喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

家族でいっしょに働くことの幸せ

2016-11-29 | 田舎暮らし
働くということで、農業や田舎の良さを感じることがある。
それは、家族でいっしょに働けるということ。
ゆったりと。

 写真は、ふるさと平礒での様子。



 弟の洋海と2人の娘たち、そして母。
10年ほど前のこと。
楽しそうに柑橘を選果。
 2・3歳の姪たちもお手伝いのつもり。
これがいいのだ。

 子どもは、親やばあちゃんら家族の働く姿を見て育つ。
それがどれほど大切なことか。

 

 これも9年ほど前の写真。
小学3年生の息子も喜久家ボランティアとして来てくれた
韓国のキリュウちゃんや埼玉のお姉さんたちといっしょにお手伝い。

 

 7年前、父と母の選果の様子。
父がこれほど笑顔で写真に写るのは、とてもめずらしい。
きっとよほど楽しかったのだろう。

 

 6年ほど前の収穫作業の様子。
娘が、ばあちゃんといっしょに汗を流す。
豊かな実りに感謝。


 働くということは、心豊かな人生を送るためにとても大切。
大切な人といっしょに働ける。
共働って、本当に幸せなことだと感じる。

 そんな時間がふるさとには、流れている。

                      岬人(はなんちゅう)

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都会と故郷の田舎 ~あべのハルカスを見て思ったこと~

2016-11-28 | 社会
 11月25日(金)、大阪へ向かう。
途中、淡路大橋。


 神戸ポートタワー。
空間を効率的に使う都市高速。


 26日(土)
 あべのハルカスと大阪のまち。








 人の力はすごい。
よくこれほどのものをつくったものだ。

 東京や大阪といった都会は、どんどん新しい物を生み出していく。
生み出すが故にどんどん壊していく。
 つくっては壊し、またつくっては壊し。

 それが都会の役割なのかもしれない。

 人工物が多く、自然のものは数えるくらいしか見当たらない。



 一方、我が故郷の田舎。


 私が幼い頃と比べて何十年もの間、おおきく変わったところはない。
都会と逆で、自然の風景がほとんど。

 人がつくったものは、長い間、必要なものだけが残されている。
暮らしの知恵なのだろう。

 田舎は、どんなものを残していくか、いかに残すかを探ってきたようだ。
先人たちの足跡が感じられる。


 もっともっと都会と田舎が交流し、
それぞれの果たしている役割を確認したらいいだろう。



 シンプルな暮らしが好きだ。
この故郷で生きていく。


               岬人(はなんちゅう)
 
  
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幼なじみと大阪の「てんぷら敬」で飲んだ思い出

2016-11-27 | 感動
 忘れられない店がある。
また行きたい店がある。
 
11月26日(土)、大阪に出張があり、小学校からの同級生に連絡をした。
「一緒に飲みに行こうや。紹介したい店があるんよ。」
即答だった。

 当日の夕方、アベノハルカスを案内してもらい、
福島区にあるマー君の行きつけの店をめざす。

 駅を降り、商店街を歩く。
釜木で育ったマー君は、いつもここを通って行き帰りしている。
愛媛県佐田岬の平礒と釜木で生まれ育った2人が、まさか大阪で飲むことになるとは。

 そんなことを思いながら、5分ほど歩いただろうか。
「着いたで。この店よ。」
真っ白い蔵の造りをした小料理屋。「てんぷら敬」。


 小窓から中の様子が見える。


 「この店のご夫婦、とってもいい人たちなんよ。」
マー君の言ったことが、のれんをくぐってお二人のお出迎えを受けてすぐにわかった。
やわらかいもの言いからその誠実さが伝わってきた。

 カウンターの席が予約されており、すぐに料理が出始めた。
まずはビールで乾杯だ。
一番搾りが美味い。
 

 白身魚の刺身。
ご主人の故郷、大分県の津久見から取り寄せられたものだろう。
津久見と言えば、我が故郷と豊後水道をはさんで、向かい合っている。
したがって捕れる魚も似ていて、まちがいなくおいしい。


 珍しいものが出てきた。


 私が大好きなかまの塩焼き。


 マー君がお勧めてんぷらをさらに追加注文。




 天つゆもいいが、塩をつけて食べるのもいい。
きれいな桜色の塩だ。


 おいしい料理にお酒もどんどん進む。
そして様々な話に花が咲く。
 マー君が大阪に就職してもう20年が過ぎた。
田舎者が大都会で生活していくにはたくさんの苦労もあったことだろう。
それでも佐田岬の生まれらしく、ねばり強く暮らしてきたようだ。
そして人に対しては誠実に。
 だからマー君の雰囲気は全然変わらない。
すてきな生き方だ。

 

 そんなマー君だから、この店の常連になったのだろう。
ていねいに、黙々とおいしい料理を作ってくれるご主人。
明るく、ていねいに料理を差し出してくれる奥様。
 とても居心地がよく、落ち着ける。
いただいたのは、料理だけではなかった。



 名残おしかったが、ていねいにお礼を言い店を出た。
お二人の心のこもった声が耳に残る。

 
「てんぷら敬」
また来たいすてきな店だ。

      岬人(はなんちゅう)



 
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第68回全国人権・同和教育研究大会

2016-11-25 | 社会
 明日、明後日、大阪で全国人権・同和教育研究大会が開かれる。
そのため、今日から出発。

 大会テーマは、
差別の現実から深く学び、生活を高め、未来を保障する教育を確立しよう

~部落問題を解決し、人権文化の創造をはかるために、同和教育の充実と発展を通して人権教育・人権啓発を構築していこう~


 誰もが自分らしく生きていける地域をつくっていきたい。

 まずはふるさとから。


            岬人(はなんちゅう)
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何やら楽しそうな韓国人? の集まり

2016-11-23 | 地域づくり


 よく似ている。
見れば見るほど、韓国人に似ている。

 特に、両側の2人の男性は。

 以前韓国へ旅行に行ったとき、現地の人から韓国人とまちがわれた。
同じく最近韓国へ行くことが多い友人の大藤君も韓国人にまちがわれるという。

 大藤君によると、差し出しているひねった指は、今韓国で流行っているハートマークらしい。

 そんな3人がなぜ伊方中学校に集まったかというと。

 これがおもしろいことが起こりそうなのだ。

                      岬人(はなんちゅう)

 
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おかけや  okakeya

2016-11-23 | 地域づくり
1週間前の11月16日(水)。
愛媛県東温市の重信中学校に用事があった。

 十分、仕事をした後、知り合いのあいさんが運営している
「おかけや」に足を運んだ。

 オープンした時以来だったので7年ぶりくらいになる。



 ドアを開けると、そこには居心地のいい空間が広がっていた。
当時と変わらない。







 そして何よりも、強い思いをもってがんばっているあいさんがいた。

 地域づくりや福祉、岬のことなど、話は尽きない。

 久しぶりゆっくりできた時間だった。

 また来たい。

                岬人(はなんちゅう)

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台湾出身のゴーとシュー 「行ってらっしゃい。 また会おう。」 

2016-11-19 | 喜久家ボランティア
 今日、台湾のゴーとシューが今日19日に出発した。

 ゴーは、ワーキングホリデー制度を利用して昨年末から来てくれて活動してくれた。
シューは、1か月前から。

 2人とも以前、喜久家ボランティアとして3か月、活動してくれた。
あの時の経験がよかったのだろうか。
郷帰りだ。

 昨夜は最後の夜だったので、飲み物と食べ物をぶら下げて喜久家へ上がった。

 いろいろな話に花が咲いた。
本当に、おだやかで、楽しい2人だった。

 

 後に残る者は寂しい。
フランス出身のジョーとルーシャン。
これまでの4人での共同生活。
きっと忘れられない思い出となっただろう。



 今朝11時頃に職場に最後のあいさつを言いに来てくれた。
別れの時はやはり辛い。
胸にこみ上げてくるものをぐっとこらえ言った。

「行ってらっしゃい。また必ず会おう。」

 喜久家に、そしてそれぞれの心に、また一つ大切な思い出ができた。

 喜久家の物語は、続いていく。

                     岬人(はなんちゅう)

          
 
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「平和の語り部 杉野富也さん講演会 ~聞けわだつみの声~」

2016-11-15 | 社会
今から75年前の1941(昭和16)年12月8日に始まった太平洋戦争は、多くの苦難と悲しみを残しました。
 日本一細長い佐田岬半島にある伊方中学校では、それらの事実をひもとき、
戦争や平和についての正しい判断力と行動力を養う取組を行っています。

 今年の夏休みに伊方町の事業と連携し、かつて特攻隊基地があった鹿児島県の鹿屋(海軍)と知覧(陸軍)
を中学生希望者15人が訪れました。
 そこでは平和や命について、これまでよりも広く、深く考えるきっかけを得ました。
その後これらの学びを行動につなげたいと考え、伝えていく取組として新聞投稿や文化祭で報告を行いました。

 投稿が新聞に掲載されてすぐ、松山市在住の杉野富也さん(91歳)という方から連絡がありました。
平和学習の内容と生徒の感想を読んで感動したとのことでした。
 
 杉野さんは、元海軍航空隊の偵察機「彩雲」の搭乗員で昭和17年、17歳で海軍航空隊に入隊。
偵察機で電信員の任務に就きました。

 松山や高知、そして終戦直前の昭和20年5月には、海軍特攻基地の鹿屋に配属され「我、突入す」
といった特攻機からの電信を次々と受信した経験をもたれています。
「隊員の友人たちは特攻でほとんど亡くなった」
と、多くの若い命が戦争で奪われたことを現在様々な機会で語る活動をされています。


 「私と同期の者は、全国で約1500名いました。
しかし当時のことを今しっかりと語れる者は片手くらいの人数しかいません。
亡くなった戦友たちから自分たちのことをしっかりと語りついでくれ、と言われているような気がしています。
これからも平和な世の中であり続けるために、私にできることがあれば声をかけてください。」

と言われました。

 このような偶然の中の必然とも言えるような出会いがあり、
今日、伊方中学校で講演会をしていただくことになりました。





 実際に戦争を体験された人から聞く話は、胸にせまるものがありました。
 太平洋戦争が終わり71年が経ち、戦争体験をされた方々から話を聞ける機会は年々少なくなっています。
生の声を聞くことができるのは、生徒たちが最後の世代となるかもしれません。
 この「平和の語り部講演会~聞けわだつみの声~」により大切なバトンのリレーが行われることを願っています。

 講演会後には、懇談の時間もあり、
「平和な今の日本をまもっていくのは若いみなさんです。
戦争は絶対にいけません。
2度とあんな戦争が起こらないよう、よろしくお願いします。」

という思いを託されました。

 
 そして歳の差が約80歳ある杉野さんと中学生たちが、固い握手を交わしました。


 新聞社の取材もあり、自分の思いをしっかりと語る中学生に感動しました。


 佐田岬の中学生たちには、すばらしい未来を築いていこうとする心が育っています。


            
                   岬人(はなんちゅう)


 

       
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平成28年度愛媛県人権・同和教育研究大会

2016-11-10 | 教育
 分かっているようで、分かっていないのが人権。

 昨日よりは、今日が。
今日よりは、明日が。
少しでも人間的に成長した自分でありたいと思う。

 そのためには、学ぶことが大切。

 人としての尊厳や権利を学び、差別や偏見のないふるさと・地域社会をつくっていきたい。


 愛媛県人権・同和教育研究大会に参加した。



 講演会では、岡省吾さんが、愛媛の水平社運動の先駆者である
「松浪彦四郎」について語られた。



             岬人(はなんちゅう)

 




 
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子どもの誕生日は、親の記念日

2016-11-08 | 家族
 昨日11月7日は、双子の娘たちの16回目の誕生日だった。
自分に置き換えると、双子の父親になって16年目となる。
妻にとっては、お腹を痛めて産んだこともあり、また特別だと思う。

 誕生日とは、子どもにとっても、親にとってもそんな日。

 いつもよりも早く職場を出て家路についた。
途中、いつもお世話になっている田村菓子舗のよっくんに電話をかけ、
「今日娘たちの誕生日なんやけど、ケーキないやろか。」
「金太郎いもタルトと浅野さんちのデコポンろーるはあります。」
「それでは、金太郎いもタルトをお願い。」
ということで、買って帰った。



 夜7時過ぎ、2人そろって帰って来た。
 いつものように隣の母家に寄って、祖父母からお祝いを言ってもらい、
お菓子までもらったようだ。

 私が買って帰った金太郎いもタルトを見て、うれしそうにし、
「ありがとう。」
と言って切り分けて食べた。

 そして次に出た
「お父さん、お母さん生んでくれてありがとう。」
の言葉に、ぐっときた。



 田舎暮らしには、こんな時間とふれあいをもつことができる。
小さな幸せを感じた立冬の夜だった。

             岬人(はなんちゅう)

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田舎とはひと味違う店やカフェ

2016-11-06 | 感動
 太平洋戦争のとき航空隊員だった人に話を聞かせてもらうために、松山を訪れた。
待ち合わせ場所は、南吉田の「海響市場」、「エフマルシェ」。


 以前待ち合わせをしたことがあったのですぐに分かった。
近くの掩体壕(えんたいごう)で2時間ほどの話が終わり、エフマルシェに入ってみた。

 田舎の店と比べて個性的なところを感じることが好き。
海鮮物は、さすがに田舎の方が圧倒的に迫力があるので、大したことはなかった。

 ところが、他の食べ物はほとんど県内の個性的な商品が並んでいた。
ここまで地元にこだわるところがおもしろい。
 田舎の店こそ目指してほしいところだ。

 次に訪れたのが、伊予市の田舎にある「もにこど2」。
昨年紹介してもらった隠れ家的なお気に入りの店。
 民家のような居心地のよさ。

 玄関をめざす。




 玄関を入ると正面に最近まで使っていたような調度品。




 静かな離れに入ると、ここにも珍しいものが置かれていた。






 外を眺める。


 オーダーは、香りが独特な炭焼コーヒー。


 ゆっくりと午前中聞いたお話をふり返った。
こんな場所で、こんな時間もいいものだ。
 大満足の時間を過ごし、店を出た。

 帰り道、伊予市のディックを曲がったところで、たまたま目についた店。


 店の看板が何ともかわいい。
「三日月とCAFE」


 空港通りにある店と姉妹店らしい。
今度ぜひ入ってみたい個性的な店だ。


 さて田舎にはどんな店がうけるのだろうか。

 第2の人生は、ふるさとの田舎で店でも始めようか。
お店を通して、田舎の味と文化、雰囲気を残すために。


                  岬人(はなんちゅう)
          

  
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自由と平和を愛する伊方中学校の文化祭

2016-11-05 | 社会
 文化とは、自由と平和を愛すること。
文化に関するイベントを文化祭という。

 1週間前の10月30日に伊方中学校の文化祭が行われた。
オープニングは、吹奏楽部の演奏。


 さすが愛媛県吹奏楽コンクールで金賞をとっただけのことはある。
観客を魅了することが上手。

 続いてクラス対抗合唱コンクール。


 さすが3年生ともなるとハーモニーが美しい。


 総合的な学習の時間で学んだギター演奏。


 涙を誘った「鹿屋・知覧特攻物語」




 全校生徒で取り組んだ巨大モザイクアート。
今年とても輝いていた福原愛さん。


 工夫が見られる展示物。


 修学旅行の一コマを劇で演じている。






 ミュージカル「キャッツ」


 大勢の保護者やお客様の中に、喜久家プロジェクト活動中の若者たち。
右から、ジョー、ルーセン、シュー、ゴー。



 そして午後からは、ワカゾーライブ。





 子どもたちの自由な発想。
それが生活を豊かにし、平和な世の中につながる。
 佐田岬から発信してきたい。
           
          (はなんちゅう)
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文化の日の由来

2016-11-05 | 社会
 先日11月3日は国民の祝日である『文化の日』
その由来を調べてみた。

「orange情報舎より」

 その趣旨は次の通りです。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」
ではなぜ11月3日が文化の日になったのでしょうか。

 この11月3日は1946年に日本国憲法が交付された日。
そしてこの日本国憲法は平和と文化を重視したものであるため
『文化の日』として国民の祝日に制定されました。

 ちなみに日本国憲法が施行された5月3日を記念して制定された祝日が『憲法記念日』です。

 しかし実はこの文化の日という名称もその趣旨も本来の意味とは全く関係の無いものなのです。
この11月3日は元々明治天皇のお誕生日であった『明治節』と呼ばれる祝日だったのです。
 
 明治天皇が崩御(天皇がお亡くなりになる事)された後、
明治天皇のお誕生日であった11月3日を祝日にしたいという国民の声が非常に多かったために
『明治節』という祝日になりました。

 しかし日本が先の大戦で負けた後、GHQは日本の弱体化を狙い
天皇や神道に関わるものを徹底的に排除しようとしました。
 そして『明治節』も廃止されてしまうのです。

 ですが、明治天皇の『明治節』はどうしても残しておきたいという意図が日本政府にあったため、
日本国憲法の公布を意図的に11月3日にして、それを祝日にしたと言われています。

 つまり形式上は日本国憲法の公布日を祝ったものなのですが、
明治節の趣旨こそが11月3日の祝日の本来の意味なのです。


 
 なるほど。
 明治という時代は、日本が近代国家として歩み始めた時代。
様々な困難と苦労があった。
 今は、その延長線上にある。
 先人たちの足跡を知ることは、とても大切なことだ。

                岬人(はなんちゅう)




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愛媛県立農業大学校で行われた大盛況の収穫祭

2016-11-05 | 農業
 息子は将来ふるさとの平礒で農業を営むことを思い描いている。
今時の若者にしては、めずらしい。

 だが、農業に夢があるのはまちがいない。
世の中の様子をみてもそう感じる。

 そんな息子が進路として選んだのが、松山市にある愛媛県立農業大学校。
今、女子学生も多くなり、かなりの人気。


 11月3日が収穫祭ということで、妻が様子を見に行った。



 門を入って大きなやぐらが組まれている。
そこに掲げられたしびれる言葉。
「学び育てて 技術を磨く、それが我らの農業人生」 
 まるで生き方そのものの心意気を感じる。


 各テントには、学生さんが作ったとびっきりの農産物が、安い値段で販売されている。
今、野菜の値段が驚くほど高い。
それなのに、ここでは驚くほど安い。そしておいしい。 
 じょうぶできれいな花の苗はあっという間に売り切れるらしい。

 北海道の士別からも直送された農産物が安く売られている。


 この行列は?


 何と、大根抜き体験。


 子どもたちに大人気。
食育としてとても大切な一面だ。


 息子が餅をついている。


 農大の実習田で収穫された米で餅をつく。


 背負っている言葉は、
「愛媛産には愛がある」
念ずれば花ひらくなどの詩人として有名な坂村真民さんの書。
 農大生たちの農業に対する誇りだ。

 かぶっている黒い帽子は、有名な愛媛の農機具メーカーISEKI(井関)。
その誇りに満ちた帽子がかっこよすぎる。


 そしていよいよついた餅の餅まき。


 こうして収穫祭は大勢のにぎわいで大盛況だったようだ。
息子の姿も生き生きとしていた。

 農業には、人を育てる力がある。
農業には、夢がある。


           岬人(はなんちゅう)
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