サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10505「RAILWAYS」★★★☆☆☆☆☆☆☆

2010年11月24日 | 座布団シネマ:や・ら・わ行

仕事に追われ、家族を省みることのなかった50歳目前の男が、ふと人生を振り返り、幼いころの夢を追い求め始める感動ストーリー。監督は『白い船』などで知られる島根出身の錦織良成。主人公の男を『亡国のイージス』の中井貴一、その妻を「天地人」の高島礼子、娘を『ドロップ』の本仮屋ユイカが演じている。一畑電車の走る島根の風土を描きながら、家族や仕事といった人生の普遍的なテーマを扱った深遠なストーリーが感動を呼ぶ。[もっと詳しく]

珍しい「鉄道映画」であり、それ以上でも以下でもない。

鉄男、鉄子、鉄爺、鉄ガキ・・・「鉄道ファン」はあきれるほど多いが(そしてその専門分野は実に細分化されていたりもするが)、たまにヴューポイントでの過熱した撮影による混乱騒ぎを別とすれば、実にいいものだと思う。
メカニカルな動力機関へのシンプルな愛情ということもあるだろうが、結構年が経った世代にとって見れば、合理化の中で次々と失われていくローカル線に対する惜別の情や、老朽化したりしてお役ゴメンになった車輌への懐古といった感情があるのだろう。
僕は三重県の中勢部で高校までを暮らしたのだが、いくつかの旧「国鉄」線が廃線になっており、バスにとって変わられたりしている。
たまにふるさとに帰ると、一両や二両のワンマンカーになっている2時間に一本ぐらいの線に乗って、ノスタルジアに耽ったりもした。
走り去っていく車窓からの光景を眺めながら、観光ということではなく、自分の昔のセンチメンタルな心象が、車輌の揺れやゴットンゴットンという音や地元の人たちの方言丸出しの途切れ途切れの会話と共に、鮮やかに浮かんでくることになる。
車で走り抜けるのでは、こんな感情は起こらない。



『RAILWAYS』は鉄っちゃんたちにとって見れば、夢のような映画である。
鉄道あるいは車輌をとりあげた専門ビデオはどれほどもあるが、鉄道(車輌)そのものを主人公のように据えた劇場映画としては、邦画では初めてのことかもしれない。
それがともあれ成立したのは、僕も乗ったことがあるが、島根のローカル線である一畑電車(一畑電気鉄道含む)ありきであろう。
たった一両か二両の、オレンジや黄色に塗られた懐かしい電車。
そのなかには、丁寧にメンテされながら80年走り続けてきた電車や、メトロから回ってきたおふるの車輌がある。
鉄っちゃんならば、すぐに「ああ、デハニ53が・・・」と感涙してしまうようなものらしい。
鉄っちゃんではない僕のようなものでも、ニコっと笑ってしまいそうなレトロ感がある。



この映画の成立のもうひとつは、制作にあたったROBOTの創業顧問である阿部修司が無類の「鉄道ファン」であることによる。
ROBOTも2006年からポストプロダクション最大手のイマジカグループと経営統合を果たしているが、ともあれ駄作も多いが、日本の映像制作プロダクションとしてブランディングに成功してきたのは、僕たちにとっては阿部修司なくしてはありえないことだ。
阿部修司は今年、60歳を機にROBOTを「卒業」して、企画事務所を立ち上げた。
まるで、『RAILWAY』の49歳の主人公が、エリート勤めを捨てて、一畑電車の運転手に転進するような気持ちになったのかもしれない。



もちろん、この映画は島根の雲南市を中心とする地元映画でもある。
監督の錦織良成は1962年生まれだから僕より10歳ぐらい年下だが、出雲出身でしまね映画塾の塾長もしている。
自分の地元を見つめなおし、映画人というポジションから地元の人たちと連携し、地元を舞台にした映画作品を制作する、それは本当は誰もがやってみたいことであり、錦織良成の立ち位置も、それ自体としてはいいことである。
僕はこの人のミニシアター作品として異例のヒットを記録した島根が舞台の『白い船』(02年)という作品は未見である。
同じく島根が舞台の高校生の淡い恋情を描いた『うん、何?』(08年)は見ている。



今回は、たぶん制作ROBOTということでのブランディングがあり、いきなり200館のロードショーを確保し、中井貴一、本仮屋ユイカ、高島礼子、奈良岡朋子、宮崎美子、甲本雅浩といった実力派キャストを用意している。
主題歌も松任谷由美の書き下ろしのようであり、空撮シーンやご当地のそれなりのスポットやお決まりの祭りなどのシーンの撮影にあたっても、それなりの制作費がかかっているように見える。
『うん、何?』のインディーズな(意地悪く言えば貧乏たらしい)作品に触れたものからいえば、ずいぶんのご出世ですね、とも言いたくもなる。
一畑電車をフレームに入れながらの、ご当地の風景はとても美しい。
けれども、僕は原作・脚本といった面での錦織良成は、まるで駄目だと思っている。



同じご当地での最近の作品でいえばすぐに『天然コケッコー』(07年)と『砂時計』(08年)を思い出すことができる。
どちらも女流漫画家の人気作品が原作となっており、夏帆が両作品の主要なヒロインとして登場している。
僕はこの両作品とも好きな作品である。
それは、ご当地映画でありながら、ご当地を観光映画、ロケーション映画のようには、扱っていないからだ。
もちろん、幅広いファンを持つ原作漫画そのものが、きちんとした「作品世界」の魅力を持っているからである。



『天然コケッコー』でいえばしっかり島根が気に入ったのか仕事場のメインも移してしまった渡辺えりが脚本を担当し、原作のくらもちふさこの母方の出身である浜田市周辺が舞台になっているのだろうが、小さな村で「ワシ」と自分のことを呼ぶそよという少女と東京からの転校生や村の住民たちの保守的な人々が巻き起こすエピソードが、ありふれている分だけ逆に宝石のように美しくもある。
『砂時計』でいえば、話の要所に大田市の仁摩ミュージアムがからんでくるのだが、嫌で嫌でたまらない田舎の保守性の中で友だちをつくりようやくのように居場所をみつける主人公杏の母親の自殺も盛り込んで、少女から大人にいたる芦原妃名子の大長編劇画を、トラウマからの母子2代の脱却を島根の風土論とクロスしながら、かなりきわどいところに踏み込みながらよく描いている。



『RAILWAY』は、49歳の男の「会社人間」からの脱却物語と、妻と娘の人生選択と、核家族のなかでの残された母親の見守り問題と、ローカル線の地元に支持された生き残りといったかたちでの、物語の主題は現在的で多様なようには見えるとしても、なにひとつ本質的なことを描いていない。
たいした事件らしい事件が起きないことが問題なのではない。
東京時代の会社の上司役員と、ちょっとした運行トラブルで鬼の首をとったように騒ぎ出すメディアが戯画的に描かれてはいるが、登場人物がすべてなんとも「善人」らしいひとたちばかりなのである。
その分、描かれる地元も、寂れてはいるとしても、都会と対極のいい人ばかりなのだ。
地元に愛着もあるだろうし、フィルムコミッションを含めて地元の協力者はなるべく場面に「愛情を持って」登場してもらおうとでもいうように・・・。



前作の『うん、何?』でもせっかく地元のスサノオとヤマタノオロチ伝説を匂わしながら、いまどきなんのリアリティもない高校生たちのプラトニックラブとも呼びたくないような弛緩した場面が延々と続くのである。
『RAILWAY』にしても、会社勤めのストレスでピリピリしている中井貴一が、友人の事故死と母親の入院にショックを受けたことはあるのだろうが、子どものときからの夢であったことは別として、たまたまの運転手募集に応募することを決心し、上司に辞表を突然出し、隙間風が吹いていた家族に宣言するところまでが、とんでもなくご都合主義な描き方である。
善意のいい人たちは、「殴り合い」もしないし、心身症にもならないし、夢で魘されることも無い。



「鉄道映画」としてみれば、それはそれでいい映画だ。
錦織良成が地元の観光協会から、観光PR映画を依頼されたのだとしたら、なかなか綺麗に撮りましたね、というだけだ。
けれども、地元はもっともっと深い歴史と因習と疎外とそれでも続く日常の中の慰謝される部分で成立している。
勝手に言わしてもらえば、僕がもし自分の地元のフィルムコミッションかなんかで汗水たらしていたとするなら、そして『RAILWAY』のような脚本を持ってこられたとしたら、地元の活性化と知名度アップを狙って、商工会議所や地元JCや地場産業やコミュニティNPOなどに協力要請をしたりはするだろう。
それはそれで、ひとつのコミュニティ活動でありイベントだ。
参加意識が共有できればいい。
けれども、一映画ファンとして、そしてやはり自分の生まれ育った土地になんらかの歴史の特異性を持ちたい者としては、かなり複雑な気持ちではあるが、「あとは頑張っておやんなさい」と言って、それ以上の関わりを持とうとはしないだろう。

kimion20002000の関連レヴュー

天然コケッコー
砂時計

 

  

 


 


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4 コメント

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TBありがとうございました (maru♪)
2010-11-26 00:24:56
gooの方にはこちらからのTBが反映しないようです。
URLも不正なURLといわれてしまうので、リンクが貼れないと思います。
コメントのみで失礼します。

ちょっとベタ過ぎるシーンが多かったのが気になりましたが、個人的には楽しめました。
確かにちょっとご都合主義的な部分も多かったですけども・・・(笑)

やっぱり田園風景を走るバタデンが一番の主役だったかなという気もします。
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maru♪さん (kimion20002000)
2010-11-26 01:39:07
こんにちは。
まじめに丁寧に作られている映画なんですけどね。
鉄道と風景と実力派俳優たちの演技を見るのには退屈はしないんですけどね。
でもやっぱり、これは鉄道映画であり、観光映画でしょう(笑)
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-08-11 13:50:24
僕の友人にももの凄い鉄ちゃん(鉄道マニア)がいて、日本の全ての駅を回ってカメラに収めていましたが、デジタル・カメラを買ってからコストが随分安上がりになったようです。

僕は鉄道にはな~んの関心もありませんが、田舎の鉄道はのんびりして良いもんだ、とわが地方の上信電鉄と比べたりしていました。

僕がご当地映画を余り観ていないということもあるのでしょうが、kimionさんがご指摘された辺りについては余り感じず、家族について考えること多しでありました。

40代でメーカーを辞めて帰郷、母親の死を迎える、といった辺りが僕にそっくりですし、年齢的にも近く、自分と比較して実に立派な人であると感心・・・自分を情けなく感じたと言う方が正解でしょうか。
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オカピーさん (kimion20002000)
2011-08-12 09:06:43
こんにちは。
中井貴一は、こういう中年をやらせるとうまいですね。
彼の姿を見て、わが身を振り返った人は、多いでしょうね。
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