昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   11

2011年04月22日 | 日記

微笑む京子の顔に菜緒子の顔が重なった。

「野球部のアンダーウェアみたいでしょ?」と僕にTシャツを差し出した時の、菜緒子の笑顔を思い出した。

 

同い年の菜緒子は、東京の大学に進学した、高校の同級生だった。ひょんなことから言葉を交わしたのがきっかけで、僕は彼女の眩しいほどの明るさと屈託のなさに魅かれていった。

しかし、大学受験に失敗、京都で浪人生活をするようになった僕と、東京で大学生活を始めた彼女との間には、心の距離ができていった。僕の手紙への返信は、半年もせずに間遠くなり、やがて途絶えた。

僕はしばらく苦しんだ末、「失恋してもうた~~」と友人たちに語ることによって、時々唸り声を上げる恋の名残を鎮めていた。

菜緒子を責める気はしなかった。恨んでもいなかった。ただただ心許なかった。虚空にひらひらと漂っているようだった。

暮らす、生きていく、ということに強く意識が傾いていったのも、そんな自分を地面に引き降ろしたい、と思ったからに違いなかった。

 

「食べよう!」。京子の声に、「ごめん、ごめん」とコップを運ぶ。一緒に食事をすることが、Tシャツのせいで、妙に艶めかしい行為に思えてくる。地に着きかかっていた心がまた浮遊していく。菜緒子への想いにまだ決着は付いていないようだ。

「おいし~~い」と2~3度声を上げ、京子は瞬く間に炒飯を平らげた。数分遅れて僕が皿に残った米粒を掻き寄せていると、「学校行かへんの?」と京子が両手を後ろに付きながら言った。

「行くよ。授業始まったらね」

「始まってるん違う?」

「え!?スト終わったん?」

「完全に終わったわけ違うけど、もう“全学一斉!”って感じでもないみたいよ~~」

「ほんまに~~?え~!僕の専攻どうなってるんやろう?」

「まだ専攻決めてなかったん?」

「スト続く思うてたしなあ。……ほんまに、始まっとんのかなあ。…それ、どこからの情報?」

「小杉さんが言うてはったよ。……一昨日の夜、会ったんよ。桑原君のこと聞こう思うてね」

それだったら、まず間違いないだろう。学内事情には詳しいはずだ。ストライキの中心人物の一人でもある。

「小杉さんて、あの黒ヘルリーダーの?」

止めていたレンゲを動かし、掻き集めた米粒を口に運ぶ。

「そうやけど?!」と言いながら京子は、食べ終わった皿の乗ったお盆を持って立ち上がる。その口調に、不服そうな色が混ざっている。

「小杉さん、連絡取り合ってんの?」と背中に訊くと、「あの店に行けば会えるから~~」と台所から答えが返ってきた。その声の色は、昨夜やってきた時のものとは変わっている気がする。

「桑原君のこと、小杉さんは何て言ってたん?」。ワンカップに水を入れ直してきた京子に尋ねると、苦しそうに吐息を漏らした。

「何があったんや?!いうて、なんか私が責められたわ。俺が知るわけないやろ!!って、怒らはるし……」

きっと、僕と同じように虚空に漂い始めた想いを何処にも落ち着かせる場所がなく、まずはセクトのリーダーの元へ。そして、撥ねつけられて、僕の所へ運んできたのだろう。

一気に淀んだ彼女の表情に、僕は小杉という男への憎しみと怒りが湧き立ってくるのを感じた。

 

*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

 

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


コメントを投稿