昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……22

2014年04月04日 | 日記

第22回

「私も人のこと言える状況じゃないけど、みんな安達ちゃんのこと気にするほど暇じゃないみたいよ」

高山の「安達ちゃんの件、みんなどう思ってるの?」という質問に答えると、めぐみは店内をぐるりと見回す。恵比寿駅構内の“ベッカーズ”は相変わらずの混雑ぶりだ。

高山が顧問契約をしているアクセサリー・メーカー“Beaute”を紹介してもらった帰りだった。

「そうなんだ~。みんなで手分けして安達ちゃんを探そうということになってるのに、誰からも連絡ないし、たまにあったかと思うと……飯嶋君と竹沼君なんだけどさ……自分たちの独立の話だったりしてさ。安達ちゃん、ほったらかしだからさ、気になってるんだよね。兵藤さんと打ち合わせもしたいんだけどねえ」

高山の気持はわからなくもないが、めぐみにも、安達の失踪は大きな問題としては意識されていない。あゆみと会った時も、「今はみんな、逃げたしたいような気分の日々だもんね。心のどこかで羨ましいくらいに思ってるわよね」「彼女……兵藤さんだっけ?……もいることだしね。吉野君なんか、“痴話喧嘩でもしたんじゃないか”って言ってたわよ」といった程度のやり取りで終わっていた。

「高山さん、深刻なことだと思ってるの?安達ちゃんがいなくなってること」

めぐみはそれより、自分のジュエリーショップ“Megu”のことが気になってならない。だからこそ、高山からのアドバイスやサポートを求め、“Beaute”の紹介もしてもらっていたのだった。

「俺は深刻だと直感してるんだけどね」

そう言った後、高山は声を潜める。

「生死が関わるようなことじゃないかって」

「まさか!安達ちゃんに限って!大袈裟なんじゃない?」

めぐみは敢えて大声で応える。

「大袈裟かもしれない。いや、きっと大袈裟なんだと思うよ。でも、安達ちゃんのファザコン振り知ってるからなあ。親父さん亡くなったしなあ」

「しっかりした彼女がいるんだし。大人だから。杞憂だと思うわよ。それより、ねえ、どうしていけばいい?私」

「リーマンショックまでは固定客商売でうまくいってたんだろ?」

「まあね。男には還暦のお祝いや退職のお祝いなんかがあるけど、女にはそういうものがないから、子供が手を離れたら“自分の半生へのご褒美”にジュエリーを!ってずっと言ってきて、それなりに賛同してくれる人がいたからね。旦那の会社がうまく行ってる間は、お付き合いで買ってくれる人もいたしね。固定客と言えば固定客だったのかな?顧客名簿には2000人くらいの名前はあるけど、この前のオータムセールではレスポンス悪くて、パーティに出席してくれたの20人いなかったからね。椿山荘の“ソレイユ”借りたのにねえ。私のドレス代も馬鹿にならなかったし」

「リーマン直前に企画して、出欠の返事を出す頃がリーマン後だからなあ。タイミングが悪すぎたんだよ。ま、そういう時もあるさ。……なんて言ってられないか。でもさあ、かと言って中級品の品揃えを増やすってのはどうかなあ。一応紹介はしたけどさ」

高山は、“じっと我慢の季節なんじゃない?”という言葉は飲み込む。旦那が後を継いだ“ギフト問屋”が急激に傾き、高齢出産の子供がまだ小学生だという状況を知っているが故のことだった。

「半年後のこと考えると、じってしてられなくてね。店のイメージは守りたいんだけど、お客が来てくれないんじゃねえ。呉服屋さんがやってるようなパーティ販売も、去年と今年の春はうまくいったんだけど……」

かつてのマドンナがつく溜め息は重く、その横顔には老いが見え隠れする。高山は、“二人でニュージーランドにでも移住しちゃおうか”と言っていた20年前を、懐かしく、痛く思い出す。あの時の逃げ出したい気持ちにあったときめきを、めぐみは取り戻せるのだろうか。

「希望や夢って、時には残酷なもんだからね。耐えるための口実にしかならなかったりするから」

遠い昔の記憶に高山がふと漏らした言葉に、めぐみが鋭く反応する。

「諦めるタイミングを間違えちゃダメ、って言いたいの?昔のように」

「あれ?そう聞こえた?」

「聞こえたわよ。昔のように」

「心の問題と商売は違うって、人は言うけど……」

そう言うと、高山は黙り込む。

「吉野君、同棲始めたらしいわよ」

めぐみは話題を変える。

「誰と?」

「ほら、この前のあなたの還暦パ-ティの時。ピザを送りつけてきた娘よ。“ミッドナイトラン”でたまたま会って、それから」

「そうか。吉野君、自分の得意技使って現実逃避したのか。……あれ?奥さんは?」

「竹沼君から聞いたんだけど、“時々あることなんで、また半年もしないうちに帰って来るでしょう”って、淡々としてるらしいわよ」

「どうなんだろうね。いつも網を張って、引っ掛かってくる蝶々を待ってた蜘蛛が、今度は網に引っ掛かってしまったのかもよ。捕らわれたことないんじゃない?吉野君。大丈夫なのかなあ」

「ほらね。そんな感じなのよ、みんな。だから……」

“安達ちゃんのことなんて”と言いかけて、めぐみは口をつぐむ。高山の表情が一変していたからだった。

                                *次回は4月7日(月)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647

 


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