うべプラネタリアン

プラネタリウム解説の活動を通じ、いろいろ感じたことをさまざまに語りたく....

宇部日報コラム....(1391)

2013年05月31日 23時18分31秒 | うべプラネタリアン
宇部日報にコラムを最終水曜に掲載している。
内容は次の月の天体現象紹介がメインだが、5/29に載せた記事では、
6月があまり大きな現象がないこともあって、1/3は次の内容のコラムで埋めた。
「宇宙の果て」の話である。


梅雨時期に入って、天体観察活動は停滞気味となるのは否めないが、
雨で星が見えない夜が続いても、宇宙の話題には事欠かない。
先日のプラネタリウムの投影会で「宇宙に“果て”はあるのですか」と問われた。
これはよくある質問の一つなのだが、質問者は“果て”といったとき空間的な限界を
念頭に置いているようだ。つまり岬に立って地の果てにいるといった感じのポイントが
あるかどうかを考えたいに違いない。しかし、宇宙とは“時間空間”のことだから、
空間的な要素も時間的な要素も考えなければならない。
宇宙の距離は“光年”という単位で測られる。1光年とは、光が1年かかって到達する
距離およそ10兆㎞だが、同時に1年前の過去の光を見ているわけであり、
距離の中に時間と空間の概念を盛り込まなくてはならない。
現在我々を包んでいる宇宙はビツグバンと呼ばれる大爆発で誕生し、いまだに膨張を
続けていると考えられている。ビッグバンは137億年前に起きたとされてきた。
それがつい先月、ヨーロッパの人工衛星による詳細な観測で、138億年前に修正された。
宇宙年齢は138億歳に延びたわけだ。日々の生活の中で宇宙の年齢がどう変わろうと
あまり関係ないが、宇宙の果てを考えるとき、これも一つの答えになるのでは
ないかと思うのである。
すなわち、10歳の子に15年前の君の写真を見せてくれと言っても、生まれていなかった
過去まで追うのは不可能な話で、過去の時間の限界は超えられないのと同じように、
膨張し続ける宇宙が、現在、何百億光年先まで広がっていようと、
宇宙年齢の138億光年が「距離の果て」であり「時間の果て」であり、
ひいては「宇宙の果て」といえるのかなぁと、考えたりするのである。