イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

醍醐味

2007年10月15日 23時57分53秒 | 翻訳について
ボクシングの亀田対内藤戦が異常な盛り上がりを見せた。亀田のことは最近あんまり好きではないが、最初彼らが出てきたとき、なんとも魅力的なやつらがあらわれたもんだ、と思った。そして、斜陽といわれるボクシング業界にあって、じつは輝きを失っていたのはボクシングという器ではなく、中身の方だったのだと気づかされた。

総合格闘技やK-1が新たに台頭し、時代の気分を代弁するかのような自在さと自由な空気を醸し出している中、旧態依然とした後楽園ホール的世界観に象徴されるボクシングの旗色がよくないことは、なんとなく誰もが感じていることかもしれない。しかし、今回の試合が教えてくれたのは、ボクシングにはボクシングの醍醐味、というものがあって、それはもう他の何もそれに取って代わることのできない固有の面白さ、素晴らしさを内包している、ということだ。むしろ、こうなれば逆に伝統と「枯れた」世界にしかない通なディティールの数々が、俄然、輝きを増すのだ。

つまりボクシングが面白い、というのは、実は「面白いボクシング」は面白い、ということなのであって、逆に「ボクシングは面白くない」という言説は、正確には「面白くないボクシング」は面白くない、ということを指しているのだと思う。

なんてことをいうのも、出版業界にもこれが当てはまると思っているからだ。本が売れない、翻訳書が売れない、果ては本は面白くない、というような言葉が聞こえるようになって久しい。インターネットあり、携帯電話あり、そのほかもろもろの娯楽あり、と気がつけばそんな世の中になっていて、本はだんだんと時代の片隅に追いやられようとしているかのようだ。でも実は、売れなくなったのは、「面白くない本」であり、砂を噛むように味気のない訳文で記述された、「読めない翻訳書」だったのではないかと思う。

面白い本はどうしたって面白いものだし、そういう面白い本からは、出版不況や活字離れという陰鬱な言葉を連想することはない。そこには本というジャンルにしかない醍醐味があって、それはもう、本好きのひいきを加えていえば、もう他の凡百のジャンルを寄せ付けない、娯楽の王様(表現が古いな)とでもいうべき非の打ち所のない面白さを堪能できるものなのである。こうした本が本来もつ面白さを探求することなく、「本は売れない」とぼやきつづける。そうした精神はもう時代錯誤と呼ぶほかはないし、いやしくも本の作り手の末端である翻訳者は、したり顔で売れない本のことを嘆くのではなく、有無をいわせぬ面白さを自分の訳文で実現することを目指すべきなのだ。と自戒を込めて言おう。

今、どんな分野であれ、消費者の目は肥えてきている。たとえば、ラーメン業界の百花繚乱ぶりを見よ。ありとあらゆる創意工夫で次から次へとイノベーションが引き起こる。20年前の牧歌的なサッポロ味噌ラーメン的世界観からは隔世の感がある。あるいは、同じ斜陽業界といわれるプロレス界を見よ。新日、全日という二大団体がこの世の春を謳歌していたのも今は昔、細分化された顧客のニーズに合わせて無数の団体がしのぎをけずる戦国時代に突入。その結果、ときに思いもよらぬ方向に進化を遂げて、いい意味で期待を裏切ってくれるエンターテインメントのワンダーランドになっている。

ともかく一翻訳者としては、目の前の書籍に魂をこめて、面白い訳書を作ること。それに尽きるのではないだろうか。翻訳本を読んでいて、ああなぜここはこんなに気のない訳にするのだろう、これじゃ読者は最後まで読み通さないだろう、と思うことがなんと多いことか。訳したら売れる、かつてそんな時代があったのであれば、今はそんな時代じゃなくて逆によかったと思う。読者は馬鹿じゃない。面白ければ読むし、面白くなければ見向きもしない。今は、みんなが当たり前のことに気づき始めた時代なのだ。

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荻窪店で12冊。

『翻訳家の仕事』岩波書店編集部編
『シューレス・ジョー』W・P・キンセラ著/永井淳訳
『誰かに見られてる』カレン・ローズ著/長野きよみ訳
『優しすぎて、怖い』ジョイ・フィールディング著/吉田利子訳
『ウォール街』ケネス・リッパー著/芝山幹朗訳
など

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Natsume)
2007-10-16 00:47:24
そう、言葉には「抽象化」というはたらきがあって、抽象化した時に、情報は大半が抜け落ちてしまうのですが、言葉が流布すると、そのこと自体、忘れられてしまいます。

「人間」なんてこの世には存在せず、山田さん、佐藤さん、Smithさん、などが個々に存在しているだけ。

「本」なんてこの世には存在せず、「利己的な遺伝子」、「ライ麦畑でつかまえて」、「吾輩は猫である」などが個々に存在しているだけ、なんですよねえ...

人間を含め、霊長類は、大人になると、知的活動を徐々にやめ、脳の手抜きを覚えるんですね。
(^^)
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霊長類まで... (iwashi)
2007-10-16 01:26:02
霊長類まで含めるところがさすが大先生です...(^^; スケールがでかい。

個人的には、出版不況といわれるなか、
面白い本はどんどん増えているような
気がしています。工夫して、よい本をつくるための
努力をしているひとがたくさんいることがわかります。本のレベルは上がっている。
翻訳のレベルも。昔の本には、けっこうぞんざい
なの多いですからね。だから、本の未来は結構
信じています。っていうか、常に本がマイブームだから
不況といわれてもよくわからない(^^;
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