一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

海外対局

2023-06-11 23:16:42 | 男性棋戦
いまさらだが、藤井聡太棋聖VS佐々木大地七段の第94期棋聖戦第1局である。この一局、ベトナムで行われたことで話題になった。
海外対局はこれが歴史上25局目。第1局は1976年に行われた第1期棋王戦リーグで、内藤國雄九段VS大内延介八段(当時)戦だった。当初は内藤九段-高島弘光七段(当時)戦の予定だったが、高島七段が固辞したため変更になったという経緯がある。
25回のうち最も多い棋戦は竜王戦で、15回を数える。すべて開幕局で、当初は毎年開催、途中から2年に1回となり、2014年が最後になっている。
棋聖戦は1985年の第46期第2局・米長邦雄棋聖VS勝浦修八段(当時)が最初で最後である。
今回、棋聖戦がなぜ海外対局になったのか、外野には皆目わからない。主催の産経新聞社もそんなに予算はないはずだが、特別協賛のヒューリック社が相当頑張ったと思われる。
ベトナムでは現地の将棋ファンが、藤井棋聖を目の当たりにして感激の面持ちだった。これだけをとっても、海外対局をやった甲斐があったというものだ。
さて本題の第1局、藤井棋聖が先手になり、角換わりになった。となれば、お互い右金をまっすぐ立ち、飛車をひとつ引く、いつもの形となる。
と、佐々木七段は4筋に飛車を回った。玉飛接近の悪形だが部分的にある形で、藤井棋聖の実戦でもあった気がする。
そこから藤井棋聖が右桂を捨て、本格的な戦いに入った。藤井棋聖は、右桂をよく捨てる気がする。
ここからもう理解不能の戦いが続くのだが、佐々木七段がよく指しているのが分かる。
佐々木七段が中央に角を打つ。なんとなく良さそうな手で、これは佐々木七段のほうが形勢がいいのではないか?
藤井棋聖は金と「と金」で敵銀と交換し、その銀を自陣に埋めた。これが辛抱の手で、私もそんなに藤井将棋を見てきたわけではないが、こうした手はなかったように思う。叡王戦での相穴熊もそうだったが、藤井棋聖は刻々と進化を遂げていると思う。
さらに藤井棋聖は、敵陣に打った飛車を引き付ける。似たような手は先の名人戦第1局でも出てきたが、これも藤井将棋の新たな「顔」だ。
以下、進んでみれば藤井棋聖の勝勢となった。113手まで、藤井棋聖の勝ち。
今シリーズ、個人的には佐々木七段を応援しているが、藤井棋聖はやはり強かった。ただ本局を見る限り、佐々木七段は藤井棋聖とほぼ互角に渡り合っていたと思う。佐々木七段の棋聖奪取には「3勝1敗」と考えると気が遠くなるが、第2局で勝てば再スタートとなる。とにかく第2局だ(23日)。
コメント (3)
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