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その日も、千秋は夫と真夏を明るく送り出した。暦はもう七月に入っていた。もうすぐ真夏の誕生日だ。
ピンクのバラがついたケーキを頼んでおかなくてはならない。それよりなにより、誕生日のプレゼントを何にするべきか。千秋は家事をてきぱきと片付けながら考えた。ピンクのワンピースはどうだろう。真夏はピンクが好きだ。でも、デザインに結構うるさいから、千秋が買ったものに文句をつけるかもしれない。ぬいぐるみか何かのほうがいいかしら?
千秋は洗濯籠を持ってベランダに出た。燕が飛んでいる。あの燕の子はもう巣立っただろうか。あたしも燕のように、真夏の世話をして、育てるんだ。千秋は幸せそうに笑いながら、真夏の小さなTシャツや靴下を干した。なんでもしてやりたい。娘のために、なんでもしてやりたい。こんなに子供を愛することが幸せだなんて、真夏が生まれるまで知らなかった。
きっとすごくかわいい娘になる。千秋は真夏の将来を想像して、ひとり微笑んだ。今は元気に飛び回っている真夏も、年頃になればおとなしくなってくるに違いない。どんな娘になるだろう。お嫁に行く時には、夫がどんな顔をするかしら。
千秋の想像の中では、美しく成長した真夏が明るく笑っていた。ふと、あんないい子には魔がつきやすい、などという絹子の言葉が浮かんできた。
洗濯物を干し終わって、中に入ると、千秋はぶんぶんと顔を振って、暗い考えを振り払った。ばかばかしい。絹子はSの影響で妙に迷信深くなっているのだ。霊感なんて、きっと詐欺みたいなものよ。みんなだまされているのよ。
「そうでもないさ」
そのとき、また後ろから声がした。千秋は心臓をぎゅっとつかまれるように、驚いた。だが振り返らなかった。振り返れば、またあの人影を見る。
「いろんなやつがいるがね、馬鹿にしたらまずいやつもときどきいるんだよ」
千秋は答えなかった。洗濯籠を握りしめながら、凍り付いたようにそこで固まった。
「もうそろそろおしまいなんだ。それを教えにきたんだよ、俺は」
「おしまいって何?」
千秋は思わず言った。すると声はひくひくと笑いながら、答えた。
「あの子はね、おまえの子じゃないんだ。だからもう、返さなきゃならないんだよ」
頭に血が上った。千秋は妙な叫び声をあげながら、振り返った。それと同時に、何かに吸い込まれるように意識を失った。