カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナキムシ コゾウ 2

2019-07-07 | ハヤシ フミコ
 9

 ――この シャコ 2 カイ シャクハチ キョウシュウジョ、 トザンリュウ ミナカミ リュウザン―― 1 ダイ も ジドウシャ の はいって いない ガレージ の ヨコ に、 ペンキヌリ の こんな カンバン が でて いる。
 キー の ぬけた ピアノ の よう な がらん と した シャコ の ナカ へ はいる と、 どすん どすん と アシオト が テンジョウ へ ひびく。
「おい、 コゾウ! まって な、 いい かい」
 ケイキチ は ドロマミレ な アシ で、 シャコ の イリグチ に つったって いた。 ヨッパライ の オジサン なんか どうでも いい や、 オレ は ハツメイカ に なって やる ん だ から、 そう りきんで いて も、 カンバン の ウエ の 5 ショク の デントウ が まるで、 ヒトツメ コゾウ の よう で、 ケイキチ の ムネ の ナカ は なる よう な ドウキ が して いる。
「おい! コゾウッ、 バケツ を やる から アシ を あらって、 その テツバシゴ から あがって きな」
 ガレージ の スミ が ほのあかるく なった。 そこ から テツバシゴ が さがって いて、 ちいさい バケツ が ヒモ に ぶらさがって おりて きた。 ケイキチ は シャクハチ を ふく オトコ の、 おおきな ゲタ を もって、 スイドウ の ソバ へ いった。 くろい ダケン が ケイキチ に もつれついて きた。
 コゾウ コゾウ だ なんて、 オトナ に なったら ダイガク へ いく ん だ のに バカ に してらあ、 ケイキチ は、 よく ハハオヤ の ところ へ やって くる 「コゾウ コゾウ」 と ヨビステ に する オトコ の こと を おもいだした。 オレ は コゾウ に みえる の かな。 いや だなあ、 2 カイ へ あがったら ナマエ を いって やろう…… ケイキチ は、 ゾウキン で アシ を ふいて、 テツバシゴ を あがって いった。 ケイキチ が 2 カイ へ あがって ゆく と、 くらい タタキ の ウエ で イットキ クロイヌ が おりて こい と あまえて ほえて いた。
 シャクハチ キョウシュウジョ と いって も、 ヘヤ の スミ には フトン が 3~4 ニン ブン も かさねて あり、 シチリン だの、 チャワン だの、 フルヅクエ など が ザッキョ して いる。
「ハラ は どう だね?」
「…………」
「ええ? エンリョ は いらない ん だよ」
「…………」
「おや! コゾウ は いつのまに オシ に なった ん だ?」
「タザキ、 ケイキチ って ね、 いう ん だよ」
「ああ そう か。 ま、 ナノリ は どうでも いい や、 これから メシ の シタク だ。 その ヘン に ごろごろ して な」
 リュウザン は シンブンシ を まるめて、 シチリン の ナカ へ それ を いれ、 テヅカミ で スミ を その ウエ に のせ マッチ を すった。 ツクエ の ウエ には シャクハチ の フホン の よう な もの が 1~2 サツ のって いた が、 ハヒハヒチレツロ…… など と、 ケイキチ には さっぱり おもしろく ない。 オンナケ が ない と みえ、 アタリ は ネズミ の ス の よう で、 テンジョウ には アマモリ の アト の シミ-だらけ だ。
「おい! サケ で チャヅケ は どう だい?」
 ぬれた シンブンヅツミ の ナカ から、 サケ の キリミ が フタキレ でて きた。 リュウザン は ユビ で つまんで、 シチリン の スミビ の ウエ に、 じかに それ を あてて チャワン を タタミ の ウエ に ならべはじめた。 ――ケイキチ は オバ たち の セイカツ を ビンボウ だ とは おもって いた が、 まだまだ この ほう が ひどい よう な キ が した。 この ヘヤ の シュジン は キョウシュウジョ の シャクハチ シナン だけ では くって ゆけない らしく、 ときどき、 サカバ の おおい マチウラ を ながして あるいて ゆく の で あろう。
「アシタ は たらふく メシ を くって、 オカアサン とこ へ かえってきゃ いい よ。 なあ、 おい、 ナカノ の エキ まで いけば ミチ が わかる の かい?」
 ケイキチ は うなずいた。
 よっぱらった オジ を オデンヤ へ のこして きた まま どこ を あるいた の か、 シャクハチ を ふく オトコ に ひろわれて こんな ところ へ きた の さえ フシギ で シカタ が ない。 レイコ ちゃん は ねてる かな。 カアサン も ねむってる だろう…… ケイキチ は、 あの オトコ と ハハオヤ が、 たのしそう に わらいあって いる の では ない か と おもう と、 ジブン が ヨケイモノ の よう で ふと ナミダ が でた。
「おい、 ほら サケ が やけた ぜ」
 いっぱい メシ の もられた メシヂャワン を ムネ の ヘン へ かかえあげる と オシイレ の ほう で コオロギ が りいい…… と なきはじめた。
「ああっ」
 ケイキチ は ごくん と メシ の カタマリ を のみこみ、 ウエキバチ の シタ に ふせた、 メス を よぶ コオロギ の ものがなしい コエ を なにげなく おもいだした。

 10

 メシ を たべた。 フトン の ナカ へ もぐりこんだ。
 シンヤ に なる と、 ナンダイ も ジドウシャ が かえって くる よう で、 ぎいっ と カイカ の シャコ の ナカ へ すべりこむ ジドウシャ の ブレーキ の オト が して いた。 ケイキチ は イロイロ な ユメ を みた。
「この コ は ウスメ を あけて ねむる ので キミ が わるい わ」
 と、 オトコ が とまって ゆく たび、 ハハオヤ が ベンカイ して いた が、 ウスメ を あけて ねる と、 ねむって いて も コエ を たてる こと が ある。
 アサ に なって ケイキチ は めざめて みる と、 ユメ に みた もの が、 ヘヤ いっぱい ちらかって いた。 ジブン の ソバ には ウンテンシュ や ジョシュ たち が 3~4 ニン も オオイビキ で ねて いた。 リュウザン は ネドコ に はらばった まま テガミ の よう な もの を かいて いる。
「どう だ? ユンベ は ねられた かい?」
「…………」
「ナカノ まで おくって ゆく かな。 アンシン しな」
「ねえ、 ここ は どこ?」
「ここ か、 ここ は カンダ ミトシロ-チョウ さ……」
 テガミ を かきおわる と、 リュウザン は あつい クチビル で フウ を しめして、 「さて、 これ で イナカ の カミサン も ゴアンシン だ」 と、 たちあがる なり、 ウラ の コマド を あけ、 イバリ を 2 カイ から とばした。
 ねて いた ケイキチ には その コマド が よく みえた。 クモ の キョライ を みて いる と、 ケイキチ は、 クモ が ヒトツヒトツ いきて いる よう に おもえた。
「なぜ、 クモ は ういたり はしったり する の?」
「クモ かい? さあ、 ケムリ だ から かるい ん だろう……」
 ケイキチ は ガッコウ へ いって センセイ に きく に かぎる と おもった。 ヒ が あたって いい テンキ の せい か、 ケイキチ は カワ の ニオイ の する ランドセル が なつかしく なった。
「ボク、 やっぱり ねえ、 シブヤ の オバサン とこ へ かえろう……」
「シブヤ? よしきた。 どこ だって おくってって やる よ。 どうせ ヒルマ は アソビ だ もの……」
 リュウザン は タモト の ソコ を コゼニ で ちゃらちゃら オト させながら、 ケイキチ を つれて オモテドオリ へ でた。 ケイキチ は、 ぬれた クツ が きもちわるかった が、 アタリ が さわやか なので、 じき わすれて あるいた。 フタリ は デンシャドオリ に ある イチゼンメシヤ に はいった。 まず カベ に ――アサメシ テイショク 8 セン―― と でて いる の が ケイキチ に よめた。
「テイショク 2 ニン-マエ くんなっ」
 リュウザン が イセイ よく どなった。
 その テイショク と いう やつ が ワカメ の ミソシル に ウズラマメ に シンコ と メシ で、 リュウザン は ケイキチ の メシ を すこし へずる と、 まるで ウマ の よう に オト を たてて たべた。
「コゾウ! うまい か?」
「…………」
 ケイキチ は ただ メ で うなずいた。 うなずきながら、 ヘンジ を しいられる こと が なんとなく いや だった。 だが メシ も ミソシル も ケイキチ には うまい。 ウズラマメ の あまい の は、 ながい アイダ あまい もの を クチ に しない ケイキチ に とって、 テンゴク へ のぼる よう な ウマサ で あった。
 メシヤ を でて、 すぐ シデン へ のった。 リュウザン は ココロ の ウチ で シャクハチ でも ふいて いる の か、 こつり こつり クビ で ヒョウシ を とって いる。
 ソウガイ を みて いる ケイキチ の メ の ナカ に だんだん キオク の ある マチ が はしって くる。 ――シブヤ の シュウテン で おりる と、 リュウザン は ヒナタ に メ を しょぼしょぼ させて、
「じゃ、 サヨナラ する ぜ。 おぼえてる かい? おぼえてたら、 また あそび に おいで よ……」
 と いった。 ケイキチ は びっくり した よう な カオ を して リュウザン を みあげた。 「あそび に おいで よ」 と シンセツ な こと を いって くれた の は、 オトナ で この オトコ が はじめて で あった から――。
「ああ」
 ケイキチ は ありがとう を いいたかった の だ が、 なんとなく それ が いえない で はしりだした。
 ハナヤ が ある。 コロッケ-ヤ が ある。 ケイキチ は その ロジ へ カタアシ で ぴょんぴょん ドブイタ を ふんで はいって いった。 ツキアタリ の 2 カイ の テスリ には、 シンイチロウ を だいて セ を むけた カンゾウ が、 つくねん と して いる。
「ただいま」
 と コウシ を あける と あきれた よう な ヒロコ が、
「まあ、 いや な コ だねえ、 ヒト に さんざ シンパイ させて…… アナタ! ケイ ちゃん かえって きました よっ」
 と、 ほっと した ヨウス で 2 カイ へ どなった。

 11

  タ の ムギ は タリホ うなだれ
  イバラ には あかき ミ じゅくし
  オガワ には コノハ みちたり
  いかに おもう わかき オミナ よ

「ああ いかに おもう、 ノザキ スミコ よ、 か……」
 カンゾウ は、 ひろった ハンドバッグ の ナカ から、 ニオイ の いい コンパクト を だして、 ハナ に あてながら ストルム の シ を うたった。 ツマ には ない わかい オンナ の ニオイ だ。 シンイチロウ は ぽかん と して チチオヤ の ヨウス を みて いる。
「アナタッ! ケイ ちゃん かえって きました よっ」
 せわしく あがって きそう な ヒロコ の コエ だ。 カンゾウ は、 やにわに ハンドバッグ を フトコロ へ しまった。 いつも ゲンコウ の タバ を しまいつけて いる ので、 ふくれた フトコロ も めだたない。
「へえ! ユウベ は どこ へ とまった ん だ? シンブンシャ の ところ から キュウ に いなく なった じゃ ない かっ」
 カンゾウ は メダマ を ぱちぱち させて シタ へ おりて くる なり、 ケイキチ に アイズ を する。 で、 ケイキチ は、 オジ と わかれて から の ハナシ を しなければ ならない。
「へえ、 ずいぶん シンセツ な ヒト も ある もん ね。 シャクハチ を ふく ヒト なの かい?」
「…………」
「タニンサマ だって そんな シンセツ な オカタ が ある ん だ のに、 テメエ は どう だ。 チ の つながった オイ じゃあ ない かよ。 ええ? それ を さあ、 アネキ へ イジ を はって、 ホウボウ へ あずけよう と する から、 こんな マチガイ が おきる ん だ」
「そんな こと は どうでも いい わ…… なにも、 ケイボウ が いなく なった から って、 サケ を のんで へべれけ に なって かえる こと は ない でしょう…… アト で、 どう なの か、 ケイ ちゃん に きいて みます よ、 あやしい もん だ から ねえ」
「ヨケイ な こと を きかなくて も いい よ。 コドモ は テンシン なの だ から ね……」
「へへっ だ! ――だって、 ケイ ちゃん は ドウブツエン へ つれてって やって も、 サル ドウシ が オンブ しあってる こと ちゃんと しってて、 カオ を あからめる ん です もの、 もう テンシン じゃ ない わよ」
「バカッ! バショ を かんがえて いえ よ。 ――はやく ケイボウ に メシ でも たべさせて やりっ」
「しらばくれて、 ナン です かっ、 ワタシ が なんにも しらない と おもって…… みな しって ます よ」
「しってたら なお いい じゃ ない か、 オレ が トラ に なって かえった から って、 なにも テメエ が しってる って いばる こたあ ない だろう……」
「とにかく いい わよ、 アト で ケイキチ に きいて みます から ねえ……」
「ケイキチ! こんな バカ な、 オバサン に ヨケイ な こと いう と ショウチ しない よ。 いい かい、 ええ? そのかわり オジサン が キンギョバチ かって やる よ、 ほしい って いったろう……」
「まあ、 そんな カネ あったら、 シン ちゃん の シャツ を かって やります よ。 ケイボウ ケイボウ なんて ナン です か! ヨワミ が ある ん でしょう? ――ホントウ に、 しんだ ニイサン そっくり で、 フクロウ みたい な メダマ…… ケイ ちゃん には ツミ は ない けど、 いや に なっちゃう わ……」
「あ、 あ、 アキビヨリ で、 スガコウ なぞ は ハイキング と しゃれてる のに、 アサ から フウフ-ゲンカ か、 こっち が いや に なる よ。 ――シン ちゃん も おいでっ、 シャツ かって やる よ」
 カンゾウ は、 ヒロコ の ヨウス を うかがって いる ケイキチ の アタマ を おして シンイチロウ を せおう と、 どんどん ロジ の ソト へ でて いった。
「いい かい、 オバサン に なんでも だまってん だよ」
「…………」
「おい、 こら、 わかった の か、 わからん の か?」
「うん、 でも、 あの オカネ を つかっちゃった ん だろう?」
「ううん いい ん だよ。 オジサン アシタ は たくさん オカネ が はいる ん だ から かえし に いく よ。 わかったろう……」
 ガラス-ヤ の マエ には、 アオイロ で そめた ガラスバチ が でて いた。 ケイキチ は それ を ユビ で おさえて、
「これ が いい」
 と いった。

 12

 キンギョバチ は あおくて、 うすく すけて いて、 ソラ へ もちあげる と クモ が うつって いる。 ケイキチ には すばらしい ガラス の ツボ だ。 ケイキチ は それ を ノゾキメガネ に して、 ひろがった ソラ を みながら、
「ねえ、 ソラ は どうして あんな に あおい の?」
「ソラ かい?」
「うん」
「さあ、 ナニ か で ソラ の あおい こと を よんだ が…… タイキ の ナカ に いる ビリュウシ って もの が さ、 スイジョウキ に なって さ、 その ビリュウシ の タクサン な リョウ が、 むくむく かさなる と、 あんな に あおい ソラ に なる ん だ と……」
「ビリュウシ って あおい もの なの?」
「メンドウ だな、 オジサン だって、 ホントウ は おぼえて や しない よ。 ビリュウシ って の は ねえ…… ほら、 ウミ の ミズ だって すくって みる と あおく ない けど、 どっさり だ と あおく なる じゃ ない か、 ねえ、 オマエ の その ハナミズ も そう だよ……」
 ケイキチ は ずるり と ハナジル を すすった。
「さあて、 キンギョバチ かったら ヨウヒンヤ に まわって、 シンコウ の シャツ を かって やらなくちゃ、 オバサン おこる から ねえ」
「あの あおい フクロ の オカネ で かう の?」
「ヨケイ な こと を いわん でも いい よ。 オジサン が ちゃんと アシタ は もって いく ん だ から……」
 シンイチロウ は ハチ の ハラ の よう な ダンダラ の シャツ を かって もらった。
「さあ、 シンコウ、 ずいずい ズッコロバシ を うたって かえろう や」
 ケイキチ たち が いさんで ロジ の ナカ へ かえって ゆく と、 ヒロコ は アケッパナシ な ゲンカン に たって いて、 キミ の わるい ほど な キゲン の いい カオ で にこにこ わらって つったって いた。
「アナタ!」
「ナン だっ」
 カンゾウ は コイ に つよい カオ を して みせた。
「アナタッ、 300 エン 300 エン…… 300 エン よ」
「なんの こと だ、 あわてくさって、 ええ?」
「ケンショウ が あたった のよ」
「ほう…… どこ だい?」
「まあ、 ノンキ だ。 そんな に ホウボウ ココロアタリ が ある の?」
「ヨケイ な こと いいなさんな。 テイシュ を いつも バカ に ばかり して いる から テイシュ だって、 ホウボウ へ ココロアタリ を つけとく んさ……」
 カンゾウ は、 ヒロコ から テガミ を うけとる と、 そそくさ と 2 カイ へ あがり、 すぐに シタク を して おりて きた。
「また、 キノウ みたい に、 へべれけ に なって かえっちゃ こまります よ。 いい? ヤチン だって コンゲツ は すこし かためて はらわない じゃ、 おっぱらわれそう だし、 わかりました か?」
「あああ だ、 キミ の カオ を みる と、 ヤチン の セイキュウショ に みえて シカタ が ない よ。 ま、 とにかく、 オレ の ルス には、 シナソバ の 10 パイ も たべて ノンキ に まって いなさい。 ええ?」
 カンゾウ が ゲンキ よく、 オウライ へ でて ゆく と、 ヒロコ は オチツキ の ない ヨウス で、 キョウダイ の マエ に すわった。 ケショウスイ も カミアブラ も とうの ムカシ に カラッポ だ。 ああ はやく 300 エン に オメ に かかって あれ も これ も…… ねえ シン ちゃん と いいたい キモチ で、 ヒロコ が ふりかえる と、 ケイキチ も シンイチロウ も、 ウラ の ヒンジャク な サワラ の カキネ の シタ で、 さかん に ドロ を こねかえして いる。
「シン ちゃん! あんまり、 ばばっちい こと しちゃ ダメ よっ」
 ゲンカン を あけっぴろげて おく と、 ちいさい カガミ の ナカ へ まで、 ロジ の ウエ の ソラ が うつって みえる。 ――ケイキチ が オンナ の コ だったら、 ジョチュウ-ガワリ に でも おいて やる の だ けれど、 ……ナン に して も 300 エン は タイキン だ。 ヒロコ は アブラケ の ない ばさばさ した カミ に クシ を とおしながら、 サクヤ もって かえった、 オンナモチ の あおい ハンドバッグ が キ に かかって シカタ が なかった。
「ちょっと みせて よ」
 と いったら、 あわてて しまいこんで しまった けれど…… ヒロコ は おもいだした よう に キュウ に たちあがる と、 ドロイジリ して いる ケイキチ へ、
「ケイ ちゃん、 ちょっと おいで、 ちょっと で いい の……」
 と、 ウラグチ から ケイキチ を よびたてた。

 13

 ホシ の きれい な バン で、 アタマ の シン が いたく なる ほど、 ケイキチ は 2 カイ の マド から あおむいて ソラ を ながめた。
 シタ では、 ハイキング に いった ナカ の オバ の スガコ が、 ノギク や あかい ミ の ついた キ の エダ を ミヤゲ に して、 ヒロコ と はなしこんで いる。
「デンキ つけて……」
 シンイチロウ が、 つまらなく なった の か、 テスリ から はなれる と、 ケイキチ に デンキ を つけて と せがんだ。 ツクエ は チャブダイ-ガワリ に シタ へ おりて いる ので、 フミダイ に なる もの が なにも ない。
「うん、 デンキ よか、 ホシ の ほう が ぴかぴか して いる よ、 シン ちゃん、 ボク が アメリカ を みせて やる から おいで よ……」
「アメリカ」
「ああ とても よく みえる よ、 あかるくて コッキ が いっぱい でてて さ……」
 ケイキチ が、 シンイチロウ の ワキ の ほう へ テ を まわして かかえあげる と、 シンイチロウ の ムネ の ドウキ が ことこと はげしく なって いる。
「こわい かい」
「うん」
「こわか ない よ……」
 かかえあげる と、 シンイチロウ が テスリ に アシ を ふんばった ので、 おおきな オト を たてて どすん と、 フタリ とも シリモチ を ついた。
「ナニ、 オイタ してる のっ! どすん どすん あばれて、 ホコリ が おちて くる じゃ ない のう」
 ケイキチ は クビ を ちぢめた。 シンイチロウ は わざと、 アシ を タタミ に なげつけた。 ケイキチ は びっくり して、 シンイチロウ の ウエ へ ウマノリ に なった が、 くらい ヤミ の ナカ で、 シンイチロウ の カオ の ウエ へ、 ジブン の カオ を もって ゆく と、 ちちくさい イキ が、 ソヨカゼ の よう に ケイキチ の ノド へ ふいて きた。 ケイキチ は とおい もの を さがしあてた よう に、 シンイチロウ の クチビル の ウエ へ、 ジブン の ヒタイ を おしつけた。
「グリグリ ボウズ、 グリグリ ボウズ……」
 と、 ちいさな コエ で ささやきながら、 ケイキチ は、 シンイチロウ の ワキノシタ を くすぐった。 くすぐりながら、 フタリ は ころころ ころげまわった。 ケイキチ は つめたい タタミ の ウエ を シンイチロウ と ころがりながら、 アクビマジリ に ナミダ が あふれた。
「おい! オイタ してる と、 きかない よっ」
 2 カイ の ハシゴダン の ウエ から、 ヒロコ の カオ が ナマクビ の よう に のぞいた。 シタ では、 スガコ の やさしい コエ で、
「コドモ だ もの ほっときなさい よ」
 と、 アネ を たしなめて いる、 ぽつん と した コエ が きこえる。
「マックラ だね? ねむい ん なら、 フタリ とも おりて いらっしゃい。 その ヘン を ばらばら に して いる と オジサン に しかられる よ」
 ケイキチ は また クビ を ちぢめた。
 シタ では、 スガコ が、 ボタンイロ の ジャケツ に クロ の ジャージー の スカート を はいて、 ヨコズワリ に なった まま で、
「そりゃ もちろん、 ネエサン が ダラシ が ない のさ、 だけど、 オンナ って もの は 30 に なったって、 アンタ の いう よう な、 そんな フンベツ なんて つかない と おもう わ。 しかも、 5 ネン も ヒトリ で いた ん です もの、 コドモ なんか かまって られない と おもう の……」
「ボセイアイ なんて もの は なくなる かしら?」
「ボセイアイ? ジョウダン じゃ ない わ、 そんな こと は アンタ みたい に ゴテイシュ の ある ヒト の いう こと さ、 ――あんな に まだ ワカヅクリ で、 むちむち してん です もの、 クロウ してる キモチ わかる わよ……」
「おやおや ヒトリモノ の くせ して、 よく サンジュウ オンナ の キモチ が おわかり に なります ねえ?」
「わかる も わからない も、 ホントウ の こと よ。 レン ちゃん だって、 そう だわ。 たった 17 だ けど、 あんな に なって、 コドモ の くせ に いっぱし ニョウボウ キドリ で、 ……いちばん、 アンタ を バカ に して いる くらい よ」
「へえ、 ワタシ を バカ に? いつ あった の?」
「ううん、 ちょっと たずねて きた ん だ けど…… まるきり かわって しまって ねえ、 クロウ は してる らしい けど、 ヒトリモノ の アタシ の ほう が、 よっぽど うらやましかった わよ」

 14

 9 ジ が うった。
 カンゾウ は まだ かえらなかった。 あつらえた シナソバ が ホントウ に 10 パイ ばかり も ならんだ。
「こんな に ゴチソウ に なって すまない わ」
「ナニ いってん のよ、 さあ、 シンコウ も ケイ ちゃん も たんと おあがり よ」
 ケイキチ は チャワン を かかえあげて、 ユゲ で ホオ を ぬらしながら、 あおい ハンドバッグ の こと を しらない で おしとおした こと に キ が ひけながら、 ソバ を たべた。 ちいさい デンキ の シタ に、 ヨッツ の おおきな カゲ が ヘヤ いっぱい に かさなりあって、 イットキ しずか に ソバ の オト を させて いた が、 ヒロコ が おもいだした よう に、
「アンタ も、 レン ちゃん を うらやましがらない で、 はやく ケッコン したら いい じゃ ない の?」
「うふっ…… ナニ を おもいだしてん の、 さ、 ワタシ は ワタシ よ。 いまに もっとも よき ヒト を えらんで ね」
「トウ が たって は オシマイ だ から……」
「まあ、 ありがとう! 3 ニン の いい ミホン が あります から、 せいぜい リコウ に たちまわる わ……」
「バカ! ところで かんがえてる ん だ けど、 4 ニン の ウチ で ワタシ が いちばん ビンボウショウ かも しれない わね。 ――サケノミ で、 ノンキ そう で ウワキモノ の テイシュ を かかえて さ、 おまけに、 ぼんやり した コドモ を ぶらさげてて、 イッショウ に イチド、 アンタ みたい に、 ヤスコウスイ でも いい から ふりかけて みたい よ ホントウ に……」
「ヒニク ねえ……」
「ん、 そ、 そう じゃ ない さ、 つくづく テイシュ って もの もって みて、 オンナ って もの の リコウサ カゲン が よく わかった のよ」
「だって、 ニイサン は、 あれ で シン は しっかり して いる わ、 ケイボウ の オトウサン みたい だ と こまる じゃ ない の? あれ も いけない、 これ も いけない って いう から、 ニイサン が なくなっちゃう と、 ネエサン は イッペン に わかがえって、 ムスメ の ヤリナオシ みたい あまく なっちまって さ……」
「けっきょく、 ワセ も オクテ も ダメ で、 アンタ みたい なの が いい って こと でしょ」
「あら、 いや だあ、 ジョウダン でしょ。 ワタシ だって ジョウネツ が あれば、 レン ちゃん の テツ を ふむ くらい なんでも ない けれど…… ショクギョウ なんか もってる と、 そうそう オトコ の ヒト ヒトメ みて、 イチズ に やれない から なの、 ――でも そろそろ ホントウ は こまってん のよ。 24 にも なって、 べつに ショジョ を ダイジ に してる って の じゃ ない けど、 いまさら その ヘン へ ちょっと やすやす すてられ も しない し……」
「もてあまして いる?」
「まったく、 ホントウ に そう なの ほほ……」
「いや な オスガ ちゃん だ……。 ところで、 トウサン、 どうした ん だろう? おそい わねえ」
 シンイチロウ は、 はや、 ヒロコ の ヒザ を マクラ に ねむりこけて いる。 リンカ では トケイ が 10 ジ を うった。
「キノウ も デンワ が あった けど、 ねえ、 ホントウ に こまる ん なら、 ワタシ が アシタ つれてって、 ネエサン の ヨウス、 どんな ふう か みて こよう か?」
「おがむ わ、 そうして よ、 なんだか ムシ が……」
 すかない と いおう と した が、 ケイキチ が、 やせた カゲ を しょんぼり カベ に はりつけさせて、 オバ たち の ハナシ を きいて いる ので さすが に ヒロコ も コトバ を にごした。

「ケイボウ が いちばん クロウ する ね」
 スガコ が、 そう いって たちあがった。 クチバイロ の クツシタ が ほっそり して いて、 ケイキチ の メ に うつくしく うつった。
「じゃ、 そろそろ かえろう…… ケイボウ つれて きましょう か?」
「たのむ わ」
 ヒロコ は、 シャツ の ない ケイキチ が カゼ を ひく と いけない と いって、 カンゾウ の ちぢんだ ナツ シャツ を、 ケイキチ の シタギ に きせて やった。
「さあ、 コドモ の うち は、 なんでも いいっ と、 じゃ、 2~3 ニチ して また きます。 ニイサン に よろしく。 タイキン が はいったら、 それこそ ヤスコウスイ でも かって ね」
 コムギイロ の アイ の ガイトウ を ひっかけた スガコ の アト から、 ケイキチ は、 ねむたげ な メ を して、
「さよなら」
 と いって コガイ へ でた。 ロジ には カゼ が でて いた。

 15

 カゼ が でて いて、 ケイキチ は、 あるく の が オックウ で あった が、 スガコ の アト から ねむそう に ひょこひょこ あるいた。
 シブヤ から ムッツメ だ か の タカダ ノ ババ で おりる と、 スガコ の アパート は センロ の みえる カワギシ に たって いた。 アパート と いって も、 イタヅクリ の 2 カイ-ダテ で、 もう かなり レキシ の ある カマエ だ。
「ケイ ちゃん は、 いっとう ダレ が すき?」
「…………」
「よう、 ダレ? いって ごらん よ」
 スガコ は あかい スリッパ に はきかえて、 ホコリ の ざらついた ハシゴダン を あがりながら、 シタ から あがって くる ケイキチ に たずねた。
「ええ?」
「カアサン……」
「へえ…… そう かねえ」
 スガコ は くりくり した アゴ の サキ を ヘヤ の カギ で かるく たたきながら、 ハハ と コ の アイジョウ は、 どんな に ソボウ で あって も、 かたく つながって いる もの だ と、 すこし ばかり カンシン しながら、
「ケイ ちゃん の オカアサン は、 レイコ ちゃん ばかり かわいがる じゃ ない の?」
 と いった。
「…………」
 ケイキチ は、 こたえる コトバ が ない の か だまって いた が、 おもいだした よう に、 ちいさい クチブエ を ふきはじめた。
 4 ニン の シマイ の ウチ、 スガコ だけ は ガクモン が すき で、 イナカ の ジョガッコウ も でて いた し、 ながい アイダ、 サダコ の イエ も てつだって いて、 アネ の ケッコン セイカツ には かるい シツボウ も かんじる ほど、 シッカリモノ だった。
 サダコ の カテイ や、 ヒロコ の カテイ の ヨウス を みて も、 ジブン が はやばや と ケッコン する には あたらない よう な キモチ を もって いた し、 よし、 ケッコン した ところ で、 マンゾク な コタエ は でて きそう も ない、 フシギ な サンジュツ の よう な ダンジョ の アイダ を、 スガコ は ネンレイ を かさねて いる だけ に、 キケン に かんじて きて いる の で あった。 「ダレ が すき か」 と いえば、 ハハオヤ が すき だ と ソッチョク に ケイキチ は いった が、 はて、 ジブン は、 コキョウ を すてて でて きて いる し、 リョウシン は とっく の ムカシ に なくなって いた し、 なんとなく イロイロ な オトコ の カオ も うかんで きた が、 こころざむい サビシサ ばかり で、 すき で シヨウ の ない カオ と いう もの が うかんで こない。
「もう、 そろそろ さむく なる わね」
 ヘヤ へ はいって スイッチ を ひねる と、 スガコ の ボタンイロ の ジャケツ が ケイキチ の メ に きれい に うつった。 ハハ の サダコ に つれられて ヒルマ 2~3 ド は きた こと が あった が、 よふけて きた の は はじめて で、 ケイキチ は、 ヒロコ の イエ より は キガル な もの を かんじ、 まずしい ながら も ちゃんと くって だけ は ゆける スガコ の ヘヤ の アタタカサ に、 ケイキチ は キュウ に、 だまって ねころんで しまいたい よう な タノシサ に なった。
 スガコ は、 ケイキチ の ハハオヤ に いちばん よく にて いて、 ボタンイロ の ジャケツ を ぬぐ と、 ひろい ムネ が キタグニ の オンナ-らしく チチイロ に さえざえ して いた。 ケイキチ は まぶしい もの を みる よう に、 タタミ へ はらばって、 ちらかって いる フジン ザッシ を ながめだした が、
「ケイ ちゃん、 ここ の ボタン を はずして、 ううん?」
 センタク シタテ の スリップ の セナカ の ボタン が かたく ボタンアナ に しがみついて いて はなれない ので、 フイ に しゃがみこんで ケイキチ の マエ に、 しろく ひかった セナカ を もって きた。 わかい オバ の なんでも ない シグサ に ケイキチ も なんでも ない キモチ で カラダ を おこした けれども、 ミョウ に クチビル の アタリ が ゆがんで ユビサキ が ふるえた。 オトナ の よう な ヒョウジョウ にも なりうる。 スガコ には、 コドモ の そんな ヒョウジョウ なんか みえない。 とにかく 「すき な ヒト」 に こだわって しまって、 ジムショ の オトコ の レンチュウ を かんがえて も みた が、 どの オトコ たち も、 「ねえ」 と ムコウ から テ を さしだして くれば、 はじらった カッコウ だけ は して みせる くらい、 どの カオ も そう きらい では ない。 カラダ は ジュフン を まって いる 9 ブ-ザキ の ハナ の よう な もの で、 スガコ は、 ケイキチ の つめたい ユビ が セナカ に ひやひや する たび、 キ の とおく なる よう な モノオモイ に ココロ が はしって いった。
 コガイ の カゼ が だんだん カザアシ が つよく なった。

 16

 ふと、 ケイキチ が メ を さます と、 オバ は まだ よく ねむって いた。 クチビル の スキマ から、 しろい マエバ が のぞいて いる。 ケイキチ は、 アサ の ヘヤ の ナカ を ひとわたり ぐるり と みわたして、 また オバ の セナカ へ くっついて ねむって みた が、 キュウ に ハハオヤ の ニオイ が うかんで きた。 スガコ の むきだした カタ の アタリ に アゴ を もたせかける と、 ハハオヤ に あいたく なって、 ツブツブ な ナミダ が、 みひらいた メ から わく よう に あふれた。
 サイジツ なの か、 ハナビ が トオク で はじけて いた。
「ナカハシ さん! ナカハシ さん オキャクサマ です よっ」
 アパート の カンリニン が、 トビラ を ノック して いる。 ケイキチ は、 すぐ ナミダ を ふいた。 スガコ は ビックリ ニンギョウ の よう に おきあがる と、 ユカタ の ネマキ の まま トビラ を あけ に たった。 オバ が でて いった フトン の ナカ は ぬくぬく して キモチ が いい。
「なあん だ、 びっくり する じゃ ない のっ、 ナニ? アサッパラ から……」
「ダレ か オキャクサマ?」
「オキャクサマ? ああ オキャクサマ よ、 いい ヒト……」
「へえ! めずらしい……」
「バカ に してる。 だから、 フリョウ ショウジョ だ って いう のさ」
「もう いい わよ。 フリョウ フリョウ って、 どっち が フリョウ さ…… ヘヤ へ はいって いい の?」
 レンコ が たずねて きた の だ。 スガコ は コウジンヤマ の スギ の キ の よう な みだれた カミ の まま で 1 ケン の カーテン を あけた。 カゼ が しずまって いる。 ショウセン デンシャ が、 コウガイ の ほう へ むかって、 いっぱい ふくらんで はしって いる。
「ナン だっ、 ケイ ちゃん か……」
 ケイキチ は フトン から アタマ を だして、 レンコ に うすく わらって みせた。
「オスガ ちゃん は あいかわらず カタジン だ……」
「トウヘンボク って いう ん だろう?」
「いいや、 ――コノゴロ、 やっぱり オスガ ちゃん みたい なの が よく なった わ」
「サンセキ シ、 どう なの? かわいがられて ビンボウ すん の いい じゃ ない か。 テナベ を さげて オクヤマズマイ って こと も ある……」
「いや よっ! かわいがって なんか くれ や しない わ、 ハジメ の うち だけ……」
「ごちそうさま……」
「ダメ よ、 ひやかしちゃあ…… コトシ こそ は なんとか ニュウセン させて…… すこし おちつきたい って いってる のよ……」
「じっさい、 サンセキ フサイ と きたら、 アキヤ ばっかり さがしてる じゃ ない か、 で、 また、 オヒッコシ で、 この アパート セワ しろ って ん じゃ ない の? まっぴら よ」
「ひどい わ。 キョウダイ の いる ところ へ おかしくて こせます かっ、 ……って りきんで みた ところ で シカタ が ない けれど、 ホントウ は、 ワタシ、 サンセキ の ところ を にげて きた の……」
「まあ!」
「ホントウ よ」
「おどかしちゃ いや だよ、 ええ? アト で すずしい カオ する ん だろう?」
「いや だわ、 そんな の じゃ ない わ。 ねえ、 おちつきたい って いう から、 ワタシ、 すこし の アイダ だ けど、 カフェー に つとめたり して、 ずいぶん つくした ん だ けど…… ルス の アイダ に、 わかれた オクサン と アイビキ なんか してる ん です もの ねえ」
 ケイキチ は ながい アイダ の シュウカン で、 おきあがる と、 フトン を きちんと たたんだ。 フタリ の オバ の ハナシ を それとなく ミミ に いれて いた が、 よく は わからない。 ただ、 ヒロコ に よく にて いる レンコ の カオ が、 ミョウ に ロウジン-くさく なって しまって、 スガコ の ほう が ナナツ も トシウエ なのに、 ひどく つやつや して いる。 ケイキチ は、 よく しゃべる オバ たち を みて いた。
「さあ、 ま、 いい から、 ユ が わいたら さ、 コウチャ でも いれて てつだいなさい」
 スガコ は キョウダイ の マエ に すわって カミ を とかしはじめた。
「そいで、 コンド こそ ケッシン した の……」
 そう いって レンコ は、 ガス の ソバ へ いって コウチャ を いれながら、 おもいだした よう に、
「オトコ って わかんない わ」
 と いった。
「そんな に はやく オトコ が わかって いる くせ に ね……」
 スガコ が クシ を もった テ を たたいて、 くっくっ わらいだした。

 17

 ケイキチ が、 スガコ や レンコ に つれられて、 ハナビ の ぽんぽん のぼって いる コガイ へ でた の は ヒル ちかく で あった。
「なにも、 わかれた オクサン に あって いた から って、 あやしい って もん じゃ ない でしょ、 ねえ フウフ に なって、 いちいち ハラ を たててちゃ シカタ が ない」
「そりゃあ、 オスガ ちゃん が ケッコン して みない から だわ、 マエ の オクサン に あってて ハラ を たてない オンナ って ない わよ……」
「そう かねえ……」
 おのおの、 レンコ に して も、 ヒロコ に して も ジブン の ゴテイシュ を いっぱし ウワキモノ に かんがえて いる だけ、 テンカ タイヘイ なの だ と、 ヨイドレ の カンゾウ や、 アキヤ ばかり さがしあるいて いる ヒト の いい サンセキ の こと を おもいだす と、 なんとなく こころぼそい キ も する。
「ショウショウ は ホカ の オンナ の ヒト にも なんとか いわれる ん で なきゃ、 ゴテイシュ に して も ハリアイ が ない だろう……」
 スガコ が イッシ はなった。 レンコ は おどろいた よう に クチビル を あけた。 ヒトヅマ に なった とは いって も ネ が 17 サイ の ショウジョ だ。 だまりこんで しまった。
 ショウセン で ナカノ の エキ へ おりる と、 デンシンタイ の ヨコ の サクラ が だいぶ ハ を ふりおとして いて、 アキゾラ が おおきく ひろがって いる。 ケイキチ には それ が なつかしかった。
 キョウ は ガッコウ は ヤスミ なの だろう。 ヒロバ で、 ガッコウ トモダチ が むれて あそんで いる。 ときどき トオク の ムレ の ナカ から、 「タザキ くん!」 と コドモ たち が ケイキチ を よんだり した。
 ケイキチ は あかく なりながら、 それでも なつかしそう に、 オバ たち の アト から ふりかえって は にやり と わらって みせた。 どこ の ニワ にも キク の ハナ が さいて いて、
「コウガイ も ここ は いい わね」
 と レンコ が いう と、 スガコ は クツ の サキ で コイシ を けりながら、
「ここ だって シナイ だよ」
 と いった。
 ケイキチ は ワガヤ へ、 ヨッカ-ぶり に かえって きた の だ けれども、 まるで 1 ネン も みなかった よう な、 とおい キョリ を かんじる の で あった。
 いそいで ゲンカン を あける と、
「おや、 ヒトリ かい?」
 と いって、 ヌレテヌグイ を もった ハハオヤ が でて きた。 フロ から かえった ばかり と みえて、 エリ の アタリ が ほんのり しろく なって いる。 ケイキチ は かえって きた こと を しかられそう な、 おずおず した メ で、
「ううん」
 と いった。
「まあ、 アンタタチ なの…… キンギョ の ウンコ みたい に ぞろぞろ して……」
 ゲンカン には、 おおきな オトコ の ゲタ が ぬいで あった。 フロ から アガリタテ で サクランボウ の よう に あかく なった レイコ が オク から はしって きた。
 サダコ は、 ゲンカン へ つったった まま イモウト たち へ あがれ とも いわない。
「ヒロコ ネエサン が ね、 ケイボウ を つれてって、 ヨウス を きいて くれ って いう もん で……」
「そう、 じゃ、 ケイキチ おいて らっしゃい、 なにも、 ヨウス なんか アンタタチ に はなす こと ない じゃ ない のさ……」
「おこってん の?」
 スガコ が キュウ に むっと して いった。
「おこって や しない けど、 つれ に いく まで おいて くれて も いい じゃ ない の…… キョウダイガイ も ない ねえ」
「ナニ よう いってん のう、 ユガエリ か ナニ か で のんびり してて さ、 ジブン の コドモ を イモウト の ショタイ へ アズケッパナシ で…… なにも ねえ、 ヨウス を きく って の は、 オトコ の ヒト が いる の か いない の か を さぐり に きた ん じゃ ない わよ」
「まあ、 いい わよ オスガ ちゃん!」
 レンコ が キュウ に おろおろ した。
「ほっといて よ オレン ちゃん! いう だけ は いわなくちゃあ、 ええ? ユウベ は ケイボウ は ワタシ の ところ で とまる し、 その マエ の バン は、 カンダ の シャクハチ を ふく ヒト の イエ に セワ に なったり して、 ヒロコ ネエサン とこ だって、 フタバン も あずかって さ、 フウフ-ゲンカ まで おっぱじめたり した のよ…… そんな ジャマ な コ だったら コジイン に でも やったら いい でしょう!」
 ケイキチ は カイ の よう に かたく なった。

 18

 オバ たち が ぷりぷり して かえって ゆく と、
「ケイキチ!」
 と、 ハハオヤ の ドセイ が アタマ の ウエ で やぶれた。 ウワメ で みあげる と、 ハリガネ の よう に そりあげた マユ を つりあげて、 サダコ が ショウジ に もたれて いる。
「オマエ の よう な コドモ は どっか へ いって しまう と いい ん だ。 ヒトツ と して ろく な こたあ ありゃあ しない。 ――オカアサン を いじめりゃ いい キモチ なん だろう! ええ? そう なん でしょ……」
 ケイキチ は だまって うなだれて いた。 シマイ には クビ が いたく なって しまった。 アシモト を アリ の タイグン が つっきって いって いる。 アリ の オヒッコシ かな、 ケイキチ は そう おもいながら、 いたい クビ を そっと シタ へ おろしかける と、
「バカ!」 と、 いって、 ヨコツラ が じいん と する ほど はりたおされた。
「ええ? どこ まで ずうずうしい コ なん だ! オヤ が ナニ か いって いる のに、 ジメン ばっかり みつめて さ…… カアサン、 オマエ の よう な シロッコ みたい に ほうけた コ なんか すてっちまう よっ」
 やわらかい スアシ が、 ゲンカン の おおきい ゲタ の ウエ に おりた か と おもう と、 ケイキチ は ネコ の コ の よう に エリクビ を つかまれた まま ひきずられて、 タタキ の ウエ へ ずどん と ころんで しまった。 ころぶ と ドウジ に、 おもいがけない オオゴエ が でて、 ナミダ が ほとばしる よう に あふれた。 サダコ も、 ケイキチ の オオゴエ に びっくり した の か、 ちょっと ぎくっと した カタチ で あった が、 コウシ を びしっと しめる と、 ないて いる ケイキチ を ひきおこして、
「おおきな ナリ して バカ だね、 もう いい よ。 かえされた もの シカタ が ない じゃ ない かね。 ホントウ に バカ で しょうがない よ…… さ、 オクツ ぬいで おあがり、 ええ?」
 トオク で コドモ たち の ウタゴエ が きこえて くる。 イエ の ヨコ の ポプラ の オチバ が、 コウシド の ガラス に ばらばら と あたって おちて ゆく。
 コエ を あげて ないて いる と、 ヒャク の オシャベリ を した より も ムネ が すっと して、 ケイキチ は あきれて つったって いる ハハ の アシモト で、 あまえる よう に、 おおん おおん と コエ を たてて ないた。
「どうした ん だ?」
 チャノマ から、 ハナ の アタマ の ぎらぎら して いる オトコ が でて きた。 その アト から、 イモウト の レイコ が、
「オニイチャン ないてる よ」
 と、 はしって オトコ の テ へ つかまった。
「おおきい くせ に、 から、 イクジ が なくて ねえ……」
 さすが に、 サダコ も キ が とがめた の か、 「ああ」 と タメイキ を ついて ウエ へ あがった。
「おい、 コゾウ! さ、 なきやめてっ、 ええ? テ でも あらって、 レイ ちゃん と あそんで おいで よ」
 ケイキチ は なく こと に くたびれた けれども、 コエ を たてる こと は キモチ の いい こと なので やめなかった。 フシギ な こと に コエ を たてて いる と、 ナミダ が アト から アト から あふれでて くる。
「まあ、 いい わ、 ほっとき よ……」
 サダコ は、 オトコ に そう いわれる と、 しぶしぶ オク へ はいって いった が、 レイコ だけ は、
「ニイチャン、 なかなくて も いい よ」
 と おおきな ゲタ を はいて、 ケイキチ の ソバ へ しゃがんだ。 ケイキチ は うるさい よ と いった カッコウ で にらみつけた。
「バカヤロウ!」
 ケイキチ が そっと レイコ の カラダ を おした。 リョウテ に 5 セン-ダマ を ヒトツ ずつ にぎって いた レイコ は、 ぐらぐら と する ヒョウシ に、 その 5 セン-ダマ フタツ を タタキ の ウエ へ なげちらした。
 ケイキチ は それ を アシ で けった。
「いや よっ! いや だあよ ってば……」
 レイコ が たちあがって ホオ を しかめそう に なる と、 ケイキチ は、 やにわに その 5 セン ハクドウ を ひろって、 がらがら と コウシ を あけて コガイ へ でて いった。
「ニイチャアン! バカヤロッ!」
 レイコ が ジダンダ を ふんで ケイキチ より も たかい コエ を あげて なきたてた。

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