芥川賞・大江健三郎賞受賞作家、長嶋有の同名小説を、『チーム・バチスタの栄光』の中村義洋監督が映画化した脱力系ストーリー。互いに私生活に問題を抱え、どこかヘンテコな父と息子が繰り広げる山荘でのスローライフを描く。ジャージ姿で夏休みをのんびりと過ごす親子を、『アフタースクール』の堺雅人と、人気ロックバンド“シーナ&ロケッツ”の鮎川誠が好演。浮世離れした生活の中で交わされる軽妙な会話の数々が笑いを誘う。[もっと詳しく]
人気原作の映画化から、少し離れて構想してもらいたい気もする、有為の監督である。
中村義洋監督は1970年生まれ、ぴあフォルムフェスティバルの準グランプリがデヴューであった。
崔洋一、伊丹十三、平山秀幸といった邦画の良質な監督たちに、助監督として起用されている。
脚本の才能も、認められているのだろう。
ハリウッドでもリメイクされた「仄暗い水の底から」(01年)や、怪奇漫画家である花輪和一の体験を元にした「刑務所の中」(02年)といった話題作の、脚本も担当している。
そしてこの数年、相次いでメガホンをとって、作品発表している。
「ブース」「@ベイビーメール」「あそこの席」の3作が05年。
「ルート225」「アヒルと鴨のコインロッカー」が06年。
「チームバチスタの栄光」「ジャージの二人」が08年。
いくら、邦画が盛り返してきているとはいえ、この4年間で7作も、映画作品を発表している監督なんて、ちょっと他には見当たらないのではないだろうか。
07年には、映画の専門家たちからもっとも期待する新人監督に贈られる「新藤兼人賞金賞」を、受賞している。
「ジャージの二人」は、長嶋有の原作の映画化である。
長嶋有の原作モノでは「サイドカーに犬」が07年、根岸吉太郎監督で映画化され、竹内結子の好演もあって、数々の受賞に輝いた。
「ジャージの二人」も、「サイドカーに犬」と同じく、わけありな家族のゆるい日常を、独特のペーソスで描かれた作品だ。
グラビアカメラマンの父親(鮎川誠)54歳とその息子(堺雅人)32歳は、北軽井沢にある亡き祖母が住んでいた別荘に、いつものように夏の休暇に向かう。
二人ともなにやらわけありで、父は3番目の妻ともどうやら隙間風が吹いているようだ。
息子も妻(水野美紀)の不倫に、苦しんでいる。
父親の友人(ダンカン)も遊びに来て滞在するが、夫婦の危機にある。
けれども、この古い別荘では、別に深刻な話をするわけでもなく、なんとなくゆるい時間が過ぎていくだけだ。
母違いの娘(田中あさみ)も尋ねてくるが、事件らしいなにも、起こるわけではない。
祖母が収納していた学校名が入ったスクールジャージが何着もある。
二人はそれぞれお気に入りの色合いのジャージを着て、トマトをどっさり買い込んでしまって調理にちょっと困りながら、ときどきは「魔女」と呼んでいる近所のおばさん(大楠道代)とやりとりし、犬を散歩させたりするだけの毎日。
一卵性母子ともいわれ、友だちのようにじゃれあう母子の物語は、多くある。
でも、この作品は、どこかで一卵性父子の物語のようでもある。
シーナ&ロケッツのミュージシャンである鮎川がこのとらえどころのない父親役を地のような自然さで演じているが、ちょうど僕と同じくらいの年齢の設定である。
息子が32歳の設定ということは(僕の息子は25歳になるが)、結構若くして結婚して産まれた子どもということになる。
この父親の過去はあまり詳らかにはされていないが、もともとは自然カメラマンで、世界を飛び回っていたようだ。
過去2回の離婚の経緯も不明だが、それほどアットホームな父親であったとは思えない。
息子の方も、どうして妻に裏切られることになったのかも不明である。
だけど、なんとなく、家長のような存在感のようなものに、欠けている。
人は良さそうであるが、一家を纏めるような、吸引力に欠けているようにみえる。
それはどこかで、この父親と、瓜二つのような気もしてくる。
ジャージ姿で、二人並んでいるところなどは、ちょっとこの世界から、見捨てられているような、あるいは本人たちが無意識に、この世界に熱くなることに距離を置いているような、そんな気がしたりもする。
僕は、息子が5歳の時に、前の相方と離婚している。
息子とは、つかずはなれずのようなかたちで、20年間が経過した。
彼がどう思っているかは別として、当然、父親としての存在感や重厚感のようなものは望むべくもなく、仲が良いとも悪いとも、当事者としては、うーんというしかないような距離にあるように思える。
いろんな仕種や、だらしなさや、人との距離のとり方や、照れ笑いの仕方などが、周囲の人から見ると「そっくりね」といわれる時もあるし、たまに息子と珍しく時間を共有したりする時は、なんだか、自分のある部分を見ているようで、思わず目を逸らしてしまうという、不器用な自意識の発露をしてしまうときもある。
不思議なものだなあと思いつつ、まあこんなものかもしれないな、とひとり勝手に納得しているところがある。
だから、「ジャージの二人」の父子を見ていても、なんとなく、そのゆるさのようなものに、合点がいくのである。
自分の兄弟や友だちや相方やといった近親に属する人間関係のゆるさとは、どこかで異なっている。
時代的なこともあるのかもしれないが、僕などは、ついぞ父親としての自覚や責任感や役割のようなものに、無頓着であり、また無頓着であることに対してどこかで良しとしているところがあり、そんな感覚が息子の方にも無意識に伝播しているのかもしれないと、思うことがある。
無頓着と愛情の持ち方は自分では異なる位相なのだとは思っているが、それはそれで、自信を持っているわけではない。
中村義洋監督が、もっともその脚本過程でも、演出過程でも、留意していることは「間」というものだと思われる。
人生というのは、つねにテンポのよい応答で成り立っているわけではない。
ちょっとしたズレなのか、気遣いなのか、苛立たしさなのか、気恥ずかしさなのか・・・「間」のなかには、それこそ、無数のニュアンスがあり、それがおかしみであり、親和性であり、無遠慮であり、という世界を指して、僕などは「家族」というものをイメージしているところがある。
そこに、「家族」の希薄化、浮遊性、解体といった言葉をあてはめられたとしても、それはそれで、いいじゃないか、と思っているふしがある。
というより、そういう「間」があれば、それだけでとても救われるのだ、といいかえてもいいのだが・・・。
中村義洋監督は、ことに現在の一線級の、文芸やエンターテイメントを、原作としている。
「ルート225」は芥川賞作家藤野千夜の書き下ろしファンタジーであり、パラレルワールドを彷徨う姉弟を描いた切ない物語である。
「アヒルと鴨のコインロッカー」は、現在もっともストーリーテラーといわれる伊坂幸太郎の人気作品である。
「チームバチスタの栄光」は、医療ミステリーの分野で独特のユーモア溢れる文体で一挙にファンを獲得した現役医師でもある海堂尊のベストセラー・ノベルである。
「ジャージの二人」の長嶋有も、芥川賞・大江健三郎賞受賞の、期待の新鋭である。
こうした作家性の強い原作を、脚本家としても修行を積んできた中村義洋監督は、それぞれ味わいの異なる原作なのだが、うまく料理はしている。
器用な人なのだと思うし、原作が持っているお話の「核」を、抽出する能力に長けているのだろう。
けれども、どこかで、その器用さのようなものが、邦画の監督として、異例のクランクインの多さと、関係していそうな気がしなくもない。
それは、この才能ある監督にとって、ほんとうにいいことなのかどうなのか、疑問に思うこともある。
できるならば、一度人気作家の原作を離れて、自らがシナリオから始めるか、古典を解釈しなおして新しい映像作品に紡ぎあげるか、この監督がちょっと違う位置に立って、制作して欲しいと願う気持ちが、僕にはある。
いまどき、こんなに監督依頼がくるということは、ほんとうにすごい僥倖なのだ。
だからこそ、どこかで、自分の「器用さ」のようなものから、距離を置いたほうがいい時期が、来ているのかもしれない。
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誰かに悩みを打ち明ける訳でもなく、こうやってぼんやり日常からかけ離れた場所で過ごすのって「どうでもいいかも~」と思うことができそうな気がしました。
映画に何を求めるかですけどね。
僕も、こういう作品は、アリと思う方ですけどね。
退屈する人もいるでしょうね。
中村監督の作品は「アヒルと鴨・・・」が初めてでしたが、非常におもしろかったので、それ以降は観に行ってます。
原作ものが多い監督ですが、小説などの原作をうまく映画にアレンジしますよね。
それでいて原作の雰囲気もきちんと残している感じがします。
昔の作品はあまり知らないのですが、結構多作な方なんですね。
今度、前の作品をレンタルでもして観てみようかと思ってます。
そうですね。
なかなか、手馴れた監督だと思います。
原作から、上手に、映像化の核のところを抽出していますね。
中村監督はちょっと期待している監督さんだけに、「バチスタ」の内容のひどさにはビックリしたんですが、この映画でなんだかちょっと、ほっとしたような気分になりました。
次回作もまた原作付ですが、そろそろオリジナルを・・・と思っていたところに、まさに私の気持ちを代弁して頂いているようなレビューをありがとうございます。
「バチスタ」どうしたんでしょうね。阿部さんと竹内さん、役者もよかったのに、精彩がなかったですね。