カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

トラガリ 2

2017-05-05 | ナカジマ アツシ
 6

 トラガリ の ハナシ を する など と しょうしながら、 どうやら すこし サキバシリ しすぎた よう だ。 さて、 ここら で、 いよいよ ホンダイ に もどらねば ならぬ。 で、 この トラガリ の ハナシ と いう の は、 マエ にも のべた よう に、 チョウ が ユクエ を くらます 2 ネン ほど マエ の ショウガツ、 つまり ワタシ と チョウ と が、 レイ の、 メ の キレ の ながく うつくしい ショウガッコウ の とき の フク キュウチョウ を わすれる とも なく しだいに わすれて ゆこう と して いた コロ の こと だ。
 ある ヒ ガッコウ が おわって、 イツモ の よう に チョウ と フタリ で デンシャ の テイリュウジョ まで くる と、 カレ は ワタシ に、 いい ハナシ が ある から ツギ の テイリュウジョ まで あるこう と いった。 そうして、 その とき、 あるきながら、 ワタシ に トラガリ に いきたく ない か と いいだした。 コンド の ドヨウビ に カレ の チチオヤ が トラガリ に ゆく の だ が、 その オリ、 カレ も つれて いって もらう こと に なって いる と いう。 で、 ワタシ なら、 かねて ナマエ も いって ある ので、 カレ の チチオヤ も ゆるす に ちがいない から、 イッショ に いこう じゃ ない か、 と いう の だ。 ワタシ は、 トラガリ など と いう こと は イマ まで まるで かんがえて みた こと が なかった だけ に、 その とき しばらく、 おどろいた よう な、 カレ の コトバ が シンジツ で ある か どう か を うたがう よう な メツキ で カレ を みかえした もの らしい。 まったく、 トラ など と いう シロモノ が、 ドウブツエン か コドモ ザッシ の サシエ イガイ に、 ジブン の マヂカ に、 ゲンジツ に ――しかも ジブン が ショウチ し さえ すれば、 ここ サン、 ヨッカ の うち に―― あらわれて こよう など とは、 それこそ ゆめにも かんがえられなかった から だ。 で、 ワタシ は まず、 カレ が ワタシ を かつごう と して いる の では ない こと を、 さいさん、 ――カレ が やや キゲン を わるく した くらい―― たしかめて から、 さて、 その バショ や、 ドウゼイ や ヒヨウ など を たずねた の だった。 そうして、 その アゲク、 カレ の チチオヤ が ショウチ したら、 ――と いう より も、 ぜひ たのむ から、 ムリ にも つれて いって もらいたい と、 ワタシ が いいだした の は いう まで も ない。 チョウ の チチオヤ は がんらい ムカシ から の イエガラ の シンシ で、 カンコク ジダイ には ソウトウ な カンリ を して いた もの らしい。 そうして、 ショク を じした イマ も、 いわゆる ヤンパン で、 その ケイザイテキ に ゆたか な こと は ムスコ の フクソウ から でも わかった。 ただ チョウ は ――ジブン の カテイ での ハントウジン と して の セイカツ を みられたく なかった の で あろう―― ジブン の イエ へ あそび に こられる の を きらった ので、 ワタシ は ついぞ カレ の イエ へ―― その ショザイ は しって いた が、 いった こと は なく、 したがって カレ の チチオヤ も しらなかった。 なんでも トラガリ へは ほとんど マイトシ ゆく の だ そう だ が、 チョウ ダイカン が つれて ゆかれる の は コトシ が はじめて なの だ と いう。 だから、 カレ も コウフン して いた。 その ヒ、 フタリ は デンシャ を おりて わかれる まで、 この ボウケン の ヨソウ を、 ことに、 どの テイド まで ジブン たち は キケン に さらされる で あろう か と いう テン に ついて いろいろ と かたりあった。 さて、 カレ に わかれて イエ に かえり、 フボ の カオ を みて から、 ワタシ は ウカツ にも、 はじめて、 この ボウケン の サイショ に よこたわる ヒジョウ な ショウガイ を ハッケン しなければ ならなかった。 いかに すれば ワタシ は リョウシン の キョカ を える こと が できよう か? コンナン は まず そこ に あった。 がんらい、 ワタシ の イエ では、 チチ など は みずから つねに ニッセン ユウワ など と いう こと を クチ に して いた くせ に、 ワタシ が チョウ と したしく して いる の を あまり よろこんで いなかった。 まして トラガリ など と いう キケン な ところ へ、 そういう トモダチ と イッショ に やる など とは、 アタマ から ゆるさない に きまって いる。 いろいろ かんがえあぐんだ スエ、 ワタシ は ツギ の よう な シュダン を とろう と ケッシン した。 チュウガッコウ の キンジョ の セイダイモン に、 ワタシ の シンセキ ――ワタシ の イトコ の とついで いる サキ―― が ある。 ドヨウビ の ゴゴ、 そこ へ あそび に ゆく と しょうして イエ を でて、 その とき、 ひょっと したら コンバン は とまって くる かも しれない、 と いって おく。 ワタシ の イエ にも その シンセキ の イエ にも デンワ は なかった し―― すくなくとも、 これ で その バン だけ は カンゼン に ごまかせる わけ だ。 もちろん、 アト に なって ばれる には きまって いる が、 その とき は どんな に しかられたって いい。 とにかく その バン だけ なんとか ごまかして いって しまおう と、 ワタシ は かんがえた。 めずらしい とうとい ケイケン を える ため には オヤ の コゴト ぐらい は イ に かいしない テイ の ショウ キョウラクカ だった の で ある。
 その ヨクアサ、 ガッコウ へ いって、 チョウ に、 カレ の チチオヤ が ショウダク を あたえた か と きく と、 カレ は おこった よう な カオツキ で 「アタリマエ さ」 と こたえた。 その ヒ から ワタシタチ は カギョウ の こと など まるで ミミ に はいらなかった。 チョウ は ワタシ に カレ が チチオヤ から きいた イロイロ な ハナシ を して きかせた。 トラ は ヨル で なければ エサ を あさり に でかけない こと、 ヒョウ は キ に のぼれる けれども トラ は のぼれない こと、 ワタシタチ が ゆこう と して いる ところ は、 トラ ばかり で なく ヒョウ も でる かも しれない と いう こと、 その ホカ、 ジュウ は レミントン を つかう の だ とか、 ウィンチェスター に する の だ とか、 あたかも ジブン が とっく の ムカシ から しって でも いた か の よう な チョウシ で、 シュジュ の ヨビ チシキ を あたえる の だった。 ワタシ も フダン なら 「ナン だ、 マタギキ の くせ に」 と イッシ むくいる ところ なの だ が、 なにしろ その ボウケン の ヨソウ で ムチュウ に よろこばされて いた サイ なので、 うれしがって カレ の シッタカブリ を ケイチョウ した。
 キンヨウビ の ホウカゴ、 ワタシ は ヒトリ で (これ は チョウ にも ナイショ で) ショウケイエン に いった。 ショウケイエン と いう の は ムカシ の リオウ の ギョエン で、 イマ は ドウブツエン に なって いる ところ だ。 ワタシ は トラ の オリ の マエ に いって、 たたずんだ。 スティーム の かよって いる オリ の ナカ で ワタシ から 1 メートル と へだたらない キョリ に、 トラ は マエアシ を ギョウギ よく そろえて よこたわり、 メ を ほそく して いた。 ねむって いる の では ない らしい が、 ソバ に ちかづいた ワタシ の ほう には イッコ だに くれよう と しない。 ワタシ は できる だけ カレ に ちかづいて、 シサイ に カンサツ した。 たしか に コウシ ぐらい は ありそう な もりあがった セナカ の ニクヅキ。 セナカ は こく、 フクブ に むかう に したがって、 うすく なって いる、 その キイロ の ジイロ を、 あざやか に そめぬいて ながれる クロ の シマ。 メ の ウエ や、 ミミ の センタン に はえて いる シロゲ。 カラダ に ふさわしい オオキサ で ガンジョウ に つくられた その アタマ と アゴ。 それ には ライオン に みられる よう な ソウショク-フウ な ばかばかしい オオキサ は なく、 いかにも ジツヨウムキ な ドウモウサ が かんじられた。 このよう な ケモノ が、 やがて ヤマ の ナカ で ワタシ の メノマエ に おどりだして くる の だ と おもう と、 シゼン に ムネ が どきどき して くる の を きんずる こと が できなかった。 しばらく カンサツ して いた ワタシ は イマ まで キ が つかない で いた こと を ハッケン した。 それ は、 トラ の ホオ と アゴ の シタ が しろい と いう こと だ。 それから また、 カレ の ハナ の アタマ が マックロ で、 ネコ の それ の よう に いかにも やわらかそう で、 ちょっと テ を のばして いじって みたい よう に できて いる こと も ワタシ を よろこばせた。 ワタシ は それら の ハッケン に マンゾク して たちさろう と した。 が、 ワタシ が ここ に たたずんで いた コイチ ジカン の アイダ、 この ケモノ は ワタシ に イチベツ さえ あたえなかった の だ。 ワタシ は ブジョク を うけた よう な キ が して、 サイゴ に、 ケモノ の うなる よう な コエ を たてて、 カレ の チュウイ を ひこう と こころみた。 しかし ムダ だった。 カレ は、 その ほそく とじた メ を あけよう と さえ しなかった。

 いよいよ ドヨウビ に なった。 4 ジカン-メ の スウガク が おわる の を まちかねて、 ワタシ は いそいで イエ に かえった。 そうして ヒルメシ を すます と、 イツモ より 2 マイ ヨケイ に シャツ を きこみ、 ズキン やら ミミアテ やら ボウカン の ヨウイ を ジュウブン に ととのえて から、 かねて の ケイカクドオリ 「シンセキ の ウチ に とまって くる かも しれぬ」 と いって オモテ へ でた。 4 ジ の キシャ には すこし はやすぎた けれども、 イエ に じっと まって いられなかった の だ。 ヤクソク の ナンダイモン エキ の イチ、 ニトウ マチアイシツ に いって みる と、 だが、 もう チョウ は きて いた。 イツモ の セイフク では なく、 スキー フク の よう な、 ウエ から シタ まで クロズクメ の あたたかそう な ミガル な ナリ を して いる。 カレ の チチオヤ と、 その ユウジン も じきに くる はず だ と いう。 フタリ が しばらく ハナシ を して いる うち に、 マチアイシツ の イリグチ に、 リョウフク に ゲートル を まき、 おおきな リョウジュウ を カタ に かけた フタリ の シンシ が あらわれた。 それ を みる と、 チョウ は こちら から ちょっと テ を あげ、 カレラ が ソバ へ きた とき に、 その セ の たかい、 ヒゲ の ない ほう に むかって、 ワタシ を 「ナカヤマ くん」 と ショウカイ した。 それ が はじめて みる カレ の チチオヤ だった。 50 には すこし マ の ありそう な、 リッパ な タイカク の、 ケッショク の いい、 ムスコ に にて メ の ほそい オジサン だった。 ワタシ が だまって アタマ を さげる と、 センポウ は ビショウ で もって これ に こたえた。 クチ を きかなかった の は、 ムスコ の チョウ が まえもって いって いた よう に、 ニホンゴ が あまり タッシャ で ない ため に ちがいない。 もう ヒトリ の、 チャイロ の ヒゲ を のばした、 これ は イッケン して ナイチジン では ない と わかる ほう の オトコ にも ワタシ は ちょっと アタマ を さげた。 その オトコ も だまった まま これ に おうじ、 チョウ の チョウセンゴ での セツメイ を ききながら、 ワタシ の カオ を みおろして ビショウ した。
 ハッシャ は ちょうど 4 ジ。 イッコウ は ワタシ を いれて 4 ニン の ホカ に、 もう ヒトリ、 これ は どちら の ゲボク か しらない が、 シュジン たち の ボウカング やら ショクリョウ やら ダンヤク やら を になった オトコ が ついて きて いた。
 キシャ に のって から も、 ならんで セキ を とった チョウ と ワタシ とは フタリ きり で はなしつづけ、 オトナ たち とは ほとんど クチ を まじえなかった。 チョウ は ワタシ の マエ で あまり チョウセンゴ を つかう の を このまない よう で あった。 ときどき ムカイガワ から あたえられる チチオヤ の チュウイ らしい コトバ にも ごく カンタン に ヘンジ する だけ だった。
 フユ の ヒ は キシャ の ナカ で すっかり くれて しまった。 テツドウ が サンチ に はいる に したがって、 マド の ソト に ユキ の つもって いる らしい の が わかった。 キシャ が モクテキ の エキ ――それ は サリイン の テマエ の なんとか いう エキ だ と おもう の だ が、 それ が、 イマ どうしても おもいだせない。 ヒトツヒトツ の ジョウケイ など は じつに はっきり おぼえて いる の だ が、 ミョウ な こと に、 カンジン の エキ の ナマエ は、 ドワスレ して しまって いる の だ。―― に ついた とき は、 もう 7 ジ を まわって いた。 トウカ の くらい、 ひくい モクゾウ の、 ちいさな エキ の マエ に おりたった とき、 くろい ソラ から ユキ の ウエ を なでて くる カゼ が、 おもわず ワタシタチ の クビ を ちぢめさせた。 エキ の マエ にも いっこう ジンカ らしい もの は ない。 フキサラシ の ノハラ の ムコウ に、 ツキ の ない ホシゾラ を くろぐろ と ヤマ らしい もの の カゲ が そびえて いる だけ だ。 イッポンミチ を 2~3 チョウ も いった ところ で、 ワタシタチ は ミギテ に ぽつん と 1 ケン たって いた ひくい チョウセン カオク の マエ に たちどまった。 ト を たたく と、 すぐに ナカ から ひらいて、 きいろい ヒカリ が ユキ の ウエ に ながれた。 ミンナ が はいった ので、 ワタシ も ひくい イリグチ から セ を こごめて はいった。 イエ の ナカ は ゼンブ アブラガミ を しきつめた オンドル に なって いて、 キュウ に あたたかい キ が むっと おそった。 ナカ には 7~8 ニン の チョウセンジン が タバコ を すいながら はなしあって いた が、 こちら を むく と イッセイ に アイサツ を した。 と、 その ナカ から、 この イエ の シュジン らしい アカヒゲ の オトコ が でて きて、 しばらく チョウ の チチオヤ と なにやら ハナシ を して から、 オク へ ひっこんだ。 ハナシ は マエ から して あった と みえて、 やがて オチャ を 1 パイ のむ と、 フタリ の ホンショク の リョウシ と、 5~6 ニン の セコ が ――リョウシ と セコ とは おなじ よう な カッコウ を して いて、 みわけがたい の だ が、 ワタシ は チョウ の チュウイ に よって、 カレラ の もって いる ジュウ の ダイショウ で それ を クベツ する こと が できた―― ワタシタチ に ついて オモテ へ でた。 オモテ には イヌ も 4 ヒキ ほど まって いた。
 ユキアカリ の せまい イナカミチ を ハンリ ばかり ゆく と、 ミチ は ようやく ヤマ に さしかかって くる。 ソリン の アイダ を、 まだ あたらしい ユキ を ワラグツ で きゅっきゅっ と ふみしめながら セコ たち が マッサキ に のぼって ゆく。 その マエ に なったり アト に なったり しながら、 イヌ が ――ユキアカリ で ケイロ は はっきり わからない が、 あまり オオガタ で ない―― ワキミチ を して は、 ホウボウ の キ の ネ や イワカド の ニオイ を かぎかぎ コバシリ に はしって ゆく。 ワタシタチ は それ から すこし おくれて ヒトカタマリ に なり、 カレラ の アシアト の ウエ を ふんで ゆく。 いまにも ヨコ から トラ が とびだして き は しまい か、 ウシロ から かかって きたら どう しよう、 など と ムネ を どきどき させながら、 ワタシ は、 もう チョウ とも あまり ハナシ を せず に だまって あるきつづけた。 のぼる に したがって ミチ は しだいに ひどく なる。 シマイ には、 ミチ が なくなって、 とがった キ の ネ や、 つきでた イワカド を こえて あがって ゆく の だ。 サムサ は ひどい。 ハナ の ナカ が こおって、 つっぱって くる。 ズキン を かぶり ミミ には ケガワ を あてて いる の だ が、 やはり ミミ が ちぎれそう に いたむ。 カゼ が ときどき コズエ を ならす たび に いちいち はっと する。 みあげる と、 まばら な ハダカギ の エダ の アイダ から ホシ が あざやか に ひかって いる。 こうした ヤマミチ が およそ 3 ジカン も つづいたろう か。 コヤマ ほど の おおきな イワ の ネ を ヒトマワリ して、 もう かなり つかれた ワタシタチ は、 その とき、 ハヤシ の ナカ の ちょっと した アキチ に でて きた。 すると、 ワタシタチ より すこし マエ に そこ に ついて いた セコ たち が、 ワタシタチ の スガタ を みて、 テ を あげて アイズ を する の だ。 ミンナ は そちら へ かけだした。 ワタシ も はっと して、 おくれず に はしって いった。 カレラ の ヒトリ の ゆびさす ところ を みる と、 なるほど、 ユキ の ウエ に はっきり と、 チョッケイ 7~8 スン も ありそう な、 ネコ の それ に そっくり な アシアト が しるされて いる。 そして その アシアト は すこし ずつ カンカク を おいて、 ワタシタチ の きた ホウガク とは チョッカク に アキチ を よこぎって、 ハヤシ から ハヤシ へ と つづいて いる。 しかも、 セコ たち の ヒトリ の コトバ を チョウ が ホンヤク して くれた ところ に よる と、 この アシアト は まだ ヒジョウ に あたらしい と いう の だ。 チョウ も ワタシ も キョクド の コウフン と キョウフ の ため に クチ も きけなく なって しまった。 イッコウ は しばらく その アシアト に ついて、 コダチ の ナカ を、 ゼンゴ に オコタリ なく チュウイ を くばりながら すすんで いった。 まもなく その アシアト が リンカン の もう ヒトツ の アキチ へ みちびいて いった とき、 ワタシタチ は その ハヤシ の ハズレ に、 オオク の ハダカギ に まじった 2 ホン の マツ の タイボク を みつけた。 アンナイニン たち は しばらく その リョウホウ を みくらべて いた が、 やがて、 その くねくね まがった ほう の イッポウ に よじのぼる と、 セナカ に おって きた ボウ や イタ や ムシロ など を、 その エダ と エダ との アイダ に うちつけて、 たちまち そこ に ソクセイ の サジキ を こしらえあげて しまった。 ジメン から 4 メートル ぐらい の タカサ だったろう。 その ナカ へ ワラ を しきつめて、 そこ で ワタシタチ は まつ の だ。 トラ は ユキ に とおった ミチ を かならず カエリ にも とおる と いう。 だから、 その マツ の エダ の アイダ に そうして まって いて トラ の カエリ を むかえうとう と いう の だ。 3 ボン の まがった ふとい エダ の アイダ に はられた その ワラジキ の サジキ は あんがい ひろくて、 マエ に いった ワタシタチ 4 ニン の ホカ に、 フタリ の リョウシ も そこ へ はいる こと が できた。 ワタシ は そこ へ あがった とき、 もう、 すくなくとも ウシロ から とびかかられる シンパイ は なくなった と かんがえて、 ほっと した。 ワタシタチ が あがって しまう と、 セコ たち は イヌ を つれ、 おのおの ジュウ を カタ に、 タイマツ の ヨウイ を して、 どこ か ハヤシ の オク に きえて しまった。
 トキ は しだいに たつ。 ユキ の シロサ で トチ の ウエ は かなり あかるく みえる。 ワタシタチ の メノシタ は 50 ツボ ほど の アキチ で、 その シュウイ には ずっと まばら な ハヤシ が つづいて いる。 ハ の おちて いない の は、 ワタシタチ の のぼって いる キ と、 その トナリ の マツ の ホカ には あまり みあたらない よう だ。 その ハダカギ の ミキ が しろい チジョウ に くろぐろ と コウサク して みえる。 ときどき おおきな カゼ が ふいて くる と ハヤシ は イチジ に なりざわめき、 やがて カゼ が さる に つれて、 その オト も ウミ の トオナリ の よう に しだいに かすか に なって、 さむい ソラ の どこ か へ きえて いって しまう。 マツ の エダ と ハ の アイダ から みあげる ホシ の ヒカリ は ワタシタチ を おどしつける よう に するどい。
 そうした ミハリ を しばらく つづけて いる うち に、 サキホド の キョウフ は だいぶ なくなって いった。 が、 そのかわり コンド は カンキ が ヨウシャ なく おしよせて きた。 ケ の クツシタ を はいた アシ の サキ から、 ツメタサ とも イタサ とも つかない カンカク が しだいに のぼって くる。 オトナ たち は オトナ たち で しきり に ハナシ を かわして いる が、 ワタシ には ときどき きこえて くる ホランイ と いう コトバ の ホカ は まるで わからない。 ワタシ も、 ムリ にも ゲンキ を つけよう と、 キャラメル を ほおばって、 ふるえながら チョウ と ハナシ を はじめた。 チョウ は ワタシ に、 センネン この キンジョ で トラ に おそわれた チョウセンジン の ハナシ を した。 トラ の マエアシ の イチゲキ で その オトコ の アタマ から アゴ へ かけて カオ の ハンブン が えぐった よう に そぎとられて しまった そう で ある。 あきらか に チチオヤ から の ウケウリ に ちがいない この ハナシ を、 チョウ は まるで ジブン が メノマエ で みて きた こと の よう に コウフン して かたった。 その チョウシ は、 あたかも カレ が、 そんな サンゲキ の いまにも メノマエ で おこなわれる の を セツボウ して いる か の よう だった。 そして じつは ワタシ も その ハナシ を ききながら、 ジブン に キケン の ない ハンイ で、 そのよう な デキゴト が おこれば いい、 と いう よう な キタイ を ひそか に いだいた の で あった。
 が、 2 ジカン まって も、 3 ジカン まって も、 いっこう トラ らしい もの の ケハイ も みえぬ。 もう 2 ジカン も すれば ヨ が あけて くる だろう。 チョウ の チチオヤ の ハナシ に よる と、 こう やって トラガリ に きて も、 いきなり あたらしい アシアト を みつける なんぞ と いう の は よほど ウン が いい ほう で、 タイテイ は 2~3 ニチ フモト の ノウカ に タイザイ させられる と いう こと だ から、 これ は コト に よる と、 コンバン は でて こない の では ない かな。 そう する と、 ガッコウ や イエ の ツゴウ で トウリュウ できない ワタシ は、 なんにも みない で かえらなければ ならない こと に なる。 そう なったら、 チョウ は いったい どう する だろう。 チチオヤ と イッショ に トラ が でて くる まで ここ へ ナンニチ でも のこる つもり だろう か。 ジブン ヒトリ で かえる の は つまらない な。 …………そんな こと を かんがえだす と、 ヨイ の ウチ から の キンチョウ も しだいに ゆるんで くる。
 チョウ は その とき、 もって きた カバン の ナカ から バナナ を ヒトフサ とりだして ワタシ にも わけて くれた。 その つめたい バナナ を たべながら、 ワタシ は ミョウ な こと を かんがえついた。 イマ から おもう と、 じつに ワライバナシ だ けれど、 その とき ワタシ は マジメ に なって、 この バナナ の カワ を シタ へ まいて おいて、 トラ を すべらして やろう と かんがえた の だ。 もちろん ワタシ とて も、 きっと トラ が バナナ の カワ で すべって、 その ため に たやすく うたれる に ちがいない と カクシン した わけ では なかった が、 しかし、 そんな こと も ぜんぜん ありえない こと では なかろう くらい の キタイ を もった。 そして たべた だけ の バナナ の カワ は、 なるたけ とおく、 トラ が とおる に ちがいない と おもわれた ほう へ なげすてた。 さすが に わらわれる と おもった ので、 この カンガエ は チョウ にも だまって は いた が。
 さて、 バナナ は なくなった が、 トラ は なかなか でて こぬ。 キタイ の はずれた シツボウ と、 キンチョウ の シカン と から、 ワタシ は やや ネムケ を もよおしはじめた。 さむい カゼ に ふるえながら、 それでも ワタシ は こくり こくり やりかけた。 そう する と、 チョウ ヒトリ おいて ムコウ に いた チョウ の チチオヤ が ワタシ の カタサキ を かるく たたいて、 おぼつかない ニホンゴ で、 わらいながら、 「トラ より も カゼ の ほう が こわい よ」 と チュウイ して くれた。 ワタシ は すぐに ビショウ を もって、 その チュウイ に こたえた。 が、 また まもなく、 うとうと やって しまった もの らしい。 そうして、 それから、 どの くらい トキ が たった もの か。 ワタシ は ユメ の ナカ で、 さっき チョウ に きいた ハナシ の、 チョウセンジン が トラ に おそわれて いる ところ を みて いた よう だった。…………

 さて、 それ が、 どのよう に して おこった か。 ワタシ は フカク にも それ を しらない。 ただ、 するどい キョウフ の サケビ に ミミ を つらぬかれて はっと ワレ に かえった とき、 ワタシ は みた。 すぐ メノシタ に、 ワタシタチ の マツ の エダ から 30 メートル と へだたらない ところ に、 ユメ の ナカ の それ と そっくり な コウケイ を みた。 1 ピキ の コクオウショク の ケモノ が ワタシタチ に その ソクメン を みせて ユキ の ウエ に コシ を ひくく して たって いる。 そして その マエ には、 それ から 3~4 ケン ほど の アイダ を おいて、 ヒトリ の セコ らしい オトコ が、 ソバ に ジュウ を ほうりだし、 リョウテ を ウシロ に つき、 アシ を ゼンポウ に だした まま イザリ の よう な カッコウ で たおれて、 メ だけ ホウシン した よう に トラ の ほう を みすえて いる。 トラ は ――ふつう ソウゾウ される よう に、 アシ を ちぢめそろえて、 とびかかる よう な シセイ では なくて―― ネコ が モノ に じゃれる とき の よう に、 ミギ の マエアシ を あげて、 チョッカイ を だす よう な ヨウス で、 マエ に すすみだそう と して いる。 ワタシ は はっと しながら も、 まだ ユメ の ツヅキ でも ある よう な キ で、 メ を こすって、 もう イチド よく みなおそう と した。 と、 その とき だ。 ワタシ の ミミモト から ばん と はげしい ジュウセイ が おこり、 さらに ばん ばん ばん と ヤツギバヤ に ミッツ の ジュウセイ が それ に つづいた。 するどい エンショウ の ニオイ が キュウ に ハナ を ついた。 マエ へ すすみかけた トラ は、 そのまま おおきく クチ を あけて たけりながら ウシロアシ で ちょっと たちあがった が、 すぐに、 どうと たおれて しまった。 それ が、 ――ワタシ が メ を さまして から、 ジュウセイ が ひびき、 トラ が たちあがって、 また たおれる まで が、 きんきん 10 ビョウ ぐらい の アイダ の デキゴト で あったろう。 ワタシ は ただ アッケ に とられて、 トオク の フィルム でも みて いる よう な キモチ で、 ぼうっと して ながめて いた。
 すぐに オトナ たち は キ から おりて いった。 ワタシタチ も それ に ついて おりた。 ユキ の ウエ では、 ケモノ も その マエ に たおれて いる ニンゲン も ともに うごかない。 ワタシタチ は はじめ ボウ の サキ で、 たおれて いる トラ の カラダ を つついて みた。 うごく ケシキ も ない ので、 やっと アンシン して、 ミナ その シガイ に ちかよった。 その キンジョ は イチメン に ユキ の ウエ を あたらしい チ が マッカ に そめて いた。 カオ を ヨコ に むけて たおれて いる トラ の ナガサ は、 ドウ だけ で 5 シャク イジョウ は あったろう。 もう その とき は、 ソラ も しだいに あけかけて、 シュウイ の キギ の コズエ の イロ も うっすら と みわけられる コロ だった から、 ユキ の ウエ に なげだされた キイロ に クロ の シマ は、 なんとも いえず うつくしかった。 ただ セナカ の アタリ の、 おもった より くろい の が ワタシ を イガイ に おもわせた。 ワタシ と チョウ とは たがいに カオ を みあわせて、 ほっと トイキ を つき、 もはや キケン が ない とは しりつつ も、 まだ びくびく しながら、 イマ の イマ まで どんな あつい カワ でも たちどころに ひきさく こと の できた その するどい ツメ や、 カイネコ の それ と まるで おなじ な しろい クチヒゲ など に、 そっと さわって みたり した。
 イッポウ、 たおれて いる ニンゲン の ほう は どう か と いう と、 これ は ただ キョウフ の あまり キ を うしなった だけ で、 すこし の ケガ も なかった。 アト で きく と、 この オトコ は やはり セコ の ヒトリ で、 トラ を たずねあぐんで ワタシタチ の ところ へ かえって きた の だ が、 あの アキチ の ところ で ちょっと コヨウ を たして いる とき に、 ひょいと ヨコアイ から トラ が でて きた の だ と いう。
 ワタシ を おどろかせた の は その とき の チョウ ダイカン の タイド だった。 カレ は、 その キ を うしなって たおれて いる オトコ の ところ へ くる と、 アシ で あらあらしく その カラダ を けかえして みながら ワタシ に いう の だ。
 ――ちょっ! ケガ も して いない――
 それ が けっして ジョウダン に いって いる の では なく、 いかにも この オトコ の ブジ なの を くちおしがる、 つまり ジブン が マエ から キタイ して いた よう な サンゲキ の ギセイシャ に ならなかった こと を いきどおって いる よう に ひびく の だ。 そして ソバ で みて いる カレ の チチオヤ も、 ムスコ が その セコ を アシ で なぶる の を とめよう とも しない。 ふと ワタシ は、 カレラ の ナカ を ながれて いる この チ の ゴウゾク の チ を みた よう に おもった。 そして チョウ ダイカン が キゼツ した オトコ を いまいましそう に みおろして いる、 その メ と メ の アイダ アタリ に ただよって いる コクハク な ヒョウジョウ を ながめながら、 ワタシ は、 いつか コウダン か ナニ か で よんだ こと の ある 「オワリ を まっとうしない ソウ」 とは、 こういう の を さす の では ない か、 と かんがえた こと だった。
 やがて、 ホカ の セコ たち も ジュウセイ を きいて あつまって きた。 カレラ は トラ の シシ を 2 ホン ずつ しばりあげ、 それ に ふとい ボウ を とおし、 サカサ に つるして、 もう あかるく なった ヤマミチ を おりて いった。 テイリュウジョ まで おりて きた ワタシタチ は ヒトヤスミ して ノチ ――トラ は アト から カモツ で はこぶ こと に して―― すぐに その ゴゼン の キシャ で ケイジョウ に かえった。 キタイ に くらべて ケツマツ が あまり に カンタン に おわって しまった の が ものたりなかった けれども―― ことに、 うとうと して いて、 トラ の でて くる ところ を みそこなった の が ザンネン だった が、 とにかく ワタシ は ジブン が ヒトカド の ボウケン を した の だ、 と いう カンガエ に マンゾク して イエ に もどった。
 1 シュウカン ほど して、 セイダイモン の シンセキ の ところ から して、 ワタシ の ウソ が ばれた とき、 チチ から オオメダマ を くらった こと は いう まで も ない。

 7

 さて、 これ で やっと トラガリ の ハナシ を おわった わけ だ。 で、 この トラガリ から 2 ネン ほど たって、 レイ の ハッカ エンシュウ の ヨル から まもなく、 カレ が ワタシタチ ユウジン の アイダ から だまって スガタ を けして しまった の は、 マエ に いった とおり だ。 そうして、 それから ここ に 15~16 ネン、 まるで カレ とは あわない の だ。 いや、 そう いう と ウソ に なる。 じつは ワタシ は カレ に あった の だ。 しかも、 それ が つい コノアイダ の こと だ。 だから こそ、 ワタシ も こんな ハナシ を はじめる キ に なった の だ が、 しかし、 その アイカタ と いう の が すこぶる キミョウ な もの で、 はたして、 あった と いえる か、 どう か。 その シダイ と いう の は こう だ。
 ミッカ ほど マエ の ヒルスギ、 ユウジン に たのまれた ある ホン を さがす ため に、 ホンゴウ-ドオリ の フルホンヤ を ひととおり あさった ワタシ は、 かなり メ の ツカレ を おぼえながら、 アカモン マエ から 3 チョウメ の ほう へ むかって あるいて いた。 ちょうど ヒルヤスミ の ジカン なので、 ダイガクセイ や コウトウ ガッコウ の セイト や、 その ホカ の ガクセイ たち の レツ が、 トオリ いっぱい に あふれて いた。 ワタシ が 3 チョウメ の チカク の、 ヤブソバ へ まがる ヨコチョウ の ところ まで きた とき、 その ヒトドオリ の ナミ の ナカ に、 ヒトリ の セ の たかい ――その グンシュウ の アイダ から ひときわ、 アタマ だけ ぬけでて いる よう に みえた くらい だ から、 よほど たかかった に ちがいない―― やせた 30-カッコウ の、 ロイド メガネ を かけた オトコ の、 じっと つったって いる の が、 ワタシ の メ を ひいた。 その オトコ は セ が ヒトナミ はずれて たかかった ばかり では なく、 その フウサイ が、 また いちじるしく ヒトメ を ひく に たる もの だった。 ふるい ヨウカンイロ の フチ の、 ぺろり と たれた ナカオレ を アミダ に かぶった シタ に、 おおきな ロイド メガネ ――それ も カタホウ の ツル が なくて、 ヒモ が その ダイヨウ を して いる―― を ひからせ、 シミ-だらけ の ツメエリフク は ボタン が フタツ も とれて いる。 うすぎたない ながい カオ には、 しろく かわいた クチビル の マワリ に まばら な ブショウヒゲ が しょぼしょぼ はえて、 それ が マ の ぬけた ヒョウジョウ を あたえて は いる が、 しかし、 また、 その、 アイダ の せまった マユ の アタリ には、 なにかしら ユダン の できない カンジ を させる もの が ある よう だ。 いって みれば、 イナカモノ の カオ と、 スリ の カオ と を イッショ に した よう な カオツキ だ。 あるいて きた ワタシ は、 5~6 ケン も サキ から、 すでに、 グンシュウ の ナカ に、 この ながすぎる カラダ を もてあまして いる よう な イヨウ な フウタイ の オトコ を ハッケン して、 それ に メ を そそいで いた。 すると、 ムコウ も どうやら ワタシ の ほう を みて いた らしかった が、 ワタシ が その 1 ケン ほど テマエ に きた とき、 その オトコ の、 こころもち しかめて いた マユ の アイダ から、 ナニ か ちょっと した ヒョウジョウ の ヤワラギ と いった フウ の もの が あらわれた。 そして、 その、 メ に みえない くらい の かすか な ヤワラギ が たちまち カオジュウ に ひろがった と おもう と、 キュウ に カレ の メ が (もちろん、 ビショウ ヒトツ しない の だ が) ワタシ に むかって、 あたかも キュウチ を みとめる とき の よう に、 うなずいて みせた の だ。 ワタシ は びっくり した。 そうして、 ゼンゴ を みまわして、 その ウインク が ワタシ に むかって はっせられた もの で ある こと を たしかめる と、 ワタシ は ワタシ の キオク の スミズミ を オオイソギ で さがしはじめた。 その アイダ も、 イッポウ、 メ の ほう は アイテ から そらさず に ケゲン そう な ギョウシ を つづけて いた の だ が、 その うち に、 ワタシ の ココロ の スミッコ に、 はっきり とは わからない が ナニ か ヒジョウ に ながい アイダ わすれて いた よう な ある もの が みつかった よう な キ が した。 そして、 その エタイ の しれない ある カンジ が みるみる ひろがって いった とき、 ワタシ の メ は すでに、 カレ の マナザシ に こたえる ため の エシャク を して いた の だ。 その とき には もう ワタシ には、 この オトコ が ジブン の キュウチ の ヒトリ で ある こと は たしか だった。 ただ それ が ダレ で あった か が ギモン と して のこった に すぎない。
 アイテ は こちら の エシャク を みる と、 こちら も ムコウ を おもいだした もの と おもった らしく、 ワタシ の ほう へ あゆみよって きた。 が、 べつに ハナシ を する でも なく、 エガオ を みせる でも なく、 だまって ワタシ と ならんで、 ジブン の イマ きた ミチ を ギャク に あるきだした。 ワタシ も また だまった まま、 カレ が ダレ で ある か を、 しきり に おもいだそう と つとめて いた。
 5~6 ポ あるいた とき、 その オトコ は ワタシ に しわがれた コエ で、 ――ワタシ の キオク の ナカ には、 どこ にも、 そのよう な コエ は なかった―― 「タバコ を 1 ポン くれ」 と いいだした。 ワタシ は ポケット を さがして、 ハンブン ほど カラ に なった バット の ハコ を カレ の マエ に さしだした。 カレ は それ を うけとり、 カタホウ の テ を ジブン の ポケット に つっこんだ か と おもう と、 キュウ に ミョウ な カオ を して、 その バット の ハコ を ながめ、 それから ワタシ の カオ を みた。 しばらく そうして バカ の よう な カオ を して、 バット と ワタシ と を みくらべた ノチ、 カレ は だまって、 ワタシ が あたえた バット の ハコ を そのまま ワタシ に かえそう と した。 ワタシ は だまって それ を うけとりながら も、 なんだか キツネ に つままれた よう な フ に おちない キモチ と、 また、 ちょっと、 バカ に された よう な ハラダタシサ の まじった キモチ で、 カレ の カオ を みあげた。 すると、 カレ は、 その とき はじめて、 ウスワライ らしい もの を クチ の ハシ に うかべて こう ヒトリゴト の よう に いった。
 ――コトバ で キオク して いる と、 よく こんな マチガイ を する。――
 もちろん、 ワタシ には なんの こと か、 のみこめなかった。 が、 コンド は カレ は、 きわめて キョウミ ある コトガラ を はなす よう な、 いきおいこんだ せかせか した チョウシ で、 その セツメイ を はじめた。
 それ に よる と、 カレ が ワタシ から バット を うけとって、 さて、 マッチ を とりだす ため に ミギテ を ポケット に いれた とき、 カレ は そこ に やはり おなじ タバコ の ハコ を さぐりあてた の だ と いう。 その とき に、 カレ は はっと して、 ジブン の もとめて いた もの が タバコ で なくて マッチ で あった こと に キ が ついた。 そこで カレ は、 ジブン が なぜ、 この ばかばかしい マチガイ を した か を かんがえて みた。 たんなる オモイチガイ と いって しまえば、 それまで だ が、 それならば、 その オモイチガイ は どこ から きた か。 それ を いろいろ かんがえた スエ、 カレ は こう ケツロン した の だ。 つまり、 それ は、 カレ の キオク が ことごとく コトバ に よった ため で ある と。 カレ は はじめ ジブン に マッチ が ない の を ハッケン した とき、 ダレ か に あったら マッチ を もらおう と かんがえ、 その カンガエ を コトバ と して、 「ジブン は ヒト から マッチ を もらわねば ならぬ」 と いう コトバ と して、 キオク の ナカ に とって おいた。 マッチ が ホントウ に ほしい と いう ジッサイテキ な ヨウキュウ の キモチ と して、 ゼンシンテキ ヨウキュウ の カンカク ――ヘン な コトバ だ が、 この バアイ こう いえば、 よく わかる だろう、 と、 カレ は その とき、 そう つけくわえた。―― と して キオク の ナカ に ホゾン して おかなかった。 これ が あの マチガイ の モト なの だ。 カンカク とか カンジョウ ならば、 うすれる こと は あって も コンドウ する こと は ない の だ が、 コトバ や モジ の キオク は セイカク な カワリ に、 どうか する と、 とんでもない ベツ の もの に ばけて いる こと が ある。 カレ の キオク の ナカ の 「マッチ」 と いう コトバ、 もしくは モジ は、 いつのまにか それ と カンケイ の ある 「タバコ」 と いう コトバ、 もしくは モジ に おきかえられて しまって いた の だ。 ……カレ は そう セツメイ した。 それ が、 この ハッケン が いかにも おもしろくて たまらない と いう よう な ハナシブリ で、 おまけに サイゴ に、 こういう シュウカン は すべて ガイネン ばかり で モノ を かんがえる よう に なって いる チシキジン の ツウヘイ だ、 と いう おもいがけない ケツロン まで そえた。 ジツ を いう と、 ワタシ は、 その アイダ、 カレ ジシン は ヒジョウ に キョウミ を かんじて いる らしい この モンダイ の セツメイ に、 あまり ミミ を かたむけて は いなかった。 ただ、 その せかせか した ハヤクチ な シャベリカタ を ききながら、 たしか に、 これ は (コエ こそ ちがえ) ワタシ の キオク の どこ か に ある クセ だ、 と おもい、 しきり に、 その ダレ で あった か を おもいだそう と して いた。 が、 ちょうど、 きわめて やさしい ジ が なかなか おもいだせない とき の よう に、 もう すっかり わかって しまった よう な キ が しながら、 ウズマキ の ソトガワ を ながれる アクタ の ごとく、 ぐるぐる モンダイ の マワリ を まわって ばかり いて、 なかなか その チュウシン に とびこんで ゆけない の だ。
 その うち に ワタシタチ は ホンゴウ 3 チョウメ の テイリュウジョ まで きた。 カレ が そこ で たちどまった ので、 ワタシ も それ に ならった。 カレ は デンシャ に のる つもり かも しれない。 ワタシタチ は ならんで たった まま、 ながめる とも なく、 マエ の ヤッキョク の カザリマド を ながめて いた。 カレ は そこ に ナニ か みつけた らしく、 オオマタ に その マド の マエ に あるいて いった。 ワタシ も カレ に ついて いって のぞいて みた。 それ は シンハツバイ の セイキグ の コウコク で、 ミホン らしい もの が くろい ヌノ の ウエ に ならべられて いた。 カレ は その マエ に たって、 ビショウ を うかべて しばらく のぞいて いた。 その カレ を、 ワタシ は ヨコ に たって ながめて いた。 と、 その とき、 カレ の その にやにや した ウスワライ を ヨコアイ から のぞきこんだ とき、 とつぜん、 ワタシ は すっかり おもいだした。 イマ まで ワタシ の アタマ の ナカ で、 ウズマキ の マワリ の チリ の よう に ぐるぐる まわって ばかり いた ワタシ の キオク が、 その とき、 たちまち ウズマキ の チュウシン に とびこんだ の だ。 ヒニクゲ に クチビル を まげた あの ウスワライ。 メガネ を かけて は いる が、 その オク から のぞいて いる ほそい メ。 オヒトヨシ と サイギ との まざりあった その メツキ。 ――おお、 それ が カレ イガイ の ダレ だろう か。 トラ に ころされそこなった セコ を アシ で けかえして いまいましげ に みおろした カレ イガイ の ダレ の メツキ だろう か。 その シュンカン、 イチジ に ワタシ は、 トラガリ や ネッタイギョ や ハッカ エンシュウ など を ごたごた と おもいうかべながら、 これ が カレ で ある の を みいだす の に、 どうして こんな に テマ を とったろう か、 と ジブン ながら あきれて しまった。 そうして ワタシ は いまや ココロ から の ヨロコビ を もって、 ウシロ から カレ の カタ を うとう と した。 ところが その とき、 マサゴ-チョウ の ほう から きた 1 ダイ の デンシャ が テイリュウジョ に とまった。 それ を みた カレ は、 ワタシ の テ が まだ カレ の たかい カタ に たっしない マエ に、 そして、 ワタシ の ドウサ に いっこう きづき も しない で、 あわただしく ミ を ひるがえして、 その デンシャ の ほう へ はしって いった。 そして、 ひらり と とびのる と、 シャショウダイ から こちら を むいて ミギテ を ちょっと あげて ワタシ に エシャク し、 そのまま、 ながい カラダ を おる よう に して シャナイ に はいって しまった。 デンシャ は すぐに うごきだした。 かくして ワタシ は、 10 ナンネン-ぶり か で あった わが トモ、 チョウ ダイカン を、 ――チョウ ダイカン と して の ヒトコト をも かわさない で、 ふたたび、 ダイ トウキョウ の ヒトゴミ の ナカ に みうしなって しまった の だ。

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