四国遍路の旅記録 二巡目 第1回 その4

平成18年10月21日     「きつーてもへんろ道を通るでござる・・」


行程
大日寺門前の宿より、第14番札所常楽寺、第15番札所国分寺、第16番札所観音寺、第17番札所井戸寺、地蔵院、地蔵越え道を経て、第18番札所恩山寺、第19番札所立江寺 まで。

歩行距離:28.5k(地図上の札所間の距離を示す。)

宿泊:鮒の里

今日は、初日と同じ7箇所のお寺にお参りする。17番札所と18番札所の間は、約17kあり、徳島市街を通るルートと、市街を迂回して峠道を通るルートがあります。前回市街を通ったので、今回は遍路道もある地蔵峠越えの道を選びました。
大日寺門前の宿を出て、2、3kの間隔にある4つの札所にお参りします。札所毎に、車でお参りの遍路の同じ顔ぶれに出会います。「早いですねー」と言われるが、この間隔の札所では、車と歩きの差は殆どないのです。

大日寺から常楽寺に向う道の石仏。


第14番常楽寺。お寺は、流水模様の見事な岩上にある。


第15番国分寺。境内には、塔の礎石などが残る。往時を偲ぶ。

 第16番観音寺

第17番井戸寺


井戸寺境内の面影の井戸。覗いて顔が映ると延命すると伝える。

地蔵院

地蔵越遍路道の入口 

徳島市街の南を流れる、園瀬川が美しい。 


第18番恩山寺。大師が修行中、母の来訪を受け、孝養を尽くしたと伝える。

第19番立江寺

「道しるべ」 地蔵越の道

峠の前後に県道をバイパスする3つの短い遍路道があります。地蔵院を出てすぐ始まる最初の道。小さな水車や鹿おどしが置かれた流れに沿う楽しい山道。次は峠を越える急坂の上りと下りの道。3番目は、県道のU字カーブを短絡する急坂の下り道。いずれもけっこうきつい坂があり、張られたロープの助けを借りないと危険な箇所があります。
「おじさーん、へんろ道とおるこたーないでー。きついだけで10分も短くなりゃーせんよー」と声がかかる。「まじめへんろは、きつーてもへんろ道を通るのでござるよ」と応じる堅物遍路。


地蔵越えの遍路道を過ぎ、県道203号を歩く。美しい園瀬川に沿った道なのだが、歩道がありません。車の通行も多く、トラックが肩を掠めるように通ります。歩き遍路にとって、けっこう危ない道なのです。県道135号を経て、広い国道55号に出ると、恩山寺はもう近い。

今回の遍路でも、道を歩いていて、お会いするお年寄りから子供まで、多くの方から励ましと労いのお言葉をいただきました。人も滅多に通ることのない田舎の道で、お年寄りから声を掛けられ、立ち話をしたこともありました。こういう気持ちのお接待は、心に沁みてうれしいものです。
しかし、この時まで、物やお金のご接待を受けたことはありませんでした。この日、地蔵越から恩山寺に向う道で、みかんをいただいた。恩山寺から、立江寺の道で、自転車のおばさんからビニールで編んだ草履のミニチュアと健康ドリンクのお接待。ああ、その前、国道55号で後ろから来た車が止まる。40程の男が出てきていきなり1000円を渡される。これには困った。いただけない、受け取れで押し問答。結局札所への代参の賽銭ということで受け取ってしまうことになったのです。

恩山寺の手前で、初日、安楽寺宿坊でご一緒したIさんが追いついてきて、その後、立江寺まで同行します。恩山寺先の美しい竹薮の遍路道を歩きながら、Iさんは五島列島の話をします。「今の私には良い処ですよ・・」。長く教員を務め、その後頼まれて幼稚園の園長を2年間したという。外れたことのない人生を送られ、やっと、念願の遍路ができる境遇になられたようだ。その気持ちが伝わってきます。
立江寺でお参りしていると、何とOさんがいる。「追いつかれちゃった」「昨日は、別格徳島市街で・・」などと言っています。
Iさん、Oさんはここの宿坊に泊まる。私は門前の民宿。

民宿鮒の里は、「へんろお接待処」とあります。宿泊だけでなく、昼はへんろの休憩所になっています。お隣に住む夫婦が、やっておられる。大工さんだという。そう言えば、ここもちょっと凝った造り。ただ、室の上部の仕切りが無く、音が筒抜けなのは・・。話好きで可愛い感じの女将さん。とても安いうえ、翌朝はおにぎりのおべんとうまでお接待。



平成18年10月22日     慈眼寺への道、坂本の宿

行程
:立江寺門前の宿より、別格3番札所慈眼寺、穴禅定 へお参り、坂本に戻る。

歩行距離:24.4k(地図上の距離を示す。)

宿泊:ふれあいの里さかもと


勝浦町、奥の山間の村、薄っすらと紅葉。

慈眼寺への遍路道

別格3番慈眼寺

慈眼寺と岩山

穴禅定への道の大師像

本日で今回の区切りの終りとしたい。別格3番慈眼寺の他、星の岩屋あたり、あるいは20番鶴林寺に足を延ばしたかったが、いずれも、時間的に少々無理がある。慈眼寺のみとします。

宿を出て、県道28号を歩き始めると、立江寺方向から何人かの遍路がきます。昨日、顔を合わせたIさん、Oさんの他に、Tさん、Yさんまでいるではないか。初日以来の仲間の大半が揃ったことになります。
づっと肩を並べて歩くのではなく、各々のペースで歩き、休憩毎に顔を合わせるといったパターンで歩きます。遍路の姿を見ながら歩くのは楽しいことです。
皆は、20番鶴林寺に向う。慈眼寺に行くのは私一人。

勝浦町の横瀬橋を渡り、坂本川に沿って約4.5k歩き、「ふれあいの里さかもと」に着く。ここは、昔小学校だった建物を利用した宿泊施設、地域の文化交流の場ともなっています。
玄関先は、多くの人で賑わっています。今日は日曜日。「へんろ道を歩こう」のイベントで2、30人の人が慈眼寺までハイキングするという。
リュックを置かせてもらい、慈眼寺までの遍路道地図をいただく。ハイキングの皆様には、「お先に・・」と出発させていただく。


「道しるべ」 慈眼寺への道

へんろ地図では、遍路道の詳細は不明ですが、「ふれあいの里さかもと」から約300m散髪屋前の坂道が始点。その後は、標識が各分岐に設けられており、注意すれば迷うことは無いと思われます。できれば、「さかもと」でいただける地図に拠りたい。慈眼寺までは約3.3k、標高差400m、山道と舗装車道を交互に通る。山道は生活の匂いが強く感じられる独特の風情を持つ。丁石も数個残されています。
上り、下りとも私の足で1時間20分ほど。それほどきつい道ではありません。
途中、舗装の広域農道から山道に入ったところにへんろ小屋があります。外観に違い、中はけっこう広く、清潔です。休憩させてもらう。地元の人にことわれば、泊まることもできよう。
慈眼寺の先550m、標高差100mを登り、穴禅定があります。

穴禅定での修行は、団体が入っており、1~2時間待ちだという。私は大岩の前のお堂にお参りし、禅定は諦めました。
やがて、イベントの団体で境内は満員となります。入れ替わりに下山します。

「ふれあいの里さかもと」は、大変立派な施設です。広く清潔な室、風呂、無料の洗濯・乾燥機。宿の人の対応も親切で気持ちよい。受付の女性、「東京に住んでたこともあるのよ」それも、私の住所の近く。美人です。
今日の泊まりは、私一人。寂しい夕食は唯一の心残りではありました。

翌朝、「さかもと」の近くのバス停から徳島行きのバスに乗る。今回の区切りの終りです。バスは、昨日歩いた道を逆に辿る。思わず、窓から遍路の姿を探したが、見ることはできませんでした。1時間余りで、徳島駅に着く。

お参りした札所・霊場

別格第三番札所 月頂山 慈眼寺(じげんじ)
本尊:十一面観世音菩薩
開基:空海
宗派:真言宗高野派
空海が延暦年間(782~806)に開山したといわれ、本尊十一面観世音菩薩は空海作と伝えられる。弘法大師19才の時、世の中の人々の生活苦、病苦及び一切苦厄を除くために修業中、夢の中でお告げがあり、鍾乳洞を発見し邪気払いのため護摩供の修法を行い、堂宇を建てて霊場としたという。
山岳修験寺として有名で洞窟での「穴禅定」が行われている。

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