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回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

四つ木の街の紅葉黄葉にカレーもコラボ☆

2016-11-17 14:31:26 | 町歩き・季節の日記・エッセイ・コラム

贔屓にしていたカレー屋さんが店仕舞いしてがっかりしていたら数ヶ月でまた新規改装?

経営者が変わっただけで同じカレー屋さんのようです(^^)

あたたかく、いいお天気なのでコートもなしでブラブラ歩いて行ってみました。

まず、途中の神社のイチョウが黄金色!青空に超マッチ!!

ほうれん草とエビのカレー。開店サービスなのでラッシーを含めて750円(^^)v

まるで街の景色と同じような色合い。

食事の後はひとりでさらに水路沿いや公園をぶらぶら散歩。

曳舟川親水公園の桜はもう葉を落としています。

 

でも、車道側の桜並木はまだ盛り。

いつも思うけれど、同じ場所に植えられた同じ木なのに育ち方や色づき具合が全然ちがいますね。

吹き寄せられた葉っぱ。

見慣れた街路も、黄色や緑や赤の絵具を溶いた別世界。

水の流れている路はほっとする緑の空間。

街は色づくのに~会いたい人は来ない~♪・・・とメロデイが聴こえそうなもの哀しいシルエット。

さらに四ツ木橋方面に歩くと、見事な黄色と緑のグラデーション!

 

曳舟川と水戸街道の分岐点にある大きなケヤキの枝振りも好き。

歩道橋を渡って、「メダカの小道」と名付けられた元の曳舟川。

真正面に見える細い塔はスカイツリーです。

この小川とも分かれ昔のたぬき通り側へ。

今やこの「たぬき通り」という名前を知っている人も少なくなった。

薬局の脇から今も健在のお風呂屋さんを抜け、四ツ木公園に入る。3時前なのでまだ閉まってますね。

だんだんこのお風呂屋さんの高い煙突も見ることが稀になってきました。

公園では四つ木のシンボル、キャプテン翼くんがお出迎え。

 

ジャングルジムもお滑り台もあるのに、子どもはもちろんいなくて、公園工事のおじさんが葉を切り落とす音だけ聞こえていました。

公園を出てわざと路地を通って帰宅。

しかし、どこの写真撮ってもひとが全然写りこまない、この街って・・(^^);;

ともあれ、秋の日の美しい樹木の葉の色を堪能しました。

 

 


もう少し秋で・・。

2016-10-31 15:00:46 | 町歩き・季節の日記・エッセイ・コラム

 

謡いのお稽古なんぞ始めたので、ますます土曜日が忙しくなり、なかなか旅に出られません。

日曜日も合唱練習だったので、ひとり時間を持て余したろくさんが水元公園でイチョウの葉っぱを拾ってきました。

水元公園の圃場のあたりにイチョウの植え込みがあって、タイミングがいいとキラキラと金色の雲のような繁みが光っているのを

見ることができます。

異空間に入ったようでとても好きな場所です。

↑(2012年のイチョウ)

 

今日はハロウイン。

変装するのもいいけれど、同じ景色なのに季節が移るたびに世界が変わったように色が変わる、

また、ひとりの人間が舞台の上に立つと全く違う人格になる(多くの場合、それはカッコよく変わる)、

たくまずして醸し出される変身の極意。

自然の景色の変遷にはそのたびに感嘆し、むかしから変身願望が強かったわたしめ。

謡や仕舞に関わり始めて

そういうものについても「目からうろこ」がたくさんあってびっくりポンです。

 

小さい頃、実家のお隣のお稽古場で朝から晩までピーヒャラドンツク練習していたお神楽の音、

近所のお総菜屋さんのおじさんが、お祭りになると一躍変身してカッコよく神社の舞台で太鼓をたたいたり踊りを踊っていた姿、

お正月になると必ず、家族全員で戦場のように十八番の札を取り合った百人一首の思い出、

学生の頃、どうしても思い出せない苦手な上の句をいともさらりと答えてくれた古文のセンセイ、

街道歩きで出くわしたたくさんの寺社や遺構、

フランスのノルマンディ地方の田舎道や、

インドネシアの朝の祈りの道や屋台の通り、

中禅寺湖の水の色や、沖縄の海。

恋やら哀やら愛やら濃いやら錆やら寂びやら涙や笑いや恨みや裏見や・・・・。

 

・・そんなものまでもがすべて謡いの中に仕組まれていて、どうにもこの世界に惹きつけられていきます。

でも、考えてみれば、新しく始めたこの伝統芸ばかりでなく、今まで続けてきた音楽やたずさわってきたいろいろな物事の中にも、

惹きつけられる磁力はあって、すべては一貫して変わらないという真理と矛盾せず、

絶えず新しく変貌、進化していく方向にひっぱってくれる。

 

何十年来と教わっている音楽の師、出会ったばかりの謡の師。

どちらも言われることは同じで、これもびっくりポンポン。

歌(謡)を日常の自分の日常、そして人生の中に取り込みなさい。と云うこと。

コチラも年とってきましたから、ようやくその意味がわかるようになってきました。

老若男女、自然もひとも、取り組むジャンルは違っても、夢中でやってきたものはみんな同じく通じている。

ふむ。ますます旅に出たい、いろいろなことをしたい。

 もう少し季節が秋でいてくれるといいのに。

 

 

 


厩(うまや)橋から裏道めぐりで荒川まで

2016-08-29 10:13:39 | 町歩き・季節の日記・エッセイ・コラム

8月28日(日)曇り時々小雨

 お昼を食べに厩(うまや)橋、

今日も元気でビールが旨いや!

スカイツリー、頭の上は雲の中、屋形船はお客待ち

寿町の裏側の小店をウロウロ冷やかして、

雷門は混んでるもん、と横目で眺めて花川戸、沓履地蔵を通り過ぎ

いざこととわん、みやこどり、曇天にひくく飛ぶのは一羽二羽

渡り終えれば見番通り、むかしの光今いずこひっそりたたずむ芸者町

 

三囲(みめぐり)神社をひとめぐり、

 

首都高の道の下、社の向こうは隅田川。

わたしはここで咲いてます、と恥らいながら小さき秋萩の奥ゆかしきかな。

 

桜橋までもうちょいと、10年ぶりのサ店のカドは道の角

 

レトロレトロと動く時計とラジオの音は、遠き昔をしのばせる、

裏道細道探してはわざわざ迷って路地の尊、

ハトの街そぞろ歩けば雨は小粒の真珠なり、

想いも道も、いつでも「この先行き止まり」、

「わたしのいるとこどこだんべ?」と猫に聞いてもわからにゃあ。

むかし「荒川」今「八広」、くねくねくねくね迷い道

あずま通りに出くわしてようやく馴染の木根川橋よ、

橋から下を見渡せば絶景なるかな大いなる荒川放水路の流れなり~。

いわゆる幹線の道路を使わず約7.5キロの下町歩きでした♪


オクラの花と千代の富士

2016-08-02 22:06:00 | 町歩き・季節の日記・エッセイ・コラム

娘の育てているオクラの花が咲きました。タネから育てたそうです。

透きとおった薄い黄色の花びらの美しいこと。

わたしが見たのは二つ目の花。一番花の実も大きくなって次の蕾もできている。

これはワタの葉。花はオクラに似ているそうです。咲くのが楽しみ♪

 

一昨日、元横綱千代の富士が逝去。

わが妹が、中学の時に北海道からでてきた彼と同級生でした。

ごく短い間しかいなかったようですが卒業写真には一緒に写っています。

今は、その中学校も今はもうありませんけれど・・。

まだお若いのに残念です。