カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

レモン

2012-05-21 | カジイ モトジロウ
 レモン

 カジイ モトジロウ

 エタイ の しれない フキツ な カタマリ が ワタシ の ココロ を しじゅう おさえつけて いた。 ショウソウ と いおう か、 ケンオ と いおう か―― サケ を のんだ アト に フツカヨイ が ある よう に、 サケ を マイニチ のんで いる と フツカヨイ に ソウトウ した ジキ が やって くる。 それ が きた の だ。 これ は ちょっと いけなかった。 ケッカ した ハイセン カタル や シンケイ スイジャク が いけない の では ない。 また セ を やく よう な シャッキン など が いけない の では ない。 いけない の は その フキツ な カタマリ だ。 イゼン ワタシ を よろこばせた どんな うつくしい オンガク も、 どんな うつくしい シ の イッセツ も シンボウ が ならなく なった。 チクオンキ を きかせて もらい に わざわざ でかけて いって も、 サイショ の 2~3 ショウセツ で フイ に たちあがって しまいたく なる。 ナニ か が ワタシ を いたたまらず させる の だ。 それで しじゅう ワタシ は マチ から マチ を フロウ しつづけて いた。
 なぜ だ か その コロ ワタシ は みすぼらしくて うつくしい もの に つよく ひきつけられた の を おぼえて いる。 フウケイ に して も こわれかかった マチ だ とか、 その マチ に して も よそよそしい オモテドオリ より も どこ か シタシミ の ある、 きたない センタクモノ が ほして あったり ガラクタ が ころがして あったり むさくるしい ヘヤ が のぞいて いたり する ウラドオリ が すき で あった。 アメ や カゼ が むしばんで やがて ツチ に かえって しまう、 と いった よう な オモムキ の ある マチ で、 ドベイ が くずれて いたり イエナミ が かたむきかかって いたり―― イキオイ の いい の は ショクブツ だけ で、 ときとすると びっくり させる よう な ヒマワリ が あったり カンナ が さいて いたり する。
 ときどき ワタシ は そんな ミチ を あるきながら、 ふと、 そこ が キョウト では なくて キョウト から ナンビャクリ も はなれた センダイ とか ナガサキ とか―― そのよう な マチ へ イマ ジブン が きて いる の だ―― と いう サッカク を おこそう と つとめる。 ワタシ は、 できる こと なら キョウト から にげだして ダレヒトリ しらない よう な マチ へ いって しまいたかった。 ダイイチ に アンセイ。 がらん と した リョカン の イッシツ。 セイジョウ な フトン。 ニオイ の いい カヤ と ノリ の よく きいた ユカタ。 そこ で ヒトツキ ほど なにも おもわず ヨコ に なりたい。 ねがわくは ここ が いつのまにか その マチ に なって いる の だったら。 ――サッカク が ようやく セイコウ しはじめる と ワタシ は それ から それ へ ソウゾウ の エノグ を ぬりつけて ゆく。 なんの こと は ない、 ワタシ の サッカク と こわれかかった マチ との ニジュウウツシ で ある。 そして ワタシ は その ナカ に ゲンジツ の ワタシ ジシン を みうしなう の を たのしんだ。
 ワタシ は また あの ハナビ と いう やつ が すき に なった。 ハナビ ソノモノ は ダイニダン と して、 あの やすっぽい エノグ で アカ や ムラサキ や キ や アオ や、 サマザマ の シマモヨウ を もった ハナビ の タバ、 ナカヤマデラ の ホシクダリ、 ハナガッセン、 カレススキ。 それから ネズミハナビ と いう の は ヒトツ ずつ ワ に なって いて ハコ に つめて ある。 そんな もの が へんに ワタシ の ココロ を そそった。
 それから また、 ビイドロ と いう イロガラス で タイ や ハナ を うちだして ある オハジキ が すき に なった し、 ナンキンダマ が すき に なった。 また それ を なめて みる の が ワタシ に とって なんとも いえない キョウラク だった の だ。 あの ビイドロ の アジ ほど かすか な すずしい アジ が ある もの か。 ワタシ は おさない とき よく それ を クチ に いれて は フボ に しかられた もの だ が、 その ヨウジ の あまい キオク が おおきく なって おちぶれた ワタシ に よみがえって くる せい だろう か、 まったく あの アジ には かすか な さわやか な なんとなく シビ と いった よう な ミカク が ただよって くる。
 サッシ は つく だろう が ワタシ には まるで カネ が なかった。 とはいえ そんな もの を みて すこし でも ココロ の うごきかけた とき の ワタシ ジシン を なぐさめる ため には ゼイタク と いう こと が ヒツヨウ で あった。 2 セン や 3 セン の もの―― と いって ゼイタク な もの。 うつくしい もの―― と いって ムキリョク な ワタシ の ショッカク に むしろ こびて くる もの。 ――そういった もの が しぜん ワタシ を なぐさめる の だ。
 セイカツ が まだ むしばまれて いなかった イゼン ワタシ の すき で あった ところ は、 たとえば マルゼン で あった。 アカ や キ の オードコロン や オードキニン。 しゃれた キリコ-ザイク や テンガ な ロココ シュミ の ウキモヨウ を もった コハクイロ や ヒスイイロ の コウスイビン。 キセル、 コガタナ、 セッケン、 タバコ。 ワタシ は そんな もの を みる の に コイチ ジカン も ついやす こと が あった。 そして けっきょく いっとう いい エンピツ を 1 ポン かう くらい の ゼイタク を する の だった。 しかし ここ も もう その コロ の ワタシ に とって は おもくるしい バショ に すぎなかった。 ショセキ、 ガクセイ、 カンジョウダイ、 これら は みな シャッキントリ の ボウレイ の よう に ワタシ には みえる の だった。
 ある アサ ――その コロ ワタシ は コウ の トモダチ から オツ の トモダチ へ と いう ふう に トモダチ の ゲシュク を てんてん と して くらして いた の だ が―― トモダチ が ガッコウ へ でて しまった アト の クウキョ な クウキ の ナカ に ぽつねん と ヒトリ とりのこされた。 ワタシ は また そこ から さまよいでなければ ならなかった。 ナニ か が ワタシ を おいたてる。 そして マチ から マチ へ、 さきに いった よう な ウラドオリ を あるいたり、 ダガシヤ の マエ で たちどまったり、 カンブツヤ の ホシエビ や ボウダラ や ユバ を ながめたり、 とうとう ワタシ は ニジョウ の ほう へ テラマチ を さがり、 そこ の クダモノヤ で アシ を とめた。 ここ で ちょっと その クダモノヤ を ショウカイ したい の だ が、 その クダモノヤ は ワタシ の しって いた ハンイ で もっとも すき な ミセ で あった。 そこ は けっして リッパ な ミセ では なかった の だ が、 クダモノヤ コユウ の ウツクシサ が もっとも ロコツ に かんぜられた。 クダモノ は かなり コウバイ の キュウ な ダイ の ウエ に ならべて あって、 その ダイ と いう の も ふるびた くろい ウルシヌリ の イタ だった よう に おもえる。 ナニ か はなやか な うつくしい オンガク の アッレグロ の ナガレ が、 みる ヒト を イシ に かした と いう ゴルゴン の キメン―― -テキ な もの を さしつけられて、 あんな シキサイ や あんな ヴォリウム に こりかたまった と いう ふう に クダモノ は ならんで いる。 アオモノ も やはり オク へ ゆけば ゆく ほど うずたかく つまれて いる。 ――じっさい あそこ の ニンジンバ の ウツクシサ など は すばらしかった。 それから ミズ に つけて ある マメ だ とか クワイ だ とか。
 また そこ の イエ の うつくしい の は ヨル だった。 テラマチ-ドオリ は イッタイ に にぎやか な トオリ で ――と いって カンジ は トウキョウ や オオサカ より は ずっと すんで いる が―― カザリマド の ヒカリ が おびただしく ガイロ へ ながれでて いる。 それ が どうした ワケ か その ミセサキ の シュウイ だけ が ミョウ に くらい の だ。 もともと カタホウ は くらい ニジョウ-ドオリ に せっして いる マチカド に なって いる ので、 くらい の は トウゼン で あった が、 その リンカ が テラマチ-ドオリ に ある イエ にも かかわらず くらかった の が はっきり しない。 しかし その イエ が くらく なかったら、 あんな にも ワタシ を ユウワク する には いたらなかった と おもう。 もう ヒトツ は その イエ の うちだした ヒサシ なの だ が、 その ヒサシ が まぶか に かぶった ボウジ の ヒサシ の よう に―― これ は ケイヨウ と いう より も、 「おや、 あそこ の ミセ は ボウシ の ヒサシ を やけに さげて いる ぞ」 と おもわせる ほど なので、 ヒサシ の ウエ は これ も マックラ なの だ。 そう シュウイ が マックラ な ため、 ミセサキ に つけられた イクツ も の デントウ が シュウウ の よう に あびせかける ケンラン は、 シュウイ の ナニモノ にも うばわれる こと なく、 ほしいまま にも うつくしい ナガメ が てらしだされて いる の だ。 ハダカ の デントウ が ほそながい ラセンボウ を きりきり メ の ナカ へ さしこんで くる オウライ に たって、 また キンジョ に ある カギヤ の 2 カイ の ガラスマド を すかして ながめた この クダモノミセ の ナガメ ほど、 その トキドキ の ワタシ を きょうがらせた もの は テラマチ の ナカ でも まれ だった。
 その ヒ ワタシ は いつ に なく その ミセ で カイモノ を した。 と いう の は その ミセ には めずらしい レモン が でて いた の だ。 レモン など ごく ありふれて いる。 が その ミセ と いう の も みすぼらしく は ない まで も ただ アタリマエ の ヤオヤ に すぎなかった ので、 それまで あまり みかけた こと は なかった。 いったい ワタシ は あの レモン が すき だ。 レモン エロウ の エノグ を チューブ から しぼりだして かためた よう な あの タンジュン な イロ も、 それから あの タケ の つまった ボウスイケイ の カッコウ も。 ――けっきょく ワタシ は それ を ヒトツ だけ かう こと に した。 それから の ワタシ は どこ へ どう あるいた の だろう。 ワタシ は ながい アイダ マチ を あるいて いた。 しじゅう ワタシ の ココロ を おさえつけて いた フキツ な カタマリ が それ を にぎった シュンカン から いくらか ゆるんで きた と みえて、 ワタシ は マチ の ウエ で ヒジョウ に コウフク で あった。 あんな に しつこかった ユウウツ が、 そんな もの の イッカ で まぎらされる―― あるいは フシン な こと が、 ギャクセツテキ な ホントウ で あった。 それにしても ココロ と いう やつ は なんと いう フカシギ な やつ だろう。
 その レモン の ツメタサ は タトエヨウ も なく よかった。 その コロ ワタシ は ハイセン を わるく して いて いつも カラダ に ネツ が でた。 じじつ トモダチ の ダレカレ に ワタシ の ネツ を みせびらかす ため に テ の ニギリアイ など を して みる の だ が、 ワタシ の テノヒラ が ダレ の より も あつかった。 その あつい せい だった の だろう、 にぎって いる テノヒラ から ミウチ に しみとおって ゆく よう な その ツメタサ は こころよい もの だった。
 ワタシ は ナンド も ナンド も その カジツ を ハナ に もって いって は かいで みた。 それ の サンチ だ と いう カリフォルニヤ が ソウゾウ に のぼって くる。 カンブン で ならった 「バイカンシャ ノ ゲン」 の ナカ に かいて あった 「ハナ を うつ」 と いう コトバ が きれぎれ に うかんで くる。 そして ふかぶか と ムネイッパイ に におやか な クウキ を すいこめば、 ついぞ ムネイッパイ に コキュウ した こと の なかった ワタシ の カラダ や カオ には あたたかい チ の ホトボリ が のぼって きて なんだか ミウチ に ゲンキ が めざめて きた の だった。……
 じっさい あんな タンジュン な レイカク や ショッカク や キュウカク や シカク が、 ずっと ムカシ から これ ばかり さがして いた の だ と いいたく なった ほど ワタシ に しっくり した なんて ワタシ は フシギ に おもえる。 ――それ が あの コロ の こと なん だ から。
 ワタシ は もう オウライ を かろやか な コウフン に はずんで、 イッシュ ほこりか な キモチ さえ かんじながら、 ビテキ ショウゾク を して マチ を カッポ した シジン の こと など おもいうかべて は あるいて いた。 よごれた テヌグイ の ウエ へ のせて みたり マント の ウエ へ あてがって みたり して イロ の ハンエイ を はかったり、 また こんな こと を おもったり、
 ――つまり は この オモサ なん だな。――
 その オモサ こそ つねづね ワタシ が たずねあぐんで いた もの で、 ウタガイ も なく この オモサ は スベテ の よい もの スベテ の うつくしい もの を ジュウリョウ に カンサン して きた オモサ で ある とか、 おもいあがった カイギャクシン から そんな ばかげた こと を かんがえて みたり―― ナニ が さて ワタシ は コウフク だった の だ。
 どこ を どう あるいた の だろう、 ワタシ が サイゴ に たった の は マルゼン の マエ だった。 ヘイジョウ あんな に さけて いた マルゼン が その とき の ワタシ には やすやす と はいれる よう に おもえた。
「キョウ は ひとつ はいって みて やろう」 そして ワタシ は ずかずか はいって いった。
 しかし どうした こと だろう、 ワタシ の ココロ を みたして いた コウフク な カンジョウ は だんだん にげて いった。 コウスイ の ビン にも キセル にも ワタシ の ココロ は のしかかって は ゆかなかった。 ユウウツ が たてこめて くる、 ワタシ は あるきまわった ヒロウ が でて きた の だ と おもった。ワタシ は ガホン の タナ の マエ へ いって みた。 ガシュウ の おもたい の を とりだす の さえ ツネ に まして チカラ が いる な! と おもった。 しかし ワタシ は 1 サツ ずつ ぬきだして は みる、 そして あけて は みる の だ が、 コクメイ に はぐって ゆく キモチ は さらに わいて こない。 しかも のろわれた こと には また ツギ の 1 サツ を ひきだして くる。 それ も おなじ こと だ。 それでいて イチド ばらばら と やって みなくて は キ が すまない の だ。 それ イジョウ は たまらなく なって そこ へ おいて しまう。 イゼン の イチ へ もどす こと さえ できない。 ワタシ は イクド も それ を くりかえした。 とうとう オシマイ には ヒゴロ から だいすき だった アングル の ダイダイイロ の おもい ホン まで なお いっそう の タエガタサ の ため に おいて しまった。 ――なんと いう のろわれた こと だ。 テ の キンニク に ヒロウ が のこって いる。 ワタシ は ユウウツ に なって しまって、 ジブン が ぬいた まま つみかさねた ホン の ムレ を ながめて いた。
 イゼン には あんな に ワタシ を ひきつけた ガホン が どうした こと だろう。 1 マイ 1 マイ に メ を さらしおわって ノチ、 さて あまり に ジンジョウ な シュウイ を みまわす とき の あの へんに そぐわない キモチ を、 ワタシ は イゼン には このんで あじわって いた もの で あった。……
「あ、 そう だ そう だ」 その とき ワタシ は タモト の ナカ の レモン を おもいだした。 ホン の シキサイ を ごちゃごちゃ に つみあげて、 イチド この レモン で ためして みたら。 「そう だ」
 ワタシ に また サキホド の かろやか な コウフン が かえって きた。 ワタシ は てあたりしだい に つみあげ、 また あわただしく つぶし、 また あわただしく きずきあげた。 あたらしく ひきぬいて つけくわえたり、 とりさったり した。 キカイ な ゲンソウテキ な シロ が、 その たび に あかく なったり あおく なったり した。
 やっと それ は できあがった。 そして かるく おどりあがる ココロ を せいしながら、 その ジョウヘキ の イタダキ に おそるおそる レモン を すえつけた。 そして それ は ジョウデキ だった。
 みわたす と、 その レモン の シキサイ は がちゃがちゃ した イロ の カイチョウ を ひっそり と ボウスイケイ の カラダ の ナカ へ キュウシュウ して しまって、 かーん と さえかえって いた。 ワタシ は ほこりっぽい マルゼン の ナカ の クウキ が、 その レモン の シュウイ だけ へんに キンチョウ して いる よう な キ が した。 ワタシ は しばらく それ を ながめて いた。
 フイ に ダイニ の アイディア が おこった。 その キミョウ な タクラミ は むしろ ワタシ を ぎょっと させた。
 ――それ を ソノママ に して おいて ワタシ は、 なにくわぬ カオ を して ソト へ でる。――
 ワタシ は へんに くすぐったい キモチ が した。 「でて いこう かなあ。 そう だ でて いこう」 そして ワタシ は すたすた でて いった。
 へんに くすぐったい キモチ が マチ の ウエ の ワタシ を ほほえませた。 マルゼン の タナ へ コガネイロ に かがやく おそろしい バクダン を しかけて きた キカイ な アッカン が ワタシ で、 もう 10 プン-ゴ には あの マルゼン が ビジュツ の タナ を チュウシン と して ダイバクハツ を する の だったら どんな に おもしろい だろう。
 ワタシ は この ソウゾウ を ネッシン に ツイキュウ した。 「そう したら あの キヅマリ な マルゼン も コッパ ミジン だろう」
 そして ワタシ は カツドウ シャシン の カンバンエ が キタイ な オモムキ で マチ を いろどって いる キョウゴク を さがって いった。

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