カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナキムシ コゾウ 1

2019-07-23 | ハヤシ フミコ
 ナキムシ コゾウ

 ハヤシ フミコ

 1

 エンマ コオロギ が 2 ヒキ、 かさなる よう に して はいまわって いる。
 ケイキチ は、 クサ の しげった おぐらい ところ まで いって、 はなれた まま タイジ して いる コオロギ たち の ヨウス を じいっと みて いた。 ちいさい オス が ショッカク を のばして、 ふとった メス の ドウタイ に ふれる と、 すぐ シリ を むけて、 りいりい…… と やさしく ハネ を ならしはじめた。 その オス の、 ハネ を すりあわせて いる オト は、 まるで コゴエ で オンナ を よぶ よう な、 あまくて ものがなしい もの で あった が、 コオロギ の オス には、 それ が なんとも いえない アイブ の コエ なの で あろう、 りいりい…… と なく オス の コエ を きく と、 ふとった つやつやしい メス は、 のそのそ と オス の セナカ に はいあがって いった。 ふとった バッタ の よう な メス は、 マエアシ を クサ の ネ に ささえて、 カラダ の チョウシ を はかって いた が、 やがて、 2 ヒキ とも ゼンマイ の シンドウ より も はやい ウンドウ を はじめだした。
 つくねん と ツチイジリ しながら それ を みて いた ケイキチ は、 びっくり した キモチ から、 おぼろげ な ムネ の トドロキ を かんじた。
 オス は メ に きえて しまいそう な ちいさい しろい タマ を、 ウンドウ の とまった メス の ヨコハラ へ チョウチン の よう に くっつけて しまう と、 メス は すぐ ツチ の ウエ へ ころびおりて、 ドロ の ウエ を はいずりながら、 シリ に ついた ヒトツブ の タマ を、 ナンド か ふりおとしそう に あるいた。 すると ちいさい オス は、 まるで その タマ の バンニン か ナニ か の よう に、 あばれまわる メス の アシ を しかる よう に つつく の で あった。
 ケイキチ は、 なんとなく ヒミツ な タノシサ を ハッケン した よう に、 その コオロギ の ウエ から、 ちいさい ウエキバチ を ふせて おいた。
 ソラ は まぶしい ほど すみとおって、 トオク まで よく はれて いる。 ひかった ツチ の ウエ へ カスリ の よう に オチバ が かわいて ちらかって いた が、 ケイキチ は ウエキバチ を ふせた まま ぼんやり して いた。
 ぼんやり した の は ぐらぐら と アタリ が くらく なる よう な メマイ を かんじる から だ。 どこ か で ピアノ が なりはじめた。 いい ネイロ で コノハ の まいおちて ゆく よう な サワヤカサ が ケイキチ の ハダ に しみて くる の で あった が、 ケイキチ は すこしも たのしく は なかった。
 ぐらぐら と した クラサ の ナカ で、 ケイキチ は ふと ハハオヤ の ところ へ よく やって くる オトコ の カオ を おもいうかべた。 その オトコ の カオ は、 メ が おおきくて、 ハナ の アタマ が シボウ で いつも ぎらぎら して いる よう な カオ で あった。
 ケイキチ が いちばん きらい なの は、 ヘイキ で ハハオヤ に むかって、 「おいおい」 と ヨビステ に する こと や、 けしからん こと には、 ケイキチ を 「コゾウ コゾウ」 と いったり、 まったく、 この オトコ に ついて は なんとも イイヨウ の ない ムネワルサ を もって いた。
「ケイ ちゃん!」
「…………」
「ケイ ちゃん てばっ、 まだ ないてん の かい?」
「…………」
「しぶとい コドモ だねえ、 そんな とこ に ぼんやり して ない で、 さっさと イドバタ で オカオ でも ふいて いらっしゃい! ええ?」
 ハハオヤ の サダコ は、 そう いって、 ゆがんだ アマド を がらがら と とざしはじめた。 ケイキチ は だまった まま イドバタ へ まわった が、 ポンプ を おす の も かったるくて、 ポンプ に もたれた まま サッキ の コオロギ の こと を おもいうかべて いた。 エホン を みる よう な ドウブツ の セカイ を、 ケイキチ は フシギ な ほど に たのしく おもい、 どこ から か ガラスバチ を ぬすんで、 あの 2 ヒキ の コオロギ を かって やろう か と おもった。
「とにかく、 すてき に おもしろい から なあ……」
 と、 にやり と わらう と、 キュウ に おもいついた よう に、 ぎいこ ぎいこ ポンプ を おしはじめた。
「ケイ ちゃん! はやく なさい よ、 シブヤ の オウチ へ いく のよ……」
 ハハオヤ の サダコ が、 はなやか な きいろい オビ を しめて、 しろい ヨウフク の レイコ の テ を ひいて ウラグチ へ まわって きた。

 2

「アンタ みたい な ヒト は、 ホントウ に オトウサマ の オハカ の ナカ へ でも いって しまう と いい ん だよ! いつでも カキ みたい な シロメ を むいて ちょっと どうか すれば、 ホウコウニン みたい な ナキカタ を して さあ…… ええ? どうして そんな なの かねえ、 オジサン だって かわいがれない じゃ ない か……」
 ケイキチ は しらん カオ で ハハオヤ の アト から あるいて いた。 レイコ は ハハオヤ に だかれた まま で いろんな ヒトリゴト を いって いる。
「さあ、 レイコ ちゃん、 ブウブウ に のりましょう ね、 ジドウシャ よ……」
 ケイキチ は、 どの イエ にも ニワ が あって、 ハナ を うえて いる イエ や、 ニワトリ を かって いる イエ や、 キ を うえて いる イエ など を、 めずらしそう に ながめて あるいた。 なにしろ この イッタイ は、 カキネ の ヒンジャク な イエ が おおい ので、 コミチ から ヒトメ で、 イロイロ な イエ の ニワ が みられた。
 ニチヨウビ なので、 ニワ や アキチ など では、 ケイキチ の ガッコウ トモダチ が たくさん あそんで いた。 ケイキチ は、 その アソビ トモダチ の アイダ を、 カミ を ちぢらせた わかい ハハオヤ と あるいて いる こと が はずかしくて、 オオゼイ の いる アソビバ を とおる たび、 ヒヤアセ の でる よう な チヂマリヨウ で あるいた。
「ケイ ちゃん!」
「うん?」
「なにさ、 その オヘンジ は…… あのねえ、 シブヤ の オバサン とこ へ、 4~5 ニチ、 ケイ ちゃん おあずけ しとく ん だ けど、 いい でしょ?」
「ガッコウ おやすみ する の?」
「ああ 4~5 ニチ おやすみ したって、 ケイ ちゃん は よく できる ん だ から、 すぐ おいつく わよ。 オバサン とこ で おとなしく できるう?」
「ああ」
「オバサン が いろんな こと きいて も、 わかんない って いっとく のよ。 ――オマエ は バカ な とこ が ある から、 すぐ オシャベリ して しまいそう だ けど、 いい? わかった?」
「ああ」
「ああ って ホントウ に オヘンジ してん の? にえた ん だ か にえない ん だ か ワケ が わからない よ、 ケイ ちゃん の オヘンジ は……」
 コミチ を はずれる と、 シンカイチ-らしい、 ミチ の ひろい あたらしい マチ が あって、 ジドウシャ が ひっきりなし に はしって いた。 ケイキチ には タタキ の ミチ が、 まるで カワ の よう に ひろく みえる。
「さあさ、 ジドウシャ よ、 レイ ちゃん ねむっちゃ ダメ よ、 おもい じゃ ない のさあ」
 ケイキチ が みあげる と、 ハハオヤ の ウデ の ナカ で、 レイコ が アタマ を がくん と おとして いた。 ミミタブ に ウブゲ が ひかって いて、 クチビル が ハナ の よう に うすあかく ぬれて いる。 ケイキチ とは にて も につかない ほど、 ハハオヤ に にて あいらしかった。 ――サダコ は、 こぎれい な ジドウシャ を とめた。 ふわふわ した クッション に コシ を かける と、 ハンズボン の ケイキチ は、 ドロ に よごれた ジブン の アシ を、 ハハオヤ に けどられない よう に して は、 ツバ で そっと しめした。
「いい オテンキ ねえ、 ウンテンシュ さん! ヨコハマ まで ドライヴ したら、 どの くらい で いく の?」
 カミ を きれい に わけた、 エリアシ の しろい ウンテンシュ が、
「4~5 エン でしょう ね」
 と、 いった。
「そう、 やすい もの ね」
 カネ も ない くせ に、 サダコ は とんでもない オヒャラカシ を よく いう の で あった が、 イマ も、 カタホウ の テ は タモト へ いれて、 ココロ の ナカ で、 とぼしい サイフ の ナカ から、 ヒトツ フタツ ミッツ ヨッツ と アナ の あいた 10 セン-ダマ を かぞえて、 ノコリ は、 デンシャ で かえる キップダイ が やっと だ と わかる と、 サキ は サキ と いった キモチ で、 はしる マチ を ながめながら、 どんな コウジョウ で ケイキチ を あずけた もの か と、 もう それ が オックウ で シカタ が なかった の だ。
「いつか、 オバサン と いった オフロヤ が ある ね」
 ケイキチ が びっくり する よう な おおきな コエ で いった。
「ウンテンシュ さん! この ヘン で いい のよ」
 ジドウシャ が ぎい と キュウテイシャ する と、 よろよろ と ケイキチ は ハハオヤ の ヒザ へ たおれかかった。

 3

 コロッケ-ヤ と ハナヤ の ロジ を はいる と、 ツキアタリ が オバ の ヒロコ の イエ で、 ドブイタ の ウエ に たつ と、 ダイドコロ で ナニ を にて いる の か わかる ほど あさい イエ で ある。
 イリグチ の コロッケ-ヤ は バレイショ の ヤマ ばかり めだって、 ニクヘン が ぶらさがって いる の を かつて みた こと が ない ほど ヒンジャク な カマエ で、 ケイキチ が サイショ に ヒロコ の イエ へ あずけられた とき、 ムッツ で 10 セン と いう コロッケ を よく ここ へ かわされ に やられた もの で あった が、 アゲナベ が ちいさい ので、 ムッツ あげて もらう には なかなか ホネ で あった。
 ミギガワ の ハナヤ は、 これ は なかなか セイダイ で、 バラ や ユリ や カーネーション の よう な、 オヤシキ-ゴノミ の ハナ は なかった が、 キク の サカリ に なれば、 ヒトニギリ 5 セン ぐらい の コギク が、 その ヘン の ニカイズマイ や、 キッサテン や、 ゲシュク の ガクセイ たち に なかなか よく うれて いった。 ヒロコ も ハナ が すき で、 ちょっと した コゼニ が できる と、 ハナヤ へ でかけて は ハンニチ も はなしこんで、 みごと な ガンライコウ を ナンボン も せしめて くる こと が ある。
 サダコ は、 この まずしい イモウト に、 ジドウシャ から おりる ところ は みせたく なかった の で あろう。 フロヤ の マエ で ジドウシャ を おりる と、 すっかり ねむって しまった レイコ を かかえて、 ハナヤ と コロッケ-ヤ の ちいさい ロジ を まがった。
「いる?」
「あら、 いらっしゃい! コブツキ で ゴニュウライ か……」
「あいかわらず コブツキ さ、 カンゾウ さん いる の?」
「ううん、 アサガタ、 あんまり オテンキ が いい から って、 キョウ の よう な オテンキ なら ザッシ キシャ も キゲン が いい に ちがいない って ゲンコウ せおって いった ん だ けど……」
「まあ、 せおって?」
「あの ヒト が ゲンコウ うり に いく カッコウ ったら、 せおってる って ほう が あたってる わよ、 こう ネコゼ で さあ、 セナカ の ほう へ まで ゲンコウ つめこんで、 ワタシ イチド で いい から、 ウチ の ヒト が どんな カッコウ で ゲンコウ って もの を うりつけてん の か みて みたい わ。 イッペン に アイソ の つきる よう な ふう なん だろう と おもう ん だ けど……」
「そんな こと いう もん じゃ ない わよ。 キノウ や キョウ イッショ に なった ん じゃ なし、 コドモ も あって さ……」
 2 カイ が 6 ジョウ ヒトマ、 シタ が 4 ジョウ ハン に 2 ジョウ の ちいさい カマエ で あった が、 ドウグ と いう もの は、 ヒロコ の キョウダイ ぐらい の もの で、 カンゾウ の ツクエ で さえ も、 ゲンコウ ヨウシ が のって いない と、 すぐ チャブダイ に もって おりられる ほど な、 ヒキダシ の ない コドモヅクエ で、 とにかく なにも ない。
「オチャ いれましょう かね」
「おやおや めずらしい、 ガス も デンキ も ゴケンザイ ね」
「バカ に した もん じゃ ない わ、 このあいだ、 ちょっと タイキン が はいって さ……」
「へえ、 いつ の こと、 それ?」
 サダコ は レイコ を ねかしつける と、 トッテオキ の デンシャ-ダイ を そっと つまんで、
「ケイ ちゃん バット を ヒトツ かって いらっしゃい。 わかってる でしょ?」
 と、 いった。
 ケイキチ は ドウカ を ナナツ にぎって オモテ へ でて いった。
 ガラスド を あける と、 チンドンヤ の オハラブシ が きこえて くる。
「ケイキチ! ウシロ、 きちんと しめて いく のよっ」
 ケイキチ は、 もう ロジ を ぬけて はしって いた。
「しょうがない ね」
 そう いって、 サダコ は、 セト ヒバチ の ちいさい ヒダネ を かきあつめた が、 ヒロコ が チャ を いれて くる と、
「あのね、 また、 オネガイ が ある ん だ けど……」
 と、 カラダ を もんで、 その ハナシ を きりだした。
 ヒロコ は、 オシイレ の ナカ から、 コドモ の シンイチロウ の ちいさい フトン を だす と、
「ネエサン の また か」
 と いった カオツキ で、 ねて いる レイコ へ それ を かけて やった。

 4

 ケイキチ は にぎやか な マチ へ きた こと が うれしかった。 ロジ を ぬける と、 タベモノ の ニオイ の する ショウテン が カタ を すりあう よう に して ならんで いる。 マメ-レコード を うって いる ミセ では、 しじゅう ショウカ が なって いる し、 アカ や ミドリ の コウコクビラ が ナンマイ も もらえた。 ぴかぴか した チンレツバコ が イエ ごと に ならんで いて、 アタマデッカチ で メ の つきでた ジブン の ちいさい スガタ が うつる の が はずかしかった。
 テノヒラ では ナナツ の ドウカ が あせばんで いる。 これ で ガラス ツボ は かえない かな。 ふと そんな こと を かんがえて ガラス-ヤ の マエ に たった が、 どの ショウフダ も たかい。 ヤケクソ で、 ぴょんぴょん と カタアシ で ドブ を とんで タバコヤ へ はいる と、
「おおい ケイ ちゃん!」
 と、 よぶ モノ が あった。
 レイ の クセ で、 シロメ を ぎょろり と させて ふりかえる と、 ネコゼ の オジサン が たって いる。
「カアサン と きた の かい?」
「ああ さっき」
「ナニ、 タバコ かい?」
「うん」
 カンゾウ は いかにも くたびれきった よう に、 ホコリ の かぶった トウハツ を かきあげて、
「いい テンキ だ がなあ」
 と つぶやく。 おもわず ケイキチ も ソラ を みあげた が、 はればれしい タソガレ で、 つきはじめた マチ の ヒ が ミズ で すすいだ よう に あざやか で あった。
「タバコ 1 ポン おくれ よ」
「ああ」
 ちいさい ケイキチ が タバコ を さしだす と、 カンゾウ は テイネイ に ギンガミ を やぶって、 あたらしい タバコ に ヒ を つけた。
「オジサン あるいて きた の?」
「ああ あるいて かえった ん だよ」
「とおい ん だろう? トウキョウ エキ の ほう へ いった の?」
「うん、 いろんな とこ へ いった さ」
「おもしろかった?」
「おもしろかった? か、 おもしろい もん か、 どこ も オオイリ マンイン で さ、 オジサン の はいって ゆく ヨチ は ちょっとも ない ん だよ」
「ふん。 ワリビキ まで まてば あく ん だろう?」
「ハラ が へって ワリビキ まで まて や せん よ。 そんな に まったら ミイラ に ならあ……」
 カンゾウ は タバコ を うまそう に ふう と はく と、 ケイキチ の おおきな アタマ を おさえて、
「オジサン が カネ でも はいったら、 ひとつ ナニ を ケイボウ に かって やろう か?」
 と いった。
「ホントウ に、 オカネ が はいったら かって くれる?」
「ああ かって やる とも、 キンツバ でも ダイフク でも さ」
「そんな、 オンナ の コ の すく よう な もん いや だ」
「おんや この ヤロウ ナマイキ だぞ! そいじゃ ナニ が いい ん だ?」
「あのね、 あの ガラス の ひらぺったい ツボ が いる ん だ けど……」
「ガラス の ツボ? キンギョ でも かう の かい?」
「…………」
「ま、 いい や、 そんな もん なら やすい ゴヨウ だ。 オジサン が リッパ な やつ を かって やる よ」
 コロッケ-ヤ では、 ウマ-くさい アブラ の ニオイ が して いる。 カンゾウ が サンジャクオビ を ぐっと さげる と ハラ が ぐりぐり なった。 ケイキチ は あおむいて、
「オジサン の オナカ よく なく ん だねえ」
 と わらった。
「ふん、 ダレ か みたい だね。 オバサン ナニ か ゴチソウ して なかった かい?」
「しらない よ」
「そう か、 ま、 とにかく 7~8 リ あるいた ん だ から ハラ も なく さ……」
 チンドンヤ が、 ケイキチ たち の ヨコ を くぐって、 ヌケミチ の オイナリサン の ミヤ の ナカ へ はいって いった。

 5

「やあ、 おかえりっ…… どんな だった?」
「ダメ だよ……」
「だから さ、 キシャ の アタマ って セイウ に かかわらない から、 そんな もの を せおって いったって ダメ な もの は ダメ よ。 だいいち、 ワタシ が よんだって おもしろく ない ん だ もの……」
「あんまり ヒト の マエ で ホントウ の こと いうな よ おい!」
 ヒロコ は 2 カイ から ぎくしゃく した チャブダイ を もって おりて、 ヌレブキン で ごしごし ふく と、 チャワン を ならべはじめた。
「もう ゴハン?」
「ええ この ヒト が すわれば ゴハン よ。 どうせ あるきくたびれて、 ハラ の カワ が セナカ へ はりついてる ん だ から……」
「ムチャ ばっかり いってる よ。 ……あ、 そいで、 サッキ の こと 2~3 ニチ すれば メハナ が つく ん だ けど、 ケイボウ を ひとつ、 あずかって くんない かしら、 けっして メイワク かけ や しない し、 アシタ に でも なったら、 すこし ぐらい とどけられる から……」
「うん、 その ハナシ ねえ、 キョウダイ アラソイ する の いや だ けれど、 おたがいに ショタイ を もってる ん じゃ ない の? はじめて なら とにかく、 たびたび の こと だし、 ワタシタチ も ちかぢか ここ を おっぱらわれそう だし……」
「たった 2~3 ニチ よ、 2~3 ニチ したら オミセ を ひらく の だ から、 アナタ にも テツダイ に きて もらえる し……」
「ええ だけど、 いまさら ワタシ が ホオベニ つけて コウチャ ハコビ も できなかろう し、 ホントウ いえば、 ネエサン の ハナシ アテ に ならない ん だ から……」
「シンヨウ が ない のねえ、 ……カンゾウ さん、 ひとつ ケイボウ 2~3 ニチ あずかって いただけません? イッショウ の オネガイ だ けど……」
 カンゾウ は、 クチベニ の こい アネ の スガタ を サッキ から じろじろ ながめて いた。 ココロ の ウチ で、 30 にも なれば ゴケ も なかなか つらい だろう と、 へんに ドウジョウ して しまって いる。
「ま、 ネエサン が、 それ で うまく いく ん なら おいて らっしゃい」
 と、 いう より シカタ が なかった。
 ねむって いる レイコ を せおって、 アネ の サダコ が デンシャチン も かりず に かえって ゆく と、 ヒロコ は、 わっと コエ を たてて ないた。
「あんな ヒト って ありゃあ しない! ジブン の カッテ の とき ばかり コ を あずけ に きてっ、 アナタ が なめられてる から じゃ ない のう」
「なにも なめられて や しない よ。 ニョウボウ の ネエサン じゃ ない か、 どうしても ダメ です とは いいきれない よ」
「バカ に されてん のよっ!」
「バカ に されたって いい じゃ ない かっ、 なく ヤツ が ある か、 バカッ! はやく メシ に しろっ」
 カンゾウ は フトコロ から イロイロ な ゲンコウ の タバ を だす と、 1 マイ を ひきやぶって ばりっと ハナ を かんだ。 ケイキチ は ちいさく なって それ を みて いた。 シンイチロウ は あそび に いって いる の かな、 はやく かえらない の かな と、 じいっと すわった まま すすりたい ハナ も よう すすらない で いる。
 4 ニン も シマイ が いて、 どれ も イノチ ほそぼそ ながらえて いる セイカツ なの か と おもう と、 ヒロコ は ダイドコロ を して いて も、 はあ と タメイキ が でた。
「ま、 シカタ が ない よ、 いまに オレ だって この ジョウタイ じゃ いない し、 コンキ で ゆく より しょうがない よ。 なにしろ ブンシ シボウ が 5 マン-ニン って ん だ から、 ホネ も おれる さ……」
「そんな ノンキ な こと いって られない わよ。 シン ちゃん だって ライネン から ガッコウ だし、 ドカタ でも なんでも して はたらいて くれた ほう が よっぽど うれしい わ。 ホントウ に!」
 カンゾウ は ダイ の ジ に なった。 ケイキチ は ますます かたく なって、 ちらかって いる タバコ の ギンガミ を ひろった。
「シン ちゃん! ゴハン よう、 シンコウッ」
 ダイドコロ の ガラスド が ひらいて、 かんだかい コエ で、 ヒロコ が コドモ を よんで いる。

 6

 アメ が しょぼしょぼ ふって うすぐらい。 イッソクトビ に フユ が きた よう な ヨウキ だ。
「アナタ あずかる と いった の だ から、 アナタ が この コ を シマツ して ください」
 それ が ケンカ の ゲンイン で、 カンゾウ は また ゲンコウ を フトコロ に して、
「じゃあ、 オマエ の キ に いる よう に、 ケイボウ を オスガ クン の ところ へ でも おいて くる よ」
 と カンゾウ は ケイキチ を つれて シブヤ エキ から ショウセン に のった の で あった。 ボウズ にくけりゃ ケサ まで と いう コトバ に うなずきながら、 デンシャ に ゆられて いて も、 カンゾウ は なにもかも おもしろく なかった。
「おい ケイボウ! ナカ の オバサン の とこ へ いって も おとなしく してる ん だぞ。 ええ?」
「うん」
「ケイボウ の カアサン が なって ない から、 まるで ケイ ちゃん が ヤドナシネコ みたい じゃ ない か、 ううん?」
「…………」
「さて、 オジサン は ザッシシャ へ よって、 オバサン の ツトメサキ に デンワ を かけて やる から、 オジサン が でて くる まで、 ソト で まってる ん だよ」
 ユウラク-チョウ で おりて、 ギンザ ウラ の ザッシシャ まで あるく と、 ケイキチ の ズック の ウンドウグツ は、 ミズ で びたびた して きた。 アカ や ミドリ の フク を きた めずらしい オンナ たち が とおって いる。
「おおきな マチ だろう?」
「…………」
 ザッシシャ の マエ へ くる と、 カンゾウ は ケイキチ に アマガサ を たかく かかげさして、 ミジマイ を なおす と、 ヒトツ の ゲンコウ を フウトウ へ いれて、
「じゃ カサ さして まって な、 あっちこっち いく ん じゃ ない よ、 すぐ でて くる から……」
 ウマ に のった よう な イキゴミ で、 トビラ を あけて はいって いった が、 カンゾウ が ビルディング の ナカ へ きえて しまう と、 ケイキチ は サムサ と ココロボソサ で、 ナンド すすって も ハナミズ が こぼれた。 ここ から、 ハハオヤ の ソバ まで は もう かえれない ほど とおい の では ない か と おもった。 ホドウ の タタキ へ あたる アメ が、 はねあがって、 ケイキチ の スソ へ あたって くる。 カサ が おおきい ので、 ケイキチ の スガタ が みえない ほど ひくく みえた。
 マチ には ヒルマ から ヒ が ついて いて、 ジンリキシャ が 1 ダイ ゆるゆる はしって いた。 ラジオ が きこえる。 がちゃがちゃ した オンガク だった。
「まだ かな」
 ケイキチ は しょげて おおきな カサ を ぶらん ぶらん ふった。
「おい ケイボウ!」
 ケイキチ は ほっと して カサ を もちあげて ビルディング の ゲンカン に いる カンゾウ の ソバ へ カサ を もって はしった。
「ここ も オオイリ マンイン だ」
「どんな ヒト が いる の?」
「オジサン みたい な リッパ な ヒト が たくさん いる ん だよ」
「…………」
 ケイキチ が だまって いる ので、 カンゾウ も だまった まま ぽつぽつ あるいた。 「さて どこ へ いく か」 カンゾウ は ふと たちどまって、 フウトウ から ゲンコウ を だす と、 あたらしい ゲンコウ を だして、 その フウトウ へ いれかえた。
「コンド は シンブンシャ だ」
「シンブンシャ?」
「ああ」
 いよいよ ケイキチ の クツ は おもく なった。 ハダカ の アシ が がたがた ふるえた。 マーク の はいった ハタ を つけた シンブンシャ の ジドウシャ が、 イクダイ も ならんで いる ところ へ でた。 カンゾウ は そこ でも ものなれた ヨウス で のこのこ カイダン を あがって いった。 ケイキチ は くたびれて しまって、 イリグチ の イシダン に カサ を すぼめて コシ を かけた。 アメ が にわか に ひどく なった。 ジドウシャ の ハタ が べろん と ぬれさがって いる。 ホドウ は アメ で たたきあげられて チチイロ に ケムリ を あげて いた が、 シンブンシャ の ジドウシャ が 1 ダイ 1 ダイ どっか へ すべって ゆく と、 ケイキチ の メノマエ に ちいさい オンナ の ハンドバッグ が アメ に ぬれて たたかれて いる の が みえた。

 7

 とにかく、 フタリ は そっと ホリバタ の ほう へ あるいて いった。
 アメ は ますます ひどく なって、 カンゾウ の さしかけて いる コウモリガサ が アメ に ざんざん たたかれて いる。 ペンキヌリ の アキヤ に なった ガレージ の マエ へ くる と、
「ケイ ちゃん! それ だして ごらん よ」 と、 カンゾウ が たちどまった。
「ダレ も きて ない かい?」
「うん、 ダレ も きて ない よ」
 ケイキチ が コウモリガサ を さしかける と、 スソ を たくしあげた カンゾウ は ケイキチ の ひろった あおい ハンドバッグ を ひらいて みた。 ケイキチ は セノビ を して、 オジ の テモト を みあげて いる。
「はいって いる かい!」
「まて よ……」
 あおい ハンドバッグ の ナカ には、 サワザキ スミコ と いう メイシ が 2~3 マイ はいって いた。 よごれた パフ の ついた ワセイ の コンパクト が ヒトツ、 ニオイ は なかなか いい。 ネリベニ、 クシ、 サンヤク の よう な もの。 ダンテ マジュツダン の マッチ、 オトコ の メイシ が 4~5 マイ、 ベニ の ついた ハンカチ が 1 マイ、 チャガワ の サイフ には、 5 セン-ダマ が フタツ、 ホカ に ハトロン の フウトウ が サイフ の セナカ に はいって いた が、 これ には 10 エン サツ が 1 マイ はいって いて、 フウトウ には 「ドウワ コウリョウ」 と かいて あった。
「はあ、 こりゃ、 オジサン みたい な ヒト が おとした ん だよ……」
 サワザキ スミコ と いえば ちょくちょく きいた こと の ある ナマエ だ――。 カンゾウ は、 ハトロン の フウトウ から 10 エン サツ を ひっぱりだした が、 ふと あきらめた よう に、 その 10 エン サツ を ハトロン の フウトウ の ナカ へ しまいこんで、
「ううん」
 と うなって しまった。
「ねえ、 それ ひろったって ボク の もん じゃ ない ん だろう?」
「そう さ、 この オンナ の ヒト だって こまってる だろう から、 とどけて あげなくちゃあ ねえ……」
 メイシ の ウラ を みる と、 シブヤ ク ハタガヤ ホンチョウ と して あった。 カンゾウ は、 ふと、 ヒロコ と ショタイ を もった コロ の 3~4 ネン マエ の ハタガヤ の アパート の こと を おもいだす の だ。 シバイウラ の よう な ゆがんだ ハシゴダン を あがって、 トッツキ の 3 ジョウ の マ を ツキ 5 エン で かりて いた が、 その コロ は ガッコウ の デタテ で まだ ビンボウ して も キボウ が あった が、 コドモ が できて 6 ネン にも なり、 ジブン の かく もの が 1 セン にも ならない と なる と、 ウミ の マンナカ へ のりだして しまった よう な ぼうぜん と した キモチ で、 どうにも ホウホウ が つかない。
「まま のりだした こっちゃい! ええっ、 どうにか なります わい」
「オンナ の ヒト ん ところ へ とどけ に いく の?」
「ああ とどけて やる こと に しよう。 まあ、 まて よ、 オバサン の ところ へ デンワ かけて みなくちゃあ……」
 カンゾウ は、 そう いって、 あおい ハンドバッグ の サイフ の ナカ から 5 セン-ダマ ヒトツ だして、 ガレージ の ソバ の ジドウ デンワ へ はいって いった。
「もしもし…… オスガ さん? ねえ、 ヤッカイ な こと なん だ。 そう さ、 カテイ ソウギ を おこしちまって、 それ も ケイボウ の こと なん だ けど、 キミ ん ところ で 2~3 ニチ あずかって くんない かねえ…… ん、 そりゃあ こまる なあ、 じゃ オレン さん の ところ へ おいとく か、 ん、 シンジョタイ で キノドク だ けど、 なにしろ イジ を まげて しまって、 ケイボウ は かわいそう だ けど、 ネエサン が どうしても にくい って いう ん だ。 ――ダラシ が ない んで ねえ、 あの ヒト も……」
 カンゾウ が ジドウ デンワ から でて くる と、 ケイキチ が シロメ を はりあげて オオツブ の ナミダ を ためて いた。
「こころぼそがらなくったって いい よ、 ナカ の オバサン は ジムショ の レンチュウ と アシタ は ハイキング だ って いう ん だ。 だから ちいさい オバサン とこ へ これから いって みよう」
「…………」
「だいじょうぶ だよ、 ――ナン だ オトコ の コ の くせ に」
「ねえ、 ボク、 オカアサン とこ へ かえりたい や!」
 ケイキチ は そう いって、 ジドウ デンワ の ウシロ へ まわり、 アメ に ぬれた まま コエ も たてず に なきだした。

 8

 レンコ は 17 サイ の ナツ、 アネ の ヒロコ の ところ を たよって ジョウキョウ して くる と、 すぐ アネ の オット、 マツヤマ カンゾウ の ユウジン セラ サンセキ と ケッコン して しまって、 3 ニン の アネ たち に あきれた オンナ だ と しかられて しまった。 で、 それっきり この ハントシ ばかり、 どの アネ たち にも ゴブサタ して しまって、 サンセキ と フウフ キドリ で、 その ヒ その ヒ を おくって いた の だ。
 セラ サンセキ は、 ヨウガカ で、 マイトシ テイテン へ 2~3 マイ は エ を はこぶ の で あった が、 ラクセン の ウキメ を みる こと たびたび で、 トウセン した の は、 7~8 ネン マエ に シャモ の ムレ を えがいて パス した と いって いる が、 これ とて も アテ には ならない。 トウニン は ヴァン ドンゲン を あいして いて、 アオイロ の ジンブツ を よく えがく の だ が、 カンゾウ に いわせる と 「アキヤ に すむ ジンブツ」 だ と コクヒョウ する ので、 サンセキ は、 17 サイ の レンコ を かっぱらう と ドウジ に、 カンゾウ の ところ へは ちっとも やって こなく なった。

「ケイボウ、 なく ヤツ が ある か。 オマエ の オカアサン も ダラシ が ない けど、 オマエ も ダラシ が ない ぞっ」
 カンゾウ は、 ひどく スキッパラ で、 2~3 ゲン まわった シンブンシャ が ダメ だった し、 アメ は ドシャブリ の フキナガシ と きてる し、 フトコロ は イチモンナシ の カラッケツ と、 アサ から ゴショウチノスケ で でて きて いる の だ。 で、 セ に ハラ は かえられぬ の テツ を ふんで、 ユウラク-チョウ の ガード ヨコチョウ まで ひっかえして くる と、 コハチ と いう オデンヤ へ はいった。
「シカタ が ない さ、 メシ でも たべて、 レンコ オバサン とこ へ いく こと に しよう や」
 そう いって、 ハジメ は エンリョ-っぽく コンニャク や、 ガンモドキ の タグイ を つついて いた の で あった が、 ネ が すき な サケ だ。 ハナ の サキ で ぷんぷん におわされて は、
「ええい」
 と キアイ の ヒトツ も かけたく なろう。 いつのまにか、 カンゾウ の マエ には トックリ が 4 ホン も ならび、 アタリ は くらく なった。
「ナニ よう びくびく してん だい! ええ ケイボウ! だいじょうぶ だよ。 アイテ は いくら ヴァン ドンゲン でも、 たかが ラクセン ガカ だっ、 オジサン が つれて いけば、 しのごの いわさん よ、 ええ? あんな サロン エカキ を スウハイ する から、 サンセキ は ついに サンセキ なん だ…… おおい サケ だ!」
 カンゾウ は いささか シュラン の ソウ が ある。
 ケイキチ は、 もはや、 ハハ が とおく なった と なく どころ では なかった。 カラダジュウ に カネ を うつ よう な ドウキ が して きた。
「オジサン オウチ へ かえろう よっ」
「ううん、 わかった わかった、 オウチ も よかろう。 ニョウボウ も シン ちゃん も よかろう。 が、 さて だね―― ジンセイ は そんな びくびく した もん じゃ ない よ。 ええ? カッパツ に あるかんけりゃ いかん。 ねえ ネエサン や……」
 オデンヤ の わかい オンナ シュジン は、 クチモト へ テ を あてて ただ おほおほ わらって いる。
「どう だい? ケイボウ、 オマエ みたい な モノ は、 シュッセ できん ぞ! ナン だ! びくびく して、 ヒデヨシ と ハチスカ コロク の ハナシ を しらん の かねえ……」
 カンゾウ は フトコロ から ゲンコウ の タバ を だす と、 ヒトツヒトツ ダイ を よみあげて いった。
「1、 ヘソ モンドウ、 2、 カゼ や ウミ や ソラ、 3、 ルイレキ の ある ジンセイ、 4、 ブカッコウ な オンナ、 5、 カジヤ ドウシ の ミミウチバナシ と、 どう だい、 どれ だって おもしろそう じゃ ない か、 それなのに、 これ が 1 ポン の サカテ にも ならん と いう の だ から フシギ だよ……」
 テーブル には トックリ が 7 ホン に なった。
 ケイキチ と おなじ くらい の アツゲショウ した オンナ の コ が、 「うたわして ちょうだい よ、 オキャクサン」 と はいって きた。 ケイキチ は、 びっくり して カンゾウ を つついた。
「ああ いくらでも うたいな。 ジンセイ うたいたい-だらけ だ。 どら オレ が ひとつ うたって やろう……」

  カゼ と ナミ と に さそわれて
  キョウ も ゲンコウ かいて ます
  サケ も のめない ゲンコウ を
  カゼ と ナミ と に だまされて……

 ケイキチ は、 たちあがって ヒトリ で コガイ へ でて いった。
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