おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
昨日(3月21日)の午後は「ドラッカーが教える社長のマネジメント」なる講座で勉強してきました。
それなりに役立ちそうな内容で、満足度が高かったセミナーなのですが、本もかなり売れている、知名度の高い講師が冒頭に「ドラッカーの本は難解で、実は私は2冊しか本を読んでいません」と白状したので、私はその講師に好感を持ちました。
しかし、一方でこんなことも考えました。
もし誰かが「アドラーが教える・・・・」というタイトルの講座を担当しながら「アドラーの本は難解で、実は私は2冊しか読んでいません」と語ったとしたら、受講者は講師をみくびることでしょう。
そんなことがないように願うばかりです。
さて、「神仏は無慈悲にも愛する人を奪ってしまうのか?」の2回目で、これで終わりにするつもりです。
まずは、次兄の訃報に対してブログのコメント欄、メール、フェイスブックのコメントやメッセージでお悔やみのお言葉を賜りありがたく厚くお礼申し上げます。
本来ならば、一人ひとりにお返ししなければならないところですが、あまりにも多くの方々からいただいているので、それぞれのお言葉を心に深く刻み、心から感謝申し上げます。
私は、次兄がこの世を去ってから時系列で子どもの頃から最近までの兄の思い出を想起しました。
葬儀参列中のカミさんから アドラー・カウンセラー養成講座 の最中に実況中継風に情報が入ってくるのが拍車をかけました。
思い出したことの一部を書いてみます。
1.子どもの頃のこと。私が小学校に入ったばかりの1年間は、6年生だった兄と一緒に小学校に通いました。
2.家で走り高跳びをしたり、ボクシングをしたりする発案者は常にこの兄主導でした。
2人の悪ガキの弟たちは一緒になって遊んでいました。
家族はあきらめるほかはありませんでした。
3.兄が法政大学の社会学部に入学すると、中学2年生の私に大学の授業のことを教えてくれました。
今でも英語の先生が岩倉具視の孫であったこと、心理学の先生が乾 孝という有名な教授であったことを覚えています。
兄は、その頃からカッパブックスをよく読み、その影響で私も『社会学入門』『心理学入門』などを借りて読むようになりました。
私が読書に目覚めたのはこの時期からでした。
4.私が大学に合格すると、私を宇都宮に連れて行き、「アオキ」(AOKIではない)という店で23歳の兄は自分の給料で背広をプレゼントしてくれました。
(ここから少し早送りして)
5.私が前妻との離婚問題を抱えていたとき、最初に打ち明けたのはこの兄でした。
自ら離婚経験者だった兄は、私を受け入れてくれ無批判に私の話を聞いてくれました。
6.私のいざ離婚の間際、父子家庭中だった私の家庭を助けて幼稚園から小学校に入る間の息子を1カ月間、宇都宮の家で預かってくれました。
7.子どもたちの親権を妻に渡し、一人ぼっちになってしまった私を年末・年始を一人で過ごすのも寂しかろうと宇都宮の家に呼んでくれ、今のカミさんと一緒になるまでの5年間、家族同様に年末・年始に私を暖かく迎え入れてくれました。
8.ヒューマン・ギルドが倒産寸前であった30年前、50万円の借金を申し出たら、経営内容を詮索せずに応じてくれ、その後、ヒューマン・ギルドの株主になって今日に至っています。
9.私が土日2日間の研修のために宇都宮に行くと、兄の家を宿泊先としていました。
こんなふうに箇条書きしてわかることは、兄から私が受け取ったことばかりです。
大笑いながら「調子狂っちゃうな」と言うのが口癖の兄でした。
無条件の信頼を伴う、兄の存在そのものが私を勇気づけてくれていたのです。
こんな兄を喪って、私は人生の意味をぼんやりと考えました。
死を考えることは、生を充実させること。
出会うこと以上に別れることに意味がある。
兄の命は消えたけれど、兄からの勇気づけは生き続ける。
私が心に刻み続ける限りは。
私は仏教徒でありながら輪廻転生を否定している人間ですが、もし生まれ変わることがあるとして、自分の家族を選ぶことが可能だとしたら、こう兄に伝えたい。
私はためらいなく、生まれ育った家族のもとに、あなたの弟として生まれたい、と。
あなたとの別れは「さようなら」よりも「ありがとう」がふさわしい。
欲張りな弟ですが、あなたの分まで生きていきます。
本当にありがとう。
とりとめもない文章ですが、これをあなたへの弔辞とします。
<お目休めコーナー>3月の花(20)

(下の写真は私たちの両親のもの)
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