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『日本人の誇り』(藤原正彦著)を読む

2020-09-14 08:42:37 | 日記
元お茶の水女子大学教授で数学者の藤原正彦という人が書いた『日本人の誇り』は、歴史を学ぶ者にとって非常に有意義である。

私の歴史研究対象は邪馬台国はじめ古代の前史にかかわる年代だが、昭和史、特に太平洋戦争をはさんで日本がどのように変質したかにも大いに興味があり、この書はそのあたりのことを大局的かつ緻密に描いている。

そして、大方の太平洋戦争観が、日本の卑怯な奇襲攻撃から始まり、悲惨な結果に終わったが、その原因は日本の「軍国主義」にあった――とするのに異議を唱えている。

しかもただ義憤的に異議を申すのではなく、主に海外の歴史家の著作などを引用して太平洋戦争の意味をその勃発の経緯から終戦前後の英米(主として米)の画策まで、私など到底触れることのできない資料を駆使し、客観的に問いただしている。

筆者藤原正彦氏の父は作家の新田次郎(本姓・藤原)であり、母も作家の藤原ていであることが、筆者をして文章家たらしめている面は筆致の端々に感じられ、硬いはずの昭和史をほど良く和らげて表現しているのはさすがである(「です・ます調」なので余計にそう感じられる)。

出版社は(株)文芸春秋で、文春新書という新書版(初版は2011年4月)であるから、実際に購入して読むことをお勧めするが、この書を通して自分なりに掴んだこと、了解したこと、共感したことをいくらか書いておきたい。

その前に氏の経歴を少し書くと、東大の数学科(修士)からアメリカへ留学し、30歳前後の数年間、コロンビア大学で助教授を務めたあと、帰国してからはお茶の水女子大学教授となり同大で定年を迎えている。1943年生まれだから今年77歳になる人である。

この書の大枠のテーマはタイトル通りで、「日本人よ誇りを取り戻せ」ということだが、文章上の表現からくる印象からは想像もつかないようなシビアな内容が盛り込まれているのが特徴だ。

第1章から8章まであるが、第1章は「政治もモラルもなぜ崩壊したか」。
 戦後政治家の不甲斐ない外交音痴が米国との片務的な安全保障同盟関係に起因し、さらにアメリカの「年次改革要望書」への卑屈な従属では対等な関係にならない。何よりも、日本が日本自身の手で自国を守るのだという気概が生まれない――とする。

第2章は「素晴らしき日本文明」。
 日本の歴史から生まれた文明は世界7大文明の一つに数えられるほどであり、江戸時代末期に日本を訪れた西欧人のほとんどが日本人の日常を見て、「貧しいが貧困者はいない。子供をはじめ皆倖せそうだ。また農村が美しく豊かである。」という感想を述べている。

第3章は「祖国への誇り」。
 知識人ほど「日本人は恥ずかしい存在」だと思っているが、それは実は戦後とともに開始されたアメリカ中心の占領政策の肝である、「罪意識移植計画」(war guilt information program) のなせる業だった。日本人は知的に劣っているから愚かにも「軍国主義」に踊らされ、戦争に加担してしまった――という太平洋戦争への罪悪意識を植え付け、結果としてアメリカの行った都市部への無差別攻撃と広島・長崎への原爆投下を仕方ないものと思わされてしまった。

第4章は「対中戦争の真実」。
 まず南京大虐殺に関して、東京裁判の時(1946年)になって初めて1937年の日本軍の南京入城の際の残虐行為の証言の数々が出てきたが、1937年12月当時の記録(主に在中国キリスト教宣教師などの記録)では残虐行為(通常の戦闘によらない殺人行為)など数えるほどしか記されていなかったことが判明している。
 中国本土における中国兵の数々の日本人居留民への残虐行為は旧ソ連コミンテルンが糸を引いており、南京入城の前の「上海事変」はそのためのやむを得ない反撃だったことは英米等列強の認めるところだった。

第5章は「昭和史ではわからない」。
 対米戦争(太平洋戦争)がなぜ起きたかは、「排日移民・土地法」や「石油その他の禁輸」や「ハルノート」が原因ではなく、それよりはるか前の欧米列強のアジア進出・植民地化の動きから辿らなければ分からない。いわゆる帝国主義の世界分割競争が始まり、その流れが鎖国をしていた日本にも押し寄せて来た幕末(もう少しさかのぼれば英国が引き起こしたアヘン戦争)まで視野に入れなければ説明がつかない。

第6章は「日米戦争の語られざる本質」。
 日米戦争は日中戦争とひとつながりであった。これらをひっくるめて「大東亜戦争」と言う方が実態に即している。日中戦争の間、コミンテルンのソ連が中国(国民党)の後ろで糸を引いていたが、米英も中国に肩入れをしていた。中国の秘めた巨大な市場への権益、宣教師の大陸への流布、中国国民党の対米宣伝(日本を貶める反日活動)など、米国が日本を敵国視する条件は整っていた。
 いずれにしても日中が和解し合い手を携えるなど、英米の最も嫌うことだったのである。

第7章は「大敗北と大殊勲と」。
 冒頭、対日占領軍総司令官だったマッカーサーの言葉を掲げている。
「日本は絹産業以外には固有の産物はほとんど何もないのです。(中略)もしこれら(各種産業用)の原料の供給を断ち切られたら、1千万から1千2百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」(1951年のアメリカ上院軍事外交合同委員会での答弁)
 日本の近代史における戦争を考える時に、満州事変頃から敗戦までをひとくくりにした15年戦争や昭和の戦争観があるが、このように短く切るのは不適切。この切り方はまさに東京裁判史観である。
 独立自尊のために対米戦争を始めた結果、惨憺たる敗北を喫したのだが、戦後は帝国主義によって植民地化されていた多くの国と地域で独立への動きが加速されたのは、日本の大殊勲だった。

 イギリスの歴史家トインビーは、1956年にオブザーバー紙にこう書いている。
「日本は第二次大戦において、自国ではなく大東亜共栄圏のほかの国々に思わぬ恩恵をもたらした。(中略)それまで200年の長きにわたってアジア・アフリカを統治してきた西洋人は無敵で神のような存在と信じられてきたが、実際はそうでないことを日本人は全人類の面前で証明してしまったのである。それはまさに歴史的業績であった。」(著者訳)

 日本は白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、植民地主義、さらには人種差別というものに終止符を打つというスぺクタキュラーな偉業を成し遂げたのである。

第8章は「日本をとり戻すために」。
 日本人は「敗戦国」をいまだに引きずり小さくなっている(第3章で触れた「罪意識移植計画」が尾を引いている)。
 誇りを取り戻す第一歩はあの戦勝国による復讐劇に過ぎない「東京裁判」を断固否定し、逆に日本が幕末から100年かけて戦い、大敗北を喫しはしたが、「植民地廃絶」という世界史に残る大殊勲をしっかり胸に刻むことである。
 第二は「自主憲法」の制定。第三はアメリカとの対等な同盟関係。


以上がこの本の要点であるが、第3章から6章までは実に勉強になった。

第3章は東京裁判史観の否定で、今ではこの考え方に傾斜している人の方が多いと思うのだが、学校の教科書ではそう教えていないのが残念だ。

第4章では最近読んだ本で「満州某重大事件」(張作霖暗殺)にはソ連のスパイが関与していたらしいことが明かされていたが、もっと多くの事件でコミンテルンの関与があったことに、なるほどと思うことだった。

第5、6章は米国側の開戦に到る種々工作も、第一次大戦の直後から始まっていたということで、その根底には人種差別感が横たわっていたなど、共感を覚える内容だった。

最終章で紹介したこれからの日本の指針として筆者が挙げたのは、1東京裁判の否定、2自主憲法制定、3アメリカとの対等な同盟、だが、3の対等な同盟とはトランプ大統領が言う「日本がやられたらアメリカが助けるのに、アメリカがやられても日本は助けに来ない片務的同盟」から「相互に防衛し合おう」という同盟になることなのか?

そうなると今後アメリカが出て行く戦争に日本も同盟軍として軍事的にコミットしなければならなくなると思うが、それでいいのか。

私はそもそも集団的自衛権の発露である国連憲章が「対等な二国間軍事同盟」(二国間相互防衛同盟)を禁じている以上それは出来ないことだと思う。

筆者は江戸時代(末期)の日本のすばらしさに西洋人が驚嘆したと書き、そのことが誇りの一端につながっているはずである。江戸時代、日本は鎖国をしていたのだが、鎖国というのは外交的には完全な「局外中立」であり、言ってみれば「黒船以前は永世中立国」だったわけである。

今さら鎖国など考えられもしないが、鎖国の「永世中立性」を今に生かしてもいいのではないかと思うのである。それこそ環海日本の生きる道ではないだろうか。


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