[0017]
David M. Bloom,
A one-sentence proof that √2 is irrational,
Mathemtics Magazine, October, 1995, 286.
読んだ分量:全部
理解度:☆☆☆☆☆
論文の長さ:極短
√2 が無理数であることの証明を探していた時に見つけた面白い記事である。
たったの一文で √2 が無理数であることを証明しているが,細かい説明を省いてポイントのみ記してあるため,読んですぐに証明を理解できるわけではない。
多少説明を加えて日本語に訳すと次のような感じになる:
√2=m/n と表されたとする。ただし,m と n は可能なかぎり約分して得られる,この等式が成り立つような最小の自然数たちとする。
このとき,√2=(2n-m)/(m-n) も成り立つが,分母の m-n は n より小さく,分子の 2n-m は m より小さいので,m と n に関する仮定に矛盾する。■
正の分数を約分すると,分母と分子はいずれも約分する前より小さくなる。したがって,分母と分子をより小さくできるということは,まだ約分の余地があったことになり,「できるかぎり約分した」という仮定に反するわけである。
この証明を完全に理解するには次の二つのことを確かめなければならない。
√2=m/n のとき √2=(2n-m)/(m-n) が成り立つことと,m-n<n かつ 2n-m<m であることである。
まず最初の等式の出どころであるが,ちょうど √2 の無理数性を連分数展開が無限に続くという直接証明について考えた経験が役に立った。
x=√2 とおくと x2=2 であるから,x2-1=1 である。
左辺は (x+1)(x-1) と因数分解できるから,
x-1=1/(1+x)
が成り立つ。すなわち,
x=1+1/(1+x)
となる。
さて,m=n+(m-n) であるから,
m/n=1+(m-n)/n=1+1/(n/(m-n))
である。
また,n=(m-n)+(2n-m) であるから,
m/n=1+1/(1+(2n-m)/(m-n))
が成り立つ。
先ほど得られた
√2=1+1/(1+√2)
と比較すれば,√2=(2n-m)/(m-n) となることが了承されるであろう。
Bloom 氏が証明の後に結果のみコメントしていることであるが,k が完全平方数でない自然数であるとき,√k の整数部分を j とし,やはり √k=m/n と仮定すると,
√k-j=m/n-j=(m-jn)/n
である。左辺を有理化すると
√k-j=(k-j2)/(√k+j
となるので,
√k+j=(k-j2)/(√k-j)=n(k-j2)/(m-jn)
が成り立つ。左辺の -j2 を右辺に移項して式を整理すると
√k=(kn-jm)/(m-jn)
が得られる。
少しごちゃごちゃしたが,m/n の整数部分が k ということは,m を n で割ったときの商が j ということであって,
m/n=j+(m-jn)/n
とし,さらに右辺第二項を連分数展開する,といったような手続きに相当する。
この一般化した式を導く過程は,この証明について gk 氏との議論において判明した。√2 の場合は k=2,j=1 とおくことに相当する。
不等式については,1<√2<2 であるから n<m<2n であり,したがって
n-(m-n)=2n-m>0,
m-(2n-m)=2(m-n)>0
となることから導ける。
Bloom 氏はこの証明を
H. Eves, An Introduction to the History of Mathematics, 6th edition, 1990
の84ページにある幾何学的な証明を代数的に書き換えたに過ぎないと述べている。残念ながらこの本は第3版しか見ることができなかったが,その60ページから61ページにかけて書かれている内容がちょうど Bloom 氏が参照した証明と思われる。その証明が誰のものかは書かれていないが,章末に挙げられた参考文献を当たれば判明するかもしれない。
さて,この無理数性の証明で用いられた式を見ると,m/n の値を変えずに (2n-m)/(m-n) という別の分母と分子に変換することができるわけであるが,分母と分子はいずれも m と n の1次式であるから,いわゆる Möbius(メビウス)変換を連想させる。そして,Möbius は1次変換と相性がよい。したがって,点 (m,n) を点 (2n-m,m-n) に変換する1次変換を利用して √2 を近似する有理数列を生成できないかと考えた。ただし,この変換は分母と分子を小さくしていく変換であり,自然数は最小値 1 を持つため,そのまま使用すると具合が悪い。そこで,逆変換を考えれば,分母と分子がどんどん大きくなるような近似有理数を無限に作り出せるのではないかと考えた。
逆行列を求めれば計算は楽であるが,連立方程式を解く要領で,
p=2n-m,q=m-n とおき,m,n について解けば
m=p+2q, n=p+q
となる。こうして,たとえば p=q=1 を初期値としてこの漸化式を繰り返し適用すれば,m/n の値は √2 に近づくのではないかと予想される。
この漸化式を実際に解いてみればその予想が正しいことが確かめられるが,その計算をここで述べるのはやめておこう。僕が自分でやったのは行列の固有値を求めて解の表示を得る方法だが,一文字消去して2階の定数係数同次線形漸化式を作り,特性方程式(行列で考えた場合の固有方程式と一致する)の解を求めて一般解の表示を得るという高校レベルの解法でも構わない。
ここまで考えを進めて,ふと,昔出会った妙な魅力を持った大学の入試問題を思い出した。
それは,京都大学の1988年度の理系前期日程の入試問題,第3問である。これは x2-3y2=1 という,いわゆる Pell(ペル)方程式の解法を取り上げた問題である。僕はこの問題のことが忘れられず,整数論の教科書で Pell 方程式の解法を学ぼうとしたが,いまだにその志を果たさずにいる。
2次正方行列を用いた Euclid 互除法や連分数,Pell 方程式の理論の解説は,高校の時に手に取った
岩堀長慶,2次行列の世界(岩波書店)
にあるのは知っているのだが,これまたきちんと読んだことがない。それは,互除法などの話題に当時はまるで興味がなかったからである。この本に出会ってからかれこれ20年近くが経過したが,ようやくありがたみがわかる年頃になったのかもしれない。
√k の有理数近似と Pell 方程式は密接な関連があり,その理論にはおそらく連分数展開と互除法がからんでいることは間違いない。
ちなみに,gk 氏は自然対数の底 e や円周率 π の無理数性はどう証明するのかという疑問を掲げた。特に円周率についてはいろいろなことが判明したのだが,それについては稿を改めることとしよう。
最後に,(これも有名な)素因数分解の一意性に基づいた √2 の無理数性の証明を一文で述べる試みをして,本稿を締めくくろう。
うむ。複文を入れ子にしてだらだら続ければ結構なんとでもできる気がしてきた。
David M. Bloom,
A one-sentence proof that √2 is irrational,
Mathemtics Magazine, October, 1995, 286.
読んだ分量:全部
理解度:☆☆☆☆☆
論文の長さ:極短
√2 が無理数であることの証明を探していた時に見つけた面白い記事である。
たったの一文で √2 が無理数であることを証明しているが,細かい説明を省いてポイントのみ記してあるため,読んですぐに証明を理解できるわけではない。
多少説明を加えて日本語に訳すと次のような感じになる:
√2=m/n と表されたとする。ただし,m と n は可能なかぎり約分して得られる,この等式が成り立つような最小の自然数たちとする。
このとき,√2=(2n-m)/(m-n) も成り立つが,分母の m-n は n より小さく,分子の 2n-m は m より小さいので,m と n に関する仮定に矛盾する。■
正の分数を約分すると,分母と分子はいずれも約分する前より小さくなる。したがって,分母と分子をより小さくできるということは,まだ約分の余地があったことになり,「できるかぎり約分した」という仮定に反するわけである。
この証明を完全に理解するには次の二つのことを確かめなければならない。
√2=m/n のとき √2=(2n-m)/(m-n) が成り立つことと,m-n<n かつ 2n-m<m であることである。
まず最初の等式の出どころであるが,ちょうど √2 の無理数性を連分数展開が無限に続くという直接証明について考えた経験が役に立った。
x=√2 とおくと x2=2 であるから,x2-1=1 である。
左辺は (x+1)(x-1) と因数分解できるから,
x-1=1/(1+x)
が成り立つ。すなわち,
x=1+1/(1+x)
となる。
さて,m=n+(m-n) であるから,
m/n=1+(m-n)/n=1+1/(n/(m-n))
である。
また,n=(m-n)+(2n-m) であるから,
m/n=1+1/(1+(2n-m)/(m-n))
が成り立つ。
先ほど得られた
√2=1+1/(1+√2)
と比較すれば,√2=(2n-m)/(m-n) となることが了承されるであろう。
Bloom 氏が証明の後に結果のみコメントしていることであるが,k が完全平方数でない自然数であるとき,√k の整数部分を j とし,やはり √k=m/n と仮定すると,
√k-j=m/n-j=(m-jn)/n
である。左辺を有理化すると
√k-j=(k-j2)/(√k+j
となるので,
√k+j=(k-j2)/(√k-j)=n(k-j2)/(m-jn)
が成り立つ。左辺の -j2 を右辺に移項して式を整理すると
√k=(kn-jm)/(m-jn)
が得られる。
少しごちゃごちゃしたが,m/n の整数部分が k ということは,m を n で割ったときの商が j ということであって,
m/n=j+(m-jn)/n
とし,さらに右辺第二項を連分数展開する,といったような手続きに相当する。
この一般化した式を導く過程は,この証明について gk 氏との議論において判明した。√2 の場合は k=2,j=1 とおくことに相当する。
不等式については,1<√2<2 であるから n<m<2n であり,したがって
n-(m-n)=2n-m>0,
m-(2n-m)=2(m-n)>0
となることから導ける。
Bloom 氏はこの証明を
H. Eves, An Introduction to the History of Mathematics, 6th edition, 1990
の84ページにある幾何学的な証明を代数的に書き換えたに過ぎないと述べている。残念ながらこの本は第3版しか見ることができなかったが,その60ページから61ページにかけて書かれている内容がちょうど Bloom 氏が参照した証明と思われる。その証明が誰のものかは書かれていないが,章末に挙げられた参考文献を当たれば判明するかもしれない。
さて,この無理数性の証明で用いられた式を見ると,m/n の値を変えずに (2n-m)/(m-n) という別の分母と分子に変換することができるわけであるが,分母と分子はいずれも m と n の1次式であるから,いわゆる Möbius(メビウス)変換を連想させる。そして,Möbius は1次変換と相性がよい。したがって,点 (m,n) を点 (2n-m,m-n) に変換する1次変換を利用して √2 を近似する有理数列を生成できないかと考えた。ただし,この変換は分母と分子を小さくしていく変換であり,自然数は最小値 1 を持つため,そのまま使用すると具合が悪い。そこで,逆変換を考えれば,分母と分子がどんどん大きくなるような近似有理数を無限に作り出せるのではないかと考えた。
逆行列を求めれば計算は楽であるが,連立方程式を解く要領で,
p=2n-m,q=m-n とおき,m,n について解けば
m=p+2q, n=p+q
となる。こうして,たとえば p=q=1 を初期値としてこの漸化式を繰り返し適用すれば,m/n の値は √2 に近づくのではないかと予想される。
この漸化式を実際に解いてみればその予想が正しいことが確かめられるが,その計算をここで述べるのはやめておこう。僕が自分でやったのは行列の固有値を求めて解の表示を得る方法だが,一文字消去して2階の定数係数同次線形漸化式を作り,特性方程式(行列で考えた場合の固有方程式と一致する)の解を求めて一般解の表示を得るという高校レベルの解法でも構わない。
ここまで考えを進めて,ふと,昔出会った妙な魅力を持った大学の入試問題を思い出した。
それは,京都大学の1988年度の理系前期日程の入試問題,第3問である。これは x2-3y2=1 という,いわゆる Pell(ペル)方程式の解法を取り上げた問題である。僕はこの問題のことが忘れられず,整数論の教科書で Pell 方程式の解法を学ぼうとしたが,いまだにその志を果たさずにいる。
2次正方行列を用いた Euclid 互除法や連分数,Pell 方程式の理論の解説は,高校の時に手に取った
岩堀長慶,2次行列の世界(岩波書店)
にあるのは知っているのだが,これまたきちんと読んだことがない。それは,互除法などの話題に当時はまるで興味がなかったからである。この本に出会ってからかれこれ20年近くが経過したが,ようやくありがたみがわかる年頃になったのかもしれない。
√k の有理数近似と Pell 方程式は密接な関連があり,その理論にはおそらく連分数展開と互除法がからんでいることは間違いない。
ちなみに,gk 氏は自然対数の底 e や円周率 π の無理数性はどう証明するのかという疑問を掲げた。特に円周率についてはいろいろなことが判明したのだが,それについては稿を改めることとしよう。
最後に,(これも有名な)素因数分解の一意性に基づいた √2 の無理数性の証明を一文で述べる試みをして,本稿を締めくくろう。
自然数 m と n とが 2n2=m2 を満たすと仮定すると,素因数 2 の個数は左辺において奇数個であるのに対し,右辺においては偶数個であるから矛盾である。■
うむ。複文を入れ子にしてだらだら続ければ結構なんとでもできる気がしてきた。