日々雑感

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嘘のような、ほんとの話6-63

2012年10月27日 | Weblog
嘘のような、ほんとの話

もうだいぶ昔の話で、時はいつだったか忘れたが、場所は鎌倉だったと記憶している。鎌倉のどのあたりか。それは分からない。ある高僧と家主の対話であった。
家主   
昨夜はいかがでございましたか。良くお眠りになられましたか。
高僧  
 いえいえ。ちっとも眠れませんでした。胸騒ぎがして、目を開けると枕元に和服姿の若い女性が、正座して助けてほしいといっては、しくしく泣くのです。
夢かと思って寝ると、また枕元に正座して泣くのです。これは何かあったに違いないと思い出すと、とても眠れるどころの騒ぎではありません。夜が明けるまで、その女の為に祈りましたよ。
家主
いや-。やっぱり。出よりましたか。あの部屋ではないのですが、この屋敷の中で命を落とした娘がありましてな。気の毒なことでしたよ。家庭が複雑で身の置き所がなくて、最後に自殺したのですよ。
私はこの屋敷に住んで、その事実を知っているが、別に何もありません。というのは私らみたいな俗人に何を頼んでも、聞いてはくれないと先方もよく知っているのでしょう。
お宅のような徳の高いお坊さんには、何とかして助けてもらえると思って枕元に出てきたのじゃありませんか。
高僧  
そうでしたか。部屋に入ると異様な空気がただよっていて、何かあるなといっぺんに感じました。それは特異な体質を持った私のような人間でないと、おそらく分からないと思います。夜中に、枕元でしくしく哀しい声で泣かれ、それは怖いと言うより、かわいそうで、何か私で出来ることがあったらしてあげようと思いました。
家主
霊の世界に、全く無縁で素人の私には、その話は信じるほかないのですが、私なりに何とかしないと。ここが幽霊屋敷だという評判が立っても困りますしね。
高僧
いやー、私はしっかりお経をあげておきましたから、もう大丈夫だと思います。
あなたもご縁の深い人。せめてあの部屋で、お線香を上げてください・あなたに災いを呼び起こすようなことはないでしょう。
本来あなたが霊の世界に興味を持ち、修行でもされていたら、あなたに自分の哀しみを訴えていたでしょうに。
おそらくあなたはこのときまで、そういうことは考えたこともない人だったから、何のさわりもなかったのでしょう。これからは催促があるかもしれないが、そのときは、「お釈迦様はこのように説いておられるから、それをしっかりわきまえて、迷いの道から抜け出てください。」
と、諭してあげてください。それでは私はこれで失礼します。

高僧は来たときと同じように、わらじを履いて門を出て行った。
家主があれ以降、この話をしないところを見ると、あの僧は相当高徳な坊さんで、あの夜、一夜きりで、哀れな娘の霊を極楽に導いたのだろう。