明るい乳がん生活(の、予定)

~~2006年11月告知、12月手術、明るい生活を送っていこうと決めました!愛猫たちと頑張る!~~

5・6・7・8・9日目

2007-07-06 17:38:12 | 入院編
って、まとめてみた。(笑)
入院中、私はすることもなく、丁度クリスマス前・お正月前だったので、
おせち料理の本を持ち込んで、何を作ろうかなんて 暇をつぶしてました。
辛かったのは、お尻の痛みだけだった。
傷口ってこんなに平気なものなの?と思ったものだ。
おかげで、今 結構痛いじゃん!と、少し暴れたくなる。(笑)

退院するまでのこの期間、
「目標・クリスマスまでには帰るぞ!」と、腕のリハビリに一人勝手にいそしんでいたなぁ。
うちの先生は、大切と思えることもあっさり言い流すので、話すときには聞き流さないように注意してた。

その中のひとつ、
「リンパ液を増やさないようにするには、少し水分を控えたほうが良いよ」

「ドレーンは、50切らないとはずせなくて帰さないからね」
と、手術前から言われていたので、それまで前半飲んでいたお茶や水を極力減らすようにした。

そういえば、あの頃の心配は猫のトイレ始末。
相方に出来るの?と、とても心配で、あの子達が不憫な汚いトイレでいやいやしているんじゃないかと、心配したものだ。
「ねー、ちゃんとトイレ掃除してる?」
心配そうにたずねる私に、にまっと笑って、めっちゃ得意そうに
「いい方法を見つけて、とても簡単に掃除してる

そう、帰って来て、その方法が画期的にすばらしかったので(笑)私は思わず自分の存在価値まで問いましたよ。
ああ・・・ねこのことは、任せられるのねって。(でも、現在、やっぱり私の仕事となりました。いるとしないのね・・・)


12/18(6日目)RI検査
12/19(7日目)CT検査
6日目のRI検査のときに、お昼が抜かれて、思わず「ご飯はどうなりますか」と聞いちゃった私。楽しみは、食べることと寝ることしかなかった。

「簡単なものをご用意します」と答える婦長さん。
戻ってきたら、朝食用のパンと牛乳でガックリ。
来なくていいよと言ってたのに、来てくれた父が手土産にお寿司の詰め合わせを持ってきてくれたのには、感動したなぁ。
何だか涙が出そうになった。

父との接点はそんなになくて、親子関係は淡々としたものだと思っていたけれど、
振り返ると、入院中の私をとても気遣ってくれていた。
検査で食べるものがないだろうとか、知らない間にテレビカードを差し込んでいてくれたり(といっても、ご本人が何も言わずに差し込んでくれていたので、後半になるまで気づかなかった)、退院時の同室のおばあちゃまたちに渡すお菓子とかも持ってきてくれた。



そうして、ようやく8日目の朝、ドレーン抜かれる。
研修医の先生だったので、ちょっとビビった上に、とても痛かった。
張り付いた皮膚組織をね、バリってはがした感じだった。
おかげで、それからしばらくジクジクした痛みと、出血!
取れたら退院、と思っていたのに、出血がおさまるまでお預けとなった。
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四日目のこと。

2007-04-11 17:58:54 | 入院編
手帳の書き込みを見ると、その日、午後からCT検査をしている。
(胸)って書いてあるから、下向いて撮ったアレかな?
妙にドレーンが重かったことを覚えいてる。
一匹ペットを持参してる感じだった。トイレにもちゃんとついてくる・・・。(笑)

朝晩と二回の点滴、リンパ液は100前後。50以下にならないと退院は出来ない、と言われていたので、頑張れリンパ液~!と心の中で何度もエールを送っていたあの頃。


することがなくて、病人として寝ているべきかと思っていたけれど、
昨日から・・・お尻が痛い!!
看護士さんたちに「どうですか?」と聞かれるたびに「元気ですが、お尻が痛いですぅぅぅぅ」と何度も訴えた。

病棟の看護士さんたちは、若くて可愛くていつも笑顔の、接客業だったら満点!な看護士さんたちばかりだったけど、この訴えにはみんなあいまいに笑って無視してくださった。
マジ、そこの部分だけは恨んでますぅ。(笑)
痛くて、痛くて、夜に寝るのが怖かったわ。
寝ちゃったら忘れるけど、起きたらまた痛くなって。
お尻の下にいっぱい、持って行った(結局殆ど使わなかった)バスタオルを三枚ぐらい敷いてみたけどダメでした。
同室のおばあさまたちは、どうやって寝ているの?(寝ているだけのようなのに、)と不思議でした。




カーテンを開け放して、することがないので、持って行ったパソコンでDVDを見たりしました。
東京の友人とひょんなことから、「オフコース」という今は無きグループの歌が好きだという話で意見一致して、その彼が「じゃKeikoさん、小田和正さんのコンサートをDVDにしてあげるよ」と渡してくれた一枚のCD。
それは、丁度クリスマスの時期に、年に1回、TVで必ず小田和正さんがコンサートをするという番組で、タイトルも『クリスマスの約束』。

入院して、クリスマス頃には帰れるかしら・・・と不安になりながら過ごしたあの日々。何か見つかったら、入院が伸びるからね、とちらっと先生からも言われて、お尻の痛みに耐えかねていたあの頃。

私を慰めてくれた、そのDVDは、
小田さんの透き通るような声と相あまって、今でも私をちょっと感傷的にさせます。

♪あなたに会えて、本当に良かった、うれしくてうれしくて、言葉に出来ない

とか、

♪君よ、愛する人を守り給え、大きく手を広げて子供たちを抱きたまえ

とか、
そのDVDのコンサートで私は一緒にきれいな(?多分、笑)涙をいっぱい流した。

あまりの感動に、一日1回は見ていて、
覗き込んだ看護助手さんが「また見てるんですか~、小田さん、本当にいいですよねぇ、ボクも好きなんですよ~」と声を掛けられたりもした。

その日は、土曜ということもあって、相方・義姉のほかに大阪の妹もチーズケーキをお土産に来てくれた(らしい。)
数ヶ月経っただけで、こんなに忘れてるなぁ。おそろしいぃぃぃ。(笑)
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3日目

2007-03-19 16:36:17 | 入院編
手術後、2日目。
入院3日目。

神経が細い子供で、修学旅行なんかでは、トイレに行けない子だった私。(の、はず)
もう、大、なんてもってのほか。フン詰まりですよね。食べられるのに。
家に帰ってようやく心置きなく、って状態でした。・・・キタナイお話ですみません。

で、この年になると、平気になっちゃうんだ~~~~!(びっくり!)
昨日は、少しフン詰まりだった、あ、やっぱりな、と思った。
でも明けて3日目、出た。普通に。
ご飯も食べてるから当然か、とも思ったけど、
・・・やっぱり、年の分だけ、図太くなってるのか・・・。

ベットからの起き上がり方がわからなくて、回転しながら左を下にして起き上がる。
みっ、右手、こんな風に動かしてもいいの?と思いながら早朝にトイレに行くのが
日課となりました。
朝は、6時起床って書いてあったけど、6時になんか誰も起きないし。

回診の先生は知らない先生で、この先生が担当医でなくてよかった、と少し思った。腕を動かすように、と看護士さんも先生も言うけれど、どういう風に動かしたらいいのか、全然教えてくれなくて、それでいいのか?そういうものなのか?とも思う。
打ち出してきた紙を参照しながら、2日目からのリハビリを開始。

病院生活には縁がなかったので、時間をどうやってつぶしたらいいのか、皆目わからない。昨日は締めっぱなしにしていたカーテンも、あまりの息苦しさに一人開けっ放しにしてみた。
通りかかる同室のおばあちゃんと目が合えば会釈。
お友達は、あきらめた。

楽しみは、毎日来てくれる相方と義姉のお見舞い。
相方に「うーちゃん、どうしてる?ちゃんと食べてる?チーは?あーにゃんは?」と子供を残してきた気持ちになった。
ここではひとりだ、と思う。
のびのび寝られる、なんて感覚はないよ。確かに戻ったら猫たちがベットに押し寄せて、ぎゅうぎゅうだけど。

その夜だけ、自分が可哀想になって、涙してみた。
何だか、なんでこうなっちゃんたんだろ、という思いや、これからどうなるんだろうという思いが交差した。
でも、最後には、泣いてても始まらないや、頑張ろう、と思いながら寝てしまった。




今日の話:
ううっ、20才前後のにいちゃんに食い逃げされました。

モーニング頼んで、出てきたホットドックを手に持って、かかってきた電話に出ながら外に出て行くので、なんてお行儀の悪い!と思っていたら、戻ってこない。
気づいて(多分、1分ほどして)慌てて探したけれど、もうどこにもいなかった・・・。

食い逃げって!どうなのっ?!おいっ!と、ちょっと怒りが。
これで病気が悪くなったら、とんでもないことだ!と思いながら、相方や義姉や、バイトの子に訴えました。お塩、入り口に振っておきました。お清め、お清め。
今度来たら、逃さない!(二度とこないだろうけど、笑)
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手術日

2007-03-17 11:01:13 | 入院編
翌日の14日

朝10時の手術だったので、8時半からわらわらと家族が集まった。
いらないよ、いらないよ、と口では言ってたけど、やっぱり来てもらうと頑張る気持ちも倍増。
まな板のコイですが、それが何か?と、ハケンの品格口調にもなります。

前日に渡された変な靴下、履いて、
上だけの手術着を着て、
パジャマの下は?そのまま履いてていいの?
あっという間にお迎えが来て、
「歩けますか?」
いやぁ、歩けるでしょう、全然。

総勢8名(案内の職員さん含む)がぞろぞろとエレベーターに乗り込む。

そうか、あの、手術の時にベットに寝かされて、とかは無しか。
いいんだけど、そういえばどこかのサイトで歩かされたと書かれていたのを読んだことがある。
ここも歩かせるのね。
エレベーターの入り口でばったりと手術着姿の執刀医と出会う。
「あっ、先生っ!」実家の父母に紹介。バタバタだわぁ、あわただしい。
後から聞いたら、その日は夜中の2時から救急で手術が入って終わったら即私の手術があったらしい。

手術室の入り口で、麻酔科の看護士さん二名に出迎えられる。
ご挨拶して、少し説明を聞く。
ご家族もご一緒に、と ほん入り口までぞろぞろぞろぞろ。
「行ってきますぅ」と挨拶してひとり入る手術室。

感想は、えっ、こんなもんなの?質素だわ、手術室。
自分でベットに寝転んで
『うわ~、音楽、ロックやん・・・』出来たら静かで落ち着いたクラシック辺りで、慎重に手術していただきたかったんですが。

マスクを当てられて、ことんと寝た。
そう、記憶無し。

気づいたら、ベットの上で、
しかも部屋に戻ってた。
・・・。

時間にして1時間半ほどだったらしい。
痛くもなんともない。
で、えっと、すぐ大部屋に戻ってます。
違うお部屋に一泊、とか先生は言ってなかったか?ナースの隣の部屋とかって。
ま、いい、取りあえず眠いっ。

相方の声が聞こえる。
家族と数人の看護士さん、みんなでこんな狭いベット区画にひしめきあってるぅ。
「呼びかけてください」
「Keiko、起きて、起きてたほうがいいって」
いや、めっちゃ眠い。うとうと。
でも、何か異様に暑いぞーーー、どうなってるの?熱があるの?

「どうですか?」看護士さんの声に
「暑いですぅぅぅぅぅ」と答えたら
「じゃ、電気毛布、取りましょうね」

電気毛布ぅぅぅぅ?どうりで暑かったはず。
取ってもらって少しすっきり、次第に自分の状況把握。

ああっ、履いてたパジャマのズボンがないっ!!
すっぽんぽんでした。
目で探すと、丁寧にたたまれてビニール袋に入ってました、パジャマずぼんと、おパンツ。
うっ、尿の管、めっちゃ痛い。これが一番嫌い。気持ち悪っ。
胸は、怖くて触れない。どうなってるんだろ。でもそっとしておこ。

ああっ、腕、腕、動くかな。
手術当日にするリハビリを思い出しながら動かす。
動くじゃ~~~ん。
よしっ、頑張るぞ、目指すは以前の動き。

途中で、酸素吸入器みたいなのも取れて、
気持ち悪い尿管も、あれ?あれは翌朝に取ってもらったのかな。
その日のご飯、覚えてないなぁ。
多分、食べたんだろうけど。
何もする気はしなくて、うとうとうとうと、を繰り返した。

同じお部屋の人たちも、ちらちら見かけるが、ご挨拶どころではない。
しかも、おばあちゃんたちばかり。かなり年配だわねぇ。
お友達、諦めるか・・・。
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入院する

2007-03-11 16:31:57 | 入院編
2006年12月13日

午後2時に入院ということで、まとめたら妙にでかくなった荷物を下げながら、来てくれた義姉(相方はバイトの子と交代するまで店で仕事、)と一緒にてくてくと病院に向かう。

義姉は、冷えるからとちゃんちゃんこやズボン下(今はこんな言い方しないのかな?)を無理やり私に持たせた。

私の実家には病気治療中の父と足の悪い母と病弱な妹なので「来なくていいよ、大丈夫」と言っておいた。行く前に電話して「いってきます」を伝える。
「明日は行くから」と父が何度も言っていた。いいんだけどなぁ。
大阪に嫁いでいる妹も、会社を休んで明日は来るという。
うーーん、本当にいいいんですよー、一人でも。

病院で受け付けてもらうと、案内してくれて、6階の病棟に行く。
何といっても初めての体験。不謹慎ながら、少しわくわく。
作った本に「入院しても手術までは時間があります。お友達を作りましょう」みたいな項目があって、ぜひぜひ、お友達を作りたい。

まずは看護士さんからナースルームの横の部屋で説明を受ける。
腕に名前が書いたバーコードを一番につけられる。
ちょっと・・・ペットみたい、と思う。
「部屋は個室に・・・」という姉の横で「私っ、大部屋で全然かまいませんっ」と看護士さんにいう。ふぅー、個室が空いてなくてよかった。
そんな贅沢はできましぇぇぇん。

決まった部屋は6人部屋。
どのお部屋も・・・しっかりカーテンが閉まっていて、ご挨拶すら許されないような雰囲気。
ええっ!お友達は?無理なのか?

しかも私は肩身の狭い真ん中のベット。きゅうきゅうでした。
ここで過ごすのかぁ。取り合えず荷物を分けて、自分の陣地を確保って感じ。
麻酔科の女医さんが来て説明をするからと、義姉と移動。
いろいろと説明を受けましたが「下あごを突き出してください」
ええっ!できましぇぇぇぇん。
ついこの間、顎関節症になりかけた私は、変なおじさんのだっふんだ状態が出来なかった・・・。
「あらーーー、器官が傷つきやいかもね」それでなくてもここ最近、変な痰が絡むような感じなので、これ以上はいやだーーと思いながら、なるようになると少しやけっぱちも入った。


夕方6時に夕食。給食みたいだー。どんぶりに入っているごはんには苦戦。白ご飯をあんなに大量って無理。

食事が終わったと思ったらすぐにバタバタと担当の先生からの説明。
「あれっ、ご主人は?」
あーっ、すみませんっ、仕事でたった今帰りました。(私の食事を見ていても仕方がないからーーー。)
二人で聞かないとダメらしかったけれど、いないものは仕方ないし、一人で聞きました。いろいろなサインも一人でしました。
再度、確認に切る部分を図解説明する先生。
「再建、どうされますか?」
えっと、私はしたいとは思ってないんですけれど、どうも主人がして欲しそうなんです。
「じゃ、再建も視野に入れてっと」
取り合えずっ、そんなことより、宜しくお願いしますぅと思いました。
ここまで来ちゃったよ。
とうとう来ちゃったよ。

今夜は、一人さみしくシングルベット。
手を伸ばしても誰もいないしさ。いつもならふかふかの猫の毛を触っているのにさ。
そうして明日は手術。
渡された、手術の心得。そうか、CD持ってきたら自分の好きな曲、かけてくれるのか。もっと早く教えてよ。
術後に動かすための運動シュミレーションをしながら眠りにつきました。

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