・・・どうも、この一年進みそうで進まない、煮え切らない。
おまけに自分は新しいことが思うように動かないし、
われらが愛媛は上のカテゴリーに進んで、初めての悔しくて、つらいことばかり。
なんかさぁ、やっと初めて本当のスタートラインについた気持ちです。
こんなにぼっこぼっこにどつかれて、怒っても、泣いても、喚いても
仕方のないところを通り抜けられたことを来年の糧にしなくては。
残り一ヶ月、糧にできるための動きをしていくこと、ただそれだけ。
・・・どうも、この一年進みそうで進まない、煮え切らない。
おまけに自分は新しいことが思うように動かないし、
われらが愛媛は上のカテゴリーに進んで、初めての悔しくて、つらいことばかり。
なんかさぁ、やっと初めて本当のスタートラインについた気持ちです。
こんなにぼっこぼっこにどつかれて、怒っても、泣いても、喚いても
仕方のないところを通り抜けられたことを来年の糧にしなくては。
残り一ヶ月、糧にできるための動きをしていくこと、ただそれだけ。
いい感じで眠れてはいるが、いかんせん寒い。
明け方、体が冷えて体が重たい。
後、変なバンプになっている。
雨を縫って仕事もできたし、なんとか。
状態が上ったり、降りたりはちときついなぁ。
どこぞの糞女どもが「ただいま挑発中」をやらかしていると余計に。
でもなぁ、こないだのおーたさんとこの仕事を見て、
「いろいろあるけれど、あまりかりかりしたらあかんなぁ」と感じてた。
この話は改めてきちんとした形で書いて、自分の心に決着つけて、
自分を信じてくれる人とさらに歩き続けなければ。
まあ、状況がそろうまで今やることをやるしかない。
みんないろんな場所でその人なりに苦しんで、のた打ち回ってる。
もう少し、そういったところに寄り添わないといけないな。
・・・自分のささやかなる反省。
いろいろしんどい状況があったんで少しおいてた見学のお話を。
まずは「演劇関係いすと校舎」というカンパニーによる
「メガネの人、将棋の人。」という演目。
北九州で「スローペースの演劇」をやってるカンパニーがある。
しかも自分の住んでいる家を改造して箱まで作っている、それだけでもすごい。
というわけで一度見てみたかったな、と感じていた。
今回、自分が見に行った箱はそこではなく、八幡、というところの
昔、銀行だった建物がアートスペースになったところでの公演だったけれど。
その場に自分が降り立ったのは、何年ぶりだろう。
・・・まだあのころをいい意味で振り返るには時間がかかりそうだ。
しかし、いい箱を選んだものだ。
そして、箱の形をうまく「物語」に合わせている。
まるで「ちょい伝統校」にある、倉庫兼多目的教室らしきものに
段を作って、椅子を据え付けて、その中の様子をお見せしました、という出来。
お話の中身はそのちょい伝統校でまったりやってる将棋部での
たわいもない青春物語。
あんまり将棋に青春かけているわけでもなく、放課後、暇で暇でたまらない。
けれど、外でぶらぶらするところはないし、日が暮れるまでどっか集まって
暇でも潰そうかぁ、という空気ができている。
そこに定番の甘く切ない恋愛、というものを効かせて、
さらに「メガネからコンタクト」への「変化」という仕掛けを使って、
女の子が「こどもからおとな」へと少しずつ変わっていく切ない空気までも
秋の始まりから冬の始まりの温度感まで再現している。
自分にとって、そういったものを感じたことがなかった分、
うらやましくもあり、切なくもあり、でも懐かしくなった。
いつものように報告書出して、あいさつ回り行って、
オフィスにご機嫌伺いに出る。
NTRの最新号が出たよぉ、というから一度パラパラしておかないと。
マヤさんの追悼特集だったからなおさら。
最初はクロサイのかわはらさんときららのいけださんと
アントンの人とわだちの人の座談会。
・・・そういえば、こないだ、8月の小倉ではご迷惑をおかけしました、と
ぽんプラザでいけださんに頭下げて、いつものようにご機嫌伺いして
帰りのエレベーターに乗ったとき、かわはらさんが降りてきたのは
そういうことだったのか、と合点がいく。
きらら版「星の王子さま」の装置についての話し合いだったかなぁと
最初は思っていたけれど。
本当にすごか人だった、と感じさせる内容。
「高いレベルの学びをいとも簡単にやってのけて」、
さらにその才を福岡の舞台芸術にすべて捧げて、
いや、捧げつくしての人生だったのですね。
・・・真似できねぇよ、じぶん。
それでも、じぶんなりに工夫してアプローチングするけれど、
まだまだ足元にもおよばねーや、もっと修練と鍛錬をやらなければ。
その修練と鍛錬をするにしても、自分の状況が嵐のようになって、
行きまくることがうまくできやしない、体かお金、その両方がいろいろあって
辛くなって、調子を崩してしまう。
まあいい、自分なりにやるしかない、やるしか。
レベ森の大型映像装置、筐体からLEDパネル、配電設備まで全部出来上がって、
来週から電気入れて照度の確認とかいろいろな調整事項をして、という感じ。
そのため、既存の電光掲示板のオペレーションシステムも新しいやつに代わってた。
前のやつは出力の基本が「全角(2バイト)文字」でひらがな、漢字とある字数以内の
カタカナはよく見る級数では普通の細線をちゃんと出せていた。
しかし、数字やある文字数以上のカタカナとアルファベットの「半角(1バイト)文字」は
妙な太字がかかっていて、見た目すごくバランスが悪かった。
しかし、今回オペレーションシステムを変えて、改めて整理をしたら
きちんと見やすくなっていた。
半角数字も、ある字数以上のカタカナもちゃんと細線が出ているよ。
それはさておき、福岡にとっても、われらが愛媛にとっても、
今日の試合は大きな意味を持つ試合。
あまりにも重かったこのシーズンを「いろいろあったけれど、次につながる」と
すっきりした形で〆ることができるかどうか、
そのための準備を長い代表週間を使ってお互いやってきたわけで。
だからこそ試合の入りはものすごく激しかった。
どちらともチームがひとつの生命体になっていてちゃんとした試合になっている。
ただ一点、福岡は10月19日から「ガチの勝負」をまったくやってなくて、
きちんとたたかえていなかった、われらが愛媛のほうが出足がよかったくらいに。
そのところを突いて2年目でやっとレベ森初得点。
しかし、時間がたつにつれてどちらもスピードに対する密度と精度が落ちてきて
相手の攻撃を「消して」止めるのではなく、「体で」止めることが多くなり、
「粗い」試合になりかけたところで前半終了。
後半の入りはなんか、愛媛があわてていた。
最初のほうに間に合わなかったからよくわからないが、福岡が攻め口を変えて
愛媛の守備ラインがかなり混乱して、じゃんぼとゆーすけにそれぞれ一発ずつ
「ぶん殴られて」目が覚めて、としや投入。
そうなるとまた前半と同じような出足の鋭さが戻ってきた。
ぐずぐずに崩して今度はとしやが去年の4月に決め損ねた得点を
決め損ねたところとおんなじゴールに叩き込む。
・・・時間帯もおんなじだったらなおよかった。
あとはお互いチャンスを作って、チャンスを潰しての「行って来い」の連続。
「明日を掴む」ということはこんなに辛くて、こんなに過酷なのだと思い知らされる。
今回、初めて「博多の森」で「負けなかった」ということ、「無様にやられなかった」と
いう二つの収穫を持って、帰ることができたことを由としなければ。
・・・熊本での代表戦、秒殺でやられる。
じぶんがいろいろ都合できなかったのが悪い。
例のサイトに今日見学した演目が載ってなかった。
というか疲弊しているんで帰りに生3杯かっ食らって今から寝ます。
・・・疲れた。
どどーの仕事量が。
ついでに調整の悪さも。
まあいい、とにかくやるしかない。
こないだの代表戦シリーズ、まあまあの出来。
チームが「ひとつの生命体」になっていると勝てるよ、
という手ごたえをつかんで年を越した、そんな感じ。
にしても熊本での代表戦、明日発売開始だよ。
今日、鑑札の天皇杯トーナメント決勝斡旋のはがきが来た。
ああ、われらが愛媛が元日の国立で試合できたらいいよなぁ。
おまけに勝ってくれたらもっといいよなぁ、これこそいい年明けだ。
そのためにはこれからもたくさんの苦難を嘗めなければいけないのですが。
「わたしたちの心の奥底にある『賢明なもの』が『苦難を嘗めよ』と求めている」のだ。
と思えばくじけることもない、やるしかない、やるしか。