印度ヒマラヤは崖っぷち

非人情的、破壊的、創造的。又崇高、峻嶮。

砧鉄道

2011-07-30 18:26:56 | 日記


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玉川電氣鐵道砧線 (東急砧線)
玉川電気鉄道砧線 (東急砧線) 

1、当時の路線・様子 2、各駅周辺の紹介 3、玉電の事故 4、二子玉川周辺にあった駅 5、写真コーナー 6、砧線の路線図  7、砧線が廃止に・・・      8、クイズ 9、まとめ 

 1、当時の路線・様子                                    
砧線は、砂利の採集のために、二子玉川~砧(砧本村)間を結ぶ鉄道として、玉川線につづいて大正13年3月1日に開通しました。砧線は、二子玉川園・中耕地・吉沢・大蔵・砧の五つの駅しかなく、全部で2・2kmの路線を、現在の東急バス06系統の砧本村行きに似たルートで走っていました。また、ラッシュ時以外はほとんど一両の単行運転で、同区間を往復していました。砧線の路線沿いには、商店街や、砧下(きぬたしも)浄水場、わかもと製薬の工場(現在は駒澤大学のグランド)などがありました。

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二子玉はなんかいか歩いたことはある。4年前は二子多摩川に集合して多摩川沿いを歩いて、丸子橋まで歩いて、中原街道を東京方面までいって、いつもの六本木まで歩いた。いったん歩き出すとさいご六本木まで乗り物には乗らない。

しかしこの静嘉堂文庫から帰るときの二子多摩川までいくのに、横道にはいったら、賑やかな商店街にぬけ、そこに砧鉄道が大正時代にあったことにふれた。今日はGETしたものがおおきい。

歩けば何かが表れる。史跡巡りでも解散の後は十人以上が静嘉堂文庫にまわって行った。、殆どの人がかえっていったけれど。人は生き物なんで、生き物に素材をぶつけて、何かをひきだせばいいなあと思っていた。

よく道知ってますね~とあとで言われたけれど、こっち行ってみようようと思って、リーダーにqueをだしたら、こっち方面だからいいよとokをもらってすすんでいたら、こんないい風景にであっただけだ。

不気味な迷路日本庭園散策

2011-07-30 18:21:16 | 日記
それで日本庭園をみんなで散策となった。明確な道案内はないものの、散策は20分ほどかかったけれど、散策は愉快なものだった。道に迷いながらも、楽しいもので、少しばかり高低差があって、そらが体に負荷がかかって、そのたびに何かが生まれる感じで面白いものであった。昔といっても明治44年時代のそのままで、特に整備されてないのがとてもいい。適度な疲れで満足感がありましたね。

現代の匂いがしなくて、長い間の年月、ここに訪れる人を拒んでいるような風景が不気味であった。

苔むした階段で、誰かが滑って転んで尻餅をついていた。あとでチアノーゼ(zyanose ドイツ語)ができていそうな痛さを訴えていた。高台には祖先の霊を祭る建物があった。おたまや[御霊屋]のようで、貴人の霊を祭ってあるのか、異国の民族のそれともとれる、青銅で立派な設えと、変わったスタイルの狛犬が二つ並んでいた。

ーーnet againーー

静嘉堂文庫入口から自然林にかこ囲まれた林道を緩やかに上り高台に出ると、美術館と文庫の建物を背景に瀟洒な噴水池を
中心とした庭園があり、中庭から少し東側に抜けると明治のモダンを思わせる納骨堂がある。敷地の南側は、
岡本民家園公園に隣接していて、日本の時代を遡り懐古の情緒と豊かな自然を楽しめる。
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連れて行った人、民家園は大崎の民家園で十分だよ。よほどいいよ。今は古代ハスが咲いているだろう。と言っていた。