日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

インド旅行記

2018年05月31日 | Weblog
               ダムダム空港1         

                (一)
 40年間日本航空の乗務員として世界を飛び回った人から、イのつく国に行くと、ろくなことはないから、気をつけろと言われてはいたが、ピンと来なかった。
 インドの仏跡巡りをしようと思いたっていた私は警告も上の空だった。

最悪コースのどつぼにはまる
遥か三千里、お釈迦様の国、天竺への思いは、はやるばかりであった。
加えて、インドへ行きたいと思ったもう一つの理由は、仏伝図レリーフが日本に招来された折り、お経、舎利礼文に曲をつけてお供えしたことがあるが、それが北日本放送から特別番組で放映され、さらに、ビデオが英文に吹き換えられてインドに送られたから何となく親しみを覚え、憧れを抱くようになったのだろう。
 
とにかく行きたい。一日も早く行きたい、憧れにせき立てられてイのつく国がどんな実状の国かもかも知らず、また調べもせずに、訳の分からないまま、カルカッタのダムダム空港におりたったのは七月二十日の夜半、二十二時四十五分、激しく降る雨の中のことであった。
 
私の計画ではブッタガヤからラージギル、ナーランダの大学跡を見てバラナーシーに抜け、サルナートへ行く予定だった。クシナガラ、ルンビニは次回にゆずって、そのかわりアーグラやバラナシではゆっくりしようという算段だった。
 
北西インド、つまり、カルカッタからデリーまでの約千四百キロあまりを旅しようと計画したのである。そしてこうすることによって、生活の中にとけ込んでいる仏教の発祥の地をこの身で体感したかったのである。
 
日本にはいまだかって出たことのない大聖人、お釈迦様とはいったいどんなところで生活されたのか、どんな自然条件の中から、あんな偉大な人物が生まれたのか、悟りを得られたというボダガヤの菩提樹の木の下で、私はいったい何を思うのであろうか、そんなことが次から次ぎへと脳裏をかすめ、興味がもくもくとわき上がって来たのである。
 
しかし今振り返ってみると私は好んで観光ずれした最悪のコース(これが最も人気が有ると言われてはいるが)を選んだみたいである。私もそう思うし、このコースを旅した人がよく言うことである。

評判は芳しくない最悪のコースのどつぼにはまったみたいである。  続く