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稲盛和夫の哲学―人は何のために生きるのか (PHP文庫)
稲盛 和夫
PHP研究所

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『稲盛和夫の哲学』(PHP文庫)を読んでいたら、第20章の「『足るを知る』ことについて」で次のような記述に出合いました。

チンパンジーの生態研究のためにアフリカに何カ月も滞在し、その時に原始狩猟民族の集落である体験をした故伊谷純一郎先生(京大の霊長類研究の第一人者)の話です。

その集落では、狩りをするときに、一族の男が総出でそれぞれ弓矢を手に出かけるそうですが、誰か1頭でも獲物を倒すと、その日の狩りは終わりとなり、みんな村落に帰ってきて、獲った獲物を解体し、みんなで分け合うそうです。

まずは、仕留めた男がいちばんおいしい部分を家族向けに取り、あとは血縁の濃い順番に、親、きょうだい、義理の親というように、少しずつお裾分けをするため、末端に行けば行くほど、肉片は小さくなっていきます。

それを見た伊谷先生が、その集落の人をつかまえて、「量が少ないのではありませんか。1頭獲ったからといって狩りをやめずに、もっと獲物をとって、ふんだんに食べられるようにしたらどうか」と聞きました。

すると、「いや、それは村の掟でしてはならないことになっている。誰かが1頭倒せば、その日は狩りは終わりということが昔から決められている」と言って、けっして1日1頭以上の獲物を獲ろうとなしないそうです。

伊谷先生は、欲望のおもむくままに獲物を獲っていけば、やがては野生動物の減少を招き、いずれ自分たちの食糧難を招来することになっているということを、原住民たちが知っていたからではないかと言います。だから再生産可能な範囲を超えてまで狩猟をしないのです。


このことに近いことを稲盛氏は、第19章の「共生と競争について」で次のように書いています。

自然界は普遍的な愛にあふれ、全体としては共生しています。それは、自分だけ繁栄したのでは必ず相手を破滅させ、自分も疲弊してしまうということを知っているからだろうと思います。


ところで、今朝(11月7日)の新聞各紙には、ヒマラヤの山岳国ブータンの首都ティンプーの王宮で6日、ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王(28歳)の戴冠式が行われ、正式に即位したことが報じられています。

ブータンは、インドの北西部に位置する世界でも最貧国ですが、憲法で国民の精神や文化面の幸福度を追及する「国民総幸福量」(GNH、gross national hapiness)の強化を定めています。

先進国、または発展途上国が、ひたすら「国民総生産」(GNP、gross national products)を求めている中で、GNPと、ブータンの追求するGNHとを比較すると、何が幸福で、何が自然界に調和をもたらすか、価値観の転換を迫られます。



 



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