カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ニジュウシ の ヒトミ 5

2018-06-21 | ツボイ サカエ
 5、 ハナ の エ

 ウミ の イロ も、 ヤマ の スガタ も、 そっくり そのまま キノウ に つづく キョウ で あった。 ほそながい ミサキ の ミチ を あるいて ホンコウ に かよう コドモ の ムレ も、 おなじ ジコク に おなじ バショ を うごいて いる の だ が、 よく みる と カオブレ の イクニン か が かわり、 その せい で か、 ミンナ の ヒョウジョウ も アタリ の キギ の シンメ の よう に シンセン なの に キ が つく。 タケイチ が いる。 ソンキ の イソキチ も キッチン の トクダ キチジ も いる。 マスノ や サナエ も アト から きて いる。
 この あたらしい カオブレ に よって、 モノガタリ の ハジメ から、 4 ネン の ネンゲツ が ながれさった こと を しらねば ならない。 4 ネン。 その 4 ネン-カン に 「イチオク ドウホウ」 の ナカ の カレラ の セイカツ は、 カレラ の ムラ の ヤマ の スガタ や、 ウミ の イロ と おなじ よう に、 キノウ に つづく キョウ で あったろう か。
 カレラ は、 そんな こと を かんがえて は いない。 ただ カレラ ジシン の ヨロコビ や、 カレラ ジシン の カナシミ の ナカ から カレラ は のびて いった。 ジブン たち が おおきな レキシ の ナガレ の ナカ に おかれて いる とも かんがえず、 ただ のびる まま に のびて いた。 それ は、 はげしい 4 ネン-カン で あった が、 カレラ の ナカ の ダレ が それ に ついて かんがえて いたろう か。 あまり に おさない カレラ で ある。 しかも この おさない モノ の かんがえおよばぬ ところ に、 レキシ は つくられて いた の だ。 4 ネン マエ、 ミサキ の ムラ の ブンキョウジョウ へ ニュウガク した その すこし マエ の 3 ガツ 15 ニチ、 その ヨクトシ カレラ が 2 ネンセイ に シンガク した ばかり の 4 ガツ 16 ニチ、 ニンゲン の カイホウ を さけび、 ニッポン の カイカク を かんがえる あたらしい シソウ に セイフ の アッパク が くわえられ、 おなじ ニッポン の タクサン の ヒトビト が ロウゴク に ふうじこめられた、 そんな こと を、 ミサキ の コドモ ら は ダレ も しらない。 ただ カレラ の アタマ に こびりついて いる の は、 フキョウ と いう こと だけ で あった。 それ が セカイ に つながる もの とは しらず、 ただ ダレ の せい でも なく ヨノナカ が フケイキ に なり、 ケンヤク しなければ ならぬ、 と いう こと だけ が はっきり わかって いた。 その フケイキ の ナカ で トウホク や ホッカイドウ の キキン を しり、 ヒトリ 1 セン ずつ の キフキン を ガッコウ へ もって いった。 そうした ナカ で マンシュウ ジヘン、 シャンハイ ジヘン は つづいて おこり、 イクニン か の ヘイタイ が ミサキ から も おくりだされた。
 そういう はげしい ウゴキ の ナカ で、 おさない コドモ ら は ムギメシ を たべて、 いきいき と そだった。 ゼント に ナニ が まちかまえて いる か を しらず、 ただ セイチョウ する こと が うれしかった。
 5 ネンセイ に なって も、 ハヤリ の ウンドウグツ を かって もらえない こと を、 ニンゲン の チカラ では なんとも できぬ フキョウ の せい と あきらめて、 むかしながら の ワラゾウリ に マンゾク し、 それ が あたらしい こと で カレラ の キモチ は うきうき した。 だから ただ ヒトリ、 モリオカ タダシ の ズック を みつける と、 ミンナ の メ は そこ に そそがれて さわいだ。
「わぁ、 タンコ、 アシ が ひかりよる。 ああ ばば (まぶしい こと)」
 いわれる マエ から タダシ は キ が ひけて いた。 はいて こなければ よかった と コウカイ する ほど はずかしかった。 オンナ の ほう では コツル が ヒトリ だった。 クツ は、 アシ を かわす たび に ぶかぶか と ぬげそう に なった。 コツル は とうとう ズック を テ に もって、 ハダシ に なり、 うらめしそう に クツ を ながめた。 6 ネンセイ の オンナ の コ が ジブン の ゾウリ と とりかえて やりながら、 オオゴエ で、
「わぁ、 トモン ハン じゃ もん、 ワタシ に でも おおきい わ」
 おそらく 3 ネン ほど もたせる つもり で かって やった の だろう が、 コツル は もう こりごり して いた。 ゾウリ の ほう が よっぽど あるきよかった の だ。 ほっと して いる コツル に、 マツエ は わらいかけ、
「な、 コツヤン、 ベント が、 まだ、 ここ で、 ぬくい ぬくい」
 そう いって コシ の アタリ を たたいて みせた。
「ユリ の ハナ の ベントウバコ?」
 コツル が、 いつ かった の だ、 と いう カオ で とう の を、 マツエ は きよわく うけ、
「ううん、 それ は アシタ オトッツァン が こうて きて くれる ん」
 そう いって しまって、 マツエ は はっと した。 ミッカ マエ の こと を おもいだした の だ。 ミサコ も マスノ も、 フタ に ユリ の ハナ の エ の ある アルマイト の ベントウバコ を かった と きいて、 マツエ は ハハ に ねだった。
「マア ちゃん も、 ミイ さん も、 ユリ の ハナ の ベントウバコ こうた のに、 ウチ にも はよ こうて おくれ いの」
「よしよし」
「ホンマ に、 こうて よ」
「よしよし、 こうて やる とも」
「ユリ の ハナ の ど」
「おお、 ユリ なと キク なと」
「そんなら、 はよ チリリンヤ へ たのんで おくれ いの」
「よしよし、 そう あわてるない」
「ほたって、 よしよし ばっかり いう ん じゃ もん。 マッチャン、 チリリンヤ へ いって こう か」
 それで はじめて カノジョ の ハハ は シンケン に なり、 コンド は よしよし と いわず に、 すこし ハヤクチ で、
「ま、 ちょっと まって くれ、 ダレ が ゼニ はらう ん じゃ。 オトッツァン に もうけて もろて から で ない と、 アカハジ かかん ならん。 それ よか、 オカアサン が な、 アルマイト より も、 もっと ジョウトウ の を みつけて やる」
 そう いって その バ を ながされた の だ が、 マツエ の ため に さがしだして くれた の が、 ふるい ムカシ の ヤナギゴウリ の ベントウイレ と わかる と、 マツエ は がっかり して なきだした。 いまどき ヤナギゴウリ の ベントウイレ など、 ダレ も もって いない こと を、 マツエ は しって いた の だ。 ヨノナカ の フキョウ は チチ の シゴト にも たたって、 ダイク の チチ が、 シゴト の ない ヒ は、 クサトリ の ヒヨウ に まで いって いる ほど だ から、 ベントウバコ ヒトツ でも なかなか かえない こと も わかって いた。 しかし マツエ は、 どうしても ほしかった の だ。 ここ で ヤナギゴウリ を うけいれたら、 いつまで たって も ユリ の ハナ の ベントウバコ は かって もらえまい と いう こと を、 マツエ は かんじて、 ごねつづけ、 とうとう なきだした の で ある。 しかし ハハオヤ も なかなか まけなかった。
「フケイキ なん だ から、 ちっと ガマン しい。 ライゲツ に なって、 ケイキ が よかったら、 ホンマ に かおう じゃ ない か。 なあ、 マツ は いちばん おおきい から、 もっと ききわけいで どう すりゃ」
 それでも マツエ は しくしく ないて いた。 いつ やむ とも しれない ほど、 しんねり なきつづける の は、 よほど の オモイ に ちがいない。 そのまま つづけば いつ やむ とも しれぬ ナキブリ で あった が、 やがて、 なく どころ で ない こと が おこった。 カノジョ の ハハ は、 きりっと した コエ で いった。
「マツ、 ベントウバコ は きっと こうて やる。 ユビキリ して も ええ。 そのかわり オマエ、 サンバ さん とこ へ、 ヒトッパシリ いって きて くれ や。 オオイソギ で きて つかあされ、 いうて な。 イキシナ に、 ヨロズヤ の バアヤン にも、 ちょっと きて もろて くれ。 こんな はず ない ん じゃ けんど、 おかしい な」
 アト の ほう は ヒトリゴト の よう に いって、 ナンド に フトン を しきだした ハハオヤ を みる と、 さすが に マツエ も なきやみ あわてて イエ を とびだした。 ちいさい カラダ を ツブテ の よう に はしらせながら、 カノジョ の ココロ には ヒトツ の タノシミ が ふくらんで きた。 それ は ユビキリ して も よい と いった ハハ の コトバ だった。 サンバ さん の イエ は ホンソン の トッツキ に あった。 カエリ は トチュウ まで ジテンシャ に のせて くれ、 すこし ノボリザカ の ところ まで くる と、 としとった サンバ さん は ジテンシャ を とめ、
「オマエ は、 ここ で おりて くれ、 イッコク も はよう いかん ならん」
 マツエ は こっくり して、 ジテンシャ の アト から はしった。 ジテンシャ は みるみる とおざかり、 すぐ ヤマ の ナカ へ きえて いった。 オオイシ センセイ の ジテンシャ イライ、 オンナ の ジテンシャ も ようやく はやりだして、 イマ では もう めずらしく なかった が、 それ だけ に はしりさった サンバ さん の ジテンシャ を みて、 マイニチ アサ はやく おきて、 てくてく、 マチ まで あるいて シゴト に ゆく チチオヤ にも、 ジテンシャ が あれば、 どれほど たすかる か と、 ふと おもった。
 はしって かえる と、 もう アカンボウ は うまれて いた。 いそがしそう に タスキガケ で ミズ を くんで いた ヨロズヤ の オバサン は、 マツエ を みる なり いった。
「マッチャン よ、 オマエ、 えらかろう が、 オオイソギ で カマ の シタ たいて おくれ」
 バケツ の まま カマ に ミズ を あけて おいて から、 コゴエ で、
「こんまい オンナ の コ じゃ。 ツキタラズ じゃ と いな。 でも、 ええ じゃ ない か、 なあ マッチャン。 また オンナ で オトッツァン は うんざり しよう けんど、 オンナ の コ は ええ。 チュウギ は できん けんど、 10 ネン も たったら、 マッチャン じゃって、 どない シュッセ する か しれた もん じゃ ない」
 なんの イミ か よく わからぬ まま、 マツエ は カマ の シタ を たきつづけた。 ハハオヤ に ナニ か コト が ある と、 トシヨリ の いない マツエ の イエ では、 ちいさい とき から マツエ が カマド に たたねば ならなかった。
 それから ミッカ-メ、 はじめて ベントウ を もって ホンコウ へ ゆく マツエ は、 ナンド に ねて いる ハハオヤ に チュウイ されながら、 ユゲ の でて いる ゴハン を カマ から ベントウバコ に つめた。
「オトッツァン の は、 リョウ-ゴウリ ぎゅうぎゅう に つめこんで あげよ。 オマエ の は かるく いれて な、 なにせ、 おおきい ベントウバコ じゃ もん。 ウメボシ は みえん ほど ゴハン の ナカ に おしこまにゃ、 フタ に アナ が あく さかい」
 チノミチ が おこりそう だ と いって、 シカメガオ に、 テヌグイ で ハチマキ を して ねて いる ハハ を、 おさない マツエ は キ にも かけず、
「オカアサン、 ユリ の ハナ の ベントウバコ、 ホンマ に こうて よ。 いつ こうて くれる ん?」
「オカアサン が、 おきれたら」
「おきれたら、 その ヒ に、 すぐに?」
「ああ、 その ヒ に」
 マツエ は うれしくて、 キョウ かりて もって ゆく チチオヤ の アルミ の ベントウバコ の オオキサ も キ に かからなかった。 マツエ ぐらい の オンナ の コ なら、 3 ニン ブン は ゆうに はいる おおきな、 ふかい ベントウバコ が、 ショウガッコウ の キョウシツ では どれほど コッケイ に みえる か を、 カノジョ は かんがえなかった。 ヤナギゴウリ より は その ほう が よい と おもった の だ。 それ どころ か、 カラダ に つたわって くる ベントウ の ヌクミ は、 カノジョ の ココロ を ほかほか と あたためつづけて いた。 コツル の トイ に、 おもわず、 アシタ と こたえた けれど、 アシタ は かって もらえない。 しかし、 アサッテ は かって もらえる かも しれない と かんがえる と、 カノジョ は ヒトリ わらえて きた。 こんな、 あたたかい キモチ で でかけて いった マツエ で あった。 マツエ に かぎらず、 ミンナ なにかしら うれしがって いた。 マスノ は あたらしい セーラー フク を きて ジマン らしかった し、 コトエ は オバン の つくって おいて くれた ゾウリ の ハナオ に あかい キレ の ないこんで いる の が うれしそう だった。 まるで ダイガクセイ の きる よう な こまかい サツマガスリ の アワセ を きせられて いる サナエ は、 あかい ハッカケ (スソマワシ) を キ に して、 ときどき うつむいて みて いる。 ジミ な その キモノ を ヒト に わらわれない うち に、 サナエ の ハハ は いった の で ある。
「なんと、 ジミ-すぎて おかしい か と おもうたら、 あかい ハッカケ で ひきたつ こと。 そんで また、 これ が サナエ に にあう と いうたら。 この キモノ きたら、 かしこげ に みえる わ。 スソ に ちろちろ あかい の も みえて、 みごとい、 みごとい。 よかったぁ」
 これだけ ほめられる と、 サナエ は ショウジキ に それ を しんじこんだ。 キモノ を きて いる の は コトエ と フタリ だけ で、 コトエ も また ハハオヤ の だった らしい くろっぽい、 トビモヨウ の ある メンメイセン を きて いた。 ホンダチ ソノママ らしく、 コシアゲ も カタアゲ も もりあがって いる。 しかし カノジョ の ジマン は、 サキバナオ に あかい キレ の ついた ゾウリ の ほう だった。 ヤブ の ソバ の クサムラ を とおる とき、 コトエ だけ は、 ふっと、 オオイシ センセイ を おもいだし、 イッポンマツ の ほう を みた。
「コイシ センセイ!」
 したしく、 ココロ の ナカ で よびかけた つもり なのに、 まるで それ が きこえた か の よう に、 コツル が よって きた。
「コイシ センセイ の こと、 しっとん?」
「ナニ?」
 しらない と わかる と、 コンド は サナエ に、
「しっとん? サナエ さん」
「ナニ を?」
 コツル は オオゴエ で、 ぐるぐる と みまわし、
「ミンナ、 コイシ センセイ の こと、 しっとる か?」
 ニュース は、 いつだって コツル から で ある。 ミンナ は おもわず コツル を とりまいた。 トクイ の コツル は、 レイ の とおり シノ で きった よう な ほそい メ を みはり、 みはって も いっこう ひろがらない メ で ミンナ を みまわし、
「コイシ センセイ な、 あのな、 えい こと ことこと コンペイト」
 そして マスノ の ミミ に くしゃくしゃ と ささやいた。 フタリ だけ の ジマン に しよう と した のに、 マスノ は すっとんきょう に さけんだ。
「わあ、 ヨメサン に いった ん!」
 コツル は、 まだ ある ん だ と ばかり に、
「な、 ほて な、 あのな」 と わざと ゆうゆう に なり、
「シンコン レンコン (シンコン リョコウ) なあ、 おしえて やろう か」
「うん」
「うん」
「コ が つく とこ。 ン が つく とこ。 ピ が つく とこ。 ラ が つく とこ」
「わかった、 コンピラ マイリ」
「そう」
 わあっと コエ が あがった。 100 メートル ほど も サキ に なった ジョウキュウセイ の オトコ の コ たち が ふりかえった が、 そのまま いって しまう と、 ミンナ も とっとと、 その アト を おいながら、 クチ だけ は やかましく コイシ センセイ の ウワサ を した。 それ は オトトイ の こと で、 キノウ コツル の チチ が きいて きた ハナシ だ と いう こと も わかった。 ヨメ に いった と すれば、 コイシ センセイ は もう ガッコウ を やめる の では なかろう か と いう の が マスノ の イケン だった。 コツル が それ に サンセイ し、 コバヤシ センセイ も、 ヨメ に いく ので やめた と、 キオク の よい ところ を みせた。 そして また、 やめて もらいたく ない と いう キボウ を いちはやく クチ に だした の も マスノ で あった。 めずらしく サナエ と コトエ が サンセイ した。 サナエ が コトエ に、
「コイシ センセイ、 も イッペン あいたい もん なあ」
「うーん。 いつ かしらん、 ウドン、 うまかった なあ」
 コトエ が いった。 ミンナ は それで、 4 ネン マエ の こと を はっきり おもいだした。 その コイシ センセイ が、 キョウ ガッコウ に きて いる か どう か は、 ミンナ に とって ダイモンダイ に なって きた。 ミンナ の アシ は、 しらずしらず はやく なった。 なかば はしりながら マスノ は、
「カケ しよう か、 コイシ センセイ きとる か、 きとらん か」
「しよう、 ナニ かける ん?」
 うてば ひびく ハヤサ で、 コツル が おうじた。
「まけたら、 ええと、 ええと、 スッペ (シッペイ) イツツ」
 モリオカ タダシ が そう いう と、 マスノ は ミギテ を たかく あげながら、
「スッペ イツツ なら、 まけて も ええ わ。 ウチ、 センセイ きーとる」
「ウチ も」
「ウチ も」
 なんの こと は ない、 ミンナ コイシ センセイ が きて いる と いう の だ。 とうとう カケ は ながれた まま、 ガッコウ へ ちかづいた。 さすが に シンニュウセイ の 5 ネンセイ は キマジメ な カオ を して コウモン を くぐった。 ひょいと みる と ショクインシツ の マド から コイシ センセイ が こちら を みて いる。 おいで おいで と テ を ふられる と、 ミンナ は その ほう へ はしって いった。
「もう くる か、 もう くる か と おもって、 まってた のよ。 ちょっと まって」
 そう いって でて きた コイシ センセイ は、 あるきながら ミンナ を ドテ の ほう へ つれて いった。
 ヒトリヒトリ の カオ を みながら、
「おおきく なった じゃ ない の。 いまに センセイ に おいつく わ。 あら、 コツヤン なんか、 おいこしそう だ」
 コツル に カタ を ならべ、
「へえ、 まけた。 でも しょうがない、 コイシ センセイ だ もん ね」
 ミンナ わらった。
「アンタラ が コイシ センセイ と いった もん で、 いつまで たって も オオイシ センセイ に なれない じゃ ない の」
 また わらった。 わらい は する が、 ダレ も まだ、 なんとも いわない。
「いやに、 おとなしい のね。 5 ネンセイ に なったら、 こんな、 おとなしく なった の」
 それでも にこにこ して いる だけ なの は、 コイシ センセイ が、 なんだか マエ と すこし かわって みえた から だった。 イロ も しろく なって いる し、 ソバ に くる と、 スミレ の ハナ の よう に いい ニオイ が した。 それ は ヨメサン の ニオイ だ と いう の を、 ミンナ は しって いた。
「センセ」
 マスノ が やっと クチ を きった。
「センセイ、 ショウカ おしえて くれる ん?」
「そう。 ショウカ だけ じゃ ない わ。 アンタタチ の ウケモチ よ、 コンド」
 わあっと カンセイ が あがり、 キュウ に うちとけて しゃべりだした。 センセイ、 センセイ と ダレ か が よびつづける。 よびつづけながら ミサキ の ムラ の いろんな デキゴト が、 その ウミ の イロ や カゼ の オト まで つたわって くる よう に わかった。 コトエ の ウチ では サイキン、 オバアサン が ソッチュウ で なくなり、 ソンキ の オカアサン は リョウマチ で ねこんで いる と いう。 サナエ の オデコ の カスリキズ は、 つい こないだ、 ミサコ と フタリ で カタ を くんで スキップ で はしって いて、 ドウロ から ハマ に おちた とき の ケガ だ と わかった し、 キッチン の イエ では ブタ が 3 ビキ も トン-コレラ で しんで しまい、 オカアサン が ねこんだ、 など と ハナシ は つきなかった。
 コツル は、 センセイ の カラダ を つかまえて、 ゆすぶり、
「センセイ、 ニタ、 どうして こなんだ か?」
「あ、 それ きこう きこう と おもってた の。 どうした の、 ビョウキ?」
 すぐに は こたえず、 ミンナ カオ みあわせて わらって いる。 センセイ も つられて わらいながら、 これ は きっと ニタ が、 トッピョウシ も ない こと を しでかした に ちがいない と、 ふと おもった。
「どうした のよ。 ビョウキ じゃ ない の?」
 サナエ の カオ を みて いう と、 サナエ は だまって カブリ を ふり、 メ を ふせた。
「ラクダイ」
 ミサコ が こたえた。
「あら、 ホント?」
 おどろいて いる センセイ を、 わらわせよう と でも する よう に コツル は、
「いつも、 ハナ、 たらしとる さかい」
 ミンナ は わらった が、 センセイ は わらわなかった。
「そんな こと ウソ よ。 ハナ たらして ラクダイ なら、 ミンナ 1 ネンセイ の とき ラクダイ した わ。 ビョウキ か なんか で、 たくさん やすんだ ん でしょ」
「でも、 オトコ センセイ が そう いう た。 ハナタレ も シダイオクリ と いう のに、 ニタ は 4 ネンセイ に なって も ハナタレ が なおらん から、 も イッペン 4 ネンセイ だ って」
 コツル の ハナシ に、 ミンナ が つんつん ハナ を すすった。 それ には センセイ も ちょっと わらった が、 すぐ、 シンパイ そう な カオ に なった。 シギョウ の カネ が なった ので、 ミンナ と わかれた センセイ は、 ショクインシツ に もどりながら、 ニタ の こと きり かんがえて いなかった。 かわいそう に と つぶやいた。 ラクダイ した ニタ が、 オトウト の サンキチ と ドウキュウセイ に なって もう イチド やりなおす 4 ネンセイ を おもう と、 キモチ が くもって きた。 ハナタレ も シダイオクリ と、 ホント に オトコ センセイ が いった と したら、 ニタ を 4 ネンセイ に とどめる こと こそ、 ハナ を タレッパナシ に させて おく こと の よう に おもった の だ。 あの カラダ の おおきな ニタ の ムジャキサ が、 それ で うしなわれる と したら、 ニタ の イッショウ に ついて まわる フコウ の よう に おもえて、 キョウ、 ヒトリ とりのこされた ニタ の サビシサ が、 ひしひし と せまって きて、 また くりかえした。

  ハナタレ も、 シダイオクリ
  ハナタレ も、 シダイオクリ

 ニタ は どうして とりのこされたろう。
 それ を タケイチ に でも もう イチド きこう と おもった オオイシ センセイ は、 オヒルヤスミ の ジカン を まって、 ソト へ でた。 ウンドウジョウ の みわたせる ドテ の ヤナギ の シタ に たつ と、 タケイチ は みあたらず、 マッサキ に とらえた の は マツエ だった。 マツエ は なぜか ヒトリ コウシャ の カベ に もたれて しょんぼり して いた。 まねく と ドテ の シタ まで はしって きて、 そっくり そのまま ハハオヤ に つうじる メ で わらった。 テ を のばす と、 ますます ハハオヤニ の カオ を して、 きまりわるそう に ひっぱりあげられた。 ニタ の こと を きこう と する センセイ とも しらず、 マツエ は、 ジブン ヒトリ の キヅマリサ から のがれよう と でも する よう に、 せっぱつまった コエ で よびかけた。
「センセ」
「ナアニ」
「あの、 あの、 ウチ の オカアサン、 オンナ の コ うんだ」
「あら そう、 おめでとう。 なんて ナマエ?」
「あの、 まだ ナマエ ない ん。 オトツイ うまれた ん じゃ もん。 アシタ、 アサッテ、 シアサッテ」
と、 マツエ は 3 ボン の ユビ を ゆっくり と おり、
「ムイカザリ (ナヅケビ)。 コンド、 ワタシ が すき な ナマエ、 かんがえる ん」
「そう、 もう かんがえついた の?」
「まだ。 さっき かんがえよった ん」
 マツエ は うれしそう に ふっと わらい、
「センセ」
と、 いかにも コンド は ベツ の ハナシ だ と いう ふう に よびかけた。
「はいはい。 なんだか うれしそう ね。 ナアニ」
「あの、 オカアサン が おきられる よう に なったら、 アルマイト の ベントウバコ、 こうて くれる ん。 フタ に ユリ の ハナ の エ が ついとる、 ベントバコ」
 すうっ と かすか な オト を させて イキ を すい、 マツエ は カオ いっぱい に ヨロコビ を みなぎらせた。
「あーら、 いい こと。 ユリ の ハナ の エ が ついとる の。 ああ、 アカチャン の ナマエ も それ なの?」
 すると マツエ は、 ハジライ と ヨロコビ を、 コンド は カラダジュウ で しめす か の よう に カタ を くねらせて、
「まだ、 わからん の」
「ふーん。 わかりなさい よ。 ユリ ちゃん に しなさい。 ユリコ? ユリエ? センセイ、 ユリエ の ほう が すき だわ。 ユリコ は コノゴロ たくさん ある から」
 マツエ は こっくり うなずいて、 うれしそう に センセイ の カオ を みあげた。 マツエ の メ が こんな にも やさしい の を、 はじめて みた よう な キ が して、 センセイ は その ながい マツゲ に おおわれた くろい メ に、 ジブン の カンジョウ を そそいだ。 ニタ の こと は もう、 ひとまず ながして、 ココロ は いつか なごんで いた。 マツエ に とって も また、 その スウバイ の ヨロコビ だった。 センセイ に いわなかった けれど、 オヒル の ベントウ の とき、 マツエ は おおきな チチ の ベントウバコ を、 コツル や ミサコ から わらわれた の で ある。 それで、 カノジョ は ヒトリ ミンナ から はなれて いた の だ。 しかし イマ は、 その しょげた キモチ も アサツユ を うけた ナツクサ の よう に、 ゲンキ を もりかえした。 ジブン だけ が、 トクベツ に センセイ に かまわれた よう な ウレシサ で、 これ は ナイショ に して おこう と おもった。 だのに その ヒ、 カエリミチ で カノジョ は つい クチ に だして しまった。
「ウチ の ネネ、 ユリエ って ナマエ つける ん」
「ユリエ? ふうん、 ユリコ の ほう が キ が きいとら」
 はねかえす よう に コツル が いった。 マツエ は ムネ を はって、
「それでも、 コイシ センセイ、 ユリエ の ほう が めずらして、 ええ って いうた」
 コツル は わざと とびあがって、
「へえ、 なんで コイシ センセイ が。 へえ!」
 ナニ か を さぐりあてよう と でも する よう な メ で マツエ の カオ を のぞきこみ、
「あ、 わかった」
 ならんで いた ミサコ を ウシロ の ほう へ ひっぱって いって、 こそこそ ささやいた。 フジコ、 サナエ、 コトエ と じゅんじゅん に その ミミ に クチ を よせ、
「なあ、 そう じゃ な」
 オトナシグミ の 3 ニン は コツル の イイブン に サンセイ できない こと を、 キヨワ な ムゴン で あらわす ばかり で、 マツエ を コリツ させよう と した コツル の タクラミ は くずれて しまった。 よく キ の あう マスノ が、 キョウ は ハハ の ミセ に よって、 ここ に いない の が コツル の ヨワサ に なって いた。 カノジョ は ミンナ に、 マツエ が ヒイキ して もらう ため に、 ヒトリ コイシ センセイ に へつらった と いった の で ある。 その ため に かえって ジブン から コリツ した コツル は、 ヒトリ フキゲン に だまりこんで、 とっとと サキ を あるいて いった。 ミンナ も その アト から だまって ついて いった。
 ヒトツ ハナ を まがった とき で ある。 マエ の コツル が キュウ に たちどまって ウミ の ほう を ながめた。 サキ に たつ もの に ならう ガン の よう に、 ミンナ も おなじ ほう を みた。 コツル が あるきだす と また あるく。 やがて、 いつのまにか ミンナ の シセン は ヒトツ に なって ウミ の ウエ に そそがれ、 あるく の を わすれて しまった。
 ハジメ から コツル は しって いた の で あろう か。 それとも たったいま、ミンナ と イッショ に きづいた の で あろう か。 しずか な ハル の ウミ を、 1 ソウ の ギョセン が ハヤロ で こぎわたって いた。 テヌグイ で、 ハチマキ を した ハダカ の オトコ が フタリ、 ちからいっぱい の カッコウ で ロ を おして いる。 ニチョウロ の アト が、 はばひろい ロアシ を ひいて、 はしる よう に タイガン の マチ を さして とおざかって ゆく の だ。 もう ケンカ どころ で なかった。
 ナン じゃろ?
 ダレ の ウチ の デキゴト じゃろう?
 ミンナ メ を みあわした。 きえさりつつ あたらしく ひかれて ゆく ロアシ から、 ミサキ の ムラ に ダイジケン が トッパツ した こと だけ が わかった。 キュウビョウニン に ちがいない。 フネ の ドウノマ に ひろげた フトン が みられ、 そこ に ダレ か が ねかされて いる と さっした。 しかし、 またたく マ に フネ は とおざかり、 のりこんで いる ヒト の ハンベツ も つかなかった。 まるで それ は、 シュンカン の ユメ の よう に、 とぶ トリ の カゲ の よう に すぎた。 だが、 ダレヒトリ ユメ と かんがえる モノ は いなかった。 1 ネン に イチド か 2 ネン に イチド、 キュウビョウニン を マチ の ビョウイン へ はこんで ゆく ミサキ の ムラ の ダイジケン を、 さかのぼって コドモ たち は かんがえて いた。 かつて コイシ センセイ も こうして はこばれた の だ。 ケガ を した か、 キュウセイ の モウチョウエン か。
 ナン じゃろう?
 ダレ ぞ モウチョウ の ヒト、 おった かい や?
 アト から おいついて きた オトコ の コ も イッショ に かたまって ヒョウジョウ した。 オンナ は ダレ も コエ を たてず、 オトコ の コ が ナニ か いう たび に その カオ に メ を そそいだ。 そんな ナカ で マツエ は ふと、 ケサ イエ を でかける とき の ハハ の カオ を おもいうかべた。 シュンカン、 くろい カゲ の さした よう な フアン に とらわれた が、 そんな はず は ない の だ と、 つよく うちけした。 しかし、 ズツウ が する とて カオ を しかめ、 テヌグイ で きつく きつく ハチマキ を した、 その ムスビメ の ところ の ヒタイ に よって いた、 もりあがった シワ を おもいだす と、 なんとなく はらいきれぬ フアン が せまって きた。 ハジメ に、 キョウ は チチ に やすんで もらいたい と いった ハハ、 しかし チチ は シゴト を やすむ わけ には いかなかった。
「マツエ を やすませりゃ、 ええ」
 チチ が、 そう いう と、 そんなら ええ と いい、 マツエ に むかって、
「ガッコウ、 はじめて なのに なぁ。 だけんど、 あそばん と もどって くれ なあ」
 おもいだして マツエ は どきどき して きた。 すると いつのまにか アシ は、 ミンナ の サキ を はしりだして いた。 ホカ の コドモ も ついて はしった。 アシ が もつれる ほど はしりつづけて、 ようやく ミサキ の ヤナミ を みた とき には、 マツエ の ヒザ は がくがく ふるえ、 カタ と クチ と で イキ を して いた。 ムラ の トッツキ が ヨロズヤ で あり、 その トナリ の ワガヤ に、 オシメ が ひらひら して いる の を みて、 アンシン した の で ある。 しかし、 その アンシン で なきそう に なった カノジョ は、 コンド は シンゾウ が とまりそう に なった。 イドバタ に いる の が ハハ では なく、 ヨロズヤ の オバサン だ と キ が ついた から だ。 はずんだ イシコロ の よう に サカミチ を かけおりた マツエ は、 ワガヤ の シキイ を またぐ なり、 はしって きた ソノママ の アシ の ハコビ で、 ハハ の ねて いる ナンド に とびこんだ。 ハハ は いなかった。
「オカアサン……」
 ひっそり と して いた。
「オカア、 サン……」
 ナキゴエ に なった。 ヨロズヤ の ほう から アカンボウ の なく の が きこえた。
「うわあ、 わあ、 オカアサーン」
 チカラ の かぎり オオゴエ で なきさけぶ マツエ の コエ は、 ソラ にも ウミ にも ひびけ と ばかり ひろがって いった。

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