おはようございます。アドラー心理に基づく勇気づけの研修(外研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
昨日(11月17日)は、13:30~18:40に11月開催の アドラー心理学ベーシック・コース の3日目を行っていました。
前半の担当は、永藤かおる講師でした。
まず、特徴的であったのは、次の2つです。
1.名刺交換をしに来る人が何人もいたこと
私は、講座参加者に自ら名刺交換に出向きませんが、求まられれば自分からも名刺を出します。
2.講座中の写真撮影を好まない人が多かったっこと
私は、あらかじめ許可を得て講座中の写真撮影(不許可の人は外す)をし、このブログに掲載することが多いのですが、昨日は3割の人がノーだったので、写真撮影を断念しました。
講座後の懇親会でも写真は撮りませんでした。
さて、講座中に強調したのは、「共同体感覚」についてでした。
今年の11月は、第一次世界大戦の終結から100年の時。
フランスでは、11月11日に各国の首脳が集まり記念イベントが開かれていました。
この時期からの数年は、アルフレッド・アドラーにとっても1つの転機でした。
そのことを『アドラーの生涯』(エドワード・ホフマン著、岸見一郎訳、金子書房、7,400円+税、P.163)をもとに書いてみます。
1つは、1919年からウィーン大学の医学部で講義ができるよう働きかけていたことが、1922年に却下されたことです。
そのことを当時52歳のアドラーは、『神経質性格について』の第3版(1922年)の序文に次のように書いています。
「この決定によって私は現在に至るまで大学生と医師に講義をすることができないでいる。知っている人は、私の考えを普及することがいかに困難だったかを理解する」
このことは、アドラーがアカデミズムの世界に進出することができず、一般の人たちに自分の考えを伝えるしかなくなったことを意味します。
個人心理学の大衆化路線とも言っていいでしょう。
もう1つは同時に、共同体感覚をより鮮明に打ち出したことです。
アドラーは、同じ序文に次のように書いています。
「個人心理学の合言葉は仲間、人間社会の差し迫った必要に対する共同体感覚のある態度である」
個人心理学の中核に共同体感覚を据えたことの宣言でもあります。
もう1つの、 アドラー心理学ベーシック・コース の共同体感覚の部分で私がお伝えしたことを書いておきます。
これは第3版の3年前に遡る『神経質性格について』の第2版(1919年)の序文にまつわる話です。
『アドラー心理学入門』(H.オーグラー著、清水弘文堂、絶版)によれば、アドラーが初めて共同体感覚に言及したのは、第一次世界大戦前に書いた『治療と教育』(1914年)という著書だったようです。
しかし、アドラーが1916年から1918年までオーストリア軍の軍医として従軍したアドラーは、この戦争から深刻な影響を受け、以前に出版し、戦後の1919年に第2版を出した『神経質性格について』の序文で次のように共同体感覚の重要性を力説しました。
「戦争は、この書物の(初版と第2版の)2つの版の間に行われた。戦争とその恐るべき結果、力への欲求と威光政策とによってむしばまれた、現代の、神経症的で病的な文明が示す、最もすさまじい集団神経症。現代の出来事の恐ろしいなりゆきは、この書物の単純な思考の流れを確証するものである。戦争の正体は、広く解放された力への意志 ― それは、人類に不滅の共同体感覚を抑圧したり、悪用したりする ― の、悪魔的な仕事であることが明らかである」
1918年11月に終結した第一次世界大戦は、アドラーの大きな転機にもなったことが窺われますね。
◆マリーナ・ブルフシュタイン博士(アドラーユニバーシティ(大学院)教授)の「アドラー心理学の歴史的流れ:時を超えて存在する理論とその応用」は、アドラー心理学の歴史的発展を学べる講座のご案内
100年以上経った今でも、アドラーの理論は多くの国々・無数の状況のもとで試され続け、大勢の人々がその有益性の恩恵を受け続けています。
講義や体験的な演習を通じて、アドラー心理学の歴史的な流れと現代・そして未来に続く発展を学ぶことができます。
日 時: 2月1日(金)10:00~17:00
会 場:ヒューマン・ギルド研修室
受講料:一般25,000円、学生15,000円
ファシリテーター:梶野真氏
通 訳:埴原由美さん
https://www.hgld.co.jp/p_lecture/view/649 こちらから詳細確認及びお申し込みができます。
(クリックして勇気づけを)
<お目休めコーナー>11月の花(18)