サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 11526「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」★★★★★★☆☆☆☆

2011年05月20日 | 座布団シネマ:や・ら・わ行

人気漫画家・西原理恵子の元夫で戦場カメラマンの鴨志田穣が、自身のアルコール依存症の経験をつづった自伝的小説を映画化した人間ドラマ。重度のアルコール依存症になった男と、彼を支え続けた家族たちの日々を、『わたしのグランパ』の東陽一監督が丁寧に描き出す。身勝手だが憎めない主人公を浅野忠信、その妻には『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の永作博美がふんする。どん底の状況で主人公が自分と向き合い、家族という心の居場所を見いだしていく姿が胸を打つ。[もっと詳しく]

実在の、一組のいいカップルの、ひとつのいい見守り方が、丁寧に描かれている。

もちろん、薬物依存症に苦しむ主人公塚原安行(浅野忠信)は、戦場カメラマンであった鴨志田穣であり、ふたりの子供を抱えながら彼を見守るイラストレーターの園田由紀(永作博美)は、西原理恵子である。
西原と鴨志田の共著は、『アジアパー伝』シリーズで見ることが出来るし、『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』は、鴨志田穣の3ヶ月に渡る入院生活や、3年にわたる精神病院での「酒断ち」の記録を自ら綴った彼の著作を原作としているが、西原理恵子側で言えば、人気の『毎日かあさん』に登場する「アブナイお父さん」の「鴨ちゃん」が鴨志田穣その人である。



鴨志田穣が西原と出会ったのは、96年に西原とタイ取材をしていた勝谷誠の紹介による。
西原理恵子の作品は、抒情的な作品と無頼派的な作品系統に分かれるが、ギャンブル無頼に嵌っていた西原に、「ギャンブルよりもアジアの方が興奮するよ」と口説いたのが鴨志田であった。
鴨志田の「アルコール中毒」のためにこの二人は籍を抜いたりしたが、最後まで西原は鴨志田を看取り、鴨志田はこの原作を残した翌年に42歳で夭逝している。



鴨志田穣は北海道に生まれたが、大学進学を断念し、焼き鳥屋で働きながら戦場カメラマンの仕事に入り込んだ。
戦地を回る中で、クメールルージュの捕虜となり、新聞種になったこともあった。
生と死の狭間のストレスからか、一時期仏門に帰依したりもしている。
鴨志田の師匠は橋田信介。
僕たちにとっては、戦場ジャーナリストの第一人者のように思っていた人であったが、04年イラク戦争の真っ只中で、甥ごさんと一緒にバグダット付近で拉致され殺害され、残念なことに63歳の生涯を終えたのはまだ記憶に新しい。
鴨志田穣は師匠の死により、さらにアルコール依存症の深みに嵌ってしまったようだ。



アルコール依存症は、以前は「アル中」などと蔑視され、自業自得の「同情されない」性向としてほとんどほって置かれたようなところがある。
現在では「薬物依存症」の一症例として、精神疾患に位置づけられている。
わが国では飲酒常連者が6000万人ほどいるが、230万人つまり26人に一人のアルコール依存症患者がいるとも、予備軍まで含めれば450万人いるとも言われている。
僕にも何人かのアルコール依存症の知人がいた。
そのうちの一人であるK・Tはゲーム業界の初期の功労者であるが、どういうわけかアルコール依存症になり、僕の会社や友人の会社や自宅にあるお酒を目ざとく見つけ出して一日中アルコールの匂いをさせ、何度も倒れて病院に運び込まれ、ついには帰らぬ人となった。



この映画では、まことに浅野忠信が、<アルコール依存症>の特徴をよく捕まえた演技をしている。
つまりは、朝から強迫的な飲酒行動を続ける。
連続した飲酒行動から発作が生起する。
妄想に脅かされ、痙攣的な発作が群発する。
本人はアルコール依存症であることを否認したがっているが、ついつい「目先の快感」に負けてしまう。
そして周囲の「イネーブラー」と呼ばれる尻拭い家族は、暴力に耐えるしかない。
自分で自分がコントローツできない状態そのものが「薬物依存症」の特徴である。
知人のK・Tも発作が起きない時は、優しくて内省的ないい男だった。
浅野忠信演じる「鴨ちゃん」を見ながら、僕はK・Tをふと想い出して、思わず目頭が熱くなってしまった。



西原理恵子の作品の映画化が相次いでいる。
『女の子ものがたり』の深津絵里や、『パーマネント野ばら』の菅野美穂や、『いけちゃんとぼく』のともさかりえや声で出演した蒼井優や、『ぼくんち』の観月ありさや、『毎日かあさん』の小泉今日子や・・・想い出してみれば、どの作品の女優にも、西原理恵子の分身のような影がある。
あるいは子役で登場する少女たちの抒情は、西原理恵子の少女時代のこころのゆれを反映している。
しかしそのなかでも『酔いがさめたら、うちに帰ろう』は、まるで私小説的な「素」の西原理恵子が、永作博美を通してそこに存在している。
お決まりのように、その他の「おばさん」で本物の西原もカメオ出演をしているわけだが、今回はその作風の抒情や無頼ということよりも、もっともっと「素」の西原理恵子がせり出している。
それは「さいごに、ちゃんと帰ってきました。いい男でした」という鴨志田との壮絶なといっても静かなといってもいいのだが、ふたりの対幻想を脚本・監督の東陽一が丁寧に掬い取ったからなのだと思う。



鴨志田穣の「遺稿集」には、次のような絶筆がある。
「僕はささやきながら彼女の手を強く握りしめた。それから二人はずっと手を離すことがなかった」。
やっぱりこの二人は、いいカップルだったのだ。







最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ときどき父さん (sakurai)
2011-05-22 20:55:10
でしたねえ。
期せずして、「毎日かあさん」と同じような時期になってしまい、つい比較してしまいますが、こっちの方に軍配を上げたいと思います。
やっぱ役者の違いでしたかね。
やはり病院の中の様子に興味があって、その辺が丁寧に描かれていたのが、満足の要因でした。
返信する
sakuraiさん (kimion20002000)
2011-05-23 13:56:27
おひさしぶりです。
鴨ちゃん、善人そうな顔してるもんね。
ああいう病院空間は、不思議なものですねぇ。
返信する
今年最後の (オカピー)
2011-12-31 19:36:58
コメントです。

元来余り酒を飲まない方でしたが、膵炎の為に医師から完全にアルコールは避けるように言われてから一滴も飲んでおりません。
僕の場合は、カフェインが入っているものも少ししか飲めないので、麦茶かジュースくらいしか飲めないのですけどね。

来年は本当に静かな年になると良いと思います。
喪中につき、公式の年末年始の挨拶はごご遠慮させて戴きますが、来年も宜しくお願い致します。
良いお年をお迎えください。
返信する
オカピーさん (kimion20002000)
2012-01-01 00:16:27
こんにちは。
いま、年が明けたところです。
久しぶりに、息子とだらだらしています。
本年もよろしく。
返信する

コメントを投稿