カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ 5

2018-09-23 | タニザキ ジュンイチロウ
これから でかけて いった ところ で、 あの イッカ の モノタチ に カオ を あわせない よう に して、 こっそり リリー に あう なんと いう うまい スンポウ に ゆく で あろう か。 いい アンバイ に ウラ が アキチ に なって いる から、 ポプラー の カゲ か ザッソウ の ナカ に でも ミ を ひそめて、 リリー が ソト へ でて くる の を キナガ に まって いる より ホカ に テ は ない の だ が、 あいにく な こと に、 こう くらく なって しまって は、 でて きて くれて も なかなか ハッケン が コンナン で あろう。 それに もう そろそろ ハツコ の テイシュ が キンムサキ から かえって くる で あろう し、 バンメシ の シタク で カッテグチ の ほう が いそがしく なる で あろう から、 そう いつまでも アキスネライ みたい に うろうろ して いる わけ にも ゆかない。 と する と、 もっと ジカン の はやい とき に でなおす ほう が いい の だ けれども、 しかし リリー に あえる あえない は ニノツギ と して、 ヒサシブリ に ニョウボウ の メ を ぬすんで、 あっちこっち を のりまわせる と いう こと だけ でも、 ユカイ で たまらない の で あった。 じっさい、 キョウ を はずして しまう と、 こういう とき は もう ハンツキ またない と こない の で ある。 フクコ は おりおり オヤジ の ところ へ オコヅカイ を せびり に ゆく の だ が、 それ が だいたい ヒトツキ に 2 ド、 オツイタチ ゼンゴ と 15 ニチ ゼンゴ と に きまって いて、 ゆけば かならず ユウメシ を よばれ、 はやくて 8~9 ジ-ゴロ に かえる の が レイ で ある から、 キョウ も イマ から 3~4 ジカン は ジユウ が たのしまれる の で あって、 もし ジブン さえ ウエ と サムサ に たえる カクゴ なら、 あの ウラ の アキチ に、 すくなくとも 2 ジカン は たって いる ヨユウ が ある の で ある。 だから リリー が バンメシ の アト で ブラツキ に でかける シュウカン を、 イマ も あらためない で いる もの と すれば、 ひょっと したら あそこ で あえる かも しれない。 そう いえば リリー は、 ショクゴ に クサ の はえて いる ところ へ いって、 あおい ハ を たべる クセ が ある ので、 なおさら あの アキチ は ユウボウ な わけ だ。 ―――そんな こと を かんがえながら、 コウナン ガッコウ マエ アタリ まで やって くる と、 コクスイドウ と いう ラジオ-ヤ の マエ で ジテンシャ を とめて、 ソト から ミセ を のぞいて みて、 シュジン が いる の を たしかめて から、
「こんにちわ」
と、 オモテ の ガラスド を ハンブン ばかり あけた。
「えらい すんまへん けど、 20 セン かしとくなはれしまへん か」
「20 セン で よろし おまん の か」
しらない カオ では ない けれども、 いきなり とびこんで きて こころやすそう に いわれる ほど の ナカ や あれへん、 と、 そう いいたげ に みえた シュジン は、 20 セン では コトワリ も ならない ので、 テサゲ キンコ から 10 セン-ダマ を フタツ とりだして、 だまって テノヒラ へ のせて やる と、 すぐ ムコウガワ の コウナン イチバ へ かけこんで、 アンパン の フクロ と タケ の カワヅツミ を フトコロ に いれて もどって きて、
「ちょっと ダイドコロ つかわしとくなはれ」
ヒト が いい よう で へんに ずうずうしい ところ の ある カレ は、 そういう こと には なれた もの なので、 「ナニ しなはん ね」 と いわれて も 「ワケ が ありまん ねん」 と ばかり、 にやにや しながら カッテグチ へ まわって いって、 タケ の カワヅツミ の カシワ の ニク を アルミニューム の ナベ へ うつす と、 ガス の ヒ を かりて ミズダキ に した。 そして 「すんまへん なあ」 を 20 ペン ばかり も くりかえしながら、
「いろいろ ムシン いいまっけど、 いま ヒトツ きいとくなはれしまへん か」
と、 ジテンシャ に つける ラムプ の シャクヨウ を もうしこんだ が、 「これ もって いきなはれ」 と シュジン が オク から だして きて くれた の は、 「ウオザキ チョウ ミヨシヤ」 と いう モジ の ある、 どこ か の シダシヤ の フルヂョウチン で あった。
「ほう、 えらい コットウモン だん なあ」
「それ やったら ダイジ おまへん。 ツイデ の とき に かえしとくなはれ」
ショウゾウ は、 まだ オモテ が うすあかるい ので、 その チョウチン を コシ に さして でかけた が、 ハンキュウ の ロッコウ の テイリュウジョ マエ、 「ロッコウ トザングチ」 と しるした おおきな ヒョウチュウ の たって いる ところ まで きて、 ジテンシャ を カド の ヤスミヂャヤ に あずけて、 そこ から 2~3 チョウ カミ に ある モクテキ の イエ の ほう へ、 すこし キュウ な ダラダラミチ を のぼって いった。 そして イエ の キタガワ の、 ウラグチ の ほう へ まわって、 アキチ の ナカ へ はいりこむ と、 2~3 ジャク の タカサ に クサ が ぼうぼう と はえて いる ヒトカタマリ の クサムラ の カゲ に しゃがんで、 イキ を ころした。
ここ で サッキ の アンパン を かじりながら、 2 ジカン の アイダ シンボウ して みよう、 その うち に リリー が でて きて くれたら、 オミヤゲ の カシワ の ニク を あたえて、 ヒサシブリ に カタ へ とびつかせたり、 クチ の ハシ を なめさせたり、 たのしい イチャツキアイ を しよう と、 そういう つもり なの で あった。
いったい キョウ は おもしろく ない こと が あった ので アテ も なく ソト へ とびだしたら、 アシ が シゼン に ニシ の ほう へ むいた ばかり で なく、 ツカモト なんぞ に であった もの だ から、 とうとう トチュウ で ケッシン を して、 ここ まで のして しまった の だ が、 こう なる こと と わかって いたら ガイトウ を きて くれば よかった のに、 アツシ の シタ に ケイト の シャツ を きこんだ だけ では、 さすが に サムサ が ミ に しみる。 ショウゾウ は カタ を ぞくっと させて、 ホシ が イチメン に かがやきはじめた ヨゾラ を あおいだ。 イタゾウリ を はいた アシ に つめたい クサ の ハ が ふれる ので、 ふと キ が ついて、 ボウシ だの カタ だの を なでて みる と、 おびただしい ツユ が おりて いる。 なるほど、 これ では ひえる わけ だ、 こうして 2 ジカン も うずくまって いたら、 カゼ を ひいて しまう かも しれない。 だが ショウゾウ は、 ダイドコロ の ほう から サカナ を やく ニオイ が におって くる ので、 リリー が あれ を かぎつけて どこ か から かえって きそう な キ が して、 イヨウ な キンチョウ を おぼえる の で あった。 カレ は ちいさな コエ を だして、 「リリー や、 リリー や」 と よんで みた。 ナニ か、 あの イエ の ヒトタチ には わからない で、 ネコ に だけ わかる アイズ の ホウホウ は ない もの か とも おもったり した。 カレ が つくばって いる クサムラ の マエ の ほう に、 クズ の ハ が いっぱい に しげって いて、 その ハ の ナカ で ときどき ぴかり と ひかる もの が ある の は、 たぶん ヨツユ の タマ か ナニ か が トオク の ほう の デントウ に ハンシャ して いる せい なの だ けれども、 そう と しりつつ、 その たび ごと に ネコ の メ かしらん と はっと ムネ を おどらせた。 ………あ、 リリー かな、 やれ うれし や! そう おもった トタン に ドウキ が うちだして、 ミゾオチ の ヘン が ひやり と して、 ツギ の シュンカン に すぐ また がっかり させられる。 こう いう と おかしな ハナシ だ けれども、 まだ ショウゾウ は こんな やきもき した ココロモチ を ニンゲン に たいして さえ かんじた こと は ない の で あった。 せいぜい カフェー の オンナ を アイテ に あそんだ ぐらい が セキノヤマ で、 レンアイ-らしい ケイケン と いえば、 マエ の ニョウボウ の メ を かすめて フクコ と アイビキ して いた ジダイ の、 たのしい よう な、 じれったい よう な、 へんに わくわく した、 おちつかない キブン、 ―――まあ あれ ぐらい な もの なの だ が、 それでも あれ は リョウホウ の オヤ が ナイナイ で テビキ を して くれ、 シナコ の テマエ を うまく ごまかして くれた ので、 ムリ な シュビ を する ヒツヨウ も なく、 ヨツユ に うたれて アンパン を かじる よう な クロウ を しない でも よかった の だ から、 それだけ シンケンミ に とぼしく、 アイタサ ミタサ も こんな に イチズ では なかった の で あった。
ショウゾウ は、 ハハオヤ から も ニョウボウ から も ジブン が コドモ アツカイ に され、 イッポンダチ の できない テイノウジ の よう に みなされる の が、 ヒジョウ に フフク なの で ある が、 されば と いって その フフク を きいて くれる トモダチ も なく、 モンモン の ジョウ を ムネ の ウチ に おさめて いる と、 なんとなく ヒトリポッチ な、 たよりない カンジ が わいて くる ので、 その ため に なお リリー を あいして いた の で ある。 じっさい、 シナコ にも、 フクコ にも、 ハハオヤ にも わかって もらえない さびしい キモチ を、 あの アイシュウ に みちた リリー の メ だけ が ホントウ に みぬいて、 なぐさめて くれる よう に おもい、 また あの ネコ が ココロ の オク に もって いながら、 ニンゲン に むかって いいあらわす スベ を しらない チクショウ の カナシミ と いう よう な もの を、 ジブン だけ は よみとる こと が できる キ が して いた の で あった が、 それ が おたがいに ワカレワカレ に されて しまって 40 ヨニチ に なる の で ある。 そして イチジ は、 もう その こと を かんがえない よう に、 なるべく はやく あきらめる よう に つとめた こと も ジジツ だ けれども、 ハハ や ニョウボウ への フヘイ が たまって、 その ウップン の ヤリバ が なくなって くる に したがい、 いつか ふたたび つよい アコガレ が アタマ を もたげて、 おさえきれなく なった の で あった。 まったく、 ショウゾウ の ミ に なって みる と、 ああいう きびしい アシドメ を されて、 でる にも はいる にも カンショウ を うけた の では、 かえって コイシサ を たきつけられる よう な もの で、 わすれよう にも わすれる ヒマ が なかった の で ある が、 それに もう ヒトツ キ に なった の は、 あれきり ツカモト から なんの ホウコク も ない こと で あった。 あんな に ヤクソク して おきながら、 どうして なんとも いって きて くれない の か。 シゴト が いそがしい の なら やむ を えない が、 ひょっと する と そう で なく、 カレ に シンパイ させまい と して、 ナニ か かくして いる の では ない か。 たとえば シナコ に いじめられて、 くう や くわず で いる ため に ひどく スイジャク して しまった とか、 にげて でた きり ユクエ フメイ に なった とか、 ビョウシ した とか、 いう よう な こと が ある の では ない か。 あれ から こっち、 ショウゾウ は よく そんな ユメ を みて、 ヨナカ に はっと メ を さます と、 どこ か で 「にゃあ」 と ないて いる よう に おもえる ので、 ベンジョ へ ゆく よう な フウ を しながら、 そうっと おきて アマド を あけて みた こと も、 1 ド や 2 ド では ない の で ある が、 あまり たびたび そういう マボロシ に あざむかれる と、 イマ きいた コエ や ユメ に みた スガタ は、 リリー の ユウレイ なの では ない か、 にげて くる ミチ で ノタレジニ を して、 タマシイ だけ が もどった の では ない の か と、 そんな キ が して、 ぞうっと ミブルイ が でた こと も ある。 だが また、 いくら シナコ が イジ の わるい オンナ でも、 ツカモト が ムセキニン でも、 まさか リリー に かわった こと が おこったら だまって いる はず も あるまい から、 タヨリ の ない の は ブジ に くらして いる ショウコ なの だ と、 フキツ な ソウゾウ が うかぶ たび に うちけし うちけし して きた の で ある が、 それでも カンシン に ニョウボウ の イイツケ を チュウジツ に まもって、 イチド も ロッコウ の ホウガク へ アシ を むけた こと が なかった と いう の は、 カンシ が きびしかった ばかり で なく、 シナコ の アミ に ひっかかる の が フユカイ だ から で あった。 カレ には リリー を ひきとった シナコ の シンイ と いう もの が、 イマ でも はっきり しない の だ けれども、 コト に よったら、 ツカモト が ホウコク を おこたって いる の も シナコ の サシガネ では ない の か、 アイツ は そういう ふう に して わざと オレ に キ を もませて、 おびきよせよう と いう ハラ では ない の か と、 そんな ジャスイ も される ので、 リリー の アンピ を たしかめたい と ねがう イッポウ、 みすみす アイツ の ワナ に はまって たまる もの か と いう ハンカン が、 それ と おなじ くらい つよかった の で あった。 カレ は なんとか して リリー には あいたい が、 シナコ に つかまる こと は いや で たまらなかった。 「とうとう やって きました ね」 と、 アイツ が へんに リコウ-ぶって、 トクイ の ハナ を うごめかす か と おもう と、 もう その カオツキ を うかべた だけ で ムシズ が はしった。 がんらい ショウゾウ には カレ イチリュウ の ズルサ が あって、 いかにも キ の よわい、 タニン の イウナリ-シダイ に なる ニンゲン の よう に みられて いる の を、 たくみ に リヨウ する の で ある が、 シナコ を おいだした の が やはり その テ で、 ヒョウメン は オリン や フクコ に あやつられた カタチ で ある けれども、 そのじつ ダレ より も カレ が いちばん カノジョ を きらって いた かも しれない。 そして ショウゾウ は、 イマ かんがえて も、 いい こと を した、 いい キミ だった と おもう ばかり で、 フビン と いう カンジ は すこしも おこらない の で あった。
げんに シナコ は、 デントウ の ともって いる 2 カイ の ガラスマド の ナカ に いる の に ちがいない の だ が、 ザッソウ の カゲ に つくばいながら じっと その ヒ を みあげて いる と、 またしても あの、 ヒト を コバカ に した よう な、 ケンジョ-ぶった カオ が メサキ に ちらついて、 ムナクソ が わるく なって くる。 せっかく ここ まで きた の で ある から、 せめて 「にゃあ」 と いう なつかしい コエ を よそながら でも きいて かえりたい、 ブジ に かわれて いる こと が わかり さえ したら、 それ だけ でも アンシン で ある し、 ここ へ きた ネン が とどく の で ある から、 いっそ の こと そうっと ウラグチ を のぞいて みたら、 ………あわよく いったら、 ハツコ を こっそり よびだして、 オミヤゲ の カシワ の ニク を わたして、 キンジョウ を きかして もらったら、 ………と、 そう おもう の で ある が、 あの マド の ヒ を みて、 あの カオ を ココロ に えがく と、 アシ が すくんで しまう の で ある。 うっかり そんな マネ を したら、 ハツコ が どういう カンチガイ を して、 2 カイ の アネ を よび に ゆかない もの でも ない し、 すくなくとも アト で しゃべる こと は たしか で ある から、 「そろそろ ケイリャク が ズ に あたって きた」 など と、 うぬぼれる だけ でも シャク に さわる。 と する と、 やはり この アキチ に コンキ よく うずくまって いて、 リリー が ここ を とおりかかる グウゼン の キカイ を とらえる より ホカ は ない の で ある が、 しかし イマ まで まって ダメ なら、 とても コンヤ は おぼつかない。 ショウゾウ は もう、 フクロ の ナカ の アンパン を みんな たべて しまった。 そして サッキ から 1 ジカン ハン ぐらい は たった よう な キ が する ので、 だんだん イエ の ほう の シュビ が シンパイ に なって きた。 ハハオヤ だけ なら メンドウ は ない が、 フクコ が サキ に かえって きて いたら、 コンヤ ヒトバンジュウ ねかして もらえない で、 アザ-だらけ に される。 それ も いい けれども、 また アス から カンシ が ゲンジュウ に なる。 だが、 1 ジカン ハン も まつ アイダ に かすか な ナキゴエ も もれて こない の は、 なんだか ヘン だ、 ひょっと したら、 コノアイダ から たびたび みた ユメ が マサユメ で、 もう この イエ に いない の では ない か。 さっき サカナ を やく ニオイ が した とき が イッカ の ユウメシ だった と する と、 リリー も あの とき なにかしら あたえられる で あろう し、 そう すれば きっと クサ を たべ に でて くる の だ が、 こない の を みる と どうも あやしい。………
ショウゾウ は、 とうとう こらえきれなく なって、 ザッソウ の ナカ から ミ を おこす と、 ウラキド の キワ まで しのんで いって、 スキマ へ カオ を あてて みた。 と、 シタ は すっかり アマド が しまって いて、 コドモ を ねかしつけて いる らしい ハツコ の コエ が とぎれとぎれ に きこえて くる ホカ には、 なんの モノオト も しない。 2 カイ の ガラス ショウジ に でも、 ほんの イッシュンカン で いい から さっと カゲ が うつって くれたら どんな に うれしい か しれない のに、 ガラス の ムコウ に しろい カーテン が しずか に たれて いる ばかり で、 その ウエ の ほう が うすぐらく、 シタ の ほう が あかるく なって いる の は、 シナコ が デントウ を ひくく おろして、 ヨナベ を して いる の で あろう。 ふと ショウゾウ は、 アカリ の シタ で イッシン に ハリ を はこびつつ ある カノジョ の ソバ に、 リリー が おとなしく セナカ を まるめて、 「の」 の ジナリ に ねころびながら、 やすらか な ネムリ を むさぼって いる ヘイワ な コウケイ を ガンゼン に うかべた。 アキ の ヨナガ の、 マタタキ も せぬ デントウ の ヒカリ が、 リリー と カノジョ と ただ フタリ だけ を ヒトツワ の ナカ に つつんで いる ホカ は、 テンジョウ の ほう まで ぼうっと くらく なって いる シツナイ。 ………ヨ が しだいに ふけて ゆく ナカ で、 ネコ は かすか に イビキ を かき、 ヒト は もくもく と ヌイモノ を して いる。 わびしい ながら も しんみり と した バメン。 ………あの ガラスマド の ナカ に、 そういう セカイ が くりひろげられて いる と したら、 ―――ナニ か キセキテキ な こと が おこって、 リリー と カノジョ と が すっかり ナカヨシ に なって いた と したら、 ―――もし ホントウ に そんな コウケイ を みせられたら、 ヤキモチ を やかず に いられる だろう か。 ショウジキ の ところ、 リリー が ムカシ を わすれて しまって ゲンジョウ に マンゾク して いられて も、 やはり ハラ が たつ で あろう し、 そう か と いって、 ギャクタイ されて いたり しんで いたり した の では なお かなしい し、 どっち に して も キ が はれる こと は ない の だ から、 いっそ なにも きかない ほう が いい かも しれない。 ショウゾウ は、 トタン に シタ の ハシラドケイ が 「ぼん、………」 と、 ハン を うつ の を きいた。 7 ジ ハン だ、 ―――と おもう と、 カレ は ダレ か に つきとばされた よう に コシ を うかした が、 フタアシ ミアシ いって から ひっかえして きて、 まだ ダイジ そう に フトコロ に いれて いた タケ の カワヅツミ を とりだす と、 それ を キドグチ や、 ゴミバコ の ウエ や、 あっちこっち へ もって いって うろうろ した。 どこ か、 リリー だけ が キ が ついて くれる よう な ところ へ おいて ゆきたい が、 クサムラ の ナカ では イヌ に かぎつけられそう だし、 この ヘン へ おいたら イエ の モノ が みつける で あろう し、 うまい ホウホウ は ない かしらん。 いや、 もう そんな こと に かまって は いられぬ。 おそくも イマ から 30 プン イナイ に かえらなかったら、 また ヒトサワギ おこる かも しれぬ。 「アンタ、 イマゴロ まで ナニ しててん!」 ―――と、 そう いう コエ が にわか に ミミ の ハタ で きこえて、 フクコ の いきりたった ケンマク が ありあり と みえる。 カレ は あわてて クズ の ハ の しげって いる アイダ へ、 タケ の カワ を ひらいて おいて、 リョウハシ へ コイシ を のせて、 また その ウエ から テキトウ に ハ を かぶせた。 そして アキチ を ヨコットビ に、 ジテンシャ を あずけた チャヤ の ところ まで ムチュウ で はしった。

その バン、 ショウゾウ より も 2 ジカン ほど おくれて かえって きた フクコ は、 オトウト を つれて ケントウ を み に いった ハナシ など を して、 ひどく キゲン が よかった。 そして あくる ヒ、 すこし ハヤメ に ユウメシ を すます と、
「コウベ へ いかして もらいまっせ」
と、 フウフ で シンカイチ の ジュラクカン へ でかけた。
オリン の ケイケン だ と、 フクコ は いつも イマヅ の イエ へ いって きた トウザ、 つまり フトコロ に オコヅカイ の ある 5~6 ニチ か 1 シュウカン の アイダ と いう もの は、 きまって キゲン が いい の で ある。 この アイダ に カノジョ は さかん に ムダヅカイ を して、 カツドウ や カゲキ ケンブツ など にも、 2 ド ぐらい は ショウゾウ を さそって ゆく。 したがって フウフナカ も むつまじく、 しごく エンマン に おさまって いる の だ が、 1 シュウカン-メ アタリ から そろそろ フトコロ が さびしく なって、 イチニチ イエ で ごろごろ しながら、 アイダグイ を したり ザッシ を よんだり する よう に なりだす と、 ときどき テイシュ に クチコゴト を いう。 もっとも ショウゾウ も、 ニョウボウ の ケイキ の いい とき だけ チュウジツブリ を ハッキ して、 だんだん でる もの が でなく なる と、 ゲンキン に タイド を かえ、 うかぬ カオ を して ナマヘンジ を する クセ が ある の だ が、 けっきょく ソウホウ から トバッチリ を くう ハハオヤ が、 いちばん ワリ が わるい こと に なる。 だから オリン は、 フクコ が イマヅ へ かけつける たび に、 やれやれ これ で トウブン は アンシン だ と おもって、 ないない ほっと する の で あった。
で、 コンド も ちょうど そういう ヘイワ な 1 シュウカン が はじまって いた が、 コウベ へ いって から サン、 ヨッカ たった ある ヒ の ユウガタ、 テイシュ と フタリ バンメシ の チャブダイ に むかって いた フクコ は、
「コナイダ の カツドウ、 ちょっとも おもしろい こと あれへなんだ なあ」
と、 ジブン も いける クチ なので、 ほんのり メ の フチ へ ヨイ を だしながら、
「―――なあ、 アンタ どない おもうた?」
と、 そう いって チョウシ を とりあげる と、 ショウゾウ が それ を ひったくる よう に して こちら から さした。
「ひとつ いこ」
「もう、 あかん。 ………ようた わ、 ワテ」
「まあ、 いこ、 もう ヒトツ。………」
「ウチ で のんだ かて、 おいしい こと あれへん。 それ より アシタ どこ ぞ へ いけへん?」
「ええ なあ、 いきたい なあ」
「まだ オコヅカイ ちょっとも つこうてえ へん ねん で。 ………コナイダ の バン、 ウチ で ゴハン たべて でて、 カツドウ みた だけ やった やろ、 そや さかい に、 まだ たあんと もってる ねん」
「どこ に しょう、 そしたら?………」
「タカラヅカ、 コンゲツ は ナニ やってる やろ?」
「カゲキ かいな。―――」
アト に キュウ オンセン と いう タノシミ は ある に して から が、 なんだか もうひとつ キ が のらない カオツキ を した。
「―――そない に たんと オコヅカイ ある のん やったら、 もっと おもしろい こと ない やろ か」
「なんぞ かんがえてえ な」
「コウヨウ み に いけへん?」
「ミノオ かいな」
「ミノオ は あかん ねん、 コナイダ の ミズ で すっくり やられて しもてん。 それ より ボク、 ヒサシブリ で アリマ へ いって みたい ねん けど、 どう や、 サンセイ せえへん か」
「ほんに、 ………あれ、 いつ やった やろ?」
「もう ちょうど 1 ネン ぐらい……… いや、 そう や ない わ、 あの とき カジカ が ないてた わ」
「そう や、 もう 1 ネン ハン に なる で」
それ は フタリ が ヒトメ を しのぶ ナカ に なりだして マ も ない ジブン、 ある ヒ タキミチ の シュウテン で おちあい、 シンユウ デンシャ で アリマ へ いって、 ゴショ ノ ボウ の ニカイ ザシキ で ハンニチ ばかり あそんで くらした こと が あった が、 すずしい タニガワ の オト を ききながら、 ビール を のんで は ねたり おきたり して すごした、 たのしかった ナツ の ヒ の こと を、 フタリ とも はっきり おもいだした。
「そしたら、 また ゴショ ノ ボウ の 2 カイ に しょう か」
「ナツ より イマ の ほう が ええ で。 コウヨウ みて、 オンセン に はいって、 ゆっくり バン の ゴハン たべて、―――」
「そう しょう、 そう しょう、 もう それ に きめた わ」
その あくる ヒ は ハヤオヒル の ヨテイ で あった が、 フクコ は アサ の 9 ジ-ゴロ から ぽつぽつ ミジタク に とりかかりながら、
「アンタ、 きたない アタマ やなあ」
と、 カガミ の ナカ から ショウゾウ に いった。
「そう かも しれん、 もう ハンツキ ほど トコヤ へ いけへん さかい に な」
「そしたら オオイソギ で いって きなはれ、 イマ から 30 プン イナイ に。―――」
「そら えらい こっちゃ」
「そんな アタマ してたら、 ワテ よう イッショ に あるかん わ。 ―――はよう しなはれ!」
ショウゾウ は、 ニョウボウ が わたして くれた 1 エン サツ を、 ヒダリ の テ に もって ひらひら させながら、 ジブン の ミセ から ハンチョウ ほど ヒガシ に ある トコヤ の マエ まで かけて いった が、 いい アンバイ に キャク が ヒトリ も きて いない ので、
「はやい とこ たのみまっさ」
と、 オク から でて きた オヤカタ に いった。
「どこ ぞ いきはりまん のん か」
「アリマ へ コウヨウ み に いきまん ね」
「そら よろし おまん なあ、 オクサン も イッショ だっか?」
「そう だん ね。 ―――ハヤオヒル たべて でかける さかい、 30 プン で アタマ かって きなはれ いわれて まん ね」
が、 それから 30 プン すぎた ジブン、
「オタノシミ だん なあ、 ゆっくり いって きなはれ」
と、 セナカ から オヤカタ が あびせる コトバ を ききながして、 イエ の マエ まで もどって きて、 なにごころなく ミセ へ ヒトアシ ふみこむ と、 そのまま ドマ に たちすくんで しまった。
「なあ、 オカアサン、 なんで キョウ まで それ かくして はりましてん。………」
と、 とつぜん そう いう ただならぬ コエ が オク から きこえて きた から で ある。
「………なんで そんな こと が あったら、 ワテ に いうとくなはれしまへん。 ………そしたら オカアサン、 ワテ の ミカタ してる みたい に みせかけといて、 いつも そんな こと させて はった ん と ちがいまっか。………」
フクコ が だいぶ オカンムリ を まげて いる らしい こと は かんだかい モノ の イイカタ で わかる。 ハハオヤ の ほう は あきらか に やりこめられて いる ヨウス で、 たまに ヒトコト フタコト ぐらい クチヘントウ を する けれども、 ごまかす よう に こそこそ と いう ので、 よく きこえない。 フクコ の どなる コエ ばかり が ツツヌケ に ひびいて くる の で ある。
「………なに? いった とは かぎらん?……… あほらしい! ヒト の ウチ の ダイドコロ かって、 カシワ の ニク たいたり して、 リリー の とこ や なかったら、 どこ へ もって いきまん ね。 ………それ に した かて、 あの チョウチン もって かえって、 あんな ところ に なおして あった こと、 オカアサン しったはりました ん やろ?………」
カノジョ が ハハオヤ を つかまえて、 あんな きんきん した コエ を はりあげる こと は めった に ない の だ が、 しかし たったいま、 カレ が トコヤ へ いって いた わずか な アイダ に、 どうやら センジツ の コクスイドウ が、 あの とき の タテカエ と フルヂョウチン と を トリカエシ に きた の だ と みえる。 アリテイ に いう と、 あの バン ショウゾウ は あの チョウチン を ジテンシャ の サキ に ぶらさげて かえって、 フクコ に みとがめられない よう に、 モノオキゴヤ の タナ の ウエ に おしあげて おいた の で ある が、 オフクロ には ケントウ が ついて いた はず だ から、 だして わたして やった の かも しれない。 だが コクスイドウ は、 いつでも いい よう に と いって いながら、 なんで トリカエシ に きた の だろう。 まさか あんな フルヂョウチン が おしい こと も あるまい に、 この ヘン に ツイデ でも あった の だろう か、 それとも 20 セン を カリッパナシ に された の が、 ハラ が たった の だろう か。 それに また、 オヤジ が きた の か、 コゾウ が きた の か しらない が、 カシワ の ハナシ まで して ゆかない でも いい では ない か。
「………ワテ は なあ、 アイテ が リリー だけ やったら、 なにも うるさい こと いえしまへん で。 リリー に あい に いく いうて も、 リリー だけ や あれへん さかい に、 いいまん ねん で。 いったい オカアサン、 あの ヒト と グル に なって、 ワテ を だます よう な こと して、 すむ と おもうたはりまん のん か」
そう いわれる と、 さすが の オリン も ぐう の ネ も でない で、 ちいさく なって いる の で ある が、 セガレ の カワリ に おこられて いる の は かわいそう の よう でも あり、 ちょっと いい キミ の よう でも ある。 ナン に して も ショウゾウ は、 ジブン が いたら なかなか フクコ の オコリカタ が この くらい では すむまい と おもう と、 あやうく ココウ を のがれた キ が して、 すわ と いえば オモテ へ とびだせる よう に、 ミガマエ を しながら たって いる と、
「………いいえ、 わかって ま! あの ヒト ロッコウ へ やったり して、 コンド は ワテ を おいだす ソウダン して なはる ねん」
と、 いう の に つづいて どたん と いう モノオト が して、
「まちい な!」
「はなしとくなはれ!」
「そう かて、 どこ へ いく ねん な」
「オトウサン とこ へ いって きます、 ワテ の いう こと が ムリ か、 オカアサン の いう こと が ムリ か、―――」
「ま、 イマ ショウゾウ が もどる さかい に―――」
どたん、 どたん、 と、 フタリ が さかん に あらそいながら ミセ の ほう へ でて きそう なので、 あわてて ショウゾウ は オウライ へ にげのびて、 5~6 チョウ の キョリ を ムチュウ で はしった。 それきり アト が どう なった こと やら わからなかった が、 キ が ついて みる と、 いつか ジブン は シン コクドウ の バス の テイリュウジョ の マエ に きて、 さっき トコヤ で うけとった ツリセン の ギンカ を、 まだ しっかり と テ の ナカ に にぎって いた。

ちょうど その ヒ の ゴゴ 1 ジ-ゴロ、 シナコ が アサ の うち に しあげた ヌイモノ を、 キンジョ まで とどけて くる と いって、 フダンギ の ウエ に ケイト の ショール を ひっかけて、 コバシリ に ウラグチ から でて いった アト、 ハツコ が ヒトリ ダイドコロ で はたらいて いる と、 そこ の ショウジ を ごそっと 1 シャク ばかり あけて、 せいせい イキ を きらしながら ショウゾウ が ナカ を のぞきこんだ ので、
「あらっ」
と、 とびあがりそう に する と、 ぴょこん と ヒトツ オジギ を しながら わらって みせて、
「ハツ ちゃん、………」
と いって から、 ウシロ の ほう に キ を くばりつつ キュウ に ヒソヒソゴエ に なって、
「………あの、 イマ ここ から シナコ でて いきました やろ?」
と、 せかせか した ハヤクチ で いった。
「………ボク イマ そこ で おうてん けど、 シナコ は キイ つけしまへなんだ。 ボク あの ポプラー の カゲ に かくれて ました よって に な」
「なんぞ ネエサン に ヨウ だっか?」
「メッソウ な! リリー に あい に きましてん が。―――」
そして、 そこ から ショウゾウ の コトバ は、 さも おもいあまった、 あわれっぽい せつない コエ に かわった。
「なあ、 ハツ ちゃん、 あの ネコ どこ に いて ます?……… すんまへん けど、 ほんの ちょっと で ええ さかい、 あわしとくなはれ!」
「どこ ぞ、 その ヘン に いて しまへん か」
「そない おもうて、 ボク この キンジョ うろうろ して、 もう 2 ジカン も あそこ に たって ましてん けど、 ちょっとも でて きよれしまへん ねん」
「そしたら、 2 カイ に いてる かしらん?」
「シナコ もう すぐ もどりまっしゃろ か? イマゴロ どこ へ いきました ん や?」
「ほん そこ まで シタテモノ とどけ に。 ―――2~3 チョウ の ところ だす よって、 すぐ かえりまっせ」
「ああ、 どう しよう、 ああ こまった」
そう いって ぎょうさん に カラダ を ゆすぶって、 ジダンダ を ふみながら、
「なあ、 ハツ ちゃん、 たのみます、 この とおり や。―――」
と、 テ を すりあわせて おがむ マネ を した。
「―――ゴショウ イッショウ の オネガイ だす、 イマ の アイダ に つれて きとくなはれ」
「おうて、 どない しやはりまん ね」
「どうも こうも せえしまへん。 ブジ な カオ ヒトメ みせて もろたら、 キ が すみまん ねん」
「つれて かえりはれしまへん やろ なあ?」
「そんな こと しまっかい な。 キョウ みせて もろたら、 もう これっきり けえしまへん」
ハツコ は あきれた カオ を して、 アナ の あく ほど ショウゾウ を みつめて いた が、 なんと おもった か だまって 2 カイ へ あがって いって、 すぐ ダンバシゴ の チュウダン まで もどって くる と、
「いて まっせ。―――」
と、 ダイドコロ の ほう へ クビ だけ つんだした。
「いて まっか?」
「ワテ、 よう だきまへん よって、 み に きとくなはれ」
「いって も ダイジ おまへん やろ か」
「すぐ おりとくなはれ や」
「よろし おま。 ―――そしたら、 あがらして もらいまっさ」
「はやい こと しなはれ!」
ショウゾウ は、 せまい、 キュウ な ダンバシゴ を あがる マ も ムネ が どきどき した。 ようよう ヒゴロ の オモイ が かなって、 あう こと が できる の は うれしい けれども、 どんな ふう に かわって いる だろう か。 ノタレジニ も せず、 ユクエ フメイ にも ならない で、 ブジ に この ヤ に いて くれた の は ありがたい が、 ギャクタイ されて、 やせおとろえて いなければ いい が、 ………まさか ヒトツキ ハン の アイダ に わすれる はず は ない だろう けれど、 なつかしそう に ソバ へ よって きて くれる かしらん? それとも レイ の、 はにかんで にげて ゆく かしらん?……… アシヤ の ジダイ に、 2~3 ニチ イエ を あけた アト で かえって くる と、 もう どこ へも ゆかせまい と して、 すがりついたり なめまわしたり した もの で あった が、 もしも あんな ふう に されたら、 それ を ふりきる の に また もう イチド つらい オモイ を しなければ ならない。………
「ここ だっせ。―――」
はればれ と した ゴゴ の ガイコウ を さえぎって、 マド の カーテン が しまって いる の は、 おおかた ヨウジン-ぶかい シナコ が でて ゆく とき に そうした の で あろう か。 ―――その ため に シツナイ が もやもや と かげって、 うすぐらく なって いる ナカ に、 シガラキヤキ の ナマコ の ヒバチ が おいて あって、 なつかしい リリー は その ソバ に、 ザブトン を かさねて しいて、 マエアシ を ハラ の シタ へ おりこんで、 セ を まるく しながら うつらうつら メ を つぶって いた。 あんじた ほど に やせて も いない し、 ケナミ も つやつや と して いる の は、 ソウトウ に ユウグウ されて いる から で あろう。 おもった より も ダイジ に されて いる ショウコ には、 カノジョ の ため に センヨウ の ザブトン が 2 マイ も もうけて ある ばかり では ない、 たったいま、 オヒル の ゴチソウ に ナマタマゴ を もらった と みえて、 きれい に たべつくした ゴハン の オサラ と、 タマゴ の カラ と が、 シンブンガミ に のせて ヘヤ の カタスミ に よせて あり、 また その ヨコ には、 アシヤ ジダイ と おなじ よう な フンシ さえ おいて ある の で ある。 と、 とつぜん ショウゾウ は、 ひさしい アイダ わすれて いた あの トクユウ の ニオイ を かいだ。 かつて ワガヤ の ハシラ にも カベ にも ユカ にも テンジョウ にも しみこんで いた あの ニオイ が、 イマ は この ヘヤ に こもって いる の で あった。 カレ は カナシミ が こみあげて きて、
「リリー、………」
と おぼえず ダミゴエ を あげた。 すると リリー は ようよう それ が きこえた の か、 どんより と した ものうげ な ヒトミ を あけて、 ショウゾウ の ほう へ ひどく ブアイソウ な イチベツ を なげた が、 ただ それ だけ で、 なんの カンドウ も しめさなかった。 カノジョ は ふたたび、 マエアシ を いっそう ふかく おりまげ、 セスジ の カワ と ミミタブ と を ぶるん! と さむそう に ケイレン させて、 ねむくて たまらぬ と いう よう に メ を とじて しまった。
キョウ は オテンキ が いい カワリ に、 クウキ が ひえびえ と ミ に しむ よう な ヒ で ある から、 リリー に したら ヒバチ の ソバ を はなれる の が いや なの で あろう。 それに イノフ が ふくらんで いる ので、 なおさら タイギ なの でも あろう。 この ドウブツ の ブショウ な セイシツ を のみこんで いる ショウゾウ は、 こういう そっけない タイド には なれて いる ので、 かくべつ あやしみ は しなかった が、 でも キ の せい か、 その おびただしく メヤニ の たまった メ の フチ だの、 ミョウ に しょんぼり と うずくまって いる シセイ だの を みる と、 わずか ばかり あわなかった アイダ に、 また いちじるしく おいぼれて、 カゲ が うすく なった よう に おもえた。 わけても カレ の ココロ を うった の は、 イマ の ヒトミ の ヒョウジョウ で あった。 ザイライ とて も こんな バアイ に ねむそう な メ を した とは いえ、 キョウ の は まるで コウロ ビョウシャ の それ の よう な、 セイ も コン も かれはてた、 ヒロウ しきった イロ を うかべて いる では ない か。
「もう おぼえてえ しまへん で。 ―――チクショウ だん なあ」
「あほらしい、 ヒト が みてたら あない に そらとぼけまん ねん が」
「そう だっしゃろ か。………」
「そう だん が。 ………そや さかい に、 ………すんまへん けど、 ほん ちょっと の マ、 ハツ ちゃん ここ に まってて くれて、 この フスマ しめさしとくなはれしまへん か。………」
「そない して、 ナニ しやはりまん ね」
「なんも せえしまへん。 ………ただ、 あの、 ちょっと、 ………ヒザ の ウエ に だいて やりまん ねん。………」
「そう かて、 ネエサン かえって きまっせ」
「そしたら、 ハツ ちゃん、 そっち の ヘヤ から カド みはってて、 みえたら すぐに しらしとくなはれ。 たのみまっさ。………」
フスマ に テ を かけて そう いって いる うち に、 もう ショウゾウ は ずるずる と ヘヤ へ はいって、 ハツコ を ソト へ しめだして しまった。 そして、
「リリー」
と いいながら、 その マエ へ いって、 サシムカイ に すわった。
リリー は サイショ、 せっかく ヒルネ して いる のに うるさい! と いう よう な オウチャク そう な メ を しばだたいた が、 カレ が メヤニ を ふいて やったり、 ヒザ の ウエ に のせて やったり、 クビスジ を なでて やったり する と、 かくべつ いや な カオ も しない で、 される とおり に なって いて、 しばらく する うち に ノド を ごろごろ ならしはじめた。
「リリー や、 どうした? カラダ の グアイ わるい こと ない か? マイニチ マイニチ、 かわいがって もろてる か?―――」
ショウゾウ は、 いまに リリー が ムカシ の イチャツキ を おもいだして、 アタマ を オシツケ に きて くれる か、 カオ を ナメマワシ に きて くれる か と、 イッショウ ケンメイ イロイロ の コトバ を あびせかけた が、 リリー は ナニ を いわれて も、 あいかわらず メ を つぶった まま ごろごろ いって いる だけ で あった。 それでも カレ は セナカ の カワ を コンキ よく なでて やりながら、 すこし ココロ を おちつけて この ヘヤ の ナカ を ながめて みる と、 あの キチョウメン で カンショウ な シナコ の ヤリカタ が、 ほんの ササイ な ハシバシ にも よく あらわれて いる よう に かんじた。 たとえば カノジョ は、 わずか 2~3 プン の アイダ ルス に する にも、 ちゃんと こうして カーテン を しめて ゆく の で ある。 のみならず この 4 ジョウ ハン の シツナイ に、 キョウダイ だの、 タンス だの、 サイホウ の ドウグ だの、 ネコ の ショッキ だの、 ベンキ だの、 サマザマ な もの を ならべて おきながら、 それら が イッシ みだれず に、 それぞれ せいぜん と かたよせられて、 コテ の つきさして ある ヒバチ の ナカ を のぞいて みて も、 スミビ を ふかく いけこんだ うえ に、 ハイ が きれい に スジメ を たてて ならして あり、 サントク の ウエ に のせて ある セトヒキ の ヤカン まで が、 とぎたてた よう に ぴかぴか ひかって いる の で ある。 が、 それ は まあ フシギ は ない と して も、 キミョウ なの は あの サラ に のこって いる タマゴ の カラ だった。 カノジョ は ジブン で クイブチ を かせいで いる ので、 けっして ラク では ない で あろう に、 まずしい ナカ でも リリー に ジヨウブン を あたえる と みえる。 いや、 そう いえば、 カノジョ が ジブン で しいて いる ザブトン に くらべて、 リリー の ザブトン の ワタ の あつい こと は どう だ。 いったい カノジョ は なんと おもって、 あんな に にくんで いた ネコ を ダイジ に する キ に なった の で あろう。
かんがえて みる と ショウゾウ は、 いわば ジブン の ココロガラ から マエ の ニョウボウ を おいだして しまい、 この ネコ に まで も カズカズ の クロウ を かける ばかり か、 ケサ は ジブン が ワガヤ の シキイ を またぐ こと が できない で、 つい ふらふら と ここ へ やって きた の で ある が、 この ごろごろ いう オト を ききながら、 むせる よう な フンシ の ニオイ を かいで いる と、 なんとなく ムネ が いっぱい に なって、 シナコ も、 リリー も、 かわいそう には ちがいない けれども、 ダレ にも まして かわいそう なの は ジブン では ない か、 ジブン こそ ホントウ の ヤドナシ では ない か と、 そう おもわれて くる の で あった。
と、 その とき ばたばた と アシオト が して、
「ネエサン もう つい そこ の カド まで きて まっせ」
と、 ハツコ が あわただしく フスマ を あけた。
「えっ、 そら タイヘン や!」
「ウラ から でたら あきまへん!……… オモテ へ、 ………オモテ へ まわんなはれ!……… ハキモノ ワテ が もって いたげる! はよ、 はよ!」
カレ は ころげる よう に ダンバシゴ を かけおりて、 オモテ ゲンカン へ とんで いって、 ハツコ が ドマ へ なげて くれた イタゾウリ を つっかけた。 そして オウライ へ しのびでた トタン に、 ちらと シナコ の ウシロカゲ が、 ヒトアシ チガイ で ウラグチ の ほう へ まわって いった の が メ に とまる と、 こわい もの に でも おわれる よう に ハンタイ の ホウガク へ イッサン に はしった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする