昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   10

2011年04月18日 | 日記

「大学では、何勉強してんねん」

「……大学、まだ始まってないんですわ~」

「え!嘘やろ!?今、何月や思うてんねん。自分がさぼってるだけちゃうか?」

「本当ですよ~。ストライキやってるんで」

「何がいな!何が不満でストライキしとんねん。……ほんまか?ほんまにストライキしとんのか?」

「本当ですって」

「誰がや。組合でもあるんかいな、大学にも。先生、給料少ないんかい。教授の先生」

「いえ。ストライキしてんのは、学生で……」

「何?給料もろうてるわけでもあれへんのにかいな!親の脛かじってるんやろ?みんな。……まあ、自分は働いてるけどやなあ」

その朝10時半過ぎに店にやってきたコックは、仕込みをしながら矢継ぎ早に質問してきた。「ええなあ、学生は…」と呟いた昨晩の気分をそのまま抱えているように見えた。

「勉強せんのやったら、学生ちゃうやろう。なんで、そんなアホな事するんや、ストライキやって」

「学費値上げ反対言うて……」

「そうか。値上げ反対か~~。……で、なんでストライキやねん。そういうのは、デモするんちゃうんかい!……で、そもそも、なんぼやねん、学費。高いんか?」。

僕は苛立ちに、キャベツを刻む手を止めた。シンプルな質問にシンプルに即答できないもどかしさが、胸につかえ逆流していく。「学費は…」とコックの方を向くと、

「もうええ、もうええ。学生はんには学生はんの何かがあるんやろ。まあ、みんなそれぞれやしな。いろいろあるわなあ」と、コックは微笑んだ。

そして、「自分はようやってくれるし、ずっとストライキでええわ、わしは。その方が助かるわ」と、玉葱を刻み始めた。

 

珍しく11時前に入ってきた4人連れのお客を皮切りに、1時過ぎまで満席が続いた。少し落ち気味だった客足が嘘のようだった。コックは、上機嫌だった。

1時過ぎ、店が空っぽになった瞬間、コックは「自分の連れの彼女、縁起ええなあ。お客連れてきよったで。毎日来てもらいたいくらいやわ」と汗を拭き、「ほら、これ!今日は特別やで~~」と、炒飯2人前とスープに肉団子一皿をカウンターの上に置いてくれた。しかし、その肉団子が前の夜のお客の食べ残しであることを、僕は知っていた。

「すんません。いただきます」と用意された昼食をお盆に乗せて僕の部屋まで運んだが、その途中で廊下にしゃがみこみ、肉団子は全て食べた。

そっとドアを開けると、京子は部屋の片付けの真っ最中だった。

「おはよう!お昼ご飯で~~す」

声を掛けると、慌ててコタツの上を片付けて座り、「ごめんね~~」と京子は微笑んだ。

お盆をコタツの上に置き、コップ2杯の水を用意しようと台所へ急ぐ。シンクの周囲に水滴がたくさん撥ねている。蛇口には輪ゴムが一つ。蛇口から目を上げると、一つだけの小さなステンレス棚に、洗い終わったワンカップが二つ伏せて並んでいた。

「ありがとう。きれいにしてくれたんや~~」後ろに向かって大声で言うと、

「ごめ~~ん。ちょっと汗拭かせてもらった~~。水、飛び散ってるやろ~~」と、京子が飛んでくる。そう言われてみると、シンクの端のフックに掛けていたタオルが見当たらない。

「ねえ、これ干したいんやけど。ハンガーない?」

やってきた京子の手に濡れた布の塊がある。

「Tシャツ、ついでに洗っといた~~。……私のもね」

「え!?」

「ごめん、1枚だけあったの見つけて借りた~~」

京子が両腕を広げる。胸が白、両袖がブルーのTシャツは、確かに僕のものだが、洗ってしまっておいた覚えはない。

「それ……」と口籠ると、

「いいの。きれいそうだったから。……ちょっと柿本君の匂いがするけどね」と首を捻り、2度3度、自分の肩の辺りを嗅いでみせる。

「そのTシャツ…」

言い掛けて、僕は止めた。“菜緒子からもらった、唯一の思い出の品”だったが、これで思い切るのもいいんじゃないか、と咄嗟に思ったのだった。

 

*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

 

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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