世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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小さな小さな神さま・11

2017-05-30 04:18:37 | 月夜の考古学・第3館


  7

 やがて前方に、再び青々とした陸が現れました。
 小さな神さまたちは、無言で陸の迎えを受け入れました。海が陸に接する境界では、白砂が弓なりの陸の縁を美しく彩り漁をするにんげんたちのきまじめな営みがそここに見えました。しかし小さな神さまは、そんなにんげんたちをもう見ようとはなさいませんでした。お目はただ前方のみを見つめ、お口元は固く閉じられているだけでした。
 やがて、なだらかな山並みをいくつか越えると、向こうからおふた方の神が、こちらにおいでになるのが見えました。小さな神さまはふと竜をとめ、その神さまたちが来られるのを待ちました。
「大遅此芽稚彦の神でいらっしゃいますか」
 おふた方の神は、小さな神さまのお前に立たれますと、ていねいにお辞儀をなされ、声をそろえておっしゃいました。小さな神さまも額を下げられ、ごあいさつをなさいました。
「にんかなの神でいらっしゃいますか」
「いいえ、わたくしどもは単なる遣いのもの。あなたがたがいらっしゃるのが分かりましたので、にんかなの神がお迎えにいってこいと仰せになったのです」
 おふた方の神は、どちらも白と金の美しいお衣装をまとっておられ、お首元には青やら朱やらの美しい瓔珞を回されておりました。細やかな輪郭をすがすがしい光が囲み、何やらそばにいるだけで、マによって沈みがちであった小さな神さまのお心が、癒されていくようでありました。
 やがて、おひと方の神が、そっと手を出されておっしゃいました。
「そのお手の上のものは、どうぞこちらに」
 見ると、小さな神さまのお指の上で、チコネはすやすやと眠っておりました。
「これは、久香遅の神より託された大事な核です。久香遅の神は……」
 小さな神さまがおっしゃるのをさえぎるように、もうおひと方の神が笑顔でおっしゃいました。
「すべては分かっております。ご安心なさいますように。大事にお預かりいたします」
 それでも、しばらくの間、名残を惜しむかのように、小さな神さまはお指のチコネをなでておられました。
「永遠の別れはないものでございます」
 おひと方の迎えの神がおっしゃいました。小さな神さまは一息つかれますと、お指からチコネを解き放ちました。チコネは、ふらふらと蛍が飛ぶように、お遣いの神の手元に吸い寄せられました。
「では、どうぞこちらへ」
 おふた方の神は小さな神さまの両脇に並ばれますと、にこやかにほほ笑まれて、小さな神さまをいざないました。小さな神さまは、無言で、従いました。
 そこから、連山の帳を二つほど越えると、不意に、空の下に広がる巨大な山容が、眼前を領しました。小さな神さまは、その大きさとみごとな形に、声にならぬ声を、あげました。
 大羽嵐志彦の神の、おっしゃった通りでした。にんかなは、小さな神さまがこれまで見たどのような山とも違う、またとないほど美しい峰でした。
 それは、未だ見も知らぬ貴いお心の、天よりもたらされた吐息の静かな広がりのように、大地に向かって広々と、涼やかに、垂らされておりました。天に向かう大地の勇猛な野心は微塵も感じられず、まるでひとひらの風に描かれた巨大な絵のように、軽々と眼前に座し、それでいてその膨大な山量からくる威容には、神をも人をも、涙をもってひれふさせるに十分な力がありました。小さな神さまは圧倒され、お目に涙を灯されました。
 お遣いの神が峰の向こうに消えた後、小さな神さまは山のふもとの鏡のような湖のほとりに、ふんわりと降りられて、さえざえと澄み渡る感動に導かれるまま、声高らかにおっしゃいました。
「にんかなの神はいらっしゃいますか」
「どなたでございましょうか」
 まるで、鈴を風の中に千も転がしたような、澄んだ美しい声が、天空に染み通りました。小さな神さまは、ひざを折り頭を垂れられて、改めてていねいに名乗られ、ごあいさつをなさいました。すると、ふと空気が揺らいで、それまで美しい山であったものが、それは大きなお美しい女神の姿に変わりました。
 女神は青い色をした、みごとなお衣装を着ておられ、その裳裾はゆったりと大きく広がりながら、豊かなひだをそこここの谷や湖畔や川べりに、すべりこませておりました。そのお顔は峰の雪のように白く、たそがれ時の雲のばら色が、ほおの辺りを鮮やかに染めていました。そのほほ笑みは限りなく優しく、なつかしく暖かい光が、お顔の周りにまぶしく満ちていました。
 小さな神さまが、ぼんやりと見ほれておりますと、にんかなの女神はにこやかにおっしゃいました。
「にんげんをご所望でございますか」
 小さな神さまは、ふと我にもどりました。実のところ、どうすればいいか、決めかねておられたのです。

  (つづく)




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