世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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燕の子③

2019-06-28 04:41:25 | 夢幻詩語



電話が鳴ったのは、千秋が部屋に掃除機をかけ終わり、朝の家事のルーチンをほぼ終えたころのことだった。

「はい、高下です」
「ああ、千秋?」
電話に出ると、聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。千秋は、まずいな、と思った。声の主は実家の母の絹子だった。

「そろそろ休み時間だと思ってかけたの。あんたはだいたい時間通りにものごとをやるたちだからね」
絹子は言った。千秋は別にそれに反論はしなかった。千秋には、何かにつけ決まりをつくってそれを律義に守っていくような性質があった。
「まあね、一休みしようと思ってたところだけど……なんか用? おかあさん」

「いやね、こんどSの講演会に行くんだけど、あんたもいっしょに行ってくれないかと思って」

またか、と千秋は思った。Sというのは、今絹子が凝っている霊能者の名前なのだ。
「おかあさんてば、変な宗教にはまってるんじゃないの?」
千秋がいうと、絹子はちがうちがう、と否定した。
「別にそんなんじゃないわよ。勧誘みたいなことしてるわけじゃないから。たださ、なんとなく、あんたのことが心配だからよ」
「何よ、心配って」
「ほら、子供のころから変な夢ばかり見るっていうじゃない」
ああ、それか、と千秋は舌を打った。例の黒い人影の夢のことは、何度か母に相談したことがあったのだ。

「昔から神経質な子だったからね、心配してるんだよ。霊的に問題があるんじゃないかって」
「霊的って」
「もしかしたら前世に問題あるんじゃないかって、Sに相談してみたのよ」
「おかあさんたら、そんなこと勝手に……」
「そうしたらね、あんたの前世を教えてくれたの」
「あたしの前世って何よ」
半ば興味を持ちながら、千秋は聞いてみた。すると絹子は当たり前のことのように、言った。
「あんたは前世、ドイツあたりで商人の娘だったって話よ」
とたんに千秋は、話を聞く気力を失った。うんうんといい加減に返事をしながら、絹子が話すのを耳元で聞き流していた。

「それでね、インターバルのときに……」
「インターバル?」
「インターバルっていうのは、前世とこの人生の間に、霊界にいる時のことよ。人間、死んでる間は、あの世にいるからね、そのときに……」
「ああ、もうこんな時間よ、おかあさん、あたしそろそろ買い物に行かないと」
「ああ、そうね。でもね、あなたにはインターバルに問題があって、なんとかしなきゃいけないそうなのよ。それをほっておくと、嫌なことが起こるかもしれないって、Sが……」
「あまり本気にしないほうがいいわよ、おかあさん、そんなこと言って、変なお札とか買ったんじゃないでしょうね」
「あらやだ、ちがうわよ。Sはそんなことしないのよ。ただ……」
「またね、おかあさん」
このままではまた話が長くなると思い、千秋は半ば強引に電話を切った。

買い物を終え、簡単な昼食をとると、もう真夏を幼稚園に迎えにいく時刻になった。千秋は上着をひっかけて、いそいそとマンションの玄関を出た。外に出て見上げると、空は初夏の光に満ちていた。





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