昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……21

2014年03月28日 | 日記

第21回

「いろんな条件、同時に考えてると前に進まないから、まずプライオリティ付けましょうか」

占部の言うとおりだ。

「よし!まず、妥協したくないことから決めていこうか」

ある種の覚悟が田端の中で固まる。

「じゃあ、サイパンロケを前提にしてください!」

三好が、この一点は譲れない、とばかりにコンテ・ボードを叩く。

「わかる!女性のトキメキを表現するための空気感がないと、このCMのコンセプト、ガタガタだもんな。恋人とリゾートに旅行する。着いた翌朝、枕元に置いてある婚約指輪を見つける。恋人だった彼が、その瞬間から婚約者に変わる。その喜びと結婚へのトキメキが仕草とハミングで表され、最後にすべてを象徴する存在として、彼女の右手薬指の婚約指輪がアップになる。いいじゃない!?いいんだよね。落ちなんかいらないよね。ジュエリーブランド“Dear Blue”デビュー!で、きれいに終わるじゃない!?」

占部は絵コンテをなぞりながら語り終わると、深く溜息をつく。

「ビハインドストーリーがあって、それで結婚行進曲のハミングがあっての可愛く動くペディキュアの指、だもんな。その向こうには白い砂浜と青い海原が見えないとな。それが、ウキウキの空気感てもんだもんな」

「わかった、わかった。占部、このプラン潰す気はないから。……三好、ロケ前提でいこう!その代り、他をケチるぞ!占部、お前も協力しろよ」

田端は心の中で、“赤字覚悟の最後の仕事”と決意する。

「じゃ、私、旅行代理店の友達にすぐ相談します」

三好が動く。田端と占部は、溌剌としたその背中を見送る。

「頑張れよ!」

占部は三好の背中に声を掛け、直後に田畑の横に座る。三好を見送った笑顔が、真顔に変わっている。

「こんな時に話すことじゃないかもしれませんが、実は僕、ここ辞めます」

「そうなんだ」

田畑の反応の気のなさに、占部は戸惑う。

「気が付いてたんですか?僕が“CM共和国”に誘われてたこと」

「いや、全然。……そう、“CM共和国”に移るのか。あそこはブティック系だし、いいんじゃないか?」

「驚かないんですね」

「慣れてるからな。この会社の宿命だよ」

「宿命って?」

田畑も潮時だと思ってはいるが、占部とは理由が異なる。田端は、CM業界そのものから足を洗おうとしているのだが、占部はディレクターとしてのステップアップを目論んでいるに過ぎない。

「堂島さんの話だけどさ。昔はああじゃなかったんだぜ。なかなか熱い男でさ。会社を興す誘いに乗ったくらいなんだからさ」

田畑は、社長の堂島以外たった一人残っている創立メンバーだった。

「堂島さん、元々株屋やってて、70年代の後半にはかなりの金を握ってたらしいんだよ、20代後半でだぜ。でも、ある日、ゼロが随分増えた通帳を眺めてる時、ふと思ったんだってさ。“通帳にしか喜びを見い出せない奴は、通帳に滅ぼされてしまう”って」

「それでCMですか?」

「マンションで夜一人、通帳片手にテレビ見てる時、パルコのコマーシャルが新鮮に映ったんだよ、彼の目に。それからはCMが気になって気になって。とうとう、ああいう日の当たる場所で楽しく仕事できたらいいなあ、と思うようになったんだってさ。当時は稼げる仕事だったしさ」

「でも、そんなことでよくCM制作会社作れましたね」

「そこが彼の偉いところなんだよ。……今は見る影もないけどさ。俺や、もう辞めた野中なんかに辿り着くんだよ。それで、“一緒に始めませんか?!”攻勢だよ。当時、俺も野中も久米沢も代理店の制作にいて、いいトリオだったんだけどさ。不満も溜まっててさ。ガラスの天井みたいなの感じてたんだよな。そんな時だよ。“お金のことは僕がやります。みなさんは、知恵と感性を提供してください。一緒に世間をあっ!と言わせましょう”って口説かれてみな?」

「僕だって代理店辞めますね」

「だろう?」

「それから30年ですか~~」

「“とにかく人財あっての会社だから、人を育てよう!”を合言葉にやってたんだけどな、お前と一緒だよ、育ったと思ったら辞めていくんだよな、みんな」

「申し訳ない。それですか?宿命ってのは」

「会社より、制作者としての自分の名前の方が大事なのはわかるんだよ。俺もそうだったし。けど、堂島さんが誰の目にも触れないようにお金の工面をしているって知っちゃうとさ。クリエイティブなんて経済という地面に咲く仇花だって思い知らされちゃってさ」

「それ、僕は教師に似たようなこと言われました。お前ら、社会のあぶく銭で食べさせてもらうことになるんだから、そのことだけは忘れるなよって」

「そうなんだよな。それって、商売に貢献しないクリエイティブは趣味と芸術にしておけ、って話だよな。でも、それを意識し過ぎてもよくないんだよなあ」

「難しいところですよね。なんか、また予算の話に戻りそうな……」

「そうだな。止めよう!とにかく、とりあえず、おめでとう!って言っておくよ。……けど……」

「けど?」

「代理店の系列になってしまうぞ、“CM共和国”。独立共和国だなんて言ってられなくなるぞ。代理店のCM工場になってしまうんじゃないか?それは覚悟しておいた方がいいかもな」

「そうですかね~~」

占部の顔が不服そうに歪む。その表情に、30になったばかりの彼に言うべきことではなかった、と田端は後悔する。そして、その瞬間気付く。堂島はきっと、昔の伝手を頼りに運転資金の確保をしようとしていたに違いない。しかも、成功しなかったに違いない。そして、あのボストンバッグをデスク下から出す時の風情は、せめて失敗しなかったことへの安堵を表していたのに違いない。

「占部~~。で、お前、いつまでだ?」

ドアに手を掛けた占部に訊くと、「できれば、今週いっぱいで」と小さく頭を下げる。田端は深い溜め息に捕らわれる。堂島の資金調達の努力に気付かなければよかった、と思う。

「さ!どうする?バタやん」

声を上げ立ち上がる。窓外に目を遣ると、隣接するビルの窓が晩秋の夕日に赤かった。

                                 *次回は3月31日(月)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647

 


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