老漁師から「南風が吹くと、魚は釣れない」と、良く聞かされていた。
「何で、南風やと魚が釣れんとな」
「風が悪りいかいね。魚を散らす風やとよ」
「どん風なら、良いとな」
「北風の時は、魚が釣れるやろうがな」
「何で北風は魚が釣れるとな」
「魚を呼ぶ風やとよ。ウネリも、そんなに立たんどがな」
釣りの理屈では分からない、長年、海と風を見てきた、老漁師の言葉だ。
今では、80歳を過ぎて、海に出ることは無い。
今日も海上では、南風が吹いてきた。
朝間詰めの時間帯は、西よりの風が吹いていた。
「下潮は、どんな感じですか」
「イマイチ、動いてない気がしますね。抜けますね」
「上面は、0.6ノット前後で流れているけど、仕掛けは、真下ですか」
「潮が絡まないですね」
下り潮が、沖に払い出している様に見えるのだが…。
時間の経過と共に、流れが変わっていくのが分かる。
魚探の航跡が、一流し毎に北に向かい始めている。
「良い感じに変わりそうなんですけどね…」
加藤さんがポツポツと、鯖のアタリを捕らえ始めた。
しかし、鯖が連発してくる様な潮行きではない。
朝8時頃になると、風が西寄りから南に変わり始めた。
それと同時に、フワーッとした体を持ち上げられるような、気持ちの良くないウネリが入り始めた。
何故か、ベイト反応が出て来ない。
「ベイト反応が、此処まで出てこないのは、最近では初めてかな」
船首で、竿を出しているお客様が「どうも、気持ちが悪いですね」と、成ってきた。
潮の流れと、仕掛けの入り具合を見ていると、風と、潮行きがクロスしているように感じる。
風は南から北に吹き抜けて、潮は、西から東に払い出している様子。
「仕掛けが安定しないでしょう」
船を動かしながら、仕掛けが沖に出るように調整する。
時折、アヤメカサゴがヒットしてくる。
鯵、イサキ等のアタリが来ない。
近くでエサ釣りしている、船仲間に連絡してみた。
「どんなですか?」
「潮が止まったやろう。船がフラフラして、アタリがピシャッと止まってしまった」
「当たらないですか」
「全然、アタリが出なくなったよ」
「私たちも、アタリが出なくなりました」
「潮やな…。潮が動き出すとを待たんと仕方ねえかな」
エサ釣りも、苦戦している様子だ。
そうしている内に、風が南東に変わってきた。
気持ちの悪いウネリも寄せ始めて、沖の方では白波も出始めた。
アタリが出ない事もあって、他の流し釣りの船が帰り始めた。
「もう少し粘ってみますか」
「気持ちが悪いです…」
お客様の顔色が、元気のない顔色になってきた。
「帰りますか」
「申し訳ないですが…」
「大丈夫ですよ」
相方の方にも、了解を得て引き上げることにした。
風と潮が喧嘩する状況の時、釣りが厳しくなる。
波も、時には三角波になったりする。
「次に期待しましょう」
色々なストレスが、体調に影響することもある。
「次は、頑張りますよ」
帰りの船中では、少し笑顔が見えていた。
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