)

これはいまもあんまり変わってないように思うけど・・・。
■読話とピジン手話の併用は、聴者からするとピジン手話の単語だけでは何か言い足りない所を口話で補えるという利点がある。実際に伝わったかどうか別にして発話者としての満足感がある。
これかなり言えてますよねぇ~。
聴覚障害者からすれば、口話だけではわからない所を手話単語で補って理解できるので、情報獲得できる利点がある。双方に利点のあるこの方法が普及したのは当然である。しかし、これは手話というより、手話単語付きの口話であるから、ピジン手話よりさらに日本語に近いものになる。アメリカでは、こうした手話利用法をSSS(手話支援発話)と呼んでいる。これは後述する同時法的手話とは異なるが、内容は似ている。本書では手話付き口話と訳しておこう。(37ページ)
奉仕員養成講座で、「声を出さずに手話を表現してみましょう」と指導しても、どうしても例文を声を出して読みながら手話をする方がいる。それはまさに「手話付き口話」状態だ。でも、それと大差ない手話通訳者がいることも事実だと思う。
■こうした実情に対し、完全なコミュニケーションを求める聴覚障害者はろう者的手話の社会的是認を求めるようになる、ろう者手話という表現は前提として『聴者手話』を認めることになるが、それは手話ではないと彼らは主張したい。実際はどうあれ、ピジン手話は日本語の変種に過ぎないという意味を込めて、自らの手話を「日本手話」と呼ぶ。しかし、手話通訳養成などでピジン手話が普及し、その恩恵にあずかる人々にとってはピジン手話も手話と信じているので、ピジン手話は手話でないという主張は、これまで『ろうあ運動=手話運動』であった歴史を考えると、自己否定につながってしまうため、到底容認できるものではない。聴覚障害者の間でも議論があるゆえんである。
 アメリカろう運動の影響を受けた若いろう者による日本手話への評価は、日本手話の歴史的視点に立てばルネサンスを迎えているといってよいだろう。(39ページ)

多くの手話通訳者にとって、「日本手話」の存在は、まさに「自己否定」状態ですよねぇ~。
■シムコムとは定義的には、口話と一緒に手話を提示することで、併用法と同じだが、ろう者の側からすると、口話に付随してくる不完全な手話(手話付き口話)のことである。言語干渉の結果、どうしても手話が省略的になる。とくにピジン手話しか知らない聴者の場合、その手指表現はろう者には理解しがたいものになる。
厳しいご指摘ですよねぇ~。
■中途失聴者やろう教育関係者には日本語対応手話という表現を好む人が多い。これは「聴覚障害者の言語である手話」という運動スローガンにも適合し、日本語をコミュニケーションの基本とするろう教育の理念にも合致するから、多くの人に受け入れられやすい。
 しかし、言語学という立場から見ると曖昧で、日本人の好きな曖昧な決着の付け方である。日本手話が1つの言語であるなら、日本語に対応する日本手話というのはありえない。英語対応日本語とか、日本語対応英語とはいわない。これは単語レベルでの直訳のことであり、現実の場で使用されれば、いわゆるブロークン英語である。言語学的に見ればピジン英語で、1つの言語現象である。(中略)しかし、日本語対応手話とはろう教育でいう「手指メディア」による日本語表示のことで、あえて言語分類すれば日本語に属するだろう。文法は日本語だからである。ではなぜ手話と呼ぶかというと、手話単語を利用するために、手話に思えるからである。指文字や手話単語が手話そのものだと思っている人は多い。そこからくる誤解と、ろう運動スローガンや教育的配慮から、手話の概念を曖昧にしているのである。

確かに「日本語対応英語」なんて聞いたことないですよねぇ~。
ずいぶん引用が長くなってしまいました、神田先生スミマセン。でも、この本は近年出た手話関係の書籍としては一番のお勧めです。最後にさらに目次を掲載させていただきます。この本を日聴紙がどんな書評で紹介してくれるのかとっても楽しみです。
まえがき
第1章 手話学の基礎
 1 手話とはどういうことばか
 2 聴覚障害とは何か
 3 手話の成立と歴史
 4 手話の種類
 5 世界の手話
第2章 手話のしくみ
 1 音韻論
 2 手話音韻規則
 3 手話の語形成と文法
 4 統語論
第3章 手話学習
 1 手話教育
 2 手話検定
第4章 手話通訳
 1 手話通訳士
 2 手話通訳の実際
第5章 手話と聴覚障害者支援
 1 手話工学
 2 支援機器
第6章 ろう文化
 1 聴覚障害者人口、ろう人口と手話人口
 2 聴覚障害者の社会環境
 3 ろう文化とは何か

books142「みんなが手話で話した島」ノーラ・E・グロース著(築地書館)

2009年07月11日 00時49分04秒 | books
みんなが手話で話した島
ノーラ・エレン グロース
築地書館

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ようやく読むことができました「みんなが手話で話した島」。
「ヴィンヤード島から引き出すことのできるもっとも重要な教訓は、共同体が障害者を受け容れる努力を惜しまなければ、障害者はその共同体に有益な一般構成員になり得るということであろう。万人に適応するために、社会は多少なりとも、自発的に変わっていかなければならないのである。
 障害への文化適応は広く理解されなければならない。その際、相手が異文化に属しているということをしっかり頭に入れておく必要がある。」(226ページより)

 本書の大部分は、どうしてヴィンヤード島のような島、長期にわたって聴覚障害者が一定数、人口のある部分を構成するような島が存在し得たのかということの謎解きに充てられている。しかもそれは遺伝の問題を中心としてである。訳者あとがきで佐野正信氏(執筆当時、東京都杉並区聴覚障害者協会理事)も、
「人によっては-特に当事者によっては、本書が障害の遺伝問題をおおっぴらに扱いすぎていると感じるむきもあるかもしれない。」
と書かれている。
でも、
ヴィンヤード島では、300年以上にわたり、健聴者が島の手話を覚え、実生活の場でそれを用いていた。
島の健聴者の多くは、ちょうどメキシコとの国境沿いで暮らす今日のアメリカの子供が英語とスペイン語を覚えてしまうのと同じように、英語と手話を完全に併用しながら大人になっていったのである。
ろう者の社会生活や職業生活を制限しているのは、聞こえないという障害ではなく、まわりの健聴世界との間に立ちふさがる言葉の壁なのだ。(「はじめに」より)

というのがこの本のメッセージです。
 でも、