「いくさんのお部屋」つぶやきNo.3

日頃の何気ない日常をつぶやいています。

ホシダ初登り

2006-01-18 21:29:04 | クライミング
今日はホシダに行って来た。相棒が調達出来ず、ついご無沙汰してしまっていた。きょうは、常連のKさんにメールでお願いして重い腰を上げた(一人だと申し込み出来ない)。いきなり、アップの茶ルート10aで落ちてしまう。そのあと、10cの新しいルート、完登出来ずがっかり。
垂壁の銀白10bでトップロープで常連さんが登っていたので、昼食後登らせてもらうがこれもテンションだらけ。最後にもう一度10cに挑戦したが、一ヶ月振りのホシダは手強かった。ガックリ!!
今日のメンバーは常連のシルバー隊とMさんに加えて、Iさんと少し寂しい。最近は利用者も平日は少ないらしい。
ホシダにクライミングに通った回数で、昨年(2005年度)のベストテンが発表されていた。なんと今年は返り咲きで61日で9位に入っていた。女性では一人だけだった。こんなにも、行っているのにちょっと間が空いただけでこのざまだ。行かない理由は簡単に見つかる。億劫がらずに、もう少し行こうと反省したホシダ初登りだった。
ちなみに、一位は280回でした。すご~い!!


06年初めての烏帽子岩

2006-01-16 23:16:21 | クライミング
土曜日は土砂降りの雨。さすがのホシダも電話で聞いたところ、2名来た人がいたそうだが帰ったということだ。私は、土曜日はのんびりと過ごした。日曜日のホシダは講習会で1時からしか使えないので、烏帽子になった。雨のあとなので染み出しを心配していたが、もう乾いていた。前日の雨の影響か人は少なく、暖かな陽気の、クライミング日和となった。そして、今年初めての烏帽子だった。
無名ルートとアルゼンチリ、そしてジャスティスをトップロープで3回。核心がまだ今一だがあとは楽になった。この核心が、解決しないために苦手ルートになってしまってる。パワーと身長のある人には超お買い得だと言うのに…。
ルートは、相性のいいのと悪いのがあるようだ。悪いのをいつまでも取り付いているよりは、自分の好きなルートにさっさと乗り換えた方がいいように思うのだが、登れないというのはやっぱり悔しいので、烏帽子にいったらジャスティスに取り付いてしまう。
昨日の3回目のときに、少しムーブに手応えを感じた。また行ったら「北村=林ルート」と併せて取り付いてみたい。

沢木耕太朗著「凍(とう)」の感想

2006-01-11 21:44:37 | 読書
沢木耕太朗著「凍(とう)」を今日やっと読み終えた。この本も半分ぐらいは昨年に読み始めたのだが、忙しさにかまけて放り出していた。今日はホシダに行こうと思っていたが相棒が見つからず、急遽時間が出来たので続きを読み出したところ一気に最後まで読んでしまった。
山野井泰史と妙子夫妻のギャチュカン北壁登攀の小説である。私はすでに山野井泰史の著作「垂直の記憶 岩と雪の7章」を読んでいたりネットの「山野井通信」で闘病生活の様子を読んでいた。私はちょうどその頃と同じ頃の2003年の2月にクライミングで骨折し、ちょうど山野井夫妻の闘病中のころに悶々と過ごしていて、「山野井通信」に励まされていた。こんなに凄い状況でもけろりとしている妙子さんは、同じ女性で凄い人だと以前から感心していた。弱気な私はただの骨折だったのだが「何でこんな思いをしてまで山に行くんだろう」と自問し続けていた。そして、もうクライミングは止めるかもしれないとも…。
そしてギブスの足で動けなくなった状態でこたつに潜り込み、山の本を読みあさっていた。それはこの怪我をきっかけに、自分のこれからに何らかの答えを出そうと思っていたのかもしれない。怪我をするのは、クライミングに自分は向いていないのではという思いもあった。いろんな本を読んで、有名で技術に長けた人でも、怪我や遭難などに遭遇していることがわかった。
私は約一ヶ月半後ギズスが取れ、さっそくホシダでトップロープで登り「骨折以来のホシダ。なんでもありのTPで一本登れた。嬉しい。いつになったら以前のルートまで戻れるかは判らないが、また頑張ろうという気持ちになれた。」と自分のHPの日記に書いている。私と偉大な登山家とは比べようも無いのだが、この「凍」を最後まで読んで山やクライミングへの衝動は、一緒だということがわかった。
この本の前半分が、私にとって退屈であったのは何故か。それは、この登場人物である山野井夫妻の生活や今までのことが淡々とした説明的な文体で書かれていたからだと思う。それは私には、質問(インタビュー)したことをただ文章に書き換えただけと捉えられ、その文章も作者が山のことを知らないのと一般読者のためか、かなり説明的になっていたのが気になり、この沢木という作家はなぜ山野井泰史のことを書きたいのだろうと疑問に感じていた。その点、本人が書いた「垂直の記憶 岩と雪の7章」は迫力のある迫り方だった。
主人公のことを良く書いていて、そのとおりの人物像なんだろうということは読みながら理解出来るのだがしっくりこない。沢木が質問してそのように理解したという人物像がこの中の山野井泰史と妙子像になってる。作家のやけに冷静な目が覚めて思え、それが私には物足りないのだろう。脚色が不足しているということか。私がイメージしていた夫妻とも、微妙にずれていたような気もする。
ところが、今日一気に読んでしまった後半の半分は、その脚色が無い分リアリティーがあり、私は悪天候での苦難の下山は頭の中に一駒一駒の映像として浮かび上がって来てどんどん引き込まれて行った。7000mを越えるクライミングの過酷さを私は知らないのだが、十分厳しさは伝わって来た。これは、完璧にやられたという感じだった。
そして、夫婦でありながらお互いにパートナーとして認め合い、信頼しているという二人の関係も伝わってきた。どんなことでも淡々といさぎよく受けいれているように見える妙子は、ほんとうに強いひとだ。ほんとは、芯は女性の方が強いのでは、とすら思ってしまった。そしてそれを認めている山野井も素晴らしいとも思った。
今も指を切り落としてもなお、クライミングに向かい続け「登ることが楽しく登れることが楽しかった。(略)自分がこれほどクライミングが好きだということをあらためて確認する思いだった。(略)最初クライミングを再開したばかりのときは赤ん坊同然だった。しばらくやっているうちにクライミングの幼稚園児くらいになっている自分を発見した。そしてさらにやっているといつの間にか小学生になっていた。そのとき山野井は理解するのであった。自分はクライマーとしての人生をもう一度送り直しているのだなと」と言わしめる。
ハンディーがあって、また一からの出発を苦にもせず、軽く好きだからと言い、クライミングを続けて行く山野井に私は魅力を感じる。
山やクライミングをするのに、講釈はいらない。下手でも、好きで楽しければいいんだよというメッセージを残しているように感じるのは、勝手な私の解釈だが嬉しい。
最後に、今度は妙子のことを知りたくなってきた。

  

またまた城山へ

2006-01-10 10:43:08 | クライミング
帰ったばかりで、また城山へ行って来た。パートナーが宿題を残して、それを片付けに今回は行ったという訳だが、一つのルートに対する情熱はクライマーのサガを感じる。今回は、やっと宿題も片付けられ、私もこれでやれやれで、やっと目的のルートに取り付けたが、今度は私が宿題を残して来てしまった。フリーを始めてからこんなことの繰り返し。特に遠くへの遠征ではそう毎週行くという訳には行かないので、食い散らした状態で残ってしまう。しかし何年か後、新たにそのルートに取り付いたところ簡単だと感じることもあり、僅かながらも自分の成長に喜べたりもする。
城山も、これで3年目の5回目。ナインやテン台で必死に登っていたのに、イレブンに取り付ける自分に成長出来ていることは嬉しい。つくづく、クライミングは自己満足の世界だと思う。自分のことを自分でいいように評価するのは、人から見ればおめでたいことで、鼻持ちならないことと映るかもしれないが自分のことは自分が評価してあげないと可哀想だとこのごろ思う。
人と比べたり、人から言われたことを気にしていたら何も出来ない人になってしまうのではないかと思う。自分より上手い人は、なんぼでもいる。下手な人もなんぼでもいる。自分より奇麗な人も不細工な人も、背の高い人も低い人も、太い人も細い人も…。何かにつけて人は自分に無い物を羨む。私もその一人。スマートな上手い人(クライマー)に羨ましいと洩らしたりすることがある。
人との比較は、教育上もいい結果を残さないということを子育てで学んでいるはず。子供は、生まれたときから競争社会にいる。親がうちの子は隣の子より可愛いとか早く歩いたとかおむつが取れたとか…(笑)。これも親のサガ(?)。学校に行くようになったら、勉強ではクラスで何番、学校で何番…。そして、少しでもいい学校へ。そして就職しても、どんな仕事(企業)かというようなことで優劣をつけたがる。いくら競争してもきりがない。
問題点は、出来る出来ないということを優劣として捉えることにあるように思う。自分のことをこの劣(レツ)としか思えなくなってしまうと悲しいことだと思う。社会的にも、こういう子供が問題を起こしているのではないかと思う。
自分のことを認められなくなることは、生きて行くなと言われているような気がしないだろうか。
どんな人でも今の自分が認められて、自分なりに成長して行ける。そんな風になると少しは社会もましになるのではと思ったりする。最近「負け組、勝ち組」という言葉もよく耳にする。この言葉も私はきらいだ。どうして、何事もこういう見方で見てしまうのだろう。この言葉の流行も、やはり現実を表しているのだろう…。


新しい年のはじめに

2006-01-05 23:36:36 | 野菜作り2022
城山から帰って、HPの整理をしながら昨年のことを「つぶやき」を読みながら振り返ってみた。ちょうど昨年は今頃から長い間体調が悪かった。昨年は年回りが悪かったのだろうかとふと思ったりする。しかし、結果としては山にも行け,クライミングも楽しんで来たので、いい一年だったとプラス思考の私は思う。
今年は、どんな年になるのだろうか。やっぱり、同じように山に向かえるのだろうか?
クライミングに対しては、今までの継続でやってはいくだろうと思う。モチベーションも昨年の今頃から見るとあるように思う。ただ、山に対しての向かい方は気持ち的にはだいぶ違って来ているように思う。もともと,ガツガツしたところは自分ではあまり無い方だとは思うのだが,今年はもっとのんびりゆったり山を楽しんで行きたいと思っている。昨年行った立山や劔のようなマイペースで歩く山へたくさん行きたい。
山の空気をたくさん吸い,美しい物もたくさん見て心豊かな一年にしたい。
さらりと身をかわす術を持ちたい。惑わされず,惑わず…である。