カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

コウフク の かなた

2013-01-20 | ハヤシ フミコ
 コウフク の かなた

 ハヤシ フミコ

 1

 ニシビ の さして いる センタクヤ の せまい 2 カイ で、 キヌコ は はじめて シンイチ に あった。
 12 ガツ に はいって から、 めずらしく ヒバチ も いらない よう な あたたかい ヒ で あった。 シンイチ は しじゅう ハンカチ で ヒタイ を ふいて いた。
 キヌコ は ときどき そっと シンイチ の ヒョウジョウ を ながめて いる。
 ながらく の ビョウイン セイカツ で、 イロ は しろかった けれども すこしも クッタク の ない よう な カオ を して いて、 ミミタブ の ゆたか な ヒト で あった。 アゴ が シカク な カンジ だった けれども、 ニシビ を まぶしそう に して、 ときどき カベ の ほう へ むける シンイチ の ヨコガオ が、 キヌコ には なんだか ムカシ から しって いる ヒト で でも ある か の よう に シタシミ の ある ヒョウジョウ だった。
 シンイチ は きちんと セビロ を きて マド の ところ へ すわって いた。 ナコウド カク の ヨシオ が、 はげた アタマ を ふりながら ブキヨウ な テツキ で スシ や チャ を はこんで きた。
「キヌコ さん、 スシ を ヒトツ、 シンイチ さん に つけて あげて ください」
 そう いって、 ヨシオ は ヨウジ でも ある の か、 また シタ へ おりて いって しまった。 スシ の ウエ を にぶい ハオト を たてて おおきい ハエ が 1 ピキ とんで いる。 キヌコ は そっと その ハエ を おいながら、 すなお に スシザラ の ソバ へ にじりよって いって コザラ へ スシ を つける と、 その サラ を そっと シンイチ の ヒザ の ウエ へ のせた。 シンイチ は サラ を リョウテ に とって あかく なって いる。 キヌコ は また ワリバシ を わって それ を だまった まま シンイチ の テ へ にぎらせた の だ けれども、 シンイチ は あわてて その ハシ を おしいただいて いた。
 ふっと ふれあった ユビ の カンショク に、 キヌコ は ムネ に やける よう な アツサ を かんじて いた。
 シンイチ を すき だ と おもった。
 ナニ が どう だ と いう よう な、 きちんと した セツメイ の シヨウ の ない、 みなぎる よう な つよい アイジョウ の ココロ が わいて きた。
 シンイチ は サラ を ヒザ に おいた まま だまって いる。
 ガラスド-ゴシ に ビール-ガイシャ の たかい エントツ が みえた。 キヌコ は だまって いる の が くるしかった ので、 コザラ へ ショウユ を すこし ばかり ついで、 シンイチ の もって いる スシザラ の スシ の ヒトツヒトツ へ テイネイ に ショウユ を ぬった。
「いや、 どうも ありがとう……」
 ショウユ の カオリ で、 ちょっと シタ を むいた シンイチ は また あかく なって もじもじ して いた。 キヌコ は シンチイ を いい ヒト だ と おもって いる。 ナニ か いい ハナシ を しなければ ならない と おもった。 そうして ココロ の ナカ には イロイロ な こと を かんがえる の だ けれども、 ナニ を はなして よい の か、 すこしも ワダイ が まとまらない。
 シンイチ は うすい イロメガネ を かけて いた ので、 ちょっと メ の わるい ヒト とは おもえない ほど ゲンキ そう だった。 キヌコ は イッショウ ケンメイ で、
「ムライ さん は ナニ が おすき です か?」
 と きいて みた。
「ナン です か? たべる もの なら、 ボク は なんでも たべます」
「そう です か、 でも、 いちばん、 おすき な もの は ナン です の?」
「さあ、 いちばん すき な もの…… ボク は ウドン が すき だな……」
キヌコ は、
「まあ」
 と いって くすくす わらった。 ジブン も ウドン は だいすき だった し、 ニノミヤ の イエ に いた コロ は、 オジョウサマ も ウドン が すき で、 キヌコ が ほとんど マイニチ の よう に ウドン を ウスアジ で にた もの で あった。
 ウドン と いわれて、 キュウ に オマエザキ の しろい ナミ の オト が ミミモト へ ちかぢか と きこえて くる よう で あった。 キヌコ と シンイチ は ドウキョウジン で、 シンイチ は キヌコ とは ナナツ チガイ の 28 で ある。 キョネン センジョウ から カタメ を うしなって もどって きた の で あった。

 2

 ささやか な ミアイ が すむ と、 1 シュウカン も たたない で フタリ は ケッコン の シキ を あげた。 チクサ-チョウ の エキ に ちかい ところ に イエ を もった。 イエ を もつ と すぐ、 ルス を ヨシオ に たのんで フタリ は オマエザキ の キョウリ へ かえって いった。
 シンイチ の イエ は ハンノウ ハンギョ の イエ で まずしい クラシ では あった が、 チチ も アニフウフ も ヒジョウ に よい ヒト で あった。 シンイチ の ハハ は シンイチ の おさない とき に なくなった の だ そう で ある。
 ある バン、 シンイチ は キヌコ へ こんな こと を いった。
「ボク は ね、 イエ が まずしかった から、 チュウガク を でたら イチグン に ひいでた カネモチ に なりたい と いう の が リソウ だった ん だよ。 ――だけど、 とうとう ガクシ も つづかず チュウガク を チュウト で やめて しまって ナゴヤ の トウキ-ガイシャ へ トウコウ に はいって しまった。 そして、 コンド の センソウ に ゆき カタメ を うしなって もどって きた…… ウンメイ だ とは おもう が、 まあ、 イノチビロイ を した の も フシギ な ウンメイ だし、 キミ と イッショ に なった の も これ も フシギ な ウンメイ だね……」
 シンイチ は とおい ムカシ を おもいだした よう に コタツ に カオ を ふせて いた。 ナミ の オト が ごうごう と ひびいて きこえた。
 シンイチ の ジッカ では コダクサン で イエ が せまい ので、 キンジョ の トウダイ の ソバ の チャミセ の イッシツ を かりて おいて くれた ので、 シンイチ たち は ここ で キガネ の ない ヒ を すごした。
 ヨル に なる と トウダイ の ヒ が トオク の カイメン を コガネイロ に そめて いる。 ぎらぎら する よう な しろい コウボウ が くらい ソラ の ウエ で ススキ の ホ の よう に ゆらめく とき が ある。 アメ の バン の トウダイ の ヒ も きれい だった。

 キヌコ は ムラ の コウトウ ショウガク を でる と、 すぐ ナゴヤ へ でて、 シンルイ の ヨシオ の セワ で メンプ-ドンヤ の ニノミヤ-ケ へ ジョチュウ-ボウコウ に すみこんで いた の で あった。
 オジョウサマ-ヅキ だった ので、 キヌコ は なんの クロウ も なし に 21 まで くらして きた の だ けれども、 オジョウサン が、 コトシ の ハル トウキョウ へ えんづいて いって しまう と、 キヌコ は ニノミヤ-ケ を さって シンルイ の ヨシオ の イエ へ ヤッカイ に なって いた の で あった。
 キヌコ は うつくしく は なかった けれども、 アイキョウ の いい ムスメ で、 オオガラ で のんびり して いる の が ヒト に コウイ を もたれた。 キヌコ は ニノミヤ-ケ に いた アイダ に、 2 ド ほど エンダン が あり、 イチド は むりやり に ミアイ を させられた こと が あった けれども、 キヌコ は その オトコ を すかなかった。 アイテ は メリヤス ショウニン で、 もう そうとう オンナアソビ も した オトコ らしく、 キヌコ に むかって も、 ハジメ から いやらしい こと を いって きいろく なった ハ を だして タバコ ばかり すって いた。
 キヌコ は いや だった ので すぐ その エンダン は ことわって もらった。
 キヌコ は ケッコン と いう もの が、 こんな に センパク な もの なの か と いや で いや で ならなかった。 そのくせ なにかしら、 ジブン の カラダ は あつく もえさかる よう な クルシサ に おちて ゆく ヒ も ある。
 ヨシオ から シンイチ の ハナシ を もって こられた とき には、 キヌコ は ホントウ は あまり キノリ が して いなかった と いって いい。 イチド ミアイ を して こりて も いた し、 ショウニン とか ショッコウ とか は キヌコ は あまり すき では なかった の だ。 カイシャイン の よう な ところ へ ヨメ に ゆきたい の が キヌコ の リソウ だった の だ けれども センジョウ から カタメ を うしなって きて いる ヒト と いう こと に なんとなく ココロ を さそわれて、 キヌコ は シンイチ に あって みた の で ある。
 はじめて あった とき も いい ヒト だ とは おもった けれども、 ケッコン を して みる と、 シンイチ は オモイヤリ の ふかい よい ヒト で あった。
 キヌコ は、 アサ、 メ が さめる と すぐ おおきい コエ で ウタ を うたう シンイチ が おかしくて シカタ が なかった。
 シンイチ は きまって コドモ の うたう よう な ウタ を マイアサ うたった。

 3

 キョウ も ヒル の ゴハン が すむ と、 トウダイ の ヨコ から フタリ は コンクリート の ダンダン を おりて ナギサ の ほう へ あるいて いった。 さむい ヒ では あった けれども あまり カゼ も なく マワリ は しんかん と して いる。 エビ を とり に ゆく フネ が、 オキ へ アミ を はり に いって いった。
 キフク の ゆるい スナ の ウエ には しろい アミ が ほして ある。 シンイチ と キヌコ は アミ を しまう ワラゴヤ の カベ へ もたれて スナ の ウエ へ すわった。 マワリ が しずか なので ナミ の オト が ハラ の ソコ に ひびく よう だった。 ナマリイロ の ウミ を ふいて くる クウキ には くすりくさい よう な シオ の ニオイ が して いた。
「うんと、 この クウキ を すって かえりましょう ね」
 キヌコ が こどもらしい こと を いった。 シンイチ は ナミ の オト でも きいて いる の か しばらく だまって いた が、 ふっと おもいだした よう に、 マユ を うごかして キヌコ の ほう へ むいた。
「タバコ を つけて あげましょう か?」
 キヌコ が ハンカチ の ツツミ の ナカ から タバコ と マッチ を だして、 タバコ を シンイチ の ヒザ へ おいた。
「ねえ、 ボク は イチド、 キミ に たずねて みよう と おもった けれど、 ――ヨシオ さん は、 いったい ボク の こと を どんな ふう に いった の かねえ?」
「どんな ふう って……」
「いや、 ボク の ミノウエ の こと に ついて さ……」
「ミノウエ って、 どんな こと でしょう……」
「ヨシオ さん は、 なんだか、 ボク の こと を かばって、 キミ には なんにも はなして いない よう だね……」
「だって、 どんな こと を きく ん です の…… べつに、 アナタ の ミノウエ の こと なんか、 いまさら どうでも いい じゃ ありません か……」
「いや、 きいて いない と する と よく は ない さ……」
 キヌコ は なんの こと だろう と おもいながら マッチ を すった。 あおい ヒ が ユビサキ に あつかった。 シンイチ は うまそう に タバコ を すった。 しろい ケムリ が すぐ ウミ の ほう へ きえて ゆく。
「ボク に コドモ が ある こと を ヨシオ さん は はなした かな」
 キヌコ は、
「えっ」
 と イキ を のんで シンイチ の カオ を みつめた。
「それ ごらん、 ――ヨシオ さん は、 その こと を キミ に はなさなかった ん だね?」
 シンイチ は そう いって、 だまって たちあがる と、 ヒトリ で ナギサ の ほう へ ゆっくり ゆっくり あるいて いった。 キヌコ は しばらく その ウシロスガタ を ながめて いた けれども、 なんだか シンイチ が ウソ を ついて いる よう で シカタ が なかった。 でも、 コドモ が ある と いえば、 シンイチ の ヘヤ には たしか に コドモ の シャシン が あった と おもえる。 ツクエ の ウエ だった かしら、 カベ だった かしら、 キヌコ は シンイチ が イチド ケッコン した ヒト だ とは かんがえて も いなかった ので、 そんな シャシン には フチュウイ だった の かも しれない。 ちらと メ を かすめた コドモ の シャシン は、 オンナ の コ の カオ の よう だった。
 キヌコ は シンイチ の アト を おって、 すぐ はしって ゆきたかった の だ けれども、 なんとなく シンイチ を そのまま ほうって おきたい キモチ に なって いた。
 あの ヒト に コドモ が ある…… どうしても キヌコ には しんじられなかった。 ドテラ を きて インバネス を きて ツエ を ついて いる ウシロスガタ が たよりなく ふらふら して いた。
 キヌコ は タバコ や マッチ を ハンカチ に つつんで たちあがる と、 さむい ウミカゼ の ナカ を よろよろ と シンイチ の ほう へ あるいて いった。 シンイチ は ちいさい コエ で クチブエ を ふいて いた。
「いや よ、 そんな に ヒトリ で あるいて いったり して……」
 ワラゴヤ の ソバ に いる とき は、 そんな に さむい とも おもわなかった けれども、 ナギサ の ほう へ でて みる と はっと イキ が とまりそう な さむい カゼ が ふいて いた。
「カゼ を ひく と いけない から もどりましょう」
 キヌコ が シンイチ の インバネス の ソデ を つかんで ちいさい コエ で いった。 ダレ も いない ハマベ は サバク の よう に こうりょう と して いる。 ハマベ ちかく そそりたって いる オカ の ウエ には しろい トウダイ が くもった ソラ へ くっきり と うきたって いる。 キヌコ は、 シンイチ に たとえ コドモ が あった ところ で、 それ が ナン だろう と おもった。
 シンイチ も、 キヌコ に ソデ を にぎられた まま すなお に モト の ワラゴヤ の ほう へ もどって きて くれた。

 4

 シンイチ は 22 の とき に ナゴヤ へ でて、 トウキ-ガイシャ の ジムイン に つとめて いた の だ。 ユシュツムキ の トウキ を セイゾウ する ところ で、 ヒジョウ に いそがしい カイシャ だった が、 シンイチ は 1 ネン ばかり も する と すこし ばかり の チョキン も できた ので、 キョウリ から ツマ を もらった。 コガラ な オシャベリ な オンナ だった が、 コドモ が うまれる と まもなく、 この ツマ は コドモ を おいて シンイチ の トモダチ と マンシュウ へ にげて いって しまった の だ。
 シンイチ は ツマ に さられて、 コドモ を かかえて こまって しまった。 アサ おきる と すぐ コドモ の セワ を して キンジョ へ あずけて カイシャ へ かよわなければ ならない。 ユウガタ は アズケサキ から コドモ を うけとって かえる、 この ニッカ が 1 ネン ちかく も つづいた で あろう。 シンイチ は コドモ が かわいくて シカタ が なかった。 ギュウニュウ だけ で、 そだてる コドモ の ニクタイ は、 イッタイ に よわい の が おおい と いう シンブン キジ を みる と、 シンイチ は、 ニンジン や ホウレンソウ を うでて、 それ を ウラゴシ で こして は ギュウニュウ と まぜて のまして みた。 ときには ランボウ にも、 ニボシ を スリバチ で すって、 ギュウニュウ に まぜて のましたり する こと も ある。 だけど コドモ は フシギ に ぐんぐん おおきく なり、 キンジョ の ヒト から は ムライ さん の とこ の ユウリョウジ さん と いう よう な アダナ が ついたり して きた。
 ムツキ の セワ から、 キモノ の ツクロイ まで シンイチ は ヒトリ で しなければ ならなかった。 コウフク な こと には イチド も イシャイラズ な コドモ で、 ちょっと ハラグアイ を わるく して も、 シンイチ が かえって みて やれば すぐ コドモ の ビョウキ は よく なる の で ある。
 シュッセイ する ジブン には コドモ は もうはや はう よう に なって いた けれど、 コンド だけ は キンジョ へ あずけて ゆく わけ にも ゆかない ので、 シンイチ は コドモ を サトゴ に だす こと に して シュッセイ した の で あった。
 サトゴ に だして しまえば、 あるいは もう このまま コドモ とは イキワカレ に なる かも しれない と シンイチ は おもって いた。 ひょいと して、 ジブン は イノチ ながらえて もどって くる と して も、 コドモ は いきて は いない だろう と おもわれる の で あった。 ギュウニュウ や、 オモユ で そだてる こと さえ も タイヘン な テカズ で ある ところ へ、 シンイチ の コドモ は セケン イッパン の イクジホウ と ちがって、 ニンジン や、 ホウレンソウ や、 リンゴ の シボリジル を たべさせなければ ならない。 シンイチ は チョキン を ゼンブ おろして それ を コドモ へ つけて やった。 オマエザキ の イナカ へ あずける クフウ も かんがえない では なかった けれども、 アニ は 4 ニン も コドモ を もって いた ので シンイチ は かえって タニン の ウチ へ サトゴ に だす こと に した の で ある。

 3 ネン-メ に センソウ から もどって きて も、 コドモ は ジョウブ に そだって いた。 シンイチ が あい に いって も、 コドモ は シンイチ の くろい メガネ を こわがって なかなか なついて は こない の で ある。 ――サトゴ の ウチ でも、 シンイチ の コドモ を ジブン の コドモ の よう に かわいがって いて くれた せい か、 コドモ を かえして くれ と いわれる の が つらい と いって オカミサン が ないて シンイチ に うったえる の で あった。
 シンイチ は キヌコ と ケッコン して から も コドモ の こと が わすれられなかった。 わすれよう と おもえば おもう ほど、 コドモ と たった フタリ で つらい セイカツ を した かつて の ヒ の こと を おもいだす の で ある。 さった ツマ の こと は すこしも おもいださない のに、 わかれた コドモ の こと だけ は、 ユメ の ナカ でも ナミダ を こぼす くらい に こいしくて ならなかった。
 ニンジン を かって きて、 ヨル おそく それ を うでながら、 コドモ と フタリ で あそんだ。 コドモ は すこしも なかない ジョウブサ で、 タタミ に ほうって おいて も もぐもぐ と クチビル を うごかして ヒトリ で ねころんだ まま あそんで いて くれた。
 うでた ニンジン を スリバチ で すって、 ギュウニュウ で どろどろ に のばして、 その ビン を アカンボウ の ソバ へ もって いって やる と、 アカンボウ は かわいい アシ を ぱたぱた させて よろこんだ もの だ。
 シンイチ は、 きゃっきゃっ と ヒトリ で わらって いる アカンボウ の ソバ で すこし ばかり サケ を のむ の が ムジョウ の タノシミ で あった。 ウデノコリ の ニンジン に ショウユ を つけて サケ の サカナ に したり した。
 センジョウ へ でて いて も、 シンイチ は コドモ の シャシン を みる と、 オエツ が でる ほど かなしく せつなかった。 めめしい ほど コドモ に あいたくて シカタ が なかった の だ。 オウバイ の はげしい タタカイ の とき で あった、 シンイチ は ショウガッコウ の マド から そっと テキ の ジョウセイ を ながめて いた。 たって いて は いまに あぶない よ。 オトウサン あぶない です よっ と、 さかん に、 クウチュウ で アカンボウ の やわらかい テ が ジブン の ほう へ およいで くる よう に みえた。 センソウ サナカ には アカンボウ の こと なぞ は わすれて しまって いる はず だ のに、 さかん に アカンボウ の スガタ が はげしく タマ の とんで くる クウチュウ に うかんで いる。
 シンイチ は どんどん うった。
 コドモ の テ なぞ は はらいのけながら、 マド へ カオ を だして どんどん うった が、 キュウ に アタマ の ウエ へ ナニ か どかん と おちかかる オト が した か と おもう と、 シンイチ は ガンメン を あつい カタナ で きられた よう な カンジ が した。
 くらい アナ の ナカ へ カラダ が めりこむ よう だった。
 アカンボウ の ナキゴエ が はげしく ミミ に ついて いる よう で あった が、 そのまま シンイチ は キ が とおく なって しまって いた の だ。
 コドモ の やわらかい コエ が ウズ の よう に チ の ソコ から ひびいて くる。 その オト に さそわれる よう に シンイチ は ぐんぐん チ の ソコ へ おちこんで いった。
 ナイチ の ビョウイン へ もどって くる と、 マンシュウ へ いって いた はず の ツマ が ひょっこり ビョウイン へ たずねて きた。 シンイチ は ハラダチ で クチ も きけなかった。 シンイチ が だまって いる ので、 ツマ は サイゴ に コドモ の いる ところ を おしえて くれ と いった。 シンイチ は ツマ に たいして は もう なんの キモチ も なかった けれども、 コドモ の こと を いわれる と ミョウ に ハラ が たって きて シカタ が なかった。

 5

「ブツモン の コトバ に、 ボンノウ は ムジン なり、 ちかって これ を たたん こと を ねがう と いう コトバ が ある が、 ボク は イマ、 この コドモ の こと だけ は どうしても ボンノウ を たちがたい の だ…… これ を しっかり と キヌコ さん に はなして、 よかったら きて もらって ください と、 ボク は くれぐれも ヨシオ さん へ いって おいた ん だ…… セケン の ヒト は、 きずついて もどって きた ウワベ の ボク だけ に ドウジョウ を して くれて、 なにもかも ホントウ の もの を かくして イチジ を とりつくろって くれる ん だ けれど、 ――ボク は、 そんな こと は ショウライ に いたって、 オタガイ の フコウ だ と おもう……。 と いって、 キミ と ケッコン して しまって いまさら、 こんな こと で どうにも ならない けれど…… それにしても、 ケッコン の ハジメ に、 ボク は ホントウ は、 キミ に この ハナシ を、 ボク の クチ から もう イチド して おこう と おもった。 ヨシオ さん が、 ひょいと したら、 キミ に いわない かも しれない とは おもわない でも なかった ん だ けど…… でも、 ボク も なんだか よわい キモチ に なって いて、 キミ が ほしくて シカタ が なかった ん だろう……。 キミ は この キモチ を わらう だろう が、 これ が ニンゲン の ココロ と いう もの さ…… スシ に ショウユ を つけて くれた の が、 ボク は とても うれしかった。 ショウユ の ニオイ が ナミダ の でる ほど なつかしかった……」
 シンイチ は はなして しまう と ほっと した よう に、 スナ を つかんで いた テ から、 しめって あつく なった スナ を ヒザ の ウエ へ こぼして いる。
 キヌコ は ウミ の ウエ へ いっぱい くろい カラス が まいおりて いる よう な サッカク に とらわれて いた。 ワタシ の オット には かつて ツマ が あり コドモ が ある……。 シンイチ の イエ へ ついた バン に、 シンイチ と アニ が ナニ か ひそひそ はなしあって いた こと が あった けれども…… キヌコ は、 ジブン の ゼント が うすぐらく なった よう な キ が しない でも ない。
 キヌコ は しばらく ウミ の ムコウ を みつめて いた。
 コドモ と フタリ で ニカイズマイ を して、 ニンジン や ホウレンソウ で アカンボウ を そだてて いた と いう シンイチ の わびしい セイカツ の クラサ は、 ゲンザイ メノマエ に いる シンイチ には すこしも うかがえなかった。
「ねえ……」
「うん……」
 うん と こたえて くれた シンイチ の コトバ の ナカ には にじみでる よう な あたたかい もの が ある。 キヌコ は どう すれば いい の か わからなかった。 16 の トシ から ホウコウ を して いて、 タイケ の おくふかい ところ に つとめて いた せい か、 キヌコ は ジブン が イッソクトビ に フコウ な フチ へ たった よう な キ が しない でも ない の で ある。
「アカチャン は イクツ なの?」
「もう ヨッツ だ。 ウタ を うたう よ」
「あいたい でしょう?」
「うん……」
「オクサマ は こっち なん でしょう?」
「さあ、 どこ に いる ん だ か しらない ねえ…… そんな もの は どうでも いい さ……」
「だって……」
「キミ は、 ボク と ケッコン した こと を コウカイ してる ん じゃ ない だろう ね……」
「……」
 キヌコ は そっと ハンカチ を といて、 また タバコ と マッチ を だした。 「ヒカリ」 の ハコ から チョーク の よう な タバコ を 1 ポン だして シンイチ の クチビル に くわえさして やる と、 シンイチ は キュウ に あつい テ で キヌコ の ユビ を つかんで、 ヒトサシユビ だの、 ナカユビ、 クスリユビ、 コユビ と じゅんじゅん に キヌコ の ツメ を ジブン の ハ で かんで いった。
 キヌコ は あふれる よう な ナミダ で、 ノド が ぐうっと おされそう だった。

 6

 フタリ が オマエザキ から ナゴヤ へ かえって きた の は 1 シュウカン-ぶり で ある。
 クレ ちかい マチ の スガタ は センジ と いえど も さすが に いそがしそう な ケハイ を みせて いた。
 フタリ の シンキョ は ヨンケン ナガヤ の いちばん ハジ の イエ で、 まだ たった ばかり なので キ の カ が マワリ に ただようて いた。 シン の やわらかい タタミ だった けれども、 それでも タタミ が ぎゅうぎゅう と なった。
 フタリ は まるで ながい アイダ つれそった フウフ の よう に、 なにもかも うちとけあって いる。
 シンイチ は ムカシ の トウキ-ガイシャ へ ツトメ を もつ よう に なった。 そして カイシャ では うすぼんやり した カタメ の シリョク を タヨリ に マイニチ ロクロ を まわして はたらいて いた。
 キヌコ が ケッコン を した シラセ を ニノミヤ へ しらせて やる と、 トウキョウ の オジョウサン から うつくしい ちいさい キョウダイ が おくりとどけられた。 そうして そえられた テガミ の ナカ には、 キヌ さん の よう な コウフク な ヒト は ない と おもう、 ジブン は ケッコン して はじめて、 ジッカ に いた とき の ナンジュウバイ と いう クロウ を して います。 もう、 ふたたび ムスメ に もどる こと は できない けれども、 あの とき が なつかしい と おもいます と いう こと が かいて あった。 うつくしい オジョウサン では あった けれども、 ケッコン した アイテ の ヒト は、 なかなか の ドウラクカ で、 オジョウサン も やつれて しまわれた と ミセ の ヒト が キヌコ に はなして いた。
 2 カイ が 6 ジョウ ヒトマ に、 シタ が 6 ジョウ に 4 ジョウ ハン に 3 ジョウ。 それに ちいさい フロバ も ついて いた し、 せまい ながら も コギク の さいて いる ニワ も ある。
 チクサ-チョウ の エキ も ちかかった し、 この ヘン は わりあい ブッカ も やすかった。
 キヌコ は ジブン ヒトリ で シンイチ の コドモ に あい に いって みよう と おもった。 シンイチ が なにも いわない だけ に シンイチ の サビシサ が ジブン の ムネ に ひびいて きた し、 オマエザキ の スナハマ での こと が はっきり と ムネ に うかんで くる の で ある。
 コドモ は オオゾネ と いう ところ の ザッカヤ に あずけて あった。
 キヌコ が ヒトリ で オオゾネ まで コドモ に あい に いって みたい と いう と、 シンイチ も イッショ に いこう と いいだして、 フタリ は クレ の せまった ある ニチヨウビ に、 デンシャ へ のって オオゾネ-チョウ へ いった。 デンシャ の ナカ は わりあい すいて いた。 キヌコ と シンイチ の コシ を かけて いる マエ には、 3 ニン の コドモ を つれた フウフ が コシ を かけて いた。 いちばん ウエ の コ は チュウガクセイ らしく、 ムネ に キンボタン の いっぱい ついた ガイトウ を きて いる。 ナカ は ショウガッコウ 6 ネンセイ ぐらい、 シタ は 2 ネンセイ ぐらい で でも あろう か、 3 ニン の オトコ の コ たち は、 チチ と ハハ の アイダ に コシ を かけて アツタ ジングウ へ オマイリ を した ハナシ を して いた。 チチオヤ は 45~46 サイ ぐらい の ネンパイ で、 カタ から シャシンキ を ぶらさげた まま ウデグミ を して ねむりこけて いた。 ハハオヤ は よく こえた ガラ の おおきい フジン で、 マタ を ひらいた よう に して マド へ ソリミ に なって もたれて いる。 ちいさい コドモ が、 ツリカワ へ ぶらさがったり する の を、 ときどき たしなめて は しかって いた が、 コドモ たち は ときどき ハハオヤ の クビ へ テ を かけて は ナニ か ムコウ へ ついて から の こと を ねだって いる ふう で ある。 みて いて、 ほほえましく なる フウケイ で あった。 キヌコ は、 セナカ に アセ が にじむ よう な、 くすぐったい もの を かんじた。 ジブン たち の ショウライ も、 あの ヒトタチ の よう に コウフク に うまく ゆく かしら と かんがえる の で ある。
 シンイチ は、 ソウガイ の ほう へ カオ を むけて うつらうつら して いた。
 キヌコ は マエ の オヤコ を ながめて いる の は たのしかった。
 ねむって いた オット は、 メ を つぶった まま の スガタ で、 ポケット から ハナガミ を だす と、 おおきい オト を させて ハナ を かんだ。 ハナ を かんで から も、 テイネイ に ハナ を ふいて、 その ハナガミ を メ を つぶった まま ジブン の ヒザ の ところ へ もって ゆく と、 ヨコアイ から こえた サイクン が たくましい ウデ を コドモ の ヒザゴシ に にゅっと つきだして その ハナガミ を とって ジブン の タモト へ いれて しまった。
 キヌコ は まるで、 ジブン が した こと を ヒト に みられて でも いる か の よう に あかく なりながら ビショウ して いた。 ゴシュジン は、 ハナガミ を サイクン に わたして しまう と、 また、 テ を ヒザ の ウエ へ だらり と さげて よく ねむって いる。 コドモ たち は はしって ゆく ソウガイ を ながめながら、 きゃっきゃっ と ふざけあって いた。
 ふとった サイクン は マタ を ひらいた まま の シセイ で、 いかにも、 3 ニン の コドモ の ハハ-らしい カンロク を みせて ゆうゆう と して いた。
 キヌコ は ふっと、 シンイチ の ほう へ クビ を むけた。 あかるい セケン へ でる と、 ナニ か に ヒゲ して しまって いる、 そんな さびしげ な シンイチ の スガタ を みる と、 キヌコ は、 ジブン の メノマエ に いる オクサン の よう に、 おおしく シンイチ を かばって、 これから も すえながく セイカツ して ゆかなければ ならない と おもう の で あった。 この シンイチ を すてて いって しまった オンナ の ヒト へ はげしく むくいる ため にも……。
 キヌコ は ジブン も やがて イクニン か の コドモ を うんで、 あの オンナ の ヒト の よう に マタ を ひろげて コシ を かける ヒ の こと を かんがえる と ほほえましい キモチ で あった。 その スガタ が すこしも いやらしく は みえなかった し かえって 3 ニン の ハハ と して たのもし さえ みえた。 キヌコ は ジブン も そっと ゲタ を はなして ソリミ に なって みた けれども、 わかい キヌコ には それ は なんだか ミョウ な もの で ある。 キヌコ は、 むしょうに おかしく なって きて、 カタ で シンイチ の カラダ を 2~3 ド つよく おしつけた。 なにも しらない シンイチ は ソウガイ の ほう を むいた まま クチモト で くすくす わらって いる よう で あった。
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