昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……20

2014年03月26日 | 日記

第20回

「バタやん、打ち合わせ大変やったろ。無茶苦茶やもんなあ、最近の代理店の言うことは。あいつらの言うこと飲んでたらやっていかれへんもんなあ、ほんまにもう。しんどいこっちゃで」

社長の堂島が立ち上がり、田端をねぎらう。3週間の不在を後ろめたく思っている風情はない。

「クリエイティブの時代は終わりましたね。そんな感じですよ」

堂島への皮肉も込めて言ったつもりだったが、堂島は気付く素振りも見せない。

「ほんまやなあ。予算、予算、予算やもんなあ。顔はクライアントにばっかり向いてるし」

「て言うか、担当者に向いてるだけでしょう。イエスマンばっかりですよ。真剣にクライアントのことなんか考えてませんよ」

「まあなあ、代理店もビジネスやからなあ。とりあえず担当に受けんことにはなあ、どうもならへんしなあ。……そんな話やったんか?今日も」

堂島は突然興味を失ったかのように、机の書類をめくり始める。ほとんどが支払や借り入れに関する書類だ。

「なんやようけ溜まってもうたなあ」

堂島の薄ら笑いに、田端の抑えていた怒りが爆発する。

「何を暢気なこと言ってるんですか?明日は給料日ですよ!返済もあるし、支払だってあるんですよ!」

「まあまあ。そないに怒らんかて。ちゃん考えてるがな。ほれ!」

堂島は、デスクの下に首を突っ込んだかと思うと、ボストンバッグを取出し、ドン!とデスクの上に置く。田端にはすぐ、堂島が持ち逃げしていた会社の金だとわかる。

「使うてへんで~~、一銭も。えろう心配したらしいなあ」

「当たり前じゃないですか!経費の仮払いしようと思ったら、口座に37万しかないんだから!」

「心配せんかてええのに。……でも、まあ、びっくりはするわなあ。いきなり37万じゃあなあ。けどなあ、バタやん。わし一応社長やで。自分の会社が困るようなこと、するわけないやろう。曲がりなりにも、わしが作って育てた会社や。借り入れの保証人かてわしやしな。………」

田端がボストンバッグの中を確かめる間、堂島の言い訳話は続く。帯封された100万円の束を目で数える。ほぼ40。使った形跡はない。

「事情があったんや。それ先に言うたら、バタやん、絶対アカン言うやろ思うてなあ。まずい、心配かけたらアカン、思うたんやけどな。ちょこっとの間やし、思うてな。借りたんや」

堂島の話に相槌も打たず、田端はボストンバッグのファスナーを閉める。小脇に抱きかかえると、ずしりと重い。

「気い付けや。銀行、行くんか?」

腰を浮かせる堂島を睨みつけ、社長室を出る。外で様子を窺っていたプランナーとADに、経理の女の子のガード役を指示する。

ボストンバッグを手渡すと、溜息が出た。潮時のような気がした。

「社長、会社の金返してくれました?」

「うん。返ってきた。……さ、仕事しようか」

自分のデスクで椅子に沈み込むと、田端の帰りを待っていた二人が心配そうな面持ちでやってきた。しかし、彼らに社長室でのやり取りを話す気にはなれない。

田端は立ち上がり、ボードケースを手に取る。中の絵コンテとプレゼンボードは、結局出すチャンスさえなかった。

「“静かなウキウキ感”て、どうでした?」

会議室に入ると、たった一人の女性のCMプランナー三好が、意気込む。

「うん。俺はいいと思ってるんだけど」

「だめでしたか」

「いや、そういうレベルじゃなくて……」

「じゃ、方向性自体が……」

「そういうところまでも行ってないんだよ。悪いな、コンテ急がせたのにな」

「じゃ、何なんですか?どこまで……」

「予算の話だよ、ほとんど。最初の予算の7割。しかもそれで3タイプだってさ」

「え~~!で、3タイプそれぞれ30秒、15秒の両方ですか?」

「そうだな。30秒と15秒は、基本ワンセットだろうってさ」

「ロケ費は?」

「無理だろうな、海外ロケは」

「サイパンでも?」

「7掛けになったんだからさ。無理だろうなあ。それに…」

「まだあるんですか?」

「クライアント要望の直しは、予算の中でみてくれってさ」

「完パケ前に、クライアントチェック受ければいいんじゃないですか?」

「それは部長までだろう?社長チェックの後の変更さ」

「社長にも完パケ前に見てもらえば?」

「完全に出来上がったものじゃないと判断できないって怒るんだって、あそこの社長」

「え~~!じゃ、二本ゼロから作るようなことになるかも……」

「そういうこと。“それが嫌だったら、制作会社変えるぞ”だってさ。“他にもいっぱいあるから”だってさ」

“不景気は理不尽の温床だ”という高山の言葉が脳裏を過る。いいCMを作ろうとスタッフをモチベートし、会議を積み重ねてきた結果の無残さが、田端には悔しくてならない。しかし、どうすることもできない。

「どうなるんですかね、この業界。……て言うか、うちの会社」

三好とのやり取りを睨むように聞いていた占部が、吐き出す。

「CM研究所って名前が泣きますよ、いつも金の話ばっかりで。社長は会社の金持って行っちゃうし」

田端に応える言葉はない。しかし、だからこそ、今回のプランは実現したい、とも思う。

「コンテ見ながら、作り方の研究しようか。予算内でやってみせようじゃないか。なあ、三好」

ボードケースからコンテを取り出しながら、自分自身と三好を鼓舞する。占部も渋々、田端の後ろにやって来て覗き込む。しかし、出てくるのは溜息ばかりだった。

                                  *次回は3月28日(金)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647

 


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