カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ウンメイロンシャ 2

2014-10-08 | クニキダ ドッポ
 4

 ボク の 16 の とき、 チチ は トウキョウ に テンニン した ので オオツカ イッケ は チチ と ともに イテン しました が、 ボク だけ は オカヤマ チュウガッコウ の キシュクシャ に のこされました。
 ボク は ソノゴ 3 ネン-カン の セイカツ を おもう と、 ボク の コノヨ に おける マコト の セイカツ は ただ あの ガッコウ ジダイ だけ で あった の を しります。
 ガクセイ は ミナ ボク に シンセツ でした。 ボク は ココロ の ジユウ を カイフク し、 アクウン の テ より のがれ、 ミノウエ の ギワク を いだく こと しだいに うすく なり、 チンウツ の キショウ まで が いつしか ユキ の とける ごとく きえて、 カイカツ な セイネン の キ を おびて きました。
 しかるに 18 の アキ、 とつぜん トウキョウ の チチ から テガミ が きて ボク に ジョウキョウ を めいじた の です。 おだやか な ボク の ココロ は キュウ に かきみだされ、 ボク は ほとんど チチ の シンイ を しる に くるしみ、 ヘンショ を だして せめて いま 1 ネン、 ソツギョウ の ヒ まで コノママ に して おいて もらおう か と おもいました が、 おもいかえして すぐ ジョウキョウ しました。 コウジマチ の タク に つく や、 チチ は ヒトマ に ボク を よんで、 「サッソク だ が オマエ と よく ソウダン したい こと が ある の だ。 オマエ これから ホウリツ を まなぶ キ は ない かね」
 おもい も かけぬ コトバ です。 ボク は おどろいて チチ の カオ を みつめた きり ヨウイ に クチ を ひらく こと が できない。
「じつは テガミ で くわしく いって やろう か とも おもった が、 まわりくどい から よんだ の だ。 オマエ も ソツギョウ まで と おもったろう し、 また ダイガク まで とも こころざして いたろう けれど、 ヒト は 1 ニチ も はやく ドクリツ の セイカツ を いとなむ ほう が ええ こと は オマエ も しって いる だろう。 それで オマエ これから すぐ シリツ の ホウリツ ガッコウ に はいる の じゃ。 3 ネン で ソツギョウ する。 ベンゴシ の シケン を うける。 そした アカツキ は ワシ と コンイ な ベンゴシ の ジムショ に セワ して やる から、 そこ で 4~5 ネン も ジッチ の ベンキョウ を する の じゃ。 その うち に ドクリツ して ジムショ を ひらけば、 それこそ リッパ な もの、 オマエ も 30 に ならん うち、 どうどう たる シンシ と なる こと が できる。 どう じゃ な、 その ほう が チカミチ じゃ ぞ」 と いう チチ の コトバ を きいて いる ボク の ココロ の まったく テンドウ した の も ムリ は ない でしょう。
 これ じつに タニン の コトバ です。 タニン の シンセツ です。 イソウロウ の ショセイ に シュジン の センセイ が しめす オンアイ です。
 オオツカ ゴウゾウ は いつしか その シゼン に かえって いた の です。 しらずしらず その シゼン を しめす に いたった の です。 ボク を ソト に おく こと 3 ネン、 その ジッシ なる ヒデスケ のみ を カタワラ に アイブ する こと 3 ネン、 ニンゲン が その テンシン に かえる べき モン、 フンボ に ちかづく こと 3 ネン、 この 3 ネン の ツキヒ は カレ を して シゼン に かえらした の です。 けれども カレ は まだ その シゼン を ジニン する こと が できず、 どこまでも ジブン を イゼン の チチ の ごとく、 ボク を イゼン の コ の ごとく みよう と して いる の です。
 そこで ボク は もはや すすんで ボク の ノゾミ を のべる どころ では ありません。 ただ これ メイ これ したがう だけ の こと を てみじか に こたえて チチ の ヘヤ を でて しまいました。
 チチ ばかり で なく ハハ の ヨウス も イッペン して いた の です。 ヒ の たつ に したごうて ボク は ボク の ミノウエ に イチダイ ヒミツ の ある こと を ますます しんずる よう に なり、 フボ の キョドウ に キ を つければ つける ほど ギワク の ます ばかり なの です。
 イチド は ボク も ジブン の ヒガミ だろう か と おもいました が、 あいにく と おもいおこす は 12 の とき、 ニワ で チチ から といつめられた こと で、 あれ を おもい、 これ を おもえば、 もはや ジブン の ミ の ヒミツ を うたがう こと は できない の です。
 オウノウ の ウチ に カンダ の ホウリツ ガッコウ に かよって ミツキ も たちましたろう か。 ボク は キョウ こそ チチ に むかい、 だんぜん こっち から いいだして ヒミツ の ウム を ただそう と ケッシン し、 ガッコウ から ヒ の クレガタ に かえって ヤショク を すます や、 チチ の イマ に ゆきました。 チチ は ランプ の モト で テガミ を したためて いました が、 ボク を みて、 「なんぞ ヨウ か」 と とい、 やはり フデ を とって います。 ボク は チチ の ワキ の ヒバチ の ソバ に すわって しばらく だまって いました が、 この とき ふりかけて いた ソラ が いよいよ しぐれて きた と みえ、 ヒサシ を うつ ミゾレ の オト が ぱらぱら きこえました。 チチ は フデ を おいて やおら こちら に むき、
「なんぞ ヨウ でも ある か」 と やさしく といました。
「すこし たずねたい こと が あります ので」 と わずか に クチ を きる や、 チチ は はやくも ヨウス を みてとった か、
「ナン じゃ」 と おごそか に ヒザ を すすめました。
「トウサマ、 ワタクシ は ホント に トウサマ の コ なの でしょう か」 と かねて おもいさだめて おいた とおり、 タントウ チョクニュウ に といました。
「ナン じゃ と」 と チチ の イチゴン、 その ガンコウ の スルドサ! けれども すぐ チチ は カオ を やわらげて、
「なぜ オマエ は そんな こと を ワシ に きく の じゃ。 ナニ か ワシドモ が オマエ に オヤ-らしく ない こと でも して、 それで そう いう の か」
「そういう わけ では ございません が、 ワタクシ には ムカシ から どういう もの か この ウタガイ が ある ので、 しじゅう ムネ を いためて おる の で ございます。 しらして エキ の ない ヒミツ だ から オトウサマ も だまって おいで に なる の でしょう けれど、 ワタクシ は ぜひ それ が しりたい の で ございます」 と ボク は しずか に、 けつぜん と いいはなちました。
 チチ は しばらく ウデグミ を して かんがえて いました が、 おもむろに カオ を あげて、
「オマエ が うたがって おる こと も ワシ は しって いた の じゃ。 ワシ の ほう から いうた ほう が と おもった こと も コノゴロ ある。 それで もはや オマエ から きかれて みる と なお いうて しまう が ええ から いう こと に しよう」 と それから チチ は ながなが と ものがたりました。
 けれども チチ の しらして くれた ジジツ は これ だけ なの です。 スオウ ヤマグチ の チホウ サイバンショ に チチ が ホウショク して いた ジブン、 ババ キンノスケ と いう ゴカク が いて、 チチ と ヒジョウ に コンシン を むすび、 つねに キョウダイ の ごとく オウライ して いた そう です。 その ババ と いう ジンブツ は イッシュ ヒボン な ところ が あって、 ゴ イガイ に チチ は その ジンブツ を ソンケイ して いた と いう こと です。 その イッシ が すなわち ボク で あった の です。
 チチ は その コロ 38、 ハハ は 34 で もはや コ は できない もの と あきらめて いる と、 ババ が ヤマイ で ぼっし、 その ツマ も まもなく オット の アト を おうて コノヨ を さり、 のこった の は フタツ に なる オトコ の コ、 これ サイワイ と チチ が ひきとって ジブン の コ と して やしなった ので、 チチ から いう と ハンブン は コジ を すくう ギキョウ でしたろう。
 ボク の ウミ の フボ は まだ トシ が わかく、 チチ は 32、 ハハ は 25 で あった そう です。 けれども ハハ の セキ が まだ ババ の セキ に はいらん うち に ボク が うまれ、 その ため でしょう、 ボク の シュッサン トドケ が まだ して なかった ので、 オオツカ の チチ は ボク を ひきとる や ただちに ジブン の コ と して とどけた の だ そう です。
 イジョウ の こと を はなして オオツカ の チチ の いう には、
「ソノゴ ワシ は まもなく ヤマグチ を さった から、 オマエ を ワシ の ジッシ で ない と しる モノ は おおく ない の じゃ。 ワタシタチ フウフ は あくまで ジッシ の つもり で これまで そだてて きた の じゃ。 コノサキ も おなじ こと だ から オマエ も けっして ヒガミ コンジョウ を おこさず、 どこまでも ワタシタチ を フボ と おもって オイサキ を みとどけて くれ。 ヒデスケ は ジッシ じゃ が オマエ の こと は けっして しらさん から、 オマエ も シンジツ の アニ と なって ショウガイ あれ の チカラ とも なって くれ」 と、 オイ の メ に ナミダ を みる より サキ に ボク は もう ないて いた の です。
 そこで ヨウフ と ボク とは これら の ヒミツ を あくまで ヒト に もらさぬ ヤクソク を し、 また ボク が このさき ナニ か の ヨウジ で ヤマグチ に ゆく とも、 ただ よそながら フボ の ハカ に もうで、 けっして オオヤケ には せぬ と いう こと を ボク は ヨウフ に やくしました。
 ソノゴ の ツキヒ は イゼン より も かえって おだやか に すぎた の です。 ヨウフ も ヒミツ を あけて かえって アンシン した ヨウス、 ボク も ヨウフボ の コウオン を おもう に つけて、 ココロ を かたむけて ケイアイ する よう に なり、 ベンガク をも はげむ よう に なりました。
 そして 1 ニチ も はやく ドクリツ の セイカツ を いとなみうる よう に なり、 ジブン は オオツカ の イエ から わかれ、 ギテイ の ヒデスケ に カトク を ゆずりたい もの と ふかく ココロ に けっする ところ が あった の です。
 3 ネン の ツキヒ は たちまち ゆき、 ボク は シュビ よく ガッコウ を ソツギョウ しました が、 なお ヨウフ の コトバ に したがい、 1 ネン-カン さらに ベンキョウ して、 さて ベンゴシ の シケン を うけました ところ、 イガイ の ジョウシュビ、 ヨウフ も オオヨロコビ で さっそく その トモ なる イノウエ ハカセ の ホウリツ ジムショ に シュウセン して くれました。
 ともかくも イチニンマエ の ベンゴシ と なって ヒビ キョウバシ ク なる ジムショ に かようて いました が、 もし アノママ で コンニチ に なったら、 ヨウフ も その モクテキ-どおり に ボク を シマツ し、 ボク も ヘイオン な ツキヒ を おくって、 ますます ゼント の コウフク を たのしんで いた でしょう。
 けれども、 ボク は どうしても アクウン の コ で あった の です。 ほとんど ナンビト も ソウゾウ する こと の できない オトシアナ が ボク の マエ に できて いて、 アクウン の オニ は ザンコク にも ボク を つきおとしました。

 5

 イノウエ ハカセ は ヨコハマ にも 1 カショ ジムショ を もって いました が、 ボク は 25 の ハル、 この ジムショ に つめる こと と なり、 ナ は イノウエ の ブカ で あって も そのじつ は ボク が ドクリツ で やる の と おなじ こと でした。 トシ の ワリアイ には はやい リッシン と いって も よい だろう と おもいます。
 ところが ヨコハマ に タカハシ と いう ザッカショウ が あって、 ずいぶん セイダイ に やって いました が、 その アルジ は オンナ で ナ は ウメ、 ツレアイ は 2~3 ネン マエ に なくなって ヒトリムスメ の サトコ と いう を アイテ に、 まず ゼイタク な クラシ を して いた の です。
 ソショウ ヨウ から ボク は この イエ に シュツニュウ する こと と なり、 ボク と サトコ は コイナカ に なりました。 てみじか に いいます が、 ハンネン たたぬ うち に フタリ は はなれる こと の できない ほど、 のぼせあげた の です。
 そして その ケッカ は イノウエ ハカセ が バイシャク と なり、 ついに ボク は オオツカ の イエ を インキョ し タカハシ の ヨウシ と なりました。
 ボク の クチ から いう も ヘン です が、 サトコ は ビジン と いう ほど で なく とも ずいぶん ヒトメ を ひく ほど の キリョウ で、 マルガオ の アイキョウ の ある オンナ です。 そして エンリョ なく いいます が まったく ボク を あいして くれます。 けれども この アイ は かえって イマ では ボク を くるしめる イチダイ ヨウソ に なって いる ので、 もし サトコ が かくまで に ボク を あいし、 ボク が また こう まで サトコ を あいしない ならば、 ボク は これほど まで に くるしみ は しない の です。
 ヨウボ の ウメ は イマ 50 サイ です が、 みた ところ、 40 ぐらい に しか みえず、 コガラ の オンナ で ビジン の ソウ を そなえ、 なかなか リッパ な フジン です。 そして ジョウ の はげしい ショウジキ な ヒトガラ と いえば、 チエ の ほう は やや うすい と いう こと は すぐ わかる でしょう。 カイカツ で よく わらい よく かたります が、 どうか する と おそろしい ほど チンウツ な カオ を して、 ハンニチ ナンビト とも クチ を まじえない こと が あります。 ボク は ヨウシ と ならぬ イゼン から この ヒトガラ に キ を つけて いました が、 サトコ と ケッコン して タカハシ の ウチ に ネオキ する こと と なりて まもなく、 ミョウ な こと を ハッケン した の です。
 それ は ヨ の 9 ジ-ゴロ に なる と、 ヨウボ は その イマ に こもって しまい、 フドウ ミョウオウ を イッシン フラン に おがむ こと で、 クチ に ナニゴト か ねんじつつ トコノマ に かけた カエン の ゾウ の マエ に レイハイ して 10 ジ と なり 11 ジ と なり、 ときには ヨナカスギ に およぶ の です。 ヒルマ の うち、 ふさいで いた バン は ことに これ が はげしい よう でした。
 ボク も ハジメ は だまって いました が、 あまり ミョウ なので ある ヒ この こと を サトコ に たずねる と、 サトコ は テ を ふって コエ を ひそめ、 「だまって いらっしゃい よ。 あれ は 2 ネン マエ から はじめた ので、 あの こと を ハハ に はなす と ハハ は たいへん キゲン を わるく します から、 なるべく しらん カオ を して いた ほう が いい ん です よ。 ごらんなさい まるで キチガイ でしょう」 と べつに キ にも かけぬ サマ なので、 ボク も しいて は とい も しなかった の です。
 けれども ソノゴ ヒトツキ も して ある ヒ、 ボク は ジムショ から かえり、 ヤショク を おえて ザツダン して いる と、 ヨウボ は とつぜん、
「オンリョウ と いう もの は ナンネン たって も きえない もの だろう か」 と といました。 すると サトコ は ヘイキ で、
「オンリョウ なんて ある もん じゃあ ない わ」 と イチゴン で うちけそう と する と、 ハハ は ムキ に なって、
「ナマイキ を いいなさんな。 オマエ みた こと は あるまい。 だから そんな こと を いう の だ」
「そんなら オッカサン は みて?」
「みました とも」
「おや そう、 どんな カオ を して いて? ワタシ も みたい もの だ」 と サトコ は どこまでも ひやかして かかった。 すると ハハ は すごい ほど カオイロ を かえて、
「オマエ オンリョウ が みたい の、 オンリョウ が みたい の。 ホント に ナマイキ な こと いう よ この ヒト は!」 と いいはなち、 つっと たって ジブン の ヘヤ に ひっこんで しまった。 ボク は おもわず、
「オッカサン どうか して いなさる よ。 キ を つけん と……」
 サトコ は フアンシン な カオ を して、
「ワタシ ホント に キミ が わるい わ。 オッカサン は きっと ナニ か ミョウ な こと を おもって いる の です よ」
「ちっと シンケイ を いためて いなさる よう だね」 と ボク も いいました が、 さて ヨクジツ に なる と べつに かわった こと は ない の です。 かわって いる の は ただ イツモ の とおり ヨ に なる と フドウサマ を おがむ こと だけ で、 ボクラ も これ は もはや みなれて いる から しいて キ にも かかりません でした。
 ところが コトシ の 5 ガツ です。 ボク は イツモ より か 2 ジカン も はやく ジムショ を ひいて ウチ へ かえります と、 その ヒ は くもって いた ので イエ の ウチ は うすぐらい ウチ にも ハハ の ヘヤ は ことに くらい の です。 ハハ に すこし ヨウジ が あった ので べつに アンナイ も せず フスマ を あけて ナカ に はいる と、 ハハ は ヒバチ の ソバ に ぽつねん と すわって いました が、 ボク の カオ を みる や、
「あ、 あ、 あっ、 あっ!」 と さけんで つったった か と おもう と、 また シリモチ を ついて じっと ボク を みた とき の カオイロ! ボク は ハハ が キゼツ した の か と びっくり して ソバ に かけよりました。
「どう しました、 どう しました」 と さけんだ ボク の コエ を きいて ハハ は わずか に すわりなおし、
「オマエ だった か、 ワタシ は、 ワタシ は……」 と ムネ を さすって いました が、 その アイダ も フシギ そう に ボク の カオ を みて いた の です。 ボク は おどろいて、
「オッカサン どう なさいました」 と きく と、
「オマエ が だしぬけ に はいって きた ので、 ワタシ は ダレ か と おもった。 おお びっくり した」 と すぐ トコ を しかして やすんで しまいました。
 この こと の あった ノチ は ハハ の シンケイ に ますます イジョウ を おこし、 フドウ ミョウオウ を おがむ ばかり で なく、 ボク など は ナ も しらぬ オフダ を イクマイ と なく どこ から か もらって きて、 ジブン の イマ の ショショ に はりつけた もの です。 そして さらに ミョウ なの は、 これまで ジブン だけ で カッテ に しんじて いた の が、 ボク を みて おどろいた ノチ は、 ボク に むかって も フドウ を しんじろ と いう ので、 ボク が なぜ しんじなければ ならぬ か と きく と、
「ただ だまって しんじて おくれ。 それ で ない と ワタシ が こころぼそい」
「オッカサン の キ が やすまる の なら シンコウ も しましょう が、 それなら ワタクシ より も オサト の ほう が いい でしょう」
「オサト では いけません。 あれ には カンケイ の ない こと だ から」
「それでは ワタクシ には カンケイ が ある の です か」
「まあ そんな こと を いわない で シンコウ して おくれ、 ゴショウ だ から」 と いう ハハ の コトバ を サトコ も ソバ で きいて いました が、 あきれて、
「ミョウ ねえ オッカサン、 フドウサマ が どうして オッカサン と シンゾウ さん と には カンケイ が あって、 ワタシ には ない の でしょう」
「だから ワタシ が たのむ の じゃあ ありません か、 ワケ が いわれる くらい なら たのみ は しません」
「だって ムリ だわ、 シンゾウ さん に フドウサマ を シンコウ しろ なんて、 イマドキ の ヒト に そんな こと を すすめたって……」
「そんなら たのみません!」 と ハハ は おこって しまった ので、 ボク は コトバ を やわらげ、
「いや ワタクシ だって フドウサマ を しんじない とは かぎりません。 だから オッカサン まあ その イワレ を はなして ください な。 どんな こと か しりません が、 オヤコ の アイダ だ から すこしも あかされない よう な こと は ない でしょう」 と もとめました。 これ は ハハ の いう ところ に よって メイシン を おさえ シンケイ を しずめる ホウホウ も あろう か と おもった から です。 すると ハハ は しばらく かんがえて いました が、 トイキ を して コエ を ひそめ、
「これぎり の ハナシ だよ、 ダレ にも しらして は なりません よ。 ワタシ が まだ わかい ジブン、 オサト の オトウサマ に えんづかない マエ に ある オトコ に いいよられて しゅうねく おいまわされた の だよ。 けれども ワタシ は どうしても その オトコ の ココロ に したがわなかった の。 そう する と その オトコ が ビョウキ に なって しぬ マギワ に たいへん ワタシ を うらんで イロイロ な こと を いった そう です。 それで ワタシ も いい ココロモチ は しなかった が、 ここ へ えんづいて から は べつに キ にも せん で くらして いました。 ところが ツレアイ が なくなって から と いう もの は、 その オトコ の オンリョウ が どうか する と あらわれて、 こわい カオ を して ワタシ を にらみ、 いまにも ワタシ を とりころそう と する の です。 それで ワタシ が フドウサマ を イッシン に ねんずる と その オンリョウ が だんだん きえて なくなります。 それに ね」 と、 ハハ は ひとしお コエ を ひそめ、 「コノゴロ は その オンリョウ が シンゾウ に とっついた らしい よ」
「まあ いや な!」 サトコ は マユ を ひそめました。
「だって ね、 どうか する と シンゾウ の カオ が ワタシ には オンリョウ そっくり に みえる のよ」
 それで ボク に フドウサマ を しんじろ と すすめる の です。 けれども ボク には そんな マネ は できない から、 サトコ と ともに いろいろ と オンリョウ など いう もの の ある べき で ない こと を といた けれど ムエキ でした。 ハハ は かたく しんじて うたがわない ので、 ボクラ も もてあまし、 この カマクラ へ でも きて いて セイシン を しずめたら と、 ムリ に すすめて ついに ここ の ベッソウ に いれた の は コトシ の 5 ガツ の こと です。

 6

 タカハシ シンゾウ は ここ まで はなして きて たちまち カシラ を あげ、 ニシ に かたむく ヒカゲ を しゅうぜん と みおくって クノウ に たえぬ サマ で あった が、 てばやく サカズキ を あげて 1 パイ のみほし、
「コノサキ を くわしく はなす ユウキ は ボク に ありません。 ジジツ を ロコツ に てみじか に はなします から、 それ イジョウ は アナタ の スイサツ を ねがう だけ です」
 タカハシ ウメ、 すなわち ボク の ヨウボ は ボク の シンジツ の ハハ、 ウミ の ハハ で あった の です。 サイ の サトコ は チチ を コト に した ボク の イモウト で あった の です。 どう です、 これ が あやしい ウンメイ で なくて なんと しましょう。 かく の ごとき をも ゲンイン ケッカ の リホウ と いえば それまで です。 けれども、 かかる リホウ の モト に しらずしらず この ミ を おかれた ボク から いえば、 この テンチカン に かかる ザンコク なる リホウ すら おこなわるる を うらみます。
 まず どうして これら の ジジツ が ボク に しれた か、 その テツヅキ を カンタン に いえば、 ハハ が カマクラ に きて から ヒトツキ ノチ、 ボク は ソショウ ヨウ で ナガサキ に ゆく こと と なり、 その トチュウ ヤマグチ、 ヒロシマ など へ たちよる ココログミ で いました から、 ミマイ-かたがた カマクラ へ きて ハハ に この こと を はなします と、 ハハ は メ の イロ を かえて、 ヤマグチ など へ よるな と いいます。 けれども ボク の ココロ には ウミ の フボ の ハカ に まいる つもり が あります から、 ハハ には ヨイカゲン に いって おいて、 ついに ヤマグチ に よった の です。
 かねて オオツカ の チチ から きいて いた から テラ は すぐ わかりました。 けれども ボク は ババ キンノスケ の ハカ のみ みいだして、 しんだ と きいた ハハ の ハカ を みない ので、 フシン に おもって ロウソウ に あい、 ミギ の こと を たずねました。 もっとも ただ ユカリ の モノ と のみ、 ボク の ミノウエ は うちあけない の です。
 すると ロウソウ は ババ キンノスケ の ツマ オノブ の ハカ の ある べき はず は ない。 あの オンナ は キンノスケ の ビョウチュウ に、 ゴ の デシ で、 マチ の ゴウショウ ナニガシ の オトウト と あやしい ナカ に なり、 キンノスケ の ビョウキ は その ため さらに おもく なった の を キノドク とも おもわず、 ついに チノミゴ を オキザリ に して カケオチ して しまった の だ と はなしました。
 ロウソウ は なおも チチ が ビョウチュウ ハハ を ののしった こと、 シニギワ に オオツカ ゴウゾウ に その イッシ を たくした こと まで かたりました。
 その オノブ が タカハシ ウメ で ある と いう こと は、 ダレ も しらない の です。 ボク も ショウコ は もって いません。 けれども ロウソウ が オノブ の こと を かたる うち に はやくも ボク は イマ の ヨウボ が すなわち それ で ある こと を カクシン した の です。
 ボク は ヤマグチ で すぐ しんで しまおう か と おもいました。 あの とき、 じつに あの とき、 ボク が おもいきって ジサツ して しまったら、 むしろ ボク は サイワイ で あった の です。
 けれども ボク は かえって きました。 ヒトツ は なんとか して たしか な ショウコ を えたい ため、 ヒトツ は サトコ に ひきよせられた の です。 サトコ は ともかくも イモウト です から、 ボク の ケッコン の フリン で ある こと は いう まで も ない が、 ボク は イモウト と して サトコ を かんがえる こと は どうしても できない の です。
 ヒト の ココロ ほど フシギ な もの は ありません。 フリン と いう コトバ は アイ と いう ジジツ には かてない の です。 ボク と サトコ の アイ が かえって ボク を くるしめる と さきほど いった の は この こと です。
 ボク は サトコ を ようして なきました、 イクド も なきました。 ボク も また ハハ と おなじく ものぐるおしく なりました。 あわれ なる は サトコ です。 スベテ の こと が サトコ には あやしき ナゾ で、 カレ は ただ まどい に まどう ばかり、 ついには ハハ と おなじく オンリョウ を しんずる よう に なり、 イマ も ヨコハマ の タク で ハハ と ともに フドウ ミョウオウ に キネン を こらして いる の です。 サトコ は オンリョウ の ホンタイ を しらず、 ただ ハハ も ボク も この オンリョウ に くるしめられて いる もの と しんじ、 キネン の マコト を もって ハハ と オット を すくおう と して いる の です。
 ボク は なるべく ハハ を みない よう に して います。 ハハ も ボク に あう こと を このみません。 ハハ の メ には なるほど ボク が オンリョウ の カオ と おなじく みえる でしょう よ。 ボク は オンリョウ の コ です もの!
 ボク には ハハ を ハハ と して あいさなければ ならん はず です。 しかし ボク は ハハ が ボク の チチ を ヒンシ の キワ に すて、 ボク を ヒンシ の チチ の ビョウショウ に すてて、 ミップ と はしった こと を おもう と、 いう べからざる エンコン の ジョウ が おこる の です。 ボク の ミミ には なき チチ の ドバ の コエ が きこえる の です。 ボク の メ には つかれはてた カラダ を おこして、 なにも しらない ムシン の コ を いだき、 オトコナキ に なきたもうた サマ が みえる の です。 そして この コエ を きき この サマ を みる ボク には、 じつに オンリョウ の キ が のりうつる の です。
 ユウグレ の ソラ ほのぐらい とき に、 ハシラ に もたれて いた ボク が とつぜん、 マナコ を はり イキ を こらして テン の イッポウ を にらむ サマ を みた モノ は ハハ で なく とも にげだす でしょう。 ハハ ならば キゼツ する でしょう。
 けれども ボク は サトコ の こと を おもう と、 ウラミ も イカリ も きえて、 ただ かぎりなき カナシミ に しずみ、 この カナシミ の ソコ には アイ と ゼツボウ が たたこうて いる の です。
 ところが この 9 ガツ でした。 ボク は あまり の クルシサ に ヘイゼイ ほとんど サカズキ を テ に せぬ ボク が、 サトコ の とめる の も きかず のめる だけ のみ、 イマ の マンナカ に ダイ の ジ に なって いる と、 なんと おもった か、 ハハ が とつぜん カマクラ から かえって きて サトコ だけ を その イマ に よびつけました。 そして ボク は よって いながら も すぐ その ワケ の ジンジョウ で ない こと を さとった の です。
 1 ジカン ばかり たつ と サトコ は メ を なきはらして ボク の イマ に かえって きました から、
「どうした の だ」 と きく と サトコ は ボク の ソバ に つっぷして なきだしました。
「オッカサン が ボク を リコン する と いった の だろう」 と ボク は おもわず どなりました。 すると サトコ は あわてて、
「だから ね、 ハハ が なんと いって も アナタ けっして キ に しない で ください な。 キチガイ だ と おもって うっちゃって おいて ください な。 ね、 ゴショウ です から」 と ナキゴエ を ふるわして いいます から、 「そういう こと なら うっちゃって おく わけ に ゆかない」 と ボク は いきなり ハハ の イマ に トツニュウ しました。 サトコ は とめる ヒマ も なかった ので、 ボク に つづいて ヘヤ に はいった の です。 ボク は ハハ の マエ に すわる や、
「アナタ は ワタクシ を リコン する と サトコ に いった そう です が、 その ワケ を ききましょう。 リコン する なら して も ワタクシ は ヘイキ です。 あるいは むしろ ワタクシ の のぞむ ところ で ございます。 けれども ワケ を おっしゃい。 ぜひ その ワケ を ききましょう」 と ヨイ に まかせて つめよりました。 すると ハハ は ボク の ケンマク の あまり するどい ので びっくり して ボク の カオ を みて いる ばかり、 イチゴン も はっしません。
「さあ ワケ を ききましょう。 オンリョウ が ワタクシ に のりうつって いる から キミ が わるい と いう の でしょう。 それ は キミ が わるい でしょう よ。 ワタクシ は オンリョウ の コ です もの」 と いいはなちました。 みるみる ハハ の カオイロ は かわり、 モノ をも いわず ヘヤ の ソト へ かけでて しまいました。
 ボク は そのまま ハハ の イマ に ねて しまった の です。 メ が さめる や サケ の ヨイ も さめ、 アタマ の ウエ には サトコ が シンパイ そう に ボク の カオ を みて すわって いました。 ハハ は すぐ カマクラ に ひきかえした の でした。
 ソノゴ ボク と ハハ とは あわない の です。 ボク は ハハ に かわって こちら に きて、 ハハ は イマ、 ヨコハマ の タク に います が、 サトコ は リョウホウ を かわるがわる カイホウ して、 フタリ の フコウ をば ヒトリ で ショウジキ に カイシャク し、 ただただ オンリョウ の ワザ と のみ しんじて、 フタリ の ムネ の ウチ の マコト の クルシミ を まるきり しらない の です。
 ボク は サケ を のむ こと を サトコ から も イシ から も きんじられて います。 けれども どう でしょう、 このよう な メ に あって いる ボク が ブランデイ の カクシノミ を やる の は、 はたして ムリ でしょう か。
 いまや ボク の チカラ は まったく アクウン の オニ に ひしがれて しまいました。 ジサツ の チカラ も なく、 ジメツ を まつ ほど の イクジ の ない もの と なりはてて いる の です。
「どう でしょう、 イジョウ ざっと はなしました ボク の コンニチ まで の ショウガイ の ケイカ を かんがえて みて、 ボク の ココロモチ に なって もらいたい もの です。 これ が ただ ゲンイン ケッカ の リホウ に すぎない と スウガク の シキ に たいする よう な ひややか な ココロモチ で おられる もの でしょう か。 ウミ の ハハ は チチ の アダ です、 サイアイ の ツマ は キョウダイ です。 これ が ひややか なる ジジツ です。 そして ボク の ウンメイ です」
「もし この ウンメイ から ボク を すくいうる ヒト が ある なら、 ボク は つつしんで オシエ を ほうじます。 その ヒト は ボク の スクイヌシ です」

 7

 ジブン は イチゴン を まじえない で イジョウ の モノガタリ を きいた。 ききおわって しばらく は イチゴン も はっしえなかった。 なるほど ヒサン なる キョウグウ に おちいった ヒト で ある と つくづく キノドク に おもった の で ある。 けれども やむなくんば と、
「だんぜん リコン なさったら どう です」
「それ は あたらしき ジジツ を つくる ばかり です。 すでに ある ジジツ は その ため に きえません」
「けれども それ は やむ を えない でしょう」
「だから ウンメイ です。 リコン した ところ で ウミ の ハハ が チチ の アダ で ある ジジツ は きえません。 リコン した ところ で イモウト を ツマ と して あいする ボク の アイ は かわりません。 ヒト の チカラ を もって カコ の ジジツ を けす こと の できない かぎり、 ヒト は とうてい ウンメイ の チカラ より のがるる こと は できない でしょう」
 ジブン は アクシュ して、 モクレイ して、 この フコウ なる セイネン シンシ と わかれた。 ヒ は すでに おちて ヨコウ はなやか に ユウベ の クモ を そめ、 かえりみれば わが ウンメイロンシャ は さびしき スナヤマ の イタダキ に たって オキ を はるか に ながめて いた。
 ソノゴ ジブン は この オトコ に あわない の で ある。

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