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TMAT 緊急国際シンポジウム 4 不安の問題・リスクコミュニケーション

2011-04-27 | Aoki Office
最後のプレゼンはBecker先生です。
ベッカー先生は、以前、東海村の臨海事故(ウランをバケツからひしゃくでうつしていて被ばく)のときにも来日して対応に協力をしたことがあるそうです。

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「本当は、楽しい理由で再来日したかったのですが」とのコメントで始まりました。

内容は、「生活共同体としての対応、心理的影響、そしてリスクコミュニケーションに関する問題。
効果的なコミュニケーションがいかに重要か」


まず話を「リサーチ」と「現場の経験」に分けてします、との説明。

コミュニケーションは災害時においても/平時以上に重要となります。
特に、「明快で正確」が重要。
ここをまちがえると、人々が行動をあやまる、また人々の信用を失うことにつながります。

リスクコミュニケーションの領域でも、「放射線の被ばく」は、最も恐れられているhazardのひとつ。

それはなぜか?
未知のものである(例えば医療者でも全員が詳しいわけではないです)
目に見えない(何に注意すればいいのかわからない、ということが不安の要素ですね)
特殊な道具が必要(TV画面でみるような防護スーツなどは自分の身近にはない)
何かにまざる可能性(浄水場での測定値、農作物の基準時等が話題となりました)
眼に見えない傷害の原因(どんな健康リスクを抱えるのだろうという不安につながる)
恐怖のイメージ、歴史的な背景(過去に得ている情報とシンクロする、ということだと思いました)

こういった整理はSlovic先生他のリスクコミュニケーション関連の教科書にも詳しく書かれています。

ベッカー先生は「これらは一般市民だけではない。医療関係者や緊急対応の人(警察や消防、軍)でも心配は強い。医療者でもmost concern, 心配で最も大きなのが放射能。」と解説。

「もし、被爆に関する情報が入手できず、その情報が混乱し、不明瞭な場合に不安は増大する」「こうした恐怖の増大は、ひとびとに害を与えるようなコミュニティの反応、事故対応の努力を妨げて、復旧のプロセスを妨げる」ことにつながります。

例として、スリーマイルの事故があります(1979年)。
ここでの教訓は、不十分な情報によって人々がいっせいに逃げ出す、という行動に導かれる可能性です。
不明瞭、不十分、そしてときに矛盾するアドバイスが出たため混乱。
そして全員に避難メッセージが出されたために、45%が避難。14万人が高速道路に殺到することになったそうです。

また情報不足は、Stigmaをうみます。

1987年にブラジルのゴイアニアでセシウム137による被ばく事故が発生。これは、廃院となった放射線治療クリニックにあった放射線治療装置が放置されたままになっており、廃品回収業者が持ち出して作業場で分解されたことで発生した事故です。

この結果、ゴイアニアの住民は、ホテルの宿泊を拒否されたり、ある航空会社では、パイロットがこの地域の乗客を乗せることを拒否する事例までおきました。

この事故では、ブルーの粉を子どもが顔に塗ったりしたため(カーニバルに使うような顔料と誤解)5名が死亡しているそうです。

つまり、「不十分な情報は被災者の苦悩をさらに増大させる」ことにつながります。

チェルノブイリ事故についてまとめた報告書でも、「メンタルヘルスへの衝撃は、事故でおきた一般の人の健康被害の中でもっとも深刻であった、と指摘されています。
今もなお、自分や家族の健康の恐怖が続いている人たちがいるわけです。
(Chernobyl's Regacy Report参照)

特に、親がもつ「子どもの将来への不安」が、子どもの心にも影響を及ぼしています。

ベッカー先生は、過去の被ばく事故を検証する中で得た最も重要な教訓「single most important way」 は、「適切で、正確、かつ明確で信頼性の高い情報の提供。それが命を救い、傷害や疾病を減らし、心理社会的な影響を予防し、人々の信頼を維持するただ一つの重要な方法かもしれない」
そう、3月に出たBritish Medical Journalでも指摘されています。
Protecting public health after major radiation emergencies BMJ 2011年3月25日

リスクコミュニケーションの基本として知っておくべきこととして、恐怖や心理的な負荷がかかっている場合に、情報を理解したり判断する能力は落ちるということがあります。

(実際、ここを忘れると、「数字のことがわかってないね」「科学を理解する頭がないんだね」「もっと冷静になれば」という関わりはずれた方向へいきます。科学的な事実を理解させるがゴールではなく、説得も手段として期待されていません。「不安に思っていることを認知してもらえる、問題をケアしている人がいる・仕組みがある、それを監視したり解説する人がいるのだと知り、それが信頼に足る人である、ということが重要になってきます。
今回のことでも不安層は必ずしも「数値そのもの」が聞きたいのではなく、「安全だといってくれ」とゼロリスクを求めているのではなく、隠されているらしい(不信)、言っていることがばらばら、専門用語の羅列「伝えよう、理解してもらおうという姿勢がみられない」ことに反応するリスコミ上の問題がみえてきます)

ベッカー先生の話にもどりましょう。

通常の情報発信ではなく、その内容に明確さ、専門用語を使わない、簡単な表現で言うなどの努力が求められます。

(日本の記者会見を見ていると、この時点でかなり問題は人たちがたくさんいます)

そして、情報は多様性が重要で、アクセスしやすくする必要があります。
アクセスということでは、視聴覚障がいのある人たちへの準備も重要。

「電話相談」は特に重要。災害時に電話したい人が多い。設置して不安に対応する仕組みが重要。

議員や行政の担当者、医療従事者は、市民にとって重要な情報源となっているため、リスク発生時のコミュニケーションについて学んでおくことが重要。

うまくいった事例として、イギリスの事例が紹介されました・

ロンドンにおける放射性ポロニウムー210の被曝事故では、英国の2つのAgencyであるHPA(Health Protect Agency)とNHS(National Health Service)が対応し、「遅れのない」「一貫した」「明快で」「人々の不安に対応した」メッセージを出しました。

結果としてこのとき、「危険にさらされている」と感じていた国民は11%のみでした。

対応側は、毎日電話やメールで受け取る質問の内容を検討すること、影響を受けた地域の代表からヒアリングをすると、より具体的な情報発信につながっていく、とのことです。

質問や問い合わせが増えてくると、受ける側はたいへんになってくるわけですが、「どんな場面であっても、信頼をされるか、信頼を失うのかの局面になる」ことをベッカー先生は重視。

正式発表だけではなく、それ以外のコミュニケーションも重要。

(例えば「放射線被曝のスクリーニング」がありますが、これは技術的、医学的な意味やプロセスだけではなく、被災者とコミュニケーションをとり、こちらが関心を持って対応をしていることを理解してもらうチャンスでもある、ということです。
科学的に意味がない、ムダだ、という意見もネットでみかけますが、コミュニケーションのチャンスという見方は前向きですね)

検査結果の認定証は、測定値の情報を記録し、その後の情報のためのメール、website電話連絡方法を伝える機会でもあります。

医療従事者は、被災者や不安をもっている住民の対話の相手として重要。
患者だけでなく、つきそいの家族も不安をもっているケアをする対象。その会話のチャンス。

妊婦については、過剰な不安から人工妊娠中絶をしなくていいように、情報提供していいく必要があります。(チェルノブイリ事故のときは被災地で中絶が増加したときと推定)

「特別な注意やサービスを必要とする人々」への情報提供として特に重要なのは、18歳以下の子どもをもつ女性があります。

最後に、子どもとの災害時コミュニケーションも重要。

子どもは大人と同じように恐ろしい出来事にさらされているものの、成人と比較して状況を把握する能力や成熟した感情の発達が十分といえません。

医療者はメンタルヘルスの専門家とともに、発達段階にあわせた情報を提供することが必要です。その支援の一例として、Cincinati Choldren hospital保護者向け資料が紹介されました。

「日本でおきた災害について子どもとどう話すか」

・・・以上、過去の災害から学んだコミュニケーションの大切さについてのベッカー先生の解説でした。

ベッカー先生は「これまでいろいろな災害に関わってきたが、今回の事例は12年の経験の中でもっとも規模が大きく深刻だ」と語っていました。


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【質疑】

自衛隊学校の教員:皮膚除染について。福島の3号機の水素爆発の後の作業。皮膚の放射性物質の汚染はが数回あらってもとれない。(IAEAガイドラインに準じて対応中)カウンターで確認。

コメント:状況に応じた判断になる。そのようなこともおこりうる。

災害医療センターに勤務していた医師:東海村の事故のときに3000人を診療。差別への不安がある。自分はしょうがないにしても、子ども、女性が心配と。「自分はそこ(被爆地)にいなかったことにしてくれ」という願い。Stigmaに対応することも重要。


被災地支援に出かけた看護師:今までの支援では単発的な災害。今回被災地にはいっていくときに、情報不足の被災にどこまで何を説明すればいいのか。考えた。

コメント:
初期には情報は少ないのは事実。信頼のためには「わかった時点で知らせる」というのがベター。知っているのに「知らない」といったり、「隠す」のはよくない。正直、が大切。

(今回のSPEEDIのように、わかる、解釈できるまで言わないというのは最悪なパターンか・・・)

全体の感想:結局は、有事の際のコミュニケーションとして「普段から信頼されていることが重要」だとわかりました。
講師の先生方も、「信頼できる人から情報が出てくること」が重要。と強調していました。
One Voice。あるいはOne Agentですね。
今までやっていた複数同時多発記者会見とかは最悪のパターンでしょう。
お互い連携取れていない、矛盾する、異なる数値や方針が同時に語られている状況でしたので。
LondonのHPAとNHSがふだんから英国民の信頼を獲得している背景などをもう少し調べてみようと思いました。

Risk, Media and Stigma: Understanding Public Challenges to Modern Science and Technology (Risk, Society and Policy Series)
Earthscan Pubns Ltd
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