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喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

えひめ子どもチャレンジ支援機構 ~自由と不自由~ つづき

2010-05-15 | 喜久家の情報
『平礒には、別に行かなくともよいのである。
家にいればのんびりと休日の一日を過ごせる。
平礒の作業に比べれば楽だし、何より自由な時間を満喫できる。

 一方、平礒では、やるべき仕事が眼前にあり、
おもしろくないからといって、放り出すわけにはいかない。
子どもにすれば、まことに不自由きわまりないはずなのである。

 ところが、子どもたちは「自由な意思」で、あえて「不自由な活動と時間」
を選んだ。
彼らは、おそらく「不自由に勝る価値」を平礒行きに直感したのではないか。
いや、「不自由だからこそ見つかる価値」
のあることに気づいていたのではないか。
 
 だとすると、彼らはすでに、「自由」にひそむ空虚さのごときものに、
うすうす気づきはじめているのかもしれない。
言いかえれば「○○からの自由」という気ままさを求める域を超えて、
「○○への自由」という
「自らの自由意思」のおもしろさに気づきはじめたのかもしれない。

「やらされる活動」に縛られるという不自由とはちがって、
「やりたいと望んだ活動」のもたらす不自由には、
彼らにとっての未知の世界、ワクワク、ドキドキする世界があることに気がついているのだろう。
 それこそ、チャレンジ精神の核心と言えないだろうか。

 子チャレの活動は、子どもたち一人一人の生き方を大きく転換させる可能性を秘めている
ように思えるのである。  村上伸二 』

 すごく奥の深い考え方です。
「自分の人生を自分で生きているか!」ということでしょうか。
誰かの人生を生きることはできません。
自分の人生を誰かに生きてもらうこともできません。

 あたりまえで、はっきりしていることではありますが、
考えさせられることです。

「Life is good!」
私の大好きな言葉です。

                 岬人(はなんちゅう)

えひめ子どもチャレンジ支援機構 ~自由と不自由~ 

2010-05-15 | 喜久家の情報
 昨年平成21年8月29日・30日、喜久家に
えひめ子どもチャレンジ支援機構が募集した子どもたちがやって来ました。
 ちょうど、北欧エストニアからケルトが3ヶ月の中長期ボランティアとして活動していました。
 平礒で柑橘の摘果作業・五右衛門風呂体験・テント泊・自然観察・
ビーチコーミング・海水浴など全面的に協力しました。

 この活動の報告書の最初に、
尊敬する理事長の村上伸二さんが、次のようなことを書かれています。

『平成21年度の「みんなでチャレンジ みんなのチェレンジ」の最後を飾ったのは、
佐田岬半島の平礒における農業体験活動であった。
 
 冷たい雨の降りしきる1月末の日曜日、早朝に松山を発ち、
10時過ぎに現地に到着した。
 本来は、ミカンの収穫作業をしたいという計画であったが、あいにくの天候ゆえ、
倉庫の作業になった。
参加したメンバー8人は、ご協力いただいた3戸の農家に分かれて作業をすることになった。
 
 倉庫作業の目的は、収穫したミカンを出荷できるようにすることである。
ミカンにかぶせていた袋を1つずつ取りのぞく作業、
ミカンをナイロン袋に1個ずつていねいに入れていく作業、
キャリーにミカンを重ねて入れる際、各層にはさみこむ新聞紙を準備する作業、
選果したミカンを20㎏ずつキャリーに入れて大きさ別に積み重ねる作業などであった。
 
 そんな作業に午前中約1時間、午後約3時間、合計4時間近くも取り組んだ。
その間、同じ動作を延々とくり返すだけという誠に地味な作業の連続であった。
子どもたちは、黙々とはたらき続けていた。
一緒に作業をしている仲間や喜久家に来ている外国人との会話ははずんでいたが、
単純作業の繰り返しを怠ける者は誰一人いなかった。
 
 それどころか、本人たちは実に楽しそうにしている。
作業終了後も「楽しかった」と異口同音に言うのである。

佐田岬ふるさとウォーク 2010 ~喜久家サポーター~

2010-05-14 | 喜久家の情報
 明日15日土曜日は、「佐田岬ふるさとウォーク 2010」が開催されます。

 喜久家プロジェクトは、毎年このイベントに協力しています。
給水ポイントとして、清見タンゴールやジュースの差し入れをしています。

 もしよろしければ一緒にイベントをサポートし、盛り上げませんか。

 時 間  12:30~16:00
 場 所  瀬戸町 コスモ石油(水本石油)そば
 持参物  笑顔

 夜は、午後7時から平礒喜久家で懇親会を行います。
持ちより懇親会ですので、自分の食べたい物・飲みたい物をお持ちください。

 明日も、良い一日になりそうです。

                   岬人(はなんちゅう)

えひめ子どもチャレンジ支援機構 ~田舎体験をとおして~

2010-05-14 | 喜久家の情報
 昨年平成21年8月29日・30日、喜久家に
えひめ子どもチャレンジ支援機構が募集した子どもたちがやって来ました。

 ちょうど、北欧エストニアからケルトが3ヶ月の中長期ボランティアとして活動していました。
 平礒で柑橘の摘果作業・五右衛門風呂体験・テント泊・自然観察・
ビーチコーミング・海水浴など全面的に協力しました。

 以下は、大学生リーダーの感想です。

 しず より
『子チャレの活動をとおして、たくさんのすてきな方々に出逢うことができました。
NEOOUNのメンバー、平礒で出逢った地域の方々やケルトさん、浅野さん、
子チャレの大人の方々…
 私がこれからどのように生きていくのか、
どんな人になりたいのかといった目標にたくさん出逢うことができました。
 
 また、平礒がとても好きになりました。
ふるさとを大事に思い、ふるさとをもっといろんな人に知ってもらおうと活動されている
浅野さんは、とてもかっこよかったです。
私もふるさと愛媛をもっと知りたいと思いました。
自分から、地域の人と関わり、良さを見つけたいです。
 見つけることができたすばらしい人々や体験して得た気持ちを忘れず、
これからに生かしたいと思います。
歩みを止めず、チャレンジします。
この体験で得たパワーや勢いでがんばります。』

 若者は、とてもすばらしいですね。
この感性とあふれんばかりの情熱。
 しずちゃんは、この気持ちをしっかりと持ち続け、
年を明けて1月には、収穫体験、
3月には、喜久家国際ワークキャンプに参加、
4月には、双海町シーサイド公園で開かれた、
オレンジデーイベントにも参加してくれました。
 第二のふるさとになったようです。

 みなさんにも、とびっきりのふるさとがありますか。

               岬人(はなんちゅう)
 

 

えひめ子どもチャレンジ支援機構 ~田舎へ行こう~

2010-05-14 | 喜久家の情報
「田舎へ行こう!」
 昨年平成21年8月29日・30日、喜久家に
えひめ子どもチャレンジ支援機構が募集した子どもたちがやって来ました。

 平礒で柑橘の摘果作業・五右衛門風呂体験・テント泊・自然観察・
ビーチコーミング・海水浴など全面的に協力しました。

 以下は、参加者の感想です。

 さるの君 より
『みかんを摘んでいると心から清らかになっていくのを感じました。
みかんって緑色なのかなと思い、常識にとらわれてはいけないと思いました。
みかんの摘果作業をしてから、みかんのことが忘れられなくなりました。
 食・触・職、すべて体験できました。』

 まこりょー より
『石垣に興味を持ち、調べました。
また、たたりの木の話を聞いて、自然のたたりは怖いなと思いました。
日本で一番大きな木も見て、平礒にはすばらしい自然が残っているのだと思いました。
この雄大な自然を残している地域の方々の努力を感じました。
僕たちも自然は限りある資源なので、大切に守っていきたいです。
 海にも行きました。
たくさんのゴミを見て、少しでもゴミが減るように、
自分が捨てたものではなくても拾いたい。
平礒へ行くことになって、最初はこれからどうなるのか全くわかりませんでした。
でも活動をとおしてまだすばらしい自然があることに気がつきました。
今まで、やったことのないことが体験できて、とても充実した活動になりました。』

 しゅんすけ より
『喜久家での農業体験は、とても良い体験になりました。
 大きな木や海に囲まれた環境の中での摘果作業は、熱中してしまい、
ほとんどしゃべらず、4時間作業しました。
 へとへとの体で作ったカレーとサラダは、大勢の人といっしょに食べて、
いつもよりおいしい気がしました。
 そして、初めての体験だった五右衛門風呂は大人の方の協力もあって、
気持ちよく入ることができました。
 エストニアのケルトさんとは、緊張してあまりしゃべることができなかったけど、
これからお仕事をがんばってほしいと思いました。
 宿泊の最後に海水浴もできて、とても楽しい農業体験でした。』

 田舎に生まれ、田舎に住んでいる私たちにとっては、
めずらしくもない、あたりまえになっていることが、
実はすごく貴重なものだということに気づかせてもらえました。

 田舎と都市との交流は、とても大切なことです。

 写真は、平礒のフクロイセで、
誰かが、平たい青石をモニュメントとして立てたものです。
なかなかいいですね。

                  岬人(はなんちゅう)

えひめ子どもチャレンジ支援機構を応援

2010-05-13 | 喜久家の情報
 昨年平成21年8月29日・30日、喜久家に
えひめ子どもチャレンジ支援機構が募集した子どもたちがやって来ました。

 ちょうど、北欧エストニアからケルトが3ヶ月の中長期ボランティアとして活動していました。
 平礒で柑橘の摘果作業・五右衛門風呂体験・テント泊・自然観察・
ビーチコーミング・海水浴など全面的に協力しました。

 以下は、参加者の感想です。

『ケルトさんは、日本が好き、田舎が好きという思いで、
はるばる平礒まで来られました。
ケルトさんの実家の写真も見せてもらいましたが、
シルバニアファミリーの赤い屋根の大きなおかしのようにかわいいおうちでした。
 でも平礒の喜久家では、土間があって、五右衛門風呂があるような、
日本の古民家で3ヶ月暮らしています。
 
 文化の違い、したことのない農作業、言葉の違い…。
いろいろな違いの中でとまどうこともあったと思います。
不安もあったと思います。
それでも、明るく過ごしていて、村人の中になじんでいました。
知らないところに行く勇気がすてきだな、と思います。
やりたくないことにチャレンジする姿がすてきです。
 
 海では、多くの海藻、魚、石、ゴミを見つけました。
外国や広島のゴミが流れ着いていました。
このゴミは、海を汚して、環境を悪化させています。
 
 少しでも、ゴミが減るように自分が捨てたのではなくても、
拾ってちゃんと処分したいと思います。』

 ケルトとの出逢いが、とても印象的だったようです。
 人は、同じタイプとの出逢いからは安心を、
ちがうタイプとの出逢いからは成長を手に入れるのだと思います。

              岬人(はなんちゅう)

北欧エストニアからの絵はがき

2010-05-11 | 喜久家の情報
 北欧エストニア出身のケルトという女性が、喜久家ボランティアとしていました。
昨年の7月から10月までの3ヶ月間。

 とてもかわいい、人なつっこい女性でした。

 そんな彼女から、突然、絵はがきが届きました。
あて名は、双子の娘たちへ。

 こんなことが、書かれていました。

『さやかとひかるへ
 こんにちは、お元気ですか。
私は、元気よ。
あのね、ケルトねえちゃんを覚えていますか?
一緒におばあちゃんの家で遊んでくれてありがとう。
さーちゃんとひーちゃんが来る日をいつも楽しみにしてたよ。

 今、私は専門学校で服を作ることを勉強しています。
いつか、ふたりにも何かかわいいものを作れるかな。
明日は、モデルをします。
すごく楽しみにしてる。
さーちゃんとひーちゃんは、まだ学校で運動が第一ですか。
すごいよ。私より早いよ。
 お兄ちゃんとお母さんとお父さんも毎日楽しいですか。

 別れる日、私にくれた手紙で
「忘れないでね」
と、書いていたね。
ゼッタイ、忘れないよ。
さーちゃんとひーちゃんが大好き。

 いつか、ふたなづ小学校の美術の先生に来たいな。待っててね。

          ケルトねえちゃんより CHU~ 』

 娘たちは、それはそれは大喜び。
「ケルトねえちゃんに手紙を書く」
と、言ってはりきっています。

 北欧エストニアからの手紙が、日本の田舎に届いたのです。
世界は、どこまでもつながっているのですね。
 そして、娘たちは、ケルトねえちゃんと遊んだあの夏休みを、
一生決して忘れることはないでしょう。
もしかしたら、いつかまた再会するかもしれません。
 
 夢は、広がります。
 佐田岬の小さな小さな郷の、
大きな大きな物語がつづきます。

                    岬人(はなんちゅう)

佐田岬の小さな小さな郷の物語 3

2010-04-22 | 喜久家の情報
 毎年3月に「喜久家国際ークキャンプ」を実施している。

 今年も国内外から10名もの若者が集まり、一緒に活動てくれた。
わずか2週間ながら、かけがえのない時間を共に過ごした仲間たちとの別れは寂しく、
涙があふれ出る。
 
 以下は、旅立った一人の若者から送られてきたメールである。

 『初日は、平礒という郷で、
今まで出会ったことのない仲間たちと農家の方たちと共に農作業をして共同生活が送れるかどうか、本当に不安でした。
でも平礒という郷に来てみてうれしいこと、楽しいこと、
辛いこと、悲しいことなど自分の気持ちを素直にぶつけられる場所であると実感しました。いろんなことがあったけれど、私は来るべくして来たのだと思いました。
 
 私はこの出会いをずっと大切にしていきたいと思っています。
だからまたひと回り大きく成長して、平礒に帰って来たいと思います。
行ってきます。』

 
 若者たちとの新しい出会い・つながりは、これからも続いてくだろう。
佐田岬の小さな小さな郷の大きな大きな物語。
そこには、ふるさとの明るい未来があるような気がする。
 
 Yes, We can .       

佐田岬の小さな小さな郷の物語 2 

2010-04-22 | 喜久家の情報
佐田岬の小さな小さな郷の物語
~「喜久家(きくや)プロジェクト」若者と共に郷づくり~

「郷のいいところを守り、来をいいものにしていきたい。」
地域の人たちのそんな思いを強く受け、
「喜久家プロジェク~若者ボランティアと共に郷くり~」
が2年前の2007年2月にスタートした。

 若者ボランティアを国内外から受け入れ郷の再生と創生をめざし、
一緒に取り組んでいる。
 空き家になっていた家を借り受け、
家主の名前をとって「喜久家(きくや)」と名づけた。
喜びがずっと続きますように、という願いもめられている。
ボランティアとして来てくれた若者たちは、この家で共同生活を送る。
炊事などを分担し、相手を思いやり、時はぶつかり合いながら、絆を深めていく。
 
 日中は、受け入れ農家と一緒に農作業をしながら、様々な話花が咲く。
お互いにとって初めての感覚。
 今まで他人のうわさが多かった地域の人の話題が、
東京・台湾・韓国・ドイツ・アリカ・イギリス・エストニアなどの話へと広がっていく。
またどんな思いで農業をしているかとか、地域の様子について熱く語る。
中には、韓国語を若者から教えてもらい、会話を楽しむ人もいる。
時には野菜やおかずのおすそ分け。
時には、家招いての食事会。 
 
 そして喜久家には、地域の人はもちろん、地域外からも交流を求めいろいろな人が集い、飲み、語り合う。
未来や夢を語る人たちの顔は、とても輝いている。
 
 この3年間で30名の外国人と20名の日本の若者が、ワークキャンプをとおして郷づくりに関わってくれた。
最初は農作業だけだった活動も、交流座談会・学校訪問・清掃活動・地域行事への参加など次々と広がっている。
この他、日帰りで喜久家プロジェクトに関わってくれた日本人は、のべ250名を超える。 
 

佐田岬(さだみさき)の小さな小さな郷(さと)の物語 ☆

2010-04-21 | 喜久家の情報
 佐田岬(さだみさき)の小さな小さな郷(さと)の物語。
  
 私のふるさとは、四国最西端の伊方町平礒(ひらいそ)。
日本一細長い佐田岬半島の先端にある。
地図で見ると、何か遠くを指さしているように見えるが、ふるさとの未来を指さしているようにも感じられる。
 世帯数は17戸、人口50人足らずの小さな小さな郷。
そのほとんどは、清見タンゴール、甘夏柑、デコポン、伊予柑などの柑橘農業で暮らしを立てている。
北風吹きつける冬、山は黄金色に色づき、実りの季節となる。
 
 海から空へとつづく段々畑は、海抜200メートル以上にわたり、碧石の石垣に支えられている。
先祖が一つ一つ海岸から背負って運び上げ築いたものだ。
きれいに切りそろえられた暴風垣とあわせ、古代の城郭遺跡のようでさえある。
豊かな太陽、ミネラルを含んだ潮風、適した土によって育まれた柑橘は、
味わう人に命を与える。
 
 「農業という生産のカタチがしっかりとした地域は、地域のカタチもしっかりとしている」
と言われるが、土を愛する平礒の人たちは、まじめで温かく、支え合って生きている。
 
 このふるさとの良さを感じるまでに長い時間がかかった。
自分の中のものさしが、便利か不便かにばかりとらわれていた気がする。
便利さを求めるがあまり、まちがなくした大きなものが3つあると思う。
それは、静けさ・暗闇・人とのつながり。
 何もないがゆえに静かな郷は、自然を十分に感じられるし、
自分をみつめる時間をたっぷりと与えてくれる。
 街灯が少ない郷の暗い夜は、月や星、蛍の光をより輝かせ、
明るい家族団らんの時をより恋しく思わせる。
 誰からも干渉されない生活も楽だが、「どうぞ」というおすそ分けのつながりは温かい。
 
 郷の風景は、30年前と比べてもほとんど変わっていない。
まるで時間が止まったような。
「不便だけれど、変わらないところが良さかもしれない」と思うようになった。
 
 一方で人口は、減り続け、空き家や作り手のいなくなった畑が多くなっており、
未来予想図は、決して明るいものではない。
それは、愛媛県内そして日本国内の多くも同じ状況になっている。
 
 地域人としてもっとできること、やらなければならないことはあるような気がする。

ニューヨークからの便り

2010-04-17 | 喜久家の情報
 喜久家を旅立った若者たちは、今どこで、どうしているでしょう。
そんなことをよく思います。
その数は、毎年増えていっています。
 そうしてたまにメールをしたり、届いたり。
 
 2年前「レイセン」というニューヨーク生まれの若者が喜久家に来てくれました。
3ヶ月いたのですが、小がらながら、とってもよく働く、礼儀正しい、やさしい人でした。
見た目は、ハリーポッターのような。
(写真まん中の黒いTシャツを着た若者。)
 
 その間、国際ワークキャンプがあったり、
それが終わったあとは、韓国のロビンやドイツのジャナイといっしょに暮らしていました。
レイセンのまわりには、いつも笑顔が絶えませんでした。
それは、レイセン自身がいつもそうだったからです。

 レイセンから届いた2つのメールを紹介します。 

『☆4月14日のメール

 お元気ですか。 
桜がいま咲いていることでしょう。
ニューヨークでは、桜もあるし、ほかの花のある木も多いです。 
とてもきれいです。 

 いいニュースがあります。 
カナダのトロント大学の申し込みに合格しました。 
9月から始まります。 
物理学を勉強するつもりです。

 ヘミちゃんが伊方に戻ってきたって聞きました! 
楽しそうてすね。 
僕も行きたい。 
 来年の夏日本へ行けるかもしれません。
では、またね! みんなさんによろしくを!


☆4月16日のメール
 
 今でも連絡とっているのが、自分もとてもうれしいです。 
喜久家に住んでいた時が、自分の人生で一番想いで深い時でした。

 できれば、ぜひトロントに来てください! ご案内します。 

 ブログすごいですね。 日本語を読むのが遅いんですけど、少しずつ読んでみます。 
喜久家のニュースをいつも聞きたいです。 
私のことを書いてくれるとは、光栄です。

 将来の思いもあります。 
卒業したら、農業をしようと思っています。 
やはり、平礒でその興味が始まりました。
あれからもっと農業について習いました。 
特に有機農業と都市農業に興味があります。 

 石油がだんだんなくなってしまうので、輸入とかができないほど高くなってしまいそうです。 
なので、地場産業がますます必要になりそうです。 
ご飯は一番必要なので、地場農業を伸ばすことがとても大切だと思います。

 ちょっと聞きたいことあります。 
きちさぶろうさんとつねきちさんの住所を送っていただければ、本当にうれしいです。
またメールします。
 では、レイセン』

 どうですか。
本当、うれしいです。
大都会ニューヨークで、桜を見ながら日本の平礒を思いだし、
将来は、農業をやってみようと考えているとは。
 ニューヨークやカナダのトロントへ会いに行きたくなります。

 世界が小さく・近く感じたメールでした。

                     岬人(はなんちゅう)

喜久家を離れて ~加藤侑子さんより~

2010-04-05 | 喜久家の情報
 喜久家を離れてからも、たくさんのメンバーがお便りを送ってくれます。
それは、私たちにとってこのうえない喜びです。
今日は、加藤侑子さんからのお便りを紹介します。
加藤さんは、3月1日から15日までの喜久家国際ワークキャンプに参加してくれました。
岐阜県出身で、とっても明るい、田舎大好きの女性です。
詳しくは、過去のブログをご覧ください。

『お久しぶりですお元気ですか^^?

 最近は好天が続いてますが、農家の方たちの作業は順調に進んでいますか?

 たったの2週間でしたが、伊方での体験は私にとってとても有益なものでした。
初めてのかんきつ類の収穫、農家の人とのふれあい、小中学校の子とのふれあい、
2週間の共同作業共同生活…
すべてが私にとって新鮮そのものでした。

 実際にみかん畑に行き、みかんの収穫から出荷の手前まで手伝うことで、
スーパーに並んでいるだけのみかんのイメージしかなかったのが、
当たり前ですが、商品はひとつずつ誰かの手によって作られているんだよという事実を再認識することができました。
 愛媛から帰ってスーパーに行ったとき、思わずみかんコーナーに行って、
生産地等を確認しちゃいました。

 ところでこのワークキャンプは、若手が減少していく平礒に、
若い風を取り込もうという取り組みだと思うのですが、
私たちワークキャンプメンバーにも、新しい風を取り込むきっかけになったように思います。

 帰りしなに、愛媛大学の3人とスキとしょうの6人で、愛媛の観光をしたのですが、
みなこのワークを経験したことにより、日本の農家のこれからや
自分たちの将来について考えるところがあって、討論にまで至りました。(笑)

 昨日今日、なんとなんとなんと!!
スキとオードリーが名古屋に来てくれました!!
 先週から妹と二人暮らしを始めたので、
昨日は私の家で一泊して、積もり積もった話をしました。
 二人は伊方のワークの後に名張でのワークもあったのですが、
比べてみて、地域の方とのコミュニケーションが取れたことやメンバーの仲の良さ、
ワーク内容の充実などで、伊方は最高のワークキャンプだったよ、と言ってました^^
 またあのメンバーでワークしたいなって心から思います。

 ひーちゃんさーちゃんは元気ですか?
小学校の遠足からだったので、期間は短かったですが、
仲良くしてくれて本当に本当に嬉しかったです。
 別れるときはその分つらかったですが、また伊方を訪れるときに成長した2人に会える楽しみが出来ると今は思っています。
 その時には、またゆっくりお話しさせてください^^!』

 第二のふるさとと思ってもらえたらうれしいです。
私たちが、田舎に住んでいて気づかない、田舎のすばらしさを、若者たちは気づかせてくれるのです。
 「ちがいを豊かさに変えていく☆」
そんな取組を積み重ねていきたいと思っています。

 

                     岬人(はなんちゅう)





すてきなお便り ☆

2010-03-28 | 喜久家の情報
 すてきなお便りをいただきました。

 愛媛大学教育学部の久保さんからです。
久保さんとの出会いは、昨年の夏。
喜久家で「田舎に泊まろう」企画をしたときの中高生のリーダーでした。
今年1月下旬、柑橘の作業にも中高生のリーダーとして来てくれました。
そして3月には、喜久家国際ワークキャンプに友だち2人と一緒に途中参加してくれたのです。
 
 その体験をふり返って次のようなお便りを送っていただきました。

 『夏から大変お世話になりました。
みなチャレで伊方を知ってから、たくさん貴重な経験をさせて頂くことができて、本当に本当に良かったなと思っています。

 ワークキャンプの4日間はすごく濃くて、貴重な経験ができました。
 農家の方からは、平礒の暮らしや人々の関わり、ご自身の人生、仕事への思い、子どもへの思いなど、じっくりお聞きすることができました。
私がこれからどう生きていくのか、すごく考えさせられました。
どこにどんな思いで住んで、何を考えて生きていくのか、今まで深く考えていませんでした。

 ワークキャンプの仲間からも、たくさん刺激を受けました。
あたたかい気配りをしてくれたり、メンバー一人一人をよく見ていたり、集団で生活する中で自分がどうすれば貢献できるのか考えて行動していたり、自分の考えや思い・経験を自分の言葉で語れたり・・・
 
 驚きの連続だったし、見習いたいなと思いました。
自分も、もっと考えよう、もっと悩もう、大人になろうと思いました。
たった4日しか一緒にいなかったのに、すごく深い話もできました。
私のことを見てくれていて、私の課題を教えてくれたり、新しい考え方を教えてくれたりしました。
自分を磨こうと思ったし、真剣に考えようと思いました。

 ワークキャンプには4日だけの参加にも関わらず、メンバーは受け入れてくれて、仲間に入れてくれました。
小さなこたつに11人で囲んで、夜までいろんな話をしました。
本当に本当に幸せでした。
喜久家はあたたかかったです。
こんなに仲良くなれて、かっこいいと尊敬できて、また会いたいと心から思えて、ずーっと連絡を取ろうと思える仲間に出会えて、とてもとても嬉しいです。
すごく大事にしたい出会いです。

 最後のフェアウェルパーティーに来るときに、田村さん(田村菓子舗の三代目)に松山から車に乗せて頂きました。
そのときに、車の中で2時間、田村さんとお話することができました。
地元で生産されているものを使ったお菓子作りをされている田村さんの思いや、実習に来る子ども達への思い、地元への思いをお聞きすることができました。

 自分の目標や思いを熱く語って下さって、すごくかっこよかったです。
熱く語れるだけの思いを持って、お仕事されているのを知って、こんな風に生き生きキラキラお仕事できたらいいなと思いました。
 田村さんにお会いする前に、デコポンろーるを頂いたとき、本当においしくて嬉しくて幸せだったのですが、お菓子に込められた思いを聞いてもっと好きになりました。

 今回、参加して、どんな教員になりたいのか、何を伝えていけばいいのか、どんな人間になろうか、頭の中をぐるぐるしています。
多くの方から、心にたくさんプレゼントをもらいました。
心の中に、いろんな思いが入ったけれど、さてこれからどうしようと考えています。
ワークキャンプで素晴らしい方々に出会うことができたことだけで、すごいことをした気分にならないで、この経験を活かせるようにします。

 こんな素敵な経験をさせて頂いて、本当にありがとうございました。
 三崎の星は本当にきれいでした。今も忘れられないです。』

 いかがですか?久保さんの想い。
 「すばらしいのは、こんな体験に感動する彼女の心がすばらしい」
と思いました。
 そして田舎には、そんな感動をおこさせる人やモノがいっぱいあるのです。

 みなさん、「田舎に泊まりましょう!」

 喜久家では、多くの人の受け入れを行っています。
ワンコインで。
お気軽にどうぞ。

                           岬人


ホンモノの学び

2010-03-18 | 喜久家の情報
 喜久家国際ワークキャンプは、さまざまな感動とつながりを残しました。

 その一つが、愛媛大学の学生さんとのつながりです。

「ぜひワークキャンプに参加してみたい」という思いを受けて、
途中4日間だけの参加でした。 
短い期間ながら、その感動と学びは、とても大きかったようです。
参加したゆめちゃんからのメールを見てください。

「こんばんは。
昨日から喜久家にも新たなメンバーが増えたんですかねぇ??

 短い間だったのですが、本当に貴重な体験をさせていただきました。
この喜久家プロジェクトを通して、国際交流をするだけではなく、地域の方々と
関わることで、将来自分の考えている学校づくり、教師というものを再度考える
きっかけにもなりました。

 今、学校、地域、家庭の繋がりが希薄化している中、この二名津、平磯地区では
それぞれの繋がりが強いなと感じました。
 
 その関係づくりを深めるきっかけというのがこの喜久家プロジェクトでもあり、
長武さんの地域の一員としての関わりであったり、教師としての関わりを上手く
使い分けているからだと思いました。

 今回の喜久家プロジェクトに参加して、もっと家庭、地域、学校の三関係を深め
る方法を勉強したいと思い、
“地域に根付く学校”
という形で卒論の研究ができたらなと今、考えています。


 またお会いできる機会がありましたら教師という立場で色々なお話ができたらな
と思っています。

 このような出会い、繋がりを大切にしてこれからも勉強に色々な活動に励みたい
と思います。
何かありましたら、またご連絡させて頂きます。」


 彼女は、教育学部で教師への道を歩んでいます。
彼女がめざす教師像はちょっとちがっていて、その想いがキラッと光っています。
それは、「地域の中の学校」をかなり意識しているということです。
これについては、私とピッタリ。
ぜひいっしょに取り組んでいきたいものです。

 愛媛県内の大学生にワークキャンプという学びを広めたい、と思っています。
「地域づくりは、人づくりから」
若者の力を信じています。


 写真は、フェアウェルパーティー想い出のあいさつで涙ぐむ若者たちです。


 ゆめちゃん、近いうちにまた会いましょう。

                      岬人(はなんちゅう)




告白 ~平礒へ~

2010-03-16 | 喜久家の情報
 告 白 ~平礒へ

 ここに伝えたいことがある
 胸にかかえたこの想いを
 うまく言葉にできないけど
 どうか聞いてほしい
 いつの間にか ここで2週間 時を過ごしていた
 笑いながら この平礒で働いて 時を過ごしてきた
 今までをふり返れば 想い出がつまっていて
 でもそれを伝えるのは難しく
 それでも 伝えたくて
 いざこの前に立つと 勇気が臆病風に吹かれ
 さんざん予習したフレーズ 胸からあふれ出して忘れる
 熱くなる鼓動が 痛いくらい 本当に自分らしくない
 もうカッコ悪くてもいいや
 とにかくみんなに聞いてほしいんだ
 大好きだ 大好きなんだ
 それ以上の言葉をもっと上手に届けたいけど
 どうしようもなくあふれ出す想いを伝えると
 やっぱ大好きしか出てこない
 ただそれだけで でもそれがすべて

         ありがとう by workcamp member


 これは、フェアウェルパーティーで、ワークキャンプメンバーが
平礒喜久家での生活をふり返って、
替え歌として歌ってくれたものです。

 写真は、娘たちがとってもしたっていた侑子ちゃんとのショットです。
侑子ちゃん。また、会いましょう 

                        岬人