世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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燕の子⑨

2019-07-04 05:07:18 | 夢幻詩語



千秋は見知らぬ街を、歩いていた。

ここはどこだろう。ずいぶんと暗いところだ。空を見ると、太陽らしきものが中天に見えるのに、まるで夕暮れのように薄暗い。

道の隅には生え群がった雑草のかたまりがあって、それがかすかに風にゆれていた。足取りは重いのに、体は妙に軽い。いや、まるで重さなどないかのように、ふらふら千秋は歩いていた。

「やあ、きたのかい」
いつの間にか千秋は、小さな薄暗い部屋の中にいた。そこには、黒い布を頭からすっぽりかぶったあの人がいた。
千秋は、ああ、と言った。思い出してはならないことを、思い出しつつある。

「来るような気がしてたよ」
黒い布をかぶった人は、ため息交じりに言った。その声にかぶさるように、千秋は言った。

「あたし、今度生まれるの」
「ああ、知ってるよ」
「それで、やってほしいことがあるの」
「やっぱりね」

インターバル、インターバル、インターバル、という絹子の声が、耳の中で繰り返し鳴った。そうだ、わかる。これはインターバルの記憶なんだ。生まれる前の、あの世にいたころの、あたしの記憶なんだ。

「あたしね、今度の人生で、いやな子を産まなきゃならないのよ」
「ああ知ってるよ。前世で子供に馬鹿なことをしたからだろう」
「ちょっと厳しくしつけただけよ。それがあんな変なやつになると思わなかったのよ」
黒い布をかぶった人は、深々とため息をついて、かぶりを振った。千秋はつづけた。

「だから、子供をほかの子供ととりかえてほしいの」
「そりゃ、できるけど、やったらいやなことになるぜ」
「わかってるわよ。でもあたし、子供で苦労なんてしたくない」
「復讐されるのが怖いんだろう」

千秋は黙った。目に少し涙がにじんだ。自分の言っていることは、明らかに違反なのだ。裏から操作をして、自分の人生をいい方向に導いてほしいという願いなのだ。

「もちろん、ただじゃないわよ、それなりのことはするわ」
「まあいいけどね、でもうまくいくとは限らないぜ」
「いい子が欲しいの。すごくいい子が欲しいの。だからとりかえて」
「ほんとの子の方が、どんなあほでもいいっていうぜ」
「いやなものは、いやなのよ!」

もういい、やめて、と自分の中で自分が言った。千秋は思い出したのだ。生まれる前の約束。確かに自分は、誰かにこんなことを頼んだ。

本当は、自分は子供で苦労するはずだったのだ。前世で子供を虐げたからだ。子供は病気で生まれて、一生その世話をしなければならないはずだった。それがいやだったから、裏から操作して、子供を違う子供ととりかえてくれと、誰かに頼んでから、千秋はこの世に生まれてきたのだ。

そんなことが、すらすらとわかった。

「思い出したかい」
ふと、風景が変わり、まわりが真っ暗になった。あの声は言った。
「あの時約束したけどね、もうそれがだめになったのさ。もうあの子は、返さなくちゃいけないんだよ」
「それ、どういうこと!?」
千秋は叫ぶように言った。すると声の主は一瞬ためらった後、静かに言った。

「…業なんだよ、おまえの。どうしても、子供でつらい思いをしなきゃならないのさ」
「いや、いやよ!!」

そのとき、どこからか電話の音が鳴り響いた。





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