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喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

ボーちゃん KWON Bokyoung

2010-09-27 | 喜久家の情報
 韓国出身のボーちゃん。

 9月13日に喜久家入りして、12月始めまで。
 今年の3月から7月まで交換留学生として、
埼玉に住んでいました。
日本語は、とても上手です。

 韓国の大学では、スキークラブの部長をしていました。
韓国大学スキー連盟のスキーコンテストに参加し、
3年間優勝に貢献しました。
 
 また、障がい者のスキーキャンプにボランティアとして参加し、
スキーを教えました。

 このように、バイタリティーあふれるボーちゃんですが、
一番の魅力は、はじける笑顔。
本当、まわりを幸せにするような笑顔です。

 写真は、佐田岬リゾートに住んでいる
大利(おおとし)さんの家に寄らせてもらったときのもの。
 餌付けされた小鳥は、手のひらに置かれたひまわりの種を
次から次へと食べにとまります。

 そんな映画のような光景に、
ボーちゃんは大喜び。

 「幸せの青い鳥」かもしれません。

                  岬人

 

平礒、喜久家から世界へ

2010-07-21 | 喜久家の情報
 先日から、埼玉において、
喜久家同窓会が盛りあがっておりました。
それだけに、別れってしんみりきます。
 侑子ちゃんから、すばらしい便りが届きましたので紹介します。

『こんにちは^^
お元気ですか?
梅雨も終わり本格的な夏になりましたね!!

 先日、平磯で出会った仲間に会うために東京に行きました
恭平、スキ、げんひと久々の再会を果たしました!
スキは筋肉マンへと進化し、
げんひは長身からさらなる上を目指していました。
知っての通りですが、恭平には特別変化はありませんでした。笑

 久々に会って感じたことは、
ワーキャンメンバーの温かさはもちろんのこと
志の高さに気付かされました
 みんな、自分の目標や夢に向かって今出来ることを
一生懸命にやる。
 
 ありきたりな言葉で安っぽく聞こえますが、
本当にみんな、そんな言葉が似合う最高な人なんだと
改めて気付きました。

 そして自分の生き方に疑問を抱きました。
このまま、なんとなく生きてていいのかって。
 平磯に行って、農家の生活に少し触れて何かを感じ、
メンバーに刺激されて、色々頑張ろうと思っていたのですが、
日常生活に戻り、同じサイクルを繰り返すうちに、
ワーキャンで感じた思いを忘れていました。
 せっかく貴重な体験が出来たのに情けないです。

 そしてまた、メンバーに会って
違う刺激を受けました。
 今度は忘れてしまわないようにと思い、
とりあえずメールしようと思って今に至っています。笑

 たった2週間でこんなに素敵な出会いがあったなんて、
本当にうれしく思います
 この企画に携わっていた人みんなに感謝したいです。

 そして、恭平に言われてハッとしたのですが
せっかくの出会いをそのまま終わらせるのではなくて、
繋げていきたいって、そう思いました。
私は 思い出としてしまってしまう悪い癖があるので…。

 私のアパートのベランダには、
向日葵が大きく成長し、もうすぐ花を咲かせようとしています^^
 夏に向かってテスト勉強に励むとともに
この夏に自分を振り返ってみたいと思います!!』

 本当、すごい若者たちです。
自分を見つめ直すやわらかさ、
夢へ向かう力強さ。
 こんな若者たちのすばらしさが、
田舎へ新しい風を吹きこんでくれます。

 いつでも、帰ってきてください。
ここが第二のふるさとですから。

                   岬人(はなんちゅう)

涙が出るような喜久家同窓会 in 埼玉

2010-07-20 | 喜久家の情報
 埼玉で行われていた喜久家同窓会。
恭平君からのちょっと、しんみりのメールです。 

『こんにちわ。
昨日は朝5時くらいまで飲み会をしていたので、
ちょっと寝不足ぎみです。

 この同窓会はすきが8月に帰ってしまうという連絡をもらったので、
急遽開催しました。

 実はみんな住んでいる県がばらばらだったんですよ。
げんひは神奈川から
ゆうこは愛知から
すきは福井からこの同窓会のために集まりました。

 そう思うと、やっぱり信じられないですね。
夜は思い出話で盛り上がり、
笑いがたえませんでした。
写真を見たり、ワークキャンプのときの歌を歌ったりしました。

 12時位にひろみさんからも電話がきました。
すごい上機嫌だったのか、電話をとってみたら、
ひろみさんが十八番のエクザイルの運命の人という歌を熱唱していました。
みんなはそれを聞いて大爆笑でした。
 
 その後、すかさずゆうことげんひに運命の人だよ。
と言い出し、よくわかりませんが、笑ってしまいました。
ひろみさん節でしたね。
 すごい良い思い出になりました。

 今度はいつになるかわかりませんが、
またあのメンバーで喜久家で集まりたいですね。
その時の主役は僕ではなく、
ひろみさんでもなく、当然長武さんですよ。
では、また連絡しますね。
失礼します。』

 後半はおいといて、
スキが韓国に帰ってしまうということで、
みんなそれぞれから集まってくれたようです。
 本当、最高の仲間です。

 彼らが過ごした時間は、
わずか2週間。 
 若いときに、こんな心ゆさぶる気持ちが味わえている
というのは、何ものにもかえがたい宝物です。

 小さな小さな平礒、喜久家の物語。

                 岬人(はなんちゅう)

喜久家同窓会 in 埼玉 2日目

2010-07-20 | 喜久家の情報
 埼玉での喜久家同窓会。
2日目に入ったようです。

 ごていねいに、こんなメールが届きました。

『こんにちわ。
村市きょうへいです。

 今日はげんひとすきとゆうこと僕で同窓会をしています。
やっぱり長武さんがいないと、
今日も盛り上がりにかけます。

 今度はぜび、参加してくださいね。
ではでは、失礼します。』

 いやいや、十分盛りあがっていますよ。
こうやって、冗談を言えるのもうれしいものです。
しかも、村市というウソの名を名のるとは。
村市忠君が笑うよ。

 みんな、元気そうです。
韓国のスキ、中国のゲンヒ、岐阜の侑子ちゃん。
本当、みんなの変わらない笑顔を見られてうれしいです。

 それにしても、またもや
スキが持っているのは、
浅野農園の清見ジュース。

                岬人(はなんちゅう)

喜久家同窓会 in 埼玉

2010-07-20 | 喜久家の情報
 先日16日に、恭平君からこんなメールが届きました。

『元気してますか?
今日はスキが家に遊びに来ています。

 浅野農園のジュースを飲みながら、
思い出話をしています。
やっぱり長武さんがいないといまいち盛り上がりにかけます。

 明日はゆうことげんひとすきと僕で地元のお祭りに行ってきます。
長武さんもよかったら来てくださいね。

 場所は埼玉ですよ。
では、お待ちしています。』

 本当に最高の仲間です。
しかも、なぜかいつも浅野農園の清見ジュースがあります。
うれしいですね。

 小さな小さな平礒にある喜久家。
ここでの出逢いが、
埼玉に、そして世界につながっているのですから。

                  岬人(はなんちゅう)

 
            

 

道草大好きな若者

2010-07-12 | 喜久家の情報
 道草が大好きな若者鈴木恭平君のことを紹介します。
先日、メールが届きました。
就職活動のため自己分析やら他己分析やら、
いろいろとがんばっているようで、少しだけお手伝いをさせてもらいました。

『返信ありがとうございます。
アンケートとても参考になりました。
おかげでなんとなく業界が絞れてきました。
今のところは鉄道、食品・飲料、卸・小売にしようかなと思っています。

 なんせ、大学のときにしていた活動が、
あまりにも多かったためしぼっても
気になる業界がたくさんありました。

 でも、正直なところ、
僕は人よりも欲がないので、あまりお金も高くなくてもいい。
 周りが大企業を狙うなか、名前なんてない企業でもいい。
家の近くでのんびり働けたら結局のところはいいのかもしれません。

 ボランティアでいろんな経験をしてきた僕に、
周りは今までの経験をどこでいかすの?
どこの会社狙うの?
商社?
外資系とみんな聞いてきますが、
僕はそんな人じゃありません。
 
 例えるとクレヨンしんちゃんみたいな人です。
おバカだけど、たまに思いもよらない結果をもたらすときがある
人間なので…

 まぁ、のんびり自分らしく働ける会社はあるのか
わからないですけど。
探してみようと思います。
では、また連絡しますね。
ありがとうございました。』

 能ある鷹は爪をかくすと言います。
でも道草大好きな恭平君らしい考え方。

 本当にめずらしい生き方です。
そして、豊かな生き方です。

            岬人(はなんちゅう)

心にひびくことば (明石康)

2010-07-11 | 喜久家の情報
 愛読書のPHP8月号に、すばらしいことが書かれていたので紹介します。

 元国連事務次長 明石康さんのお話です。

『「学校とは一点から一点への最長距離を教えるところである。」
         (フランス哲学者 ジャン・ギットンの言葉)
 
 朝日新聞の天声人語に引用されていた言葉である。
 入学から就職までを最短距離でかけぬけるあわただしい生き方には、
私も反対だ。
 人生は迷いがあってあたりまえだし、
いろいろ道草をしてはじめて人は自分の適性に気づくのだと思う。

 新卒を懸命にうばいあう日本の企業の姿は異様としかいえない。
 アメリカの一流大学は、一般教養と外国語文化を学ぶ場だし、
国連などでは修士号と数年間の職業経験のある人を優先的に採用している。』

 
 この話からすぐに頭に浮かんだのは、
喜久家に来てくれる若者たち。
 
 写真は、先日三崎中学校3年社会科の授業で、
ゲストティーチャーとして来てくれた若者たち。
 左から愛媛大学の山本さん。
 立って話をしている愛媛大学の久保さん。
 隣は、喜久家プロジェクト代表の浅野洋海。
 一番右が、フランスのパリ出身のトニー。
現在は、ボルドーの大学に通っていますが、9月始めまで喜久家で活動してくれます。

 訪れる若者たちはみんな、自分の大切な時間を使って、
喜久家で郷づくりの活動をしてくれています。
 国内から、国外から。
休みを利用して、時には休学してまで。

 そうして、自分の経験を積み重ねているのです。

 最短距離から道草するすばらしさを教えていく。
それが、学校であり、喜久家のような地域だと思います。

 「少年よ!道草しよう!」

 次回は、道草大好きな鈴木恭平君のことを紹介します。

                岬人(はなんちゅう)



 

喜久家のすてきな仲間

2010-07-09 | 喜久家の情報
 2009年の国際ワークキャンプ参加者の水野裕規君。
 
 心も見た目も好青年。
離れた後も彼とつながっています。
うれしいメールが届きましたので紹介します。

『お元気ですか?
就職活動をしていたんですが、
先日、業界中堅の建設会社から内定をいただきました!

 周りが次々と決まっていく中、
なかなか決まらずこの時期まで苦戦していたので、
ようやく決まり、ホッとしています。

 建設業界は今、不況でたいへんな業界と言われていますが、
就職活動をしていく中で自分がやってみたいと思い選んだ仕事なので、
まずは4月からの仕事をがんばろうと思います。

 就職活動で、学生生活で取り組んだボランティア活動をエピソードに、
自分の特性やそこで得たことをアピールしていました。
その中でもメインで話していたのは、平礒での活動でした。
 なので、このような結果になったのはあの日、
伊方で一緒にがんばれたからだと思っています。
ありがとうございました。

 洋海さんや農家のみなさんは元気にしていますか?
そのうち平礒へ遊びに行って、みなさんに会いたいです!』

 本当に、うれしい連絡です。
彼らが関わってくれることで、常に新しい風が吹きつづけています。
それが田舎の平礒の魅力につながっていきます。

 何もないと思っていたふるさとが、
実は見方のちがいでそう思っていただけ。
 少しずつ、少しずつ魅力が出てきています。

                        岬人(はなんちゅう)

喜久家のすてきな仲間

2010-07-08 | 喜久家の情報
 喜久家には、すてきな仲間がたくさんいます。
国内に、そして国外にも。

 その一人、水野裕規君。
彼から、とってもうれしいメールが届きました。

その前に、2009年国際ワークキャンプに参加した後に
送ってくれた感想から紹介します。

『帰り道の間ずっと、平礒でのことを思い出しながら帰っていました。
今日、千葉は天気がとてもよくて、
「今日は収穫日和だな。みんながんばって作業をしているんだろうな。」
なんて考えていました。

 みなさんの、少しでもこの平礒を元気にしたい、後世に残していきたい、
という思いに応えたくて、一生懸命手伝いをさせてもらいました。
みなさんが故郷のためを思い、こういう行動を起こしたからこそ、
僕はこういう場所に来ることができて、
みなさんや仲間と出会い、
一生忘れられないような経験ができたのだと思っています。
 
 平礒での生活がきっかけになって、
僕の住んでいる、千葉や東京の良い部分も見つめなおすことができそうです。

 今回のワークキャンプのように、それぞれの地域間の交流を増やして、
田舎と都会の両方が、お互いの良い部分を見つめ合っていければ、
僕たちの将来も明るいものになっていくのではないでしょうか。
 
 これまで、家族のようにいろいろとお世話をしてくださり、
本当にありがとうございました。

 また、平磯に帰れることを楽しみに、日々の生活を頑張ろうと思います。』

 なつかしいです。
平礒を発った後の若者たちの様子が、いつも気になっています。
 だって、もう家族のような人たちですから。

                 岬人(はなんちゅう)

 

規格外のモノ

2010-06-14 | 喜久家の情報
 NHK週刊こどもニュースに
「およっ!」
という内容がありました。

『2010年4月、「規格外野菜」という、
いつもは売られない形の悪い野菜がスーパーに並んだ。
寒い日が続いて野菜が育たず、きれいな形の野菜が足りなくなったからだ。

 でも普段、スーパーに並んでいるのは、きれいな形の野菜ばかり。
どうしてなんだろう?形の悪い野菜はどうなるんだろう?

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 実は野菜には「規格」と呼ばれる形や大きさの決まりがある。
規格は県などの自治体や農協など、地域ごとで決められている。

 規格があると、流通が便利になるんだ。
曲がったきゅうりを箱詰めするのは大変だけど、
まっすぐで長さが同じきゅうりなら箱詰めするのは簡単。
 しかも同じ品質のものが入っていたら、箱ごと値段をつけられるから手間が省ける。
そして何よりも、消費者(買う人々)が、形のきれいなものを求めるという理由もあるんだよ。
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 規格は便利な一方で、「規格外野菜」という「売れない野菜」を生み出してしまう。
中には畑に捨ててしまうものもあるんだって。
 でも、形が悪いだけで捨ててしまうのはもったいないと、
規格外野菜を利用する試みが始まっているんだ。

 370万人の会員がいる生協では、
規格外野菜のセットをインターネットで販売し始めた。
形が悪いだけで味は同じ、値段が安いということで評判になり、ヒット商品になったんだ。 
2100セットが一時間で売り切れてしまうんだって!

 でも、規格外の野菜を売り出すことは、買う人にとってはいいことだけど、
農家の人は喜んでばかりはいられない。
今まで売りに出されなかった規格外の野菜が安い値段で売り出されると、
普通の野菜が売れなくなり、値段が下がってしまうかもしれないんだって。

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 それならば、規格外野菜を加工して売ってしまおうという試みもある。
 岐阜県美濃加茂市にある食品加工会社では、
市場では売ることができない規格外野菜を集めている。
細かく刻んで、乾燥させ粉にしてしまうので形は関係ないんだ。
お菓子やふりかけ、健康食品に使われるんだって。

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 日本の食糧自給率は40%で、後は外国から買っている。
その一方で、形が悪いという理由で捨てられている野菜もある。

 自分たちが毎日食べている野菜だから、無関心でいないでみんなで考えてみようね。』

 
 上の「野菜」を「柑橘」に置きかえても同じようなことが言えます。
 実は、浅野農園でも「規格外のモノ」を生かせないかとアイデアをねっています。
今のところ、ジュースは大人気。
写真の下の段が、浅野農園のジュースです。
「大地の恵」甘夏ジュース。
「きよみ」ジュース。

韓国のアン・ジヨンからの便り

2010-06-11 | 喜久家の情報
 3年前、喜久家ボランティアとして、2人の韓国大学生が3ヶ月間来てくれていました。
アン・ジヨンとキム・キリュウです。 
 とっても明るくて、まじめな2人で、
平礒の人たちは、すぐに大ファンとなりました。

 アン・ジヨンは、今、韓国の世界的企業サムソンに就職し、
念願の建設部門で活躍しているようです。
 韓国に戻ったのちも、喜久家のことを気にかけてくれて、
メールのやりとりをしています。

 
 そんなアン・ジヨンからメールが届きました。

『こんにちは。アンです。
メールを読んですごく喜びました。
そしてこれまで全然連絡をとってなかった自分がとても恥ずかしかったです。
キクヤの皆様はお元気でしすか。

 私はおかげさまで無事に会社で頑張っています。
もう2年目になったですけど、まだまだ仕事のことは下手で、
毎日緊張の連続です。

 以前、仕事場だったマンション現場は、すでに12月に完成しました。
 7ヶ月間、休みも忘れたように頑張りましたので、
入居者に鍵を渡す瞬間には涙が出そうで大変でした。

 すべての工事が終わり職場全員で写真を撮りました。
広報用の写真撮影だったので電気を全部つけてたんです。
とてもきれいでした。
 その中で一枚の写真がパソコンにありました。
3人の女性は経理で私の右側に立っているVの女性が私の先輩です。
工事現場で女性として働くのが思ったよりも辛くて難しかったんですけど。
本当にたくさん頼りにした先輩です。
私もいつかはそんな存在になりたいです。

 今は本社の人事部に派遣されて仕事をしています。
新入社員の採用の業務を手伝っています。

 来月からはまた新しい現場での仕事が予定されています。

 建設業というのは工事が終ると、
また新しいところに異動されるのが当たり前で辛いです。
2~3年の間で仕事場が変わっていくだろうし、上司や仲間と付き合い始めるのが
大変ですね。
 また暑い夏が来たので、それも我慢しなきゃいけないんです。

 去年工事が完成してから休みをとってベトナムとカンボジアに行ってきました。
 自然に変わってきている建物や文化財などをみながら悲しかったし、また早いうちに
来たいと思いました。

 キクヤのブログのことはとてもうれしいです。
でも見覚えがないお名前ばかりだったんでビックリしました。
でもキクヤで結ばれた絆ですから、きっと良い友達になれると思います。

 もうお昼の時間が過ぎました。
 なかなか日本語を使う機会もなくなり、日本のドラマや映画を見るのも怠けているし、
一日ごとに下手になるので、短いメールなのに時間かかりました。^^*

 みなさんにとても会いたい気持ちは、キクヤを去った瞬間から変わりがありません。
私のこの気持ちがちゃんと伝えられたらいいなあ、と願っています。

 好きな歌詞に
”さようならじゃないよね。また会えるから”
というのがあります。
嵐の曲なんです。

 では、また。』

 本当、うれしいです。
 アン・ジヨンたちのおかげで、
昔は、韓国を「近くて、遠い国」と感じていたのですが、
今は、「近くて、近い国」となりました。
 松山空港から、1時間30分も飛べば、韓国ソウルに着きます。
そして、そこには大親友がいるのです。

                岬人(はなんちゅう)



喜久家を応援してくれる人たち

2010-05-27 | 喜久家の情報
 親友の「NPOあいあいキャンプ」大藤君からうれしいメッセージをいただきましたので、
紹介します。

 先日、タイ出身のユイが旅立ちました。
その時に長距離バスの手配や見送りを松山でしてくれたのです。
 見た目も生き方もとってもカッコいい若者です。

『月曜日にユイと松山駅にてお別れをしてきました!
喜久家で過ごすユイとあいかわらず。
松山でもあの元気のいい明るい笑顔でしたよ。

 喜久家で過ごしたたくさんの人たちが、いろんなところで活動してる様子を思い浮かべるとなんだか自分まで嬉しくなってきます。

 出会って過ごした時間は少しの時間かもしれませんが、なんだか一生の友達のような、
そんな感覚を喜久家では感じさせてくれます。

 ユイが言っていました。
「また会いましょう。今度は私の住んでいるところに遊びに来てください。」

…ぜひ、タイに遊びに行きます。

 喜久家から広がる様々な輪が、
広くいつまでもつながっていられるように。

 ユイ、そして喜久家へ、
本当にありがとうございました。』


 佐田岬の田舎から世界へつながっていきます。
おもしろいものですね。

 大藤君のようなエネルギッシュな人たちの
力をいただきながら、人と人とがつながっていくいような、
そんな活動を続けていきます。

                        岬人(はなんちゅう)

旅立ちと始まり ~ ユイ、ダニエル ~

2010-05-26 | 喜久家の情報
 新たな旅立ちと、新たな始まり。

 喜久家ボランティアとして、
4月22日から活動してくれたタイ出身の女性ユイが5月24日に旅立ちました。

 そして入れかわるように、5月17日にイギリスからダニエルが来てくれました。
8月5日までの予定です。

 写真は、一緒に食事に行ったときのものです。
2人についてのくわしくは、後ほどお話しします。

                     岬人(はなんちゅう)

佐田岬ふるさとウォークのサポーター

2010-05-25 | 喜久家の情報
 私の友人にYGP(八幡浜元気プロジェクト)の野本さんがいます。
心やさしき、行動力のある方です。
 喜久家プロジェクトのさまざまな活動にも参加していただき、
大きな力をいただいています。

 先日の、佐田岬ふるさとウォークで喜久家は休憩所をつくり、
バックアップしました。
その時にも協力してもらったのです。
 野本さんがブログに書かれていたものを紹介します。


『先週の土曜日なんですが、八幡浜から三崎まで歩く
佐田岬ふるさとウォークがありまして、
いつもお世話になっている喜久家さんも、ボランティアでジュースやみかんを参加者の方
に配るという事で、お手伝いにわたくし一人で行ってまいりました。

 今回は浅野洋海さんと、ただ今喜久家にタイから来てる方と
伊方町佐田岬ツーリズムの方々とジュースやみかんをくばりましてね、
「毎年浅野農園さんのジュース、みかんを楽しみで参加しててた!」
っていう参加者の方が多くいらっしゃいました。
 もちろんおいしい!ってのもあるけど、
やっぱり気持のこもったジュース、みかんは
手に渡った人に伝わるから、
だからまたあのみかんが食べたい!飲みたい!、
と思うのですね。
 やっぱり浅野農園さん、喜久家はすごい!!
人の心を動かせる!
そんな力があるんですからねぇ。

 そして、今回手伝いに参加して参加者の方に
「お疲れ様!」「ありがとう!」
この言葉を聞くたびに、手伝い出来てよかった!
と思えたのですね。

 前日に喜久家さんブログにコメント書いてましたら、
こんなコメントいただきました。
「歩く参加者に元気を届けたい」
と思いやっているのですが、かえって
「参加者から元気をいただいています」
 本当に参加者の方から元気!いただきました。
そして、改めて感謝の気持の大事さを感じられました。
 たぶん喜久家だからこんな経験できるんだなぁと、
喜久家さんに行くたびに色々な経験、ヒント、考えさせられたりしてます。

 自分にとってすごく勉強になる喜久家。
これからも出来る限り色々と参加して、もっと色々学んでいければと思います。

 浅野先生、そして洋海さんに、感謝します。
ありがとうございます!』


 感激です。
 野本さんのような人がいる限り、地域は必ずよりよく変わっていくはずです。
そしてそんな人たちと肩を組み、
時代の大きなうねりを作っていく。
 たいそうなことのように感じますが、
やっていることはささいな、自分(たち)にできることばかりなのです。

「遠くの目標を見すえながら、足下をしっかりと見て踏みしめながら歩いて行く。」
佐田岬ふるさとウォークに関わられた、冒険家の故河野兵市さんの言葉です。

                      岬人(はなんちゅう)

張恵美(チャン・ヘミ)からの突然の電話

2010-05-18 | 喜久家の情報
 昨日、突然見慣れない番号から電話がありました。
「2年前にお世話になりましたヘミです。覚えておられますか?」

「ん?」
 ヘミという日本人の知りあいは心あたりがなく、
「すみません。もう一度、お名前を聞かせてください。」
「韓国のヘミです。」

 そのとき、ようやくつながりました。
 あまりに流ちょうな日本語だったので、日本人とばかり思っていたのがまちがいでした。
「えー、ヘミ!久しぶり。びっくりしたよ。」

 ヘミは、2年前の3月に初めて行った
第1回「喜久家国際ワークキャンプ」のメンバーだったのです。
田舎の平礒に外国人が6人と日本の若者が6人が入ってきました。
それは、それは歴史的なことでした。
 地域の人たちもとまどいながらも、その新鮮さに喜びも大きかったのです。
 ヘミは、とても日本語が上手で、しかも明るく、すぐにみんなの人気者になりました。
 愛媛県立三崎高等学校での国際理解授業では、
韓国の美肌泥パックを体験させてあげるなど、企画・運営力があり、大好評でした。
 フェアウェルパーティーや出発の時は、
他の誰よりも涙もろく、その純粋さが他の涙をさそいました。

 それ以来、連絡がなかったものだったので、
今回の電話は、本当に驚きのものでした。
 
 そして、さらに驚かされたことは、
この4月から愛媛県に就職したというのです。
「愛媛県国際交流協会(EPIC)」の国際交流員として。

 理由を聞くと、2年前のあの「喜久家国際ワークキャンプ」が
決め手となったというのですから、これほどうれしいことはありません。
 喜久家での再会をかたく約束して、電話を切りました。

 田舎の平礒でまいた種が、芽をふきだした思いです。
ヘミの力を借りて、またおもしろい地域づくりが考えられそうです。

 写真の右から韓国のヘミ、スウェーデンのステファン、
そして我らが大将、恒(つね)あんちゃん。

                     岬人(はなんちゅう)