ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

ニホンオオカミ*日々のつれづれ*

2015年08月09日 | Weblog

子どものころ、祖父母と共に、とても古い家に住んでいました。

薄暗く広い家には、味噌樽がいくつも置かれた部屋があり、囲炉裏があり、様々な暮らしのにおいに満ちていました。



忘れもしない。


囲炉裏の部屋の、壁の隅に、奇妙なものが飾られていました。

犬かキツネの頭の骨のようで、真っ黒です。



祖母に尋ねると、それは、ニホンオオカミの頭、との答え。

親しくしている、秋田県のマタギの人からの贈り物だとか。

頭蓋骨だけでなく脳もそのまま、薫製にしたもの。

よほどの時の、薬なのだそうです。



わたしは、それを畏れ、そして、強い憧れを抱いて見つめていました。




明治時代に絶滅したとされる、ニホンオオカミ。

ですが、それ以降も、目撃談、遠吠えを聴いたという話、写真までもがあり、平成の世になってからも、それは絶えません。

範囲は広く、秩父山中をはじめ、四国、九州、わたしの故郷である新潟県魚沼市でも、あったようです。

現に、わたしの母も、知人から、遠吠えをよく聴く、という話を聞いています。




名前に「神」がつく、オオカミ。

大きな口の真の神、「大口真神」が語源とされている、オオカミ。

日本人にとって、特別な存在であった、オオカミ。

そう簡単に絶滅してほしくない、絶滅するはずがない、という気がしてなりません。



わたしの強い憧憬は、多分、囲炉裏の隅にあった頭蓋骨から来ているのだと思いますが、

オオカミの存在そのものが、目に見えない力、人と自然界との繋がりを象徴していると感じられ、

その存在を無いものにはしたくない、できないのです。






先日、不意に出逢った本から、

今日のこの日も、ニホンオオカミを探して野山を歩いている方がいることを、知りました。

その方の想いが、わたしには、とてもよくわかります。





もしも、人間たちが脅かさないのなら、見つけ出して、その存在を認めてほしい。



でも、それは、難しいかもしれません。

あまりにも、魅力、魔力のある存在だから。




いっそ、このまま見つからないでいてくれたら・・・。

絶えたものとして、居ないものとして、神秘のベールに包まれ、守られていてくれたら・・・。



ニホンオオカミは、わたしの心に、鮮やかに生き続けている。

絶えてしまうことは、ない。











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