カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ヤブ の ナカ

2016-06-05 | アクタガワ リュウノスケ
 ヤブ の ナカ

 アクタガワ リュウノスケ

     ケビイシ に とわれたる キコリ の モノガタリ

 さよう で ございます。 あの シガイ を みつけた の は、 ワタシ に チガイ ございません。 ワタシ は ケサ イツモ の とおり、 ウラヤマ の スギ を きり に まいりました。 すると ヤマカゲ の ヤブ の ナカ に、 あの シガイ が あった の で ございます。 あった ところ で ございます か? それ は ヤマシナ の エキロ から は、 4~5 チョウ ほど へだたって おりましょう。 タケ の ナカ に ヤセスギ の まじった、 ヒトケ の ない ところ で ございます。
 シガイ は ハナダ の スイカン に、 ミヤコフウ の サビエボシ を かぶった まま、 アオムケ に たおれて おりました。 なにしろ ヒトカタナ とは もうす ものの、 ムナモト の ツキキズ で ございます から、 シガイ の マワリ の タケ の オチバ は、 スオウ に しみた よう で ございます。 いえ、 チ は もう ながれて は おりません。 キズグチ も かわいて おった よう で ございます。 おまけに そこ には、 ウマバエ が 1 ピキ、 ワタシ の アシオト も きこえない よう に、 べったり くいついて おりましたっけ。
 タチ か ナニ か は みえなかった か? いえ、 なにも ございません。 ただ その ソバ の スギ の ネガタ に、 ナワ が ヒトスジ おちて おりました。 それから、 ――そうそう、 ナワ の ホカ にも クシ が ヒトツ ございました。 シガイ の マワリ に あった もの は、 この フタツ ぎり で ございます。 が、 クサ や タケ の オチバ は、 イチメン に ふみあらされて おりました から、 きっと あの オトコ は ころされる マエ に、 よほど ていたい ハタラキ でも いたした の に チガイ ございません。 なに、 ウマ は いなかった か? あそこ は いったい ウマ なぞ には、 はいれない ところ で ございます。 なにしろ ウマ の かよう ミチ とは、 ヤブ ヒトツ へだたって おります から。

     ケビイシ に とわれたる タビホウシ の モノガタリ

 あの シガイ の オトコ には、 たしか に キノウ あって おります。 キノウ の、 ――さあ、 ヒルゴロ で ございましょう。 バショ は セキヤマ から ヤマシナ へ、 まいろう と いう トチュウ で ございます。 あの オトコ は ウマ に のった オンナ と イッショ に、 セキヤマ の ほう へ あるいて まいりました。 オンナ は ムシ を たれて おりました から、 カオ は ワタシ には わかりません。 みえた の は ただ ハギガサネ らしい、 キヌ の イロ ばかり で ございます。 ウマ は ツキゲ の、 ――たしか ホウシガミ の ウマ の よう で ございました。 タケ で ございます か? タケ は ヨキ も ございました か? ――なにしろ シャモン の こと で ございます から、 その ヘン は はっきり ぞんじません。 オトコ は、 ――いえ、 タチ も おびて おれば、 ユミヤ も たずさえて おりました。 ことに くろい ヌリエビラ へ、 20 あまり ソヤ を さした の は、 タダイマ でも はっきり おぼえて おります。
 あの オトコ が かよう に なろう とは、 ゆめにも おもわず に おりました が、 まことに ニンゲン の イノチ なぞ は、 ニョロ ヤク ニョデン に チガイ ございません。 やれやれ、 なんとも モウシヨウ の ない、 キノドク な こと を いたしました。

     ケビイシ に とわれたる ホウメン の モノガタリ

 ワタシ が からめとった オトコ で ございます か? これ は たしか に タジョウマル と いう、 なだかい ヌスビト で ございます。 もっとも ワタシ が からめとった とき には、 ウマ から おちた の で ございましょう、 アワタグチ の イシバシ の ウエ に、 うんうん うなって おりました。 ジコク で ございます か? ジコク は サクヤ の ショコウ-ゴロ で ございます。 いつぞや ワタシ が とらえそんじた とき にも、 やはり この コン の スイカン に、 ウチダシ の タチ を はいて おりました、 タダイマ は その ホカ にも ゴラン の とおり、 ユミヤ の タグイ さえ たずさえて おります。 さよう で ございます か? あの シガイ の オトコ が もって いた の も、 ――では ヒトゴロシ を はたらいた の は、 この タジョウマル に チガイ ございません。 カワ を まいた ユミ、 クロヌリ の エビラ、 タカ の ハネ の ソヤ が 17 ホン、 ――これ は みな、 あの オトコ が もって いた もの で ございましょう。 はい。 ウマ も おっしゃる とおり、 ホウシガミ の ツキゲ で ございます。 その チクショウ に おとされる とは、 ナニ か の インネン に チガイ ございません。 それ は イシバシ の すこし サキ に、 ながい ハヅナ を ひいた まま、 ミチバタ の アオススキ を くって おりました。
 この タジョウマル と いう ヤツ は、 ラクチュウ に ハイカイ する ヌスビト の ナカ でも、 オンナズキ の ヤツ で ございます。 サクネン の アキ トリベデラ の ビンズル の ウシロ の ヤマ に、 モノモウデ に きた らしい ニョウボウ が ヒトリ、 メノワラワ と イッショ に ころされて いた の は、 コイツ の シワザ だ とか もうして おりました。 その ツキゲ に のって いた オンナ も、 コイツ が あの オトコ を ころした と なれば、 どこ へ どうした か わかりません。 さしでがましゅう ございます が、 それ も ゴセンギ くださいまし。

     ケビイシ に とわれたる オウナ の モノガタリ

 はい、 あの シガイ は テマエ の ムスメ が、 かたづいた オトコ で ございます。 が、 ミヤコ の モノ では ございません。 ワカサ の コクフ の サムライ で ございます。 ナ は カナザワ ノ タケヒロ、 トシ は 26 サイ で ございました。 いえ、 やさしい キダテ で ございます から、 イコン なぞ うける はず は ございません。
 ムスメ で ございます か? ムスメ の ナ は マサゴ、 トシ は 19 サイ で ございます。 これ は オトコ にも おとらぬ くらい、 カチキ の オンナ で ございます が、 まだ イチド も タケヒロ の ホカ には、 オトコ を もった こと は ございません。 カオ は イロ の あさぐろい、 ヒダリ の メジリ に ホクロ の ある、 ちいさい ウリザネガオ で ございます。
 タケヒロ は キノウ ムスメ と イッショ に、 ワカサ へ たった の で ございます が、 こんな こと に なります とは、 なんと いう インガ で ございましょう。 しかし ムスメ は どう なりました やら、 ムコ の こと は あきらめまして も、 これ だけ は シンパイ で なりません。 どうか この ウバ が イッショウ の オネガイ で ございます から、 たとい クサキ を わけまして も、 ムスメ の ユクエ を おたずね くださいまし。 ナン に いたせ にくい の は、 その タジョウマル とか なんとか もうす、 ヌスビト の ヤツ で ございます。 ムコ ばかり か、 ムスメ まで も…… (アト は なきいりて コトバ なし)

     *     *     *     *     *

     タジョウマル の ハクジョウ

 あの オトコ を ころした の は ワタシ です。 しかし オンナ は ころし は しません。 では どこ へ いった の か? それ は ワタシ にも わからない の です。 まあ、 おまちなさい。 いくら ゴウモン に かけられて も、 しらない こと は もうされますまい。 そのうえ ワタシ も こう なれば、 ヒキョウ な カクシダテ は しない つもり です。
 ワタシ は キノウ の ヒル すこし-スギ、 あの フウフ に であいました。 その とき カゼ の ふいた ヒョウシ に、 ムシ の タレギヌ が あがった もの です から、 ちらり と オンナ の カオ が みえた の です。 ちらり と、 ――みえた と おもう シュンカン には、 もう みえなく なった の です が、 ヒトツ には その ため も あった の でしょう、 ワタシ には あの オンナ の カオ が、 ニョボサツ の よう に みえた の です。 ワタシ は その トッサ の アイダ に、 たとい オトコ は ころして も、 オンナ は うばおう と ケッシン しました。
 なに、 オトコ を ころす なぞ は、 アナタガタ の おもって いる よう に、 たいした こと では ありません。 どうせ オンナ を うばう と なれば、 かならず、 オトコ は ころされる の です。 ただ ワタシ は ころす とき に、 コシ の タチ を つかう の です が、 アナタガタ は タチ は つかわない、 ただ ケンリョク で ころす、 カネ で ころす、 どうか する と オタメゴカシ の コトバ だけ でも ころす でしょう。 なるほど チ は ながれない、 オトコ は リッパ に いきて いる、 ――しかし それでも ころした の です。 ツミ の フカサ を かんがえて みれば、 アナタガタ が わるい か、 ワタシ が わるい か、 どちら が わるい か わかりません。 (ヒニク なる ビショウ)
 しかし オトコ を ころさず とも、 オンナ を うばう こと が できれば、 べつに フソク は ない わけ です。 いや、 その とき の ココロモチ では、 できる だけ オトコ を ころさず に、 オンナ を うばおう と ケッシン した の です。 が、 あの ヤマシナ の エキロ では、 とても そんな こと は できません。 そこで ワタシ は ヤマ の ナカ へ、 あの フウフ を つれこむ クフウ を しました。
 これ も ゾウサ は ありません。 ワタシ は あの フウフ の ミチヅレ に なる と、 ムコウ の ヤマ には フルヅカ が ある、 この フルヅカ を あばいて みたら、 カガミ や タチ が たくさん でた、 ワタシ は タレ も しらない よう に、 ヤマ の カゲ の ヤブ の ナカ へ、 そういう もの を うずめて ある、 もし ノゾミテ が ある ならば、 どれ でも やすい ネ に うりわたしたい、 ――と いう ハナシ を した の です。 オトコ は いつか ワタシ の ハナシ に、 だんだん ココロ を うごかしはじめました。 それから、 ――どう です、 ヨク と いう もの は おそろしい では ありません か? それから ハントキ も たたない うち に、 あの フウフ は ワタシ と イッショ に、 ヤマミチ へ ウマ を むけて いた の です。
 ワタシ は ヤブ の マエ へ くる と、 タカラ は この ナカ に うずめて ある、 み に きて くれ と いいました。 オトコ は ヨク に かわいて います から、 イゾン の ある はず は ありません。 が、 オンナ は ウマ も おりず に、 まって いる と いう の です。 また あの ヤブ の しげって いる の を みて は、 そう いう の も ムリ は ありますまい。 ワタシ は これ も ジツ を いえば、 おもう ツボ に はまった の です から、 オンナ ヒトリ を のこした まま、 オトコ と ヤブ の ナカ へ はいりました。
 ヤブ は しばらく の アイダ は タケ ばかり です。 が、 ハンチョウ ほど いった ところ に、 やや ひらいた スギムラ が ある、 ――ワタシ の シゴト を しとげる の には、 これほど ツゴウ の いい バショ は ありません。 ワタシ は ヤブ を おしわけながら、 タカラ は スギ の シタ に うずめて ある と、 もっともらしい ウソ を つきました。 オトコ は ワタシ に そう いわれる と、 もう ヤセスギ が すいて みえる ほう へ、 イッショウ ケンメイ に すすんで ゆきます。 その うち に タケ が まばら に なる と、 ナンボン も スギ が ならんで いる、 ――ワタシ は そこ へ くる が はやい か、 いきなり アイテ を くみふせました。 オトコ も タチ を はいて いる だけ に、 チカラ は ソウトウ に あった よう です が、 フイ を うたれて は たまりません。 たちまち 1 ポン の スギ の ネガタ へ、 くくりつけられて しまいました。 ナワ です か? ナワ は ヌスビト の アリガタサ に、 いつ ヘイ を こえる か わかりません から、 ちゃんと コシ に つけて いた の です。 もちろん コエ を ださせない ため にも、 タケ の オチバ を ほおばらせれば、 ホカ に メンドウ は ありません。
 ワタシ は オトコ を かたづけて しまう と、 コンド は また オンナ の ところ へ、 オトコ が キュウビョウ を おこした らしい から、 み に きて くれ と いい に ゆきました。 これ も ズボシ に あたった の は、 もうしあげる まで も ありますまい。 オンナ は イチメガサ を ぬいだ まま、 ワタシ に テ を とられながら、 ヤブ の オク へ はいって きました。 ところが そこ へ きて みる と、 オトコ は スギ の ネ に しばられて いる、 ――オンナ は それ を ヒトメ みる なり、 いつのまに フトコロ から だして いた か、 きらり と サスガ を ひきぬきました。 ワタシ は まだ イマ まで に、 あの くらい キショウ の はげしい オンナ は、 ヒトリ も みた こと が ありません。 もし その とき でも ユダン して いたらば、 ヒトツキ に ヒバラ を つかれた でしょう。 いや、 それ は ミ を かわした ところ が、 ムニ ムサン に きりたてられる うち には、 どんな ケガ も しかねなかった の です。 が、 ワタシ も タジョウマル です から、 どうにか こうにか タチ も ぬかず に、 とうとう サスガ を うちおとしました。 いくら キ の かった オンナ でも、 エモノ が なければ シカタ が ありません。 ワタシ は とうとう オモイドオリ、 オトコ の イノチ は とらず とも、 オンナ を テ に いれる こと は できた の です。
 オトコ の イノチ は とらず とも、 ――そう です。 ワタシ は その うえ にも、 オトコ を ころす つもり は なかった の です。 ところが なきふした オンナ を アト に、 ヤブ の ソト へ にげよう と する と、 オンナ は とつぜん ワタシ の ウデ へ、 キチガイ の よう に すがりつきました。 しかも きれぎれ に さけぶ の を きけば、 アナタ が しぬ か オット が しぬ か、 どちら か ヒトリ しんで くれ、 フタリ の オトコ に ハジ を みせる の は、 しぬ より も つらい と いう の です。 いや、 その ウチ どちら に しろ、 いきのこった オトコ に つれそいたい、 ――そう も あえぎあえぎ いう の です。 ワタシ は その とき もうぜん と、 オトコ を ころしたい キ に なりました。 (インウツ なる コウフン)
 こんな こと を もうしあげる と、 きっと ワタシ は アナタガタ より、 ザンコク な ニンゲン に みえる でしょう。 しかし それ は アナタガタ が、 あの オンナ の カオ を みない から です。 ことに その イッシュンカン の、 もえる よう な ヒトミ を みない から です。 ワタシ は オンナ と メ を あわせた とき、 たとい カミナリ に うちころされて も、 この オンナ を ツマ に したい と おもいました。 ツマ に したい、 ――ワタシ の ネントウ に あった の は、 ただ こういう イチジ だけ です。 これ は アナタガタ の おもう よう に、 いやしい シキヨク では ありません。 もし その とき シキヨク の ホカ に、 なにも ノゾミ が なかった と すれば、 ワタシ は オンナ を けたおして も、 きっと にげて しまった でしょう。 オトコ も そう すれば ワタシ の タチ に、 チ を ぬる こと には ならなかった の です。 が、 うすぐらい ヤブ の ナカ に、 じっと オンナ の カオ を みた セツナ、 ワタシ は オトコ を ころさない かぎり、 ここ は さるまい と カクゴ しました。
 しかし オトコ を ころす に して も、 ヒキョウ な コロシカタ は したく ありません。 ワタシ は オトコ の ナワ を といた うえ、 タチウチ を しろ と いいました。 (スギ の ネガタ に おちて いた の は、 その とき すてわすれた ナワ なの です) オトコ は ケッソウ を かえた まま、 ふとい タチ を ひきぬきました。 と おもう と クチ も きかず に、 ふんぜん と ワタシ へ とびかかりました。 ――その タチウチ が どう なった か は、 もうしあげる まで も ありますまい。 ワタシ の タチ は 23 ゴウ-メ に、 アイテ の ムネ を つらぬきました。 23 ゴウ-メ に、 ――どうか それ を わすれず に ください。 ワタシ は イマ でも この こと だけ は、 カンシン だ と おもって いる の です。 ワタシ と 20 ゴウ きりむすんだ モノ は、 テンカ に あの オトコ ヒトリ だけ です から。 (カイカツ なる ビショウ)
 ワタシ は オトコ が たおれる と ドウジ に、 チ に そまった カタナ を さげた なり、 オンナ の ほう を ふりかえりました。 すると、 ――どう です、 あの オンナ は どこ にも いない では ありません か? ワタシ は オンナ が どちら へ にげた か、 スギムラ の アイダ を さがして みました。 が、 タケ の オチバ の ウエ には、 それ らしい アト も のこって いません。 また ミミ を すませて みて も、 きこえる の は ただ オトコ の ノド に、 ダンマツマ の オト が する だけ です。
 コト に よる と あの オンナ は、 ワタシ が タチウチ を はじめる が はやい か、 ヒト の タスケ でも よぶ ため に、 ヤブ を くぐって にげた の かも しれない。 ――ワタシ は そう かんがえる と、 コンド は ワタシ の イノチ です から、 タチ や ユミヤ を うばった なり、 すぐに また モト の ヤマミチ へ でました。 そこ には まだ オンナ の ウマ が、 しずか に クサ を くって います。 ソノゴ の こと は もうしあげる だけ、 ムヨウ の クチカズ に すぎますまい。 ただ、 ミヤコ へ はいる マエ に、 タチ だけ は もう てばなして いました。 ――ワタシ の ハクジョウ は これ だけ です。 どうせ イチド は オウチ の コズエ に、 かける クビ と おもって います から、 どうか ゴッケイ に あわせて ください。 (こうぜん たる タイド)

     キヨミズデラ に きたれる オンナ の ザンゲ

 ――その コン の スイカン を きた オトコ は、 ワタシ を テゴメ に して しまう と、 しばられた オット を ながめながら、 あざける よう に わらいました。 オット は どんな に ムネン だった でしょう。 が、 いくら ミモダエ を して も、 カラダジュウ に かかった ナワメ は、 いっそう ひしひし と くいいる だけ です。 ワタシ は おもわず オット の ソバ へ、 ころぶ よう に はしりよりました。 いえ、 はしりよろう と した の です。 しかし オトコ は トッサ の アイダ に、 ワタシ を そこ へ けたおしました。 ちょうど その トタン です。 ワタシ は オット の メ の ナカ に、 なんとも イイヨウ の ない カガヤキ が、 やどって いる の を さとりました。 なんとも イイヨウ の ない、 ――ワタシ は あの メ を おもいだす と、 イマ でも ミブルイ が でず には いられません。 クチ さえ イチゴン も きけない オット は、 その セツナ の メ の ナカ に、 イッサイ の ココロ を つたえた の です。 しかも そこ に ひらめいて いた の は、 イカリ でも なければ カナシミ でも ない、 ――ただ ワタシ を さげすんだ、 つめたい ヒカリ だった では ありません か? ワタシ は オトコ に けられた より も、 その メ の イロ に うたれた よう に、 われしらず ナニ か さけんだ ぎり、 とうとう キ を うしなって しまいました。
 その うち に やっと キ が ついて みる と、 あの コン の スイカン の オトコ は、 もう どこ か へ いって いました。 アト には ただ スギ の ネガタ に、 オット が しばられて いる だけ です。 ワタシ は タケ の オチバ の ウエ に、 やっと カラダ を おこした なり、 オット の カオ を みまもりました。 が、 オット の メ の イロ は、 すこしも サッキ と かわりません。 やはり つめたい サゲスミ の ソコ に、 ニクシミ の イロ を みせて いる の です。 ハズカシサ、 カナシサ、 ハラダタシサ、 ――その とき の ワタシ の ココロ の ウチ は、 なんと いえば よい か わかりません。 ワタシ は よろよろ たちあがりながら、 オット の ソバ へ ちかよりました。
「アナタ。 もう こう なった うえ は、 アナタ と ゴイッショ には おられません。 ワタシ は ひとおもいに しぬ カクゴ です。 しかし、 ――しかし アナタ も おしに なすって ください。 アナタ は ワタシ の ハジ を ゴラン に なりました。 ワタシ は このまま アナタ ヒトリ、 おのこし もうす わけ には まいりません」
 ワタシ は イッショウ ケンメイ に、 これ だけ の こと を いいました。 それでも オット は いまわしそう に、 ワタシ を みつめて いる ばかり なの です。 ワタシ は さけそう な ムネ を おさえながら、 オット の タチ を さがしました。 が、 あの ヌスビト に うばわれた の でしょう、 タチ は もちろん ユミヤ さえ も、 ヤブ の ナカ には みあたりません。 しかし さいわい サスガ だけ は、 ワタシ の アシモト に おちて いる の です。 ワタシ は その サスガ を ふりあげる と、 もう イチド オット に こう いいました。
「では オイノチ を いただかせて ください。 ワタシ も すぐに オトモ します」
 オット は この コトバ を きいた とき、 やっと クチビル を うごかしました。 もちろん クチ には ササ の オチバ が、 いっぱい に つまって います から、 コエ は すこしも きこえません。 が、 ワタシ は それ を みる と、 たちまち その コトバ を さとりました。 オット は ワタシ を さげすんだ まま、 「ころせ」 と ヒトコト いった の です。 ワタシ は ほとんど、 ユメウツツ の ウチ に、 オット の ハナダ の スイカン の ムネ へ、 ずぶり と サスガ を さしとおしました。
 ワタシ は また この とき も、 キ を うしなって しまった の でしょう。 やっと アタリ を みまわした とき には、 オット は もう しばられた まま、 とうに イキ が たえて いました。 その あおざめた カオ の ウエ には、 タケ に まじった スギムラ の ソラ から、 ニシビ が ヒトスジ おちて いる の です。 ワタシ は ナキゴエ を のみながら、 シガイ の ナワ を ときすてました。 そうして、 ――そうして ワタシ が どう なった か? それ だけ は もう ワタシ には、 もうしあげる チカラ も ありません。 とにかく ワタシ は どうしても、 しにきる チカラ が なかった の です。 サスガ を ノド に つきたてたり、 ヤマ の スソ の イケ へ ミ を なげたり、 イロイロ な こと も して みました が、 しにきれず に こうして いる かぎり、 これ も ジマン には なりますまい。 (さびしき ビショウ) ワタシ の よう に ふがいない モノ は、 ダイジ ダイヒ の カンゼオン ボサツ も、 おみはなし なすった もの かも しれません。 しかし オット を ころした ワタシ は、 ヌスビト の テゴメ に あった ワタシ は、 いったい どう すれば よい の でしょう? いったい ワタシ は、 ――ワタシ は、 ―― (とつぜん はげしき ススリナキ)

     ミコ の クチ を かりたる シリョウ の モノガタリ

 ――ヌスビト は ツマ を テゴメ に する と、 そこ へ コシ を おろした まま、 いろいろ ツマ を なぐさめだした。 オレ は もちろん クチ は きけない。 カラダ も スギ の ネ に しばられて いる。 が、 オレ は その アイダ に、 ナンド も ツマ へ メクバセ を した。 この オトコ の いう こと を マ に うけるな、 ナニ を いって も ウソ と おもえ、 ――オレ は そんな イミ を つたえたい と おもった。 しかし ツマ は しょうぜん と ササ の オチバ に すわった なり、 じっと ヒザ へ メ を やって いる。 それ が どうも ヌスビト の コトバ に、 ききいって いる よう に みえる では ない か? オレ は ネタマシサ に ミモダエ を した。 が、 ヌスビト は それ から それ へ と、 コウミョウ に ハナシ を すすめて いる。 イチド でも ハダミ を けがした と なれば、 オット との ナカ も おりあうまい。 そんな オット に つれそって いる より、 ジブン の ツマ に なる キ は ない か? ジブン は いとしい と おもえば こそ、 だいそれた マネ も はたらいた の だ、 ――ヌスビト は とうとう ダイタン にも、 そういう ハナシ さえ もちだした。
 ヌスビト に こう いわれる と、 ツマ は うっとり と カオ を もたげた。 オレ は まだ あの とき ほど、 うつくしい ツマ を みた こと が ない。 しかし その うつくしい ツマ は、 ゲンザイ しばられた オレ を マエ に、 なんと ヌスビト に ヘンジ を した か? オレ は チュウウ に まよって いて も、 ツマ の ヘンジ を おもいだす ごと に、 シンイ に もえなかった ためし は ない。 ツマ は たしか に こう いった、 ―― 「では どこ へ でも つれて いって ください」 (ながき チンモク)
 ツマ の ツミ は それ だけ では ない。 それ だけ ならば この ヤミ の ナカ に、 イマ ほど オレ も くるしみ は しまい。 しかし ツマ は ユメ の よう に、 ヌスビト に テ を とられながら、 ヤブ の ソト へ ゆこう と する と、 たちまち ガンショク を うしなった なり、 スギ の ネ の オレ を ゆびさした。 「あの ヒト を ころして ください。 ワタシ は あの ヒト が いきて いて は、 アナタ と イッショ には いられません」 ――ツマ は キ が くるった よう に、 ナンド も こう さけびたてた。 「あの ヒト を ころして ください」 ――この コトバ は アラシ の よう に、 イマ でも とおい ヤミ の ソコ へ、 マッサカサマ に オレ を ふきおとそう と する。 イチド でも この くらい にくむ べき コトバ が、 ニンゲン の クチ を でた こと が あろう か? イチド でも この くらい のろわしい コトバ が、 ニンゲン の ミミ に ふれた こと が あろう か? イチド でも この くらい、 ―― (とつぜん ほとばしる ごとき チョウショウ) その コトバ を きいた とき は、 ヌスビト さえ イロ を うしなって しまった。 「あの ヒト を ころして ください」 ――ツマ は そう さけびながら、 ヌスビト の ウデ に すがって いる。 ヌスビト は じっと ツマ を みた まま、 ころす とも ころさぬ とも ヘンジ を しない。 ――と おもう か おもわない うち に、 ツマ は タケ の オチバ の ウエ へ、 ただ ヒトケリ に けたおされた。 (ふたたび、 ほとばしる ごとき チョウショウ) ヌスビト は しずか に リョウウデ を くむ と、 オレ の スガタ へ メ を やった。 「あの オンナ は どう する つもり だ? ころす か、 それとも たすけて やる か? ヘンジ は ただ うなずけば よい。 ころす か?」 ――オレ は この コトバ だけ でも、 ヌスビト の ツミ は ゆるして やりたい。 (ふたたび、 ながき チンモク)
 ツマ は オレ が ためらう うち に、 ナニ か ヒトコエ さけぶ が はやい か、 たちまち ヤブ の オク へ はしりだした。 ヌスビト も トッサ に とびかかった が、 これ は ソデ さえ とらえなかった らしい。 オレ は ただ マボロシ の よう に、 そういう ケシキ を ながめて いた。
 ヌスビト は ツマ が にげさった ノチ、 タチ や ユミヤ を とりあげる と、 1 カショ だけ オレ の ナワ を きった。 「コンド は オレ の ミノウエ だ」 ――オレ は ヌスビト が ヤブ の ソト へ、 スガタ を かくして しまう とき に、 こう つぶやいた の を おぼえて いる。 その アト は どこ も しずか だった。 いや、 まだ タレ か の なく コエ が する。 オレ は ナワ を ときながら、 じっと ミミ を すませて みた。 が、 その コエ も キ が ついて みれば、 オレ ジシン の ないて いる コエ だった では ない か? (ミタビ、 ながき チンモク)
 オレ は やっと スギ の ネ から、 つかれはてた カラダ を おこした。 オレ の マエ には ツマ が おとした、 サスガ が ヒトツ ひかって いる。 オレ は それ を テ に とる と、 ヒトツキ に オレ の ムネ へ さした。 ナニ か なまぐさい カタマリ が オレ の クチ へ こみあげて くる。 が、 クルシミ は すこしも ない。 ただ ムネ が つめたく なる と、 いっそう アタリ が しんと して しまった。 ああ、 なんと いう シズカサ だろう。 この ヤマカゲ の ヤブ の ソラ には、 コトリ 1 ワ さえずり に こない。 ただ スギ や タケ の ウラ に、 さびしい ヒカゲ が ただよって いる。 ヒカゲ が、 ――それ も しだいに うすれて くる。 もう スギ や タケ も みえない。 オレ は そこ に たおれた まま、 ふかい シズカサ に つつまれて いる。
 その とき タレ か シノビアシ に、 オレ の ソバ へ きた モノ が ある。 オレ は そちら を みよう と した。 が、 オレ の マワリ には、 いつか ウスヤミ が たちこめて いる。 タレ か、 ――その タレ か は みえない テ に、 そっと ムネ の サスガ を ぬいた。 ドウジ に オレ の クチ の ナカ には、 もう イチド チシオ が あふれて くる。 オレ は それぎり エイキュウ に、 チュウウ の ヤミ へ しずんで しまった。…………
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