世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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燕の子⑦

2019-07-02 04:46:50 | 夢幻詩語



翌々日は日曜日だった。千秋は真夏を夫にまかせ、絹子について、講演会に行った。

Sというのは、この地方で活動している、けっこう有名な霊感師だった。絹子は車の中で、Sについていろいろと説明した。もとはある神社の禰宜だったそうで、ある日神からの霊感を受けて、霊能者としての力が開け、不思議なことがわかるようになったという。

千秋は心の中で眉に唾をしながら聞いていたが、心の半分では何かを期待していた。夢のことなんか、相談してみようかしら。でもきっとお金がかかるわ。変な宗教にひっかかったらいやだし……

運転をしながら、インターバル、という言葉が、千秋の胸の中である種の痛みを伴って、繰り返されていた。

会場は大学の講義室のようなところだった。結構盛況で、座る席に困るほどだった。一番前の席しか空いてなかったので、千秋と絹子はそこに座った。

「やっぱり人気があるのねえ、こんなのだとは思わなかったわ」
絹子のそわそわした声に、千秋は少し苛立たし気に答えた。
「どんなだと思ってたの?」
「もっと、古そうなところでやると思ってたのよ。お寺のお堂みたいなところで。前に相談したときはそんなとこだったし。でも今度はずいぶんと近代的ねえ」

話しているうちに、壇上にSが現れた。

千秋は、ぼんやりとSを見た。Sは五十がらみの男で、こざっぱりとしたスーツを着ていた。

講演の内容は、ほとんど右から左へと聞き流した。時々、インターバル、という言葉が耳をついたが、それにもあまり深入りしないようにした。ちょっとでも興味を持てば、魂を吸い込まれるような気がしたのだ。何かを期待してここに来たんだけれど、やはりいやらしい宗教家の洗脳など受けたくない。隣の席を見ると、絹子が熱心に耳を傾けている。千秋は小さくため息をついた。

霊感師というより、まるで実業家みたい、みんなだまされてるんじゃないかしら、と思いながら千秋は壇上のSを見上げた。そのとき、千秋はSとふと目があった。千秋はすぐに目をそらしたが、Sのほうは、何かに気が付いたように、千秋に声をかけた。

「やあ、これは、そこの奥さん」
え?という顔をしながら、千秋はふたたびSを見た。Sは少し苦しそうに眉を寄せて、言った。
「奥さん、お子さんがおありですね」
「は、はい、おりますが」
千秋はどきりとした。霊感師に意味ありげに呼び止められるなんて、あまり気持ちのいいことではない。

Sはしばし、千秋を見つめて、何かに悩むような表情をした。そしてしばらく沈黙したあと、言った。
「お子さんに気をつけてあげなさい」

千秋は目をぱちくりした。Sはすぐに目をそらし、元の話に戻った。となりで絹子が、茫然と千秋の顔に見入っていた。

「あんた、ちょっとまずいかもよ」
帰りの車の中で、絹子が千秋に言った。
「まずいって何?」
「何か見たんじゃないかしら。あんな人に相談するのにはね、それなりのものがかかるのよ。でも今日は、向こうから言ってくれたわ。たぶん、あんたに何かあるのよ」
「何かって?」
「とにかく、真夏ちゃんに注意してあげなくちゃ。あんないい子には、魔がつきやすいっていうしね」
「魔がつきやすいって……!」
「信じられないくらい明るい良い子よね。あんたが生んだのとは思えないくらい」
わたしだって時々そう思うわよ、という言葉を千秋は飲み込んだ。夢であの人影が言ったことを、思い出した。

あの子は、おまえの子じゃないんだよ……

そんなことあるもんか。真夏はあたしの子よ。あたしがちゃんとこのおなかをいためて、生んだのよ。

千秋は真夏を生んだ日のことを思った。あれは日差しのじりじり暑い夏の日だった。大きなおなかを抱えて、近所のスーパーに買い物に行く途中、突然陣痛が来て、産院にかけこんだ。それから二日ほども苦しんで、千秋は真夏を生んだのだ。

そうだ。どう考えても真夏はあたしの子よ。

しかし、夢の中のあの声は、ある種の現実感を伴って、千秋にからみついてくる。千秋はあのときSにもっと踏み込んで尋ねてみればよかったと、いまさらながらに後悔した。





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