カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ミカン

2015-03-06 | アクタガワ リュウノスケ
 ミカン

 アクタガワ リュウノスケ

 ある くもった フユ の ヒグレ で ある。 ワタクシ は ヨコスカ ハツ ノボリ ニトウ キャクシャ の スミ に コシ を おろして、 ぼんやり ハッシャ の フエ を まって いた。 とうに デントウ の ついた キャクシャ の ナカ には、 めずらしく ワタクシ の ホカ に ヒトリ も ジョウキャク は いなかった。 ソト を のぞく と、 うすぐらい プラットフォーム にも、 キョウ は めずらしく ミオクリ の ヒトカゲ さえ アト を たって、 ただ、 オリ に いれられた コイヌ が 1 ピキ、 ときどき かなしそう に、 ほえたてて いた。 これら は その とき の ワタクシ の ココロモチ と、 フシギ な くらい につかわしい ケシキ だった。 ワタクシ の アタマ の ナカ には イイヨウ の ない ヒロウ と ケンタイ と が、 まるで ユキグモリ の ソラ の よう な どんより した カゲ を おとして いた。 ワタクシ は ガイトウ の ポッケット へ じっと リョウテ を つっこんだ まま、 そこ に はいって いる ユウカン を だして みよう と いう ゲンキ さえ おこらなかった。
 が、 やがて ハッシャ の フエ が なった。 ワタクシ は かすか な ココロ の クツロギ を かんじながら、 ウシロ の マドワク へ アタマ を もたせて、 メノマエ の テイシャジョウ が ずるずる と アトズサリ を はじめる の を まつ とも なく まちかまえて いた。 ところが それ より も サキ に けたたましい ヒヨリ ゲタ の オト が、 カイサツグチ の ほう から きこえだした と おもう と、 まもなく シャショウ の ナニ か いいののしる コエ と ともに、 ワタクシ の のって いる ニトウシツ の ト が がらり と あいて、 13~14 の コムスメ が ヒトリ、 あわただしく ナカ へ はいって きた、 と ドウジ に ヒトツ ずしり と ゆれて、 おもむろに キシャ は うごきだした。 1 ポン ずつ メ を くぎって ゆく プラットフォーム の ハシラ、 おきわすれた よう な ウンスイシャ、 それから シャナイ の ダレ か に シュウギ の レイ を いって いる アカボウ―― そういう スベテ は、 マド へ ふきつける バイエン の ナカ に、 みれんがましく ウシロ へ たおれて いった。 ワタクシ は ようやく ほっと した ココロモチ に なって、 マキタバコ に ヒ を つけながら、 はじめて ものうい マブタ を あげて、 マエ の セキ に コシ を おろして いた コムスメ の カオ を イチベツ した。
 それ は アブラケ の ない カミ を ヒッツメ の イチョウガエシ に ゆって、 ヨコナデ の アト の ある ヒビ-だらけ の リョウホオ を キモチ の わるい ほど あかく ほてらせた、 いかにも イナカモノ-らしい ムスメ だった。 しかも あかじみた モエギイロ の ケイト の エリマキ が だらり と たれさがった ヒザ の ウエ には、 おおきな フロシキヅツミ が あった。 その また ツツミ を だいた シモヤケ の テ の ナカ には、 サントウ の アカギップ が ダイジ そう に しっかり にぎられて いた。 ワタクシ は この コムスメ の ゲヒン な カオダチ を このまなかった。 それから カノジョ の フクソウ が フケツ なの も やはり フカイ だった。 サイゴ に その ニトウ と サントウ との クベツ さえ も わきまえない グドン な ココロ が はらだたしかった。 だから マキタバコ に ヒ を つけた ワタクシ は、 ヒトツ には この コムスメ の ソンザイ を わすれたい と いう ココロモチ も あって、 コンド は ポッケット の ユウカン を まんぜん と ヒザ の ウエ へ ひろげて みた。 すると その とき ユウカン の シメン に おちて いた ガイコウ が、 とつぜん デントウ の ヒカリ に かわって、 スリ の わるい ナニラン か の カツジ が イガイ な くらい あざやか に ワタクシ の メノマエ へ うかんで きた。 いう まで も なく キシャ は イマ、 ヨコスカ セン に おおい トンネル の サイショ の それ へ はいった の で ある。
 しかし その デントウ の ヒカリ に てらされた ユウカン の シメン を みわたして も、 やはり ワタクシ の ユウウツ を なぐさむ べく、 セケン は あまり に ヘイボン な デキゴト ばかり で もちきって いた。 コウワ モンダイ、 シンプ シンロウ、 トクショク ジケン、 シボウ コウコク―― ワタクシ は トンネル へ はいった イッシュンカン、 キシャ の はしって いる ホウコウ が ギャク に なった よう な サッカク を かんじながら、 それら の さくばく と した キジ から キジ へ ほとんど キカイテキ に メ を とおした。 が、 その アイダ も もちろん あの コムスメ が、 あたかも ヒゾク な ゲンジツ を ニンゲン に した よう な オモモチ で、 ワタクシ の マエ に すわって いる こと を たえず イシキ せず には いられなかった。 この トンネル の ナカ の キシャ と、 この イナカモノ の コムスメ と、 そうして また この ヘイボン な キジ に うずまって いる ユウカン と、 ――これ が ショウチョウ で なくて ナン で あろう。 フカカイ な、 カトウ な、 タイクツ な ジンセイ の ショウチョウ で なくて ナン で あろう。 ワタクシ は イッサイ が くだらなく なって、 よみかけた ユウカン を ほうりだす と、 また マドワク に アタマ を もたせながら、 しんだ よう に メ を つぶって、 うつらうつら しはじめた。
 それから イクフン か すぎた ノチ で あった。 ふと ナニ か に おびやかされた よう な ココロモチ が して、 おもわず アタリ を みまわす と、 いつのまにか レイ の コムスメ が、 ムコウガワ から セキ を ワタクシ の トナリ へ うつして、 しきり に マド を あけよう と して いる。 が、 おもい ガラスド は なかなか おもう よう に あがらない らしい。 あの ヒビ-だらけ の ホオ は いよいよ あかく なって、 ときどき ハナ を すすりこむ オト が、 ちいさな イキ の きれる コエ と イッショ に、 せわしなく ミミ へ はいって くる。 これ は もちろん ワタクシ にも、 イクブン ながら ドウジョウ を ひく に たる もの には ソウイ なかった。 しかし キシャ が イマ まさに トンネル の クチ へ さしかかろう と して いる こと は、 ボショク の ナカ に カレクサ ばかり あかるい リョウガワ の サンプク が、 まぢかく マドガワ に せまって きた の でも、 すぐに ガテン の ゆく こと で あった。 にもかかわらず この コムスメ は、 わざわざ しめて ある マド の ト を おろそう と する、 ――その リユウ が ワタクシ には のみこめなかった。 いや、 それ が ワタクシ には、 たんに この コムスメ の キマグレ だ と しか かんがえられなかった。 だから ワタクシ は ハラ の ソコ に いぜん と して けわしい カンジョウ を たくわえながら、 あの シモヤケ の テ が ガラスド を もたげよう と して アクセン クトウ する ヨウス を、 まるで それ が エイキュウ に セイコウ しない こと でも いのる よう な レイコク な メ で ながめて いた。 すると まもなく すさまじい オト を はためかせて、 キシャ が トンネル へ なだれこむ と ドウジ に、 コムスメ の あけよう と した ガラスド は、 とうとう ばたり と シタ へ おちた。 そうして その シカク な アナ の ナカ から、 スス を とかした よう な どすぐろい クウキ が、 にわか に いきぐるしい ケムリ に なって、 もうもう と シャナイ へ みなぎりだした。 がんらい ノド を がいして いた ワタクシ は、 ハンケチ を カオ に あてる ヒマ さえ なく、 この ケムリ を マンメン に あびせられた おかげ で、 ほとんど イキ も つけない ほど せきこまなければ ならなかった。 が、 コムスメ は ワタクシ に トンジャク する ケシキ も みえず、 マド から ソト へ クビ を のばして、 ヤミ を ふく カゼ に イチョウガエシ の ビン の ケ を そよがせながら、 じっと キシャ の すすむ ホウコウ を みやって いる。 その スガタ を バイエン と デントウ の ヒカリ との ナカ に ながめた とき、 もう マド の ソト が みるみる あかるく なって、 そこ から ツチ の ニオイ や カレクサ の ニオイ や ミズ の ニオイ が ひややか に ながれこんで こなかった なら、 ようやく せきやんだ ワタクシ は、 この みしらない コムスメ を アタマゴナシ に しかりつけて でも、 また モト の とおり マド の ト を しめさせた の に ソウイ なかった の で ある。
 しかし キシャ は その ジブン には、 もう やすやす と トンネル を すべりぬけて、 カレクサ の ヤマ と ヤマ との アイダ に はさまれた、 ある まずしい マチハズレ の フミキリ に とおりかかって いた。 フミキリ の チカク には、 いずれ も みすぼらしい ワラヤネ や カワラヤネ が ごみごみ と せまくるしく たてこんで、 フミキリバン が ふる の で あろう、 ただ 1 リュウ の うすじろい ハタ が ものうげ に ボショク を ゆすって いた。 やっと トンネル を でた と おもう―― その とき その しょうさく と した フミキリ の サク の ムコウ に、 ワタクシ は ホオ の あかい 3 ニン の オトコ の コ が、 メジロオシ に ならんで たって いる の を みた。 カレラ は ミナ、 この ドンテン に おしすくめられた か と おもう ほど、 そろって セ が ひくかった。 そうして また この マチハズレ の インサン たる フウブツ と おなじ よう な イロ の キモノ を きて いた。 それ が キシャ の とおる の を あおぎみながら、 イッセイ に テ を あげる が はやい か、 いたいけ な ノド を たかく そらせて、 なんとも イミ の わからない カンセイ を イッショウ ケンメイ に ほとばしらせた。 すると その シュンカン で ある。 マド から ハンシン を のりだして いた レイ の ムスメ が、 あの シモヤケ の テ を つと のばして、 イキオイ よく サユウ に ふった と おもう と、 たちまち ココロ を おどらす ばかり あたたか な ヒ の イロ に そまって いる ミカン が およそ イツツ ムツ、 キシャ を みおくった コドモ たち の ウエ へ ばらばら と ソラ から ふって きた。 ワタクシ は おもわず イキ を のんだ。 そうして セツナ に イッサイ を リョウカイ した。 コムスメ は、 おそらくは これから ホウコウサキ へ おもむこう と して いる コムスメ は、 その フトコロ に ぞうして いた イクカ の ミカン を マド から なげて、 わざわざ フミキリ まで ミオクリ に きた オトウト たち の ロウ に むくいた の で ある。
 ボショク を おびた マチハズレ の フミキリ と、 コトリ の よう に コエ を あげた 3 ニン の コドモ たち と、 そうして その ウエ に ランラク する あざやか な ミカン の イロ と―― スベテ は キシャ の マド の ソト に、 またたく ヒマ も なく とおりすぎた。 が、 ワタクシ の ココロ の ウエ には、 せつない ほど はっきり と、 この コウケイ が やきつけられた。 そうして そこ から、 ある エタイ の しれない ほがらか な ココロモチ が わきあがって くる の を イシキ した。 ワタクシ は こうぜん と アタマ を あげて、 まるで ベツジン を みる よう に あの コムスメ を チュウシ した。 コムスメ は いつか もう ワタクシ の マエ の セキ に かえって、 あいかわらず ヒビ-だらけ の ホオ を モエギイロ の ケイト の エリマキ に うずめながら、 おおきな フロシキヅツミ を かかえた テ に、 しっかり と サントウ キップ を にぎって いる。…………
 ワタクシ は この とき はじめて、 イイヨウ の ない ヒロウ と ケンタイ と を、 そうして また フカカイ な、 カトウ な、 タイクツ な ジンセイ を わずか に わすれる こと が できた の で ある。
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