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蹴球放浪記

緩まない、緩ませない。
横着しない、横着を許さない。
慌てない、「だ」を込める。

3倍疲れた。

2007-06-24 22:58:57 | 舞台のこと

あーねむたい。

きのうはルートファインディングについての手はずを整えたと
いうところまで話をした、これからはこの続き。

麺通団でうどん食べて、(今度ひやあつ食べたいな)天神近辺をぶらぶら。
予定していた集まりに行き損ねて、その代わり本を読んでる。
重度の身体障害者の人が人間らしい生活を求めてのたたかいと
山城新伍さんの自伝がものすごく面白かった。

それからキャナルをうろついて無印で整理かばんを買う。
ぽんプラザに行ってだらだらと夜の部の開演まで過ごしている。

今日の演目はk2t3というカンパニーの「ルールブック」。
人は些細なルールというくもの糸の中で生きている、それを上手に表現していた。
斬新な切り口のスキットをサスペンスドラマを茶化したプリテープでつなぐ、
まるでWWEというプロレス・カンパニーの番組のつくりとおんなじ。
一段上に進んだな、と。

で、おとなしく家に帰って、飯食って、疲れ果てて眠る。

日曜日、朝早く仕事を片付けようとするが雨が降って少ししかできず。
支度して時間ぎりぎりに現地到着のタイミングで家を出て自転車で天神、
高速バスで熊本へ、交通センターから乗り換えて県立劇場。
着くころには雨がばしゃばしゃと降っている。
ぬれないようにダッシュで行ったものだから、肩ひねっちまった。

今日は「戯曲講読講座」という熊本の演劇業界がやっている試みに始めて参加。
スカウティング・レポートのことでいろいろ熊本方面にはお世話になっているし。
・・・特に転回社関係の方々には、一度リアルでキャッチボールしたかったし。
内容については明日に回します、まだかな。


正直、驚いた。

2007-06-17 01:21:55 | 舞台のこと

人はそれぞれ「思考の庭」というものがあって、
そこでいろいろな経験と知識を遊ばせていろいろな思想、行動を形作っている。

というのが今日の見学「転回社+第七インターチェンジ」による
「チョーク」という演目のメインフレーム。

箱の形が丸いから、うまく「思考の庭」を表現している。
全体の色彩も、仕掛けも、映像の作り方も。

ムーブだって、マイムだって「思考のアプローチング」が
自分なりにわかっていたらおかしいところなんて何一つない。
整理するところだって、もどかしいところだって、ちゃんと成立している。

なのに、見手が自分の「思考のアプローチング」を理解してない人が多いから
作・演出の人が届けたいものがほとんど届いていない。

自分が見た回の人はほとんどが、「作り手」を兼ねている人だった。
全体の空気がそうだったし。
なのにアフタートークのああいう質問や意見はどうなんだろ?
「意識のなさ、勉強不足」をわざわざ自慢しなくていいだろうに、と思ってしまう。
なんだか胸糞悪くなった。
正直、いいたかなかったけど「あたまわりぃよ」
と露骨に言うのだから、大概だったのかな。

自分はああいう稼業をしている人はそういった思考のアプローチングを
きちんと持っている、という前提があるから、
「やっぱり、すごいな」という思いを常に持っている。
なのに、ああいう風にして、自分の思考をまったく意識しない人もいる、
という現実を見てしまって、
正直、驚いた、というか、がっかりした、加えて悔しかった。
びっくりさせてすまない。


落語は哲学であり、哲学は落語である。

2007-06-15 23:32:49 | 舞台のこと

・・・また石ぶつけられちまったい。
今度は言う言葉に事欠いて、「負け犬の遠吠え」だってよ。
自分の存在じゃなかった実在をよおく知っている人に言われちゃ、大きく凹むさ。
しかし、顔も知らない毎日、毎日他人のあらばかり探している
可哀そうな人に言われてもどおってことないさ、おっとこれ以上いうとね。
ほんと、今の世の中、右を見ても、左を見ても可哀そうな人ばかりで。

さて、今日の見学、演目は「非売れ線系ビーナス」というカンパニーの
「座布団一枚の哲学」だ。

ソクラテスや、プラトンが落語の世界にお邪魔したら、
こんなにすごい「化学変化」が起こるなんて、びっくりした。

というか、ギリシャ哲学なんてもともとはとんでもないばかっ話じゃないですか。
「樽から出ろ、出ない」というお話なんざ、本当に面白みの極地。
それをどこの誰かがしかめっ面してありがたがるものだからわけわかんね。
こうしてみてみると日本文化ってすげぇよな。
ある種、教訓めいたお話を「はっつぁん、熊さん」でわかりやすく、噛み砕いて
人の心に届けさせるのだからこんな消化のいい話どこにもない。

しかし、それをやる箱に少々の問題が。
いすの大きさ、間隔、段差には問題がない。
がだ、空調、特に換気がうまくいってないものだからホルム何とからしき香りが
鼻をくすぐる、人によっちゃ皮膚や内臓に影響を及ぼすが、
どうやら自分は脳味噌に来るらしい。
ラスト前のお話とあいまって、悪い考えが頭をごそごそ来ているよ。
けれども、明るくラストを作ったものだから、ほっとして家路につけた。

さて、俺たち何かに対してたたかっていたんだけど、いったい何なんでしょ。


こんな風に見えたよ。(其の参)

2007-06-11 21:53:28 | 舞台のこと

セブン・イレブンで全国的にICカード(Felica)が使用された所為で
Felicaの生産が追いつかない、というわけで、われらが愛媛の年間会員
カードもスタジアムで即もらい、ということができなくなった。
というか、一枚で使い回しができることができるのに、どうして既存の奴
(記名式いーカードとか、JMBいーカード、おまけにローズカード)に「紐付け」
できればすごくいいのですが。
無駄なカードを増やさなくていいし、そうすることでチームの浸透も早くなる。

んなことはそっちにおいといて、最後の2チーム分を。

まずは「チームDO‐リンク場」
うわさでは福岡注目の若手カンパニーとのこと。
自分もこないだ箱崎であった演目に行くんだ、と予約入れたものの、
例の体調不良でいけず、大変申し訳ない。

見せ方がすごく斬新。
登場人物のキャラ付けがものすごくはっきりしている。
「ダニー・オーシャンと愉快な仲間たち」(オーシャンズXXの元題だったかな)の
女子高生版の中での一番でかい仕事をなんとかかんとかやり終えた
後日譚にまとめてる。
女子高生の子がたぶんリーダーで、ヲタっぽいのがデータ取り担当、
あと「だまし」担当が男女一人づつ、あと金策と資材調達担当が一人か?
そういうお話、なんかわくわくするんだよね。

で、中身はリーダーの同級生がやばい犯罪に巻き込まれて大変だ、
調べていくととんでもないものが見えてきて黒幕一気に叩いちまえ、
ついでに札束もらって帰るぜ、そのあとほとぼり冷ましてというお話かな。
・・・にしてはラストの処理、特に「消え方」が悪い。
脚本のト書きを見ないとわからないけど、一人だけふっと「離れる」ところが
あって、そのまま捌ける、というのが自然なのかなぁと思った。
ト書きに「全員板付きで終われ」とかかれたらどうしょうもないけど。

この面子で、一度冒険活劇を西鉄ホールで見せてくれ、これ目標な。

さて、〆は「チームホルブラ」だ。
「社会の現実」を結構エッジの効いた鋭いお話にして見せてしまう
だんだん話題になりつつあるカンパニー。
・・・これ、7月の平日ぽんプラザぶち抜きの「次回予告」かという造り。
それぐらい「異質かつ硬質」に仕上げている。
特に衣装がユニーク、病院の「入院着」でしょ、あれは。
グラスに入った「緑色の液体」は「世界一危ないお酒」アブサンを連想させるし、
これじゃ、まるで「おしゃれな自殺サークル最後の夜」じゃないですか。
題名は「明日、わたしたち、死ににいきます」ですか?


こんな風に見えたよ(其の弐)

2007-06-11 16:49:06 | 舞台のこと

この見学は珍しく紙と鉛筆もって整理しながら見てた。

さて、続きだ。

今度は「チームあべさん」
このチームもスカウティングの網に引っかからない。
が、テレビのレポーターやってる人が出ているなぁ、ということしかわからない。
というか、仕事が「映像」をメインにしているよ、ということが
音の入れ方、ムーブやマイム、立ち方に微妙な変化として見られている。

お話の作り方だって、5チームの中では一番「演劇らしくない演劇」だった。

「コメディ・ファンタジー」というジャンルに挑戦したなというところが余計に。
「見える存在」と「見えない存在」をうまく組み合わせてお話を作っていってる。
ひとつのお話からふたつの違った展開を作って、同時進行させていける
というところにこれまた「映像」を意識した香りが。

ここのチームもこれを期にどんどん表に出てみたら面白いだろうなぁ。
「板の上」に即した「コメディ・ファンタジー」を見てみたいし。
脚本のリサーチをどうするか、適切な箱をどう見つけるか、楽しみ。
というか、企画書書いてももち浜の両方とか、
長浜のところのテレビ、ラジオ局に「こういうことができまっせ」と売り込むのもあり。
元の手法が演劇でない分、テレビ、ラジオドラマという方向性がいいかなと。

さて、残りふたつのチームも一気に書きたいところですが、
実質、「チーム」じゃなくて「カンパニー」単位で参加しているところなんだよなぁ。
「演出する人の思想」を十二分に知っている人が多いところをそうじゃない所と
同じ俎板にあげるのは自分は好きではない。
というわけで、申し訳ない、この2チームに関しては稿を改めます。


こういう風に見えたよ。(其の壱)

2007-06-10 20:35:06 | 舞台のこと

この前のお話を「総論」とすればこれからは「各論」ということで。

まずは「チームaiiro」から。
おーたさんとこのチームなんだけど、自分のカンパニーの人がいない。
他のカンパニーから「仕事」のできるプレイヤーを「スカウティング」して
編成してみたいという意図があったことをアフタートークでお話していたのですが。

おーたさんの作劇は「きっちり、ふんわり」の中に「毒」を仕込んで
女の子なのにITやヲタにも通じていて、精神障害のことも結構勉強してるよな、
という印象がある。
がだ、珍しく「箱の大きさ」に即していない「元気の出し方」で首ひねる。
西鉄ホールのような中くらいの箱だったらあれでいいのですが、
今回やったところが少し小さい箱で、ぽんプラザのように客席が急でない
平板なつくりだったからかも知れないが、くどくなる元気の出し方だった。
高低の作り方もらしくなかったし、いったいどうした、と思ってしまった。

お話を流れる空気は「青春のせつなさ」。
よかったところは前半部分が「温泉に入ろう」で〆ているから、
必ずお風呂に入っている、お風呂に入る、ということは必ず着替える、
ということをこのチームだけ意識していた。
翌朝、どういう風に別れていくのかなぁ、黙って飯食って食い終わった人から
ぱらぱらと離れていくようなラストを自分は思い浮かべていた。
そこのところがおーたさんが新しく見つけた「武器」になればいいのですが。
あと、おーたさんが「演者」の視点を持てば鬼に金棒かな?
8月の西鉄ホール、演者としても出てみたら、と余計なおせっかい。

次は「チームほりすたー」。
ここのお姉さん、「なぞの人」だよなぁ。
どんな仕事を見せているか、自分のスカウティングの網にかからない。
演劇的な「頭のよさ」にこないだ自分がやり込められたことをあとで知ったが。

プレイヤーの技量のよさなのか、演劇的な頭のよさなのか、
ムーブやマイムに一切の無駄がない、説得力のある動きだった。
「ああ、それぞれの力量をきちんと見てるな」という印象。
すんなりと「ああ、このお話はあるニュークラのお姉ちゃんと黒服のお話」だなと
感じ取れることができた、ここがいい点。
問題は、「店が潰れて散り散りに別れるのか」というお話が前にあるのか、
「それぞれが新しい道を見つけた結果別れざるを得なかった」というお話が
前にあるのか、ということをはっきり打ち出せなかったこと。
その点は、自分の網に引っかかるようになればどうにでもなるところですが。
とにかく表に出て。


奥が深い。

2007-06-10 13:14:43 | 舞台のこと

本当はきのうのうちにまとめて、書いておくべきだったけど、
飲んで、書くとぐちゃぐちゃになるので、というか頭で熟成させる時間が。

というわけでFPAPという福岡の演劇を取りまとめているオフィスが
「演出家」という部門を育成するトレーニングキャンプを今年から始めて、
そのテスト公演を見学しました。
詳しくはここを見てもらえれば。

普段ではなかなか見ること、感じることのできない「手の内」を見せてもらって
大変興味深かったです。

その中で「25分」というものを「どう見せるか」が見えてきて、これまた興味深い。
「1本のパッケージ」としてきちんと「落ち」を入れる見せ方があり、
「90分のドラマ」の中での「起承転結」や「序破急」のひとつとしての見せ方もあり、
さらには「連続ドラマ」としてのつながりを意識した見せ方もある。

しかし、「せりふ」というものが決まっていて、その「言葉」に沿っていない
ムーブやマイムをプレイヤーがやらないようにコントロールする必要も。
そういった見方をすれば、「せりふ」が浮いているのか、「ムーブ・マイム」が
浮いているのか、判断の付かないところが多く見られた。
ここのところは「作劇」メインでやってきた人が多いが故の課題なのかな。

なんていうか、福岡というところは「いちから作る」というものに対して
恐ろしいくらいすごいものを持っているのですよ。
東京の人間が脅威を持つほどのすごいものが。
しかし、そのすごいものを生かす「作り方」の方策を街全体が「見失ってる」感が。
仕方なく東京の方法論を取り入れても、へんに合うところもあるけれど
全体的には間尺にあっていない、ゆえに不自然。

「演出」という仕事というのは「監督」と「コーチ・トレーナー(調教という意味での)」
という要素のほかにも、
「スカウター(プレイヤーの力量と脚本のリサーチ両面での)」と
「セラピスト(フィジカル・メンタル両面の)」のふたつも兼ねていかないと
本当にしんどいと思い知らされた。

そのためには「演者」としての修練と鍛錬も必要だし、
「見手」としての修練と鍛錬も必要だ。

・・・これを期に、こりっちに自分が見てきたものに対して感じたことを
  書いていくトレーニングもして見ましょうよ、せっかく登録してるわけだし。
  といってみる。

それぞれの演目を見て感じたことは改めて。


瞬発力と持久力。

2007-05-19 01:35:44 | 舞台のこと

・・・「6億円狂想曲」、すごいね。
今日はなんだかんだと打ち合わせの一日。
一段落して小倉へ移動するためにJR博多駅に行くと、
totoの正式な機械がおいてあるところにずらずらっと長い列が。
日本人って、基本的に「受け」の民族なのだな、と言うのが今日の発見。
自分で脳みそひねって考えるのは基本的に苦手で、
なんとなく「偶然」を当てにしている傾向が強い。
基本的に「宝くじ」も「totoBIG」も「お上」から受け取ったものに気を揉んでいる訳で。
これはある種、自分の周りの「確率変動」が馬鹿にならないとうまくいかない。
そうなってしまっても逆にいろいろな災厄が団体様でいらっしゃいませ、どうしよう。
(byさがのへるまー「ぶらっく・ぶれいん」)

それはさておき、福岡にうかいあきこという「書き手」がいる。
いろいろ仕事を見ていると、すんげぇシャープなひとだ。
「明日のマコ」では「隠れ」発達障害者の壮絶な現実をファンタジーという名の
「砂糖菓子」でくるみつつ、肉体的な「リアル」を舞台の上で見せている。
いや、いろいろ飲む機会があったとき、「宗像の出身」ということを聞いて
正直ちびりました、自分。
だって、舞台の上で自分がリアルに行った「宗像」が
プレイヤーのマイムやムーブ、効果音や照明とかによって
ありありと表れたのだから。

そこで今回の「月に吠える」という演目。
これは萩原朔太郎という詩人の書いた詩集を利用して作り上げた作品。
基本的に萩原朔太郎は「ロック」で「パンク」なものを書く人で、かなりぶっ飛んでる。
(大阪風味で長めの文章だったら織田作之助というのもあるぞ)
・・・都市に住む人間ってかなりのストレスに晒されて、そのはけ口に
  いろいろやばいことを「妄想」するし、一歩間違えたら実際にやってしまう、
  という危険性をこれでもか、これでもか、と表現している。

ほんと、恐ろしすぎる書き手です、「瞬発力」においては。
このNext Generation's Theaterという興行シリーズでそれぞれの演目の
作・演出者がリレーでブログを書いていたけど、うかい先生の奴が
一番面白かった、文豪との思い出を独特のリズムで読ませてくれる。
しかし、短いもののリズムは出来ているけど、
少し長めのものは未知数、というところが一連の仕事で見えてきた。

そこに物足りなさを感じているのです。
あと自分の仕事に「瞬発力」と「持久力」がどんなバランスかな?
ということも改めて考えさせられた、というわけで最近ある試みをここで始めた。


改めて、「言葉は言霊」。

2007-05-12 10:19:34 | 舞台のこと

いや、ああいう風に答えを返されたら「参りました」というしかない。

今回の見学は「二番目の庭」の「崩壊」という演目。

よくもまあ芥川龍之介の「狂気」から逃げないで真正面から立ち向かったな、と。
おまけに徹底的に取っ組み合っていたらすごい化学反応が起こっちゃった。
それほどこのカンパニーにとってははじめての秀逸な出来。

そこに至るまでのことをお話しすると自分の恥を晒すようではなはだ不本意。
このカンパニーが今年の公演から「全席指定」という形を取るようになったのも、
自分があまりとらない態度を取ったのが元で、あと・・・もういいや。

一連の「本気の言葉」に「本気」で返してくれた。
それがうれしいのですよ。
改めて「本気の言葉」には「言霊」が込められているのだな、
それを聴けばあらゆる方面で影響されあう、ということを感じた。

さて、それを感じた肝心の自分も触発されたのかな、帰りの特急の中で
舞台計画の大将にこないだ話しそびれた今後、どう動くか、ということを
メールしてたら、ひとこと「がんばって」というお返事。
・・・ものすごく非難されるか、と思っていたけど、まあニュートラルでよかった。
どういう風になるかわからないけど、進んでいくしかない。


結構えげつない。

2007-05-08 13:37:13 | 舞台のこと

・・・エンターテイメントの作り方をきららというカンパニーから勉強している。
というのは言いすぎか?

まず、去年7月のトレーニングキャンプで、「コミュニケーションゲーム」と
「インスピレーションゲーム」の手法を使って、プレイヤーの「味」をどう生かすか、
ということを教えてもらった。
そこで学んだことを軸にして「箱が違うと見えが違う」とか「身体言語」の違いとか
これから自分がいろいろやっていくにあたって基本を教えてもらっている。

で、今回の演目「oto」、熊本でテクニーク面を十分見せてもらったぶん、
福岡ではストーリーをじっくり見ることにする。

このカンパニーが「発見された」一番初めだから、余すところなく
いけださんの世界観、美意識、教養がぎっちり詰まっている。
おまけに12年たっても「古さ」というものを感じない。
というか、いろいろな面で「先進性」すら感じる。
・・・それが恐ろしいのですよ。

せりふの言葉がなんか硬質で、心にしっくりこないところはあったけど、
現在進行系で「身を削る恋愛」をしている自分にとっては
いろいろ考えるところがあるわけで。

・・・まあ、浮気しないで彼女を幸せにしないと。